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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒の夢 終焉の篝火 

作者: スモークされたサーモン

 これで連作のお仕舞いです。なので三番目に読んでください。『宵の篝火 夕の篝火 終焉の篝火』の順です。



 復讐を。


 一族を滅ぼした者達に報いを。


 私を汚すものたちにあまねく滅びを。


 ただその為に私は鬼になる。






 

 私は先見の一族最期の巫女。


 私は最後の巫女として、一族を終わらせるために生を受けました。


 その存在意義は死ぬこと。


 殺される為に私は生まれて来ました。


 それも惨たらしく凌辱されてから殺される。それが私の定めでした。


 物心ついた時には既に分かっていました。私の辿る未来も、その結末も。


 だからこそ恨みました。


 だからこそ納得しませんでした。


 私を殺す守りの一族も。


 私を殺す朝廷も。


 その全てが憎い。


 こいつらのせいで私は汚らわしい獣達に犯されて虫けらのように殺される。


 先見の一族を葬る儀式であろうが、到底受け入れられるものではありません。

 

 私が最期の巫女ならば……成すべきはひとつ。


 復讐。


 私を殺す者達に報いを。


 一族を殺してきた者達に報いを。


 この身が鬼と堕ちようが必ず復讐を果たしてみせましょう。


 それが……私の生まれた意味。


 最期の巫女の、最期の務めとなりましょう。






 ……妹が産まれました。


 私は最期の巫女だったはずなのですが……まぁ未来は変わるものです。父も母も驚いていました。5つ下の妹です。


 名を三日月と名付けられました。可愛い妹です。


 この子も殺される為に産まれてきました。それも先見の一族として産まれた宿縁と言いましょうか……呪いですね。


 今は赤ん坊である妹も、遠くない未来、私と一緒に人でなし共に犯されて殺されます。その未来は変わりません。せっかく産まれたのに、この子には悲惨な最期が待っているのです。


 先見の一族が滅ぶために私達が存在するとはいえ、あんまりです。


 そんなことのために産まれてきて欲しくありません。あまりにも不幸でしょう。


 でも見えてしまった未来は変わりません。


 どうにもならないのです。だからこその呪い。


 先見の一族は呪われた一族。


 かつて権勢を思うままにした一族は先見の力で終わりを見ました。


 それは抗いようのない滅び。


 この世の全てを滅ぼすか、自分達が滅びるか。


 その二つの未来を天秤にかけて私達のご先祖様は隠遁しました。


 我ら先見の一族は世界を護るための礎となったのです。


 人には過ぎたる力。


 世を乱す理を外れた力。


 それをこの世界から消滅させる為に、かつての先見の一族は俗世との関わりを絶ったのです。


 ご先祖様はこの時、人間を信じていました。


 未来は変わる。


 人は、より良い未来を選ぶことが出来ると信じていたのです。


 ですが愚かな人間達は保身のために我らを見つけ出し管理しようとしたのです。

 

 それが滅びの一歩であることを知りもせず。


 未来はこうして決定されました。ご先祖様も分かっていたと思います。


 我らの力は未来を見る。


 それは選択の積み重ねに拠りますが抗えない未来もあるのです。


 何をしても確定している未来があります。変えられない未来があるのです。


 だから先見の一族は呪われているのです。


 滅びは必ず訪れる。


 それは不可避の未来。


 だから……


 だから許せない。


 愚かな選択をした人間が憎い。


 その手先である守りの一族も憎い。


 先見の一族を護るために存在するのが守りの一族である、と銘を打っていますがその実態は牢屋番です。


 彼らのせいで我ら先見の一族は家畜のように生まれて死ぬだけの存在に成り下がりました。


 たとえそれがこの世を護るためとはいえ我慢なりません。


 世界など滅んでしまえば良い。こんな世界に意味などありません。我らを犠牲にしなければ滅んでしまうような世界など存続する価値もありません。


 しかし私の思いも虚しく未来は決まっています。


 私と妹は凌辱され、虫けらのように殺されて先見の一族は滅ぶのです。


 口惜しい。


 ただひたすらに口惜しい。


 私は何のために産まれたのか。


 復讐を。


 せめてこの世界に復讐を。


 私を産み落としたこの世界に報復を。


 と、齢五才にして私は憎しみに染まりました。




 そして数年後。


 その機会は意外な所から生まれる事になりました。


 未来が変わったのです。


 ある男の子と出会い、未来が見えました。


 それは復讐を叶える事が出来る未来でした。


 その男の子は後に私達姉妹の世話役となる存在でした。この男の子が世話役となったあとの未来が私にとって重要だったのです。


 私が死ぬことに変わりはありません。妹も同時に死にます。ですがその死に様は大きく変わりました。


 そしてその先に復讐があったのです。


 私は歓喜しました。


 この男の子との出会いによって、私の復讐は形を成すようになったのです。


 思わず笑みが溢れて笑い声をあげてしまうほどに私は喜んだのです。


 ……父様と母様と妹が、すごい顔をして私を見ていた気もしますが……きっと気のせいです。男の子も震えていましたが、これも気のせい。


 私は先見の一族最期の巫女。


 いつ如何なる時も巫女としてご先祖様に恥じる事のない淑女なのですから。


 喜びに打ち震えている私を無視して家族は男の子と顔合わせをしていました。


 良いのです。


 私の使命は崇高なもの。


 きっと家族も分かっているのです。分かっているから私をそっと見守ってくれているのでしょう。きっと。


 我々が長きに渡り自由を奪われてきた恨み。


 我らを苦しめ続けていた者達に報いを受けさせる事がようやく叶うのです。


 私は男の子を復讐の道具に仕立てる事にしました。


 この男の子も守りの一族の一員。我らが一族の怨敵です。私の良心も呵責する必要が全くありません。


 この男の子を上手く使えばこの世界を滅ぼす事は出来なくとも……守りの一族と朝廷を滅ぼす事は出来る。


 天下は荒廃し、多くの者が困窮に喘ぐ事になります。往来は死体で埋め尽くされ欺瞞と殺意が人心を支配する時代が来ることでしょう。


 男の子は遥か未来で滅びの使者となるのです。


 その為に私は男の子を愛する必要がありました。生半可な愛情では足りません。骨の髄まで愛して愛して愛しぬく……そこまでしてやっと復讐は成るのです。


 ……何故そうなるのか分かりませんが未来がそうなっていたのです。


 私と妹は、この男の子を愛し、この男の子も私達を愛し尽くすのです。


 怨敵であるはずの守りの一族と、我ら高潔たる先見の一族が愛しあうという到底許しがたい未来です。


 しかしこれが復讐に必要なのです。


 私は堪えねばなりません。


 復讐を果たすために、この男の子を立派な鬼へと仕上げなければならないのです。


 それが最期の巫女であった私の使命。


 この体、この心が復讐に必要となるのなら……喜んで怨敵にも捧げましょう。


 私の復讐は、やっと始まったのです。





 ……妹が男の子に懐いてしまいました。


 いえ、これも復讐を果たすために必要な事ではあるのですが……姉としてかなり複雑な気持ちです。


 私よりも男の子に懐いているのは……いえ、これも必要な事。そう思う事にしました。


 男の子と初めて会ったのは私が七才の時。妹が二才の時です。


 世話役の息子が私の復讐を果たしてくれる駒だったのです。これが運命でなくてなんなのでしょうか。


 当時、男の子はただの男の子であり、ひたすらに頼りないだけの存在でした。


 ですが復讐の目処が立った私は喜びに打ち震えていました。男の子の前に立つと胸が高鳴るのをいつも感じていました。


 これで復讐が成ると。


 体中の血潮が熱くなり気付くと彼の背後に回り、首の匂いを嗅いでいました。彼は草の匂いがしました。興奮が止まりません。


 これも復讐の為に必要な事。多分そうです。


 この頼りない男の子を鬼に変えるために私への欲情をこれでもかと掻き立てなくていけません。


 私なくして生きられないようにこの男の子を変えていく。

 

 復讐のためには、この男の子を私に溺れさせねばならないのです。


 ええ、全て復讐の為です。


 男の子と顔合わせしたあの日から毎日一緒に遊んでいるのもその一環。


 毎日お風呂に一緒に入るのも復讐に必要な事。


 鬼の体はまだまだ未熟です。これから毎日確認していけるのです。あの未来で見た筋骨逞しい体まであと幾年。お風呂の時間は鼻の奥に鉄錆の匂いがします。不思議ですが、多分そういうものなのでしょう。


 復讐の為とはいえ男の子の裸を毎日確認するのは先見の一族最期の巫女としてどうかと思いますが……これは必要な事なのです。ええ、絶対に。


 いずれあの体が本物の男になったとき……私と妹の純潔が儚く散らされてしまうのも絶対に必要な事なのです。


 なので先見の一族最期の巫女として毎日の確認は怠れないのです。ええ、そうですとも。


 妹も同じ想いだったのでしょう。彼女もまた、先見の一族最期の巫女なのですから。


 妹は二才児とは思えないほど男の子に甘えていました。


 姉である私よりも男の子に甘えていたのです。


 それも必要な事です。ええ、復讐するには必要な事なのです。ですが姉として負けたような、そんなどす黒い感情が胸に沸き上がります。ふつふつと。


 何せ相手は怨敵である守りの一族。我らに気安く触れるのは、なんとも許しがたい蛮行なのですから。


 このまま妹を怨敵の毒牙に晒して置くわけにもいきません。私は先見の一族最期の巫女。妹すら救えなくて何が姉でしょうか。


 私は怨敵を監視することに致しました。


 どんなときも側にいて、この曇りなき眼で怨敵を監視するのです。


 まだ二才の妹に手を出すような事があれば即座にこの身を挺して身代わりになれるように。私は先見の一族最期の巫女。妹を救うためならば、この身汚されようと本望なのですから。





 ……怨敵は普通でした。


 普通というか真面目な男の子でした。


 むしろ妹が痴女的と言いましょうか。


 一方的に手を出しているのは妹でした。


 いえいえ、たった一人の愛する妹です。男の子に抱きついているのを羨ましいとか、私も摘まんで伸ばしたいとか……そんなことは露ほど思っておりません。


 妹は……少しお転婆なだけです。ええ、そういう事なのです。先見の一族は早熟ですので。


 痴女な妹とは対照的に、守りの一族の男の子は普通でした。


 あまりにも普通。


 普通というか純朴で真面目で働き者です。


 こういう男性を伴侶に出来たなら、女性はおそらく一生幸せに暮らせるのでしょう。それも共白髪になるまで。


 男の子は性格もねじ曲がっていませんし、温厚で優しくて人の痛みが理解出来るようです。


 ……問題ありません。


 どんな性格であろうとも私は復讐を果たすために愛さねばならないのです。


 むしろ好都合と言えましょう。


 怨敵である守りの一族を愛することなど先見の一族最期の巫女である私とて達成不可能な程の困難な試練になると思っていましたから。


 相変わらず男の子の前に立つと胸が異様な程に高鳴ります。これはきっと武者震いなのでしょう。復讐は順調ということです。


 あまりにも胸の鼓動がうるさいので男の子の背後に回り、男の子の匂いを嗅いで一休みです。落ち着きます。熱くなっていた体が更に熱くなります。興奮が止まりません。


 私は先見の一族最期の巫女。


 たとえ体が燃えるように熱くなっていても顔は微笑みを絶やしません。


 妹がいなければもっと積極的に男の子を監視することが出来たのですが、私はお姉ちゃんです。妹の見ている前で無様な姿を晒すことなど出来ません。


 ええ、監視として男の子に抱きつくなんて、そんな破廉恥極まりない事など先見の一族最期の巫女として出来ようはずも無いのです。


 しかし……しかしですよ?


 復讐の為ならそれも仕方無いのですよね?


 むしろ復讐を果たすためなら、しなければならないのですよね?


 今のままでは私の復讐も中途半端に終わってしまうのです。


 あのとき見た未来はまだ確定に到っていないのです。


 このままでは私達が幸せのままに死ぬだけで終わります。復讐は成りません。守りの一族は皆殺しの目に遭いますが、それでは足りません。


 朝廷を滅ぼし、この世を乱す為には、男の子をもっと骨抜きにする必要があるのです。


 今見えている未来では男の子だけが助かって、私も妹も死んで、それで終わりです。


 男の子は助かるのです。たった一人。


 しかしこの場合は、それだけです。朝廷までは復讐の手が伸びないのです。


 これはこれで良いのかも知れません。


 私と妹は幸せを噛み締めて死んでいきました。その顔に後悔も諦観もありません。本当に幸せのまま死ねたのです。


 これはこれで良い終わりなのでしょう。


 しかし私は納得がいきません。


 復讐が成った未来。


 男の子が鬼となり、京が炎に包まれる光景が忘れられないのです。


 鬼は愛するものを取り返す為に京を焼くのです。そして京には疫病が蔓延しそれが国中に広がっていく。


 私の思っていた復讐とは少し趣が違いますが、結果的に復讐が成されればそれで良いのです。


 この未来では鬼も死にます。


 みんな死ぬ未来と言えましょう。そして復讐は成る。


 この未来に成るにはもっと深い愛が必要になるのです。


 男の子が復讐の鬼となるほどの愛が。

 

 私は先見の一族の巫女。


 先を見る力はありますが、鬼の作り方は門外漢です。


 普通に愛を交わすだけでは彼が生き残る。


 彼を復讐の鬼にするには……

 

 とりあえず愛しあえば良いのです。きっと。


 なので私も妹のように男の子に甘える……いえいえ、男の子を虜にするために頑張らないといけません。


 この体を駆使して男の子を籠絡し、鬼に堕とす。

 

 ええ、必要な事なのです。本当に。


 私としてはどうかと思いますが、それが必要なら仕方無い事なのです。


 ええ、それは仕方無い事なのでしょう。


 それが先見の一族最期の巫女の務めなのですから。





 私が見た復讐の未来。


 男が鬼に変わり、京を焼く未来。


 その未来で男に抱かれ、蕩けた顔をする女性はとても幸せそうに見えました。ですがその顔には涙が溢れていました。


 先見の一族として、やはり涙を流すほどの恥辱なのでしょう。


 復讐の為とはいえ男に組み敷かれ……いえ、組み敷いているのは女性の方ですが。


 男が悲鳴を上げても一向に気にしない女性は私に似ているように見えますが……多分違います。この女性は妹でしょう。


 何せ姉妹ですからね。成長したら似てくるのでしょう。


 いくら復讐の為とはいえ、ここまで乱れるのは先見の一族最期の巫女として如何なものかと思います。


 全く……妹は痴女ですね。興奮が止まりません。


 私はこうして度々未来を見ます。これも巫女としての務め。復讐の未来を現実にするために確認は欠かせません。


 今の私達に足りないもの。それを未来の光景から逆算するのです。


 ……もっと筋肉を付けさせないといけませんね。興奮が止まりません。




 私は八才になりました。


 妹が三才。


 この年は父様と母様が亡くなる時でもありました。


 そして男の子に出会ってから一年。


 父様も母様も私達の未来を見たのでしょう。


 前は私達に謝るばかりだったのが、今では生暖かい視線を向けてきます。特に私に向けて。


 ……おかしいですね。


 痴女になるのは妹です。


 男なしでは半日たりとも耐えられなくなるのは妹なのですよ?


 一日の始まりに男の子の匂いを嗅いで、そこからようやく目覚めるのは……妹ですから。


 私は先見の一族最期の巫女です。ご先祖様に見られても、ちっとも恥ずかしくない立派な巫女なのです。


 この日の事はずっと前から見えていました。分かっていました。


 お別れは、ずっと前に済ませています。


 父様と母様は笑顔で家を出ていきました。


 でも私は泣いていました。


 妹も泣いていました。


 未来が分かっていても、感情は追い付きません。これが一族代々に課せられた呪いと言えましょう。


 親しい人の終わりが分かる。


 それが分かったとて、どうしようもないのです。


 父様と母様は……それでも笑っていました。


 私達の未来を見て、二人は笑えるようになったのです。


 私は……笑えません。心の底から笑った事など、ただの一度もありません。


 自分の顔に張り付けているのは作った微笑みです。


 憎しみの心が私に笑顔を許しません。


 復讐を。


 父様と母様を殺す守りの一族に報いを。惨たらしく死ぬ未来を。


 この想いが消えぬ間は決して笑えない。笑ってはいけないのです。


 この日。私達は先見の一族最期の二人になりました。





 父様と母様が亡くなって二年が経ちました。


 私は子を宿せる体になりました。




 父様と母様が亡くなって二年と四日が経ちました。


 私は陶元の子を宿したくて仕方ありません。




 恐らく陶元が私に対して何かをしたのでしょう。いずれ鬼に成る男です。無垢な女子を狂わせる力があったとて、何らおかしくもありません。八才にしてなんと恐ろしい男でしょうか。


 女になった私の体は、常に疼くようになりました。陶元を見ると胸が高鳴ります。陶元が側にいると体温が急上昇します。陶元の匂いを嗅ぐと鼻血が出ます。興奮が止まりません。


 一日中、陶元の事が頭から離れないのです。朝から晩まで……いえ、夜の間も陶元で私の心は満たされます。興奮が止まりません。


 これが鬼の力……なんと恐ろしい力なのでしょう。


 痴女的な妹がこれに耐えきれるとは到底思えません。私だから耐えられているのでしょう。この先見の一族最期の巫女である私なれば。


 妹が女になれば……すぐにでも肉欲の虜となり陶元に体を委ねてしまうでしょう。


 そうなれば復讐は成らず。私達は守りの一族の獣共に凌辱されて殺されます。そんな未来が新たに見えていました。


 なんという拷問なのでしょうか。


 この誘惑に耐えながら陶元を私達の虜にしなければならないなんて。


 陶元は決して私に手を出しません。私が手を出すように仕向けているのです。あぁ、憎たらしい。


 これをあと十年も……。


 鬼です。陶元は鬼畜生です。


 こんなにも私を狂わせておきながら未だに愛を口にすることもないのです。口づけすらしないのです。


 なんという鬼野郎なのでしょうか。


 私が悶えているその横で妹の体を洗い、抱きつき、見せつけるのです。


 許せません。


 到底許せません……が私の体を洗うのはまだですか?

 

 さぁ、早く私を鎮めるのです。あなたの愛で。徹底的に。完膚なきまでに。


 この肉体が蕩けるまで。


 



 父様と母様が亡くなって二年と二週間が経ちました。


 陶元の子を三人産む夢を見ました。


 目が覚めて絶望しました。私の子は何処に行ってしまったのかと。


 あんなにも激しく愛し合った末に生まれた大切な子達です。


 それがいないのです。


 妹は、子供達におばさんと呼ばれていました。まだ若いのにおばさんです。笑ってはいけません。


 その日は陶元から離れられなくなりました。


 赤ちゃん欲しい。





 父様と母様が亡くなって二年と三週間が経ちました。


 この日は陶元が私の胸を触ってきました。


 そんな夢を見ました。


 ご機嫌な一日になりました。





 父様と母様が亡くなって二年と一月が経ちました。


 陶元が私を無理矢理押し倒して乱暴を働きました。妹も一緒です。姉妹仲良く陶元に押し倒されました。


 勿論夢です。


 現実では私を押し倒す力も無いのです。


 もっと筋肉を付けさせないといけません。今日は山で狩りをして肉を食べました。





 父様と母様が亡くなって二年と二月が経ちました。


 陶元の褌を盗みました。


 夢ではありません。


 妹がすごい目で私を見てきます。陶元も変な目で私を見ています。


 ……私は先見の一族最期の巫女。


 この程度の圧力など屁でもありません。褌は決して返しません。私の宝物です。





 父様と母様が亡くなって二年と二月半が経ちました。


 深夜に寝ている陶元に口づけをしました。


 ……この日は寝込みました。





 父様と母様が亡くなって二年と二月半と少しが経ちました。


 妹も陶元に口づけをしました。なんと日中です。


 ふしだらな行為は姉として見過ごせません。逃げ回る妹を追いかけてお説教をしました。陶元も一緒です。


 巫女たる者、常に清廉潔白でなくていけません。


 ……ええ、私は清廉潔白です。





 父様と母様が亡くなって二年と三月が経ちました。


 陶元に筋肉が付いてきた気がします。まだ八才ですが硬い感じがします。特に太もも。


 堅くて熱いです。まるで熱した鉄杭のようです。寒い夜も陶元がいれば大丈夫ですね。


 私の体も急速に大人の女に向かっている気がします。


 よく鼻血が出るのは大人の女になった証拠でしょう。きっと。


 母様は滅多に鼻血を出しませんでしたが。





 あれから多くの日が過ぎて行きました。


 妹が女になりました。十才の事です。子供を産める体になったのです。


 私は既に百人を越える子供の母親になっていました。夢の中限定ではありますが。


 孫も三十人を越えて大家族になっています。名前を覚えるのも大変です。


 陶元はみんなのお父さんです。当然ですね。妹は……やはりおばさんと呼ばれています。


 笑ってしまいます。孫からは、みかづきおばあ様です。大爆笑です。


 夢なら問題ありません。夢でなら。


 現実では問題が起きていたのです。それも大事件と言えるようなものが。


 妹が十才なので私は十五才。


 そして陶元が十三才です。


 困りました。私は未だかつてない程に困惑する羽目に陥りました。


 ……陶元が輝いて見えます。


 私も意味が分かりません。


 朝も夜も陶元が眩しくて見ていられないのです。


 男の子だった陶元は、いきなり男になりました。身長が一気に伸びて別人のようになりました。もう私よりも大きいです。


 そして輝きだしたのです。


 意味が分かりません。


 陶元は声も変わりました。女の子のような高い声から渋くて脳天から爪先まで痺れるような低い声になったのです。


 もう私と妹は陶元が側に来ただけで腰砕けになってしまいます。


 事、ここに到って陶元が本気を出してきた……つまりはそういう事なのでしょう。


 これが京を焼き尽くすという鬼の力。


 凄まじいの一言です。

 

 私も夢の中の子供達がいなければ早々に降参したでしょう。


 こんなことになるとは思いませんでした。これは見えていません。輝く陶元なんて、どんな未来にも存在していなかったのです。


 ……つまり?


 ……妹に聞きました。


 陶元は……輝いているかと。


 私は先見の一族最期の巫女。


 たとえ妹から正気を疑われてもその誇りは失われません。


 ……妹なんて、みかづきおばあ様で十分なのです。孫たちよ、妹を貶すのです。夢の中なら何でもありです。


 



 私だけに輝いて見える陶元。

 

 彼が微笑むと私の意識は少し飛びます。二秒くらい気絶するようです。鬼の呪力とはここまでのものなのですね。


 私は陶元に触れていないと体が震えるようになっていました。これも鬼の呪力でしょう。まるで麻薬のようです。


 触れていても心が震えるのは……やはり呪力でしょう。鬼は怖いですね。


 私は十五です。もう誰かのお嫁さんになれる年齢です。


 当然相手は陶元しかいません。


 もう三桁の子供を産んだのです。陶元には責任を取って貰わないといけません。


 私は既に溺れていました。


 かつて見た未来。


 妹だと思っていた蕩ける顔をした女性は……やはり私だったのです。


 この男に触れて欲しい。愛して欲しい。声を聞かせて欲しい。抱きしめて欲しい。


 体を……重ねたい。


 その想いが日に日に増していきます。


 もう押し倒して乱暴を働いてしまおうと何度思ったことでしょう。


 でも出来ません。


 それをしていいのは夢の中だけです。夢の中の陶元は喜んで受け入れてくれます。


 それで満足するべきなのでしょう。


 今はまだその時ではありません。


 陶元が鬼になる要件は、どんどんと満たされているような気がします。


 もう私達の愛は溢れんばかりです。陶元に触れられると膝が笑います。冗談のようにガタガタ言います。妹も最近そうなりました。


 私は先見の一族最期の巫女です。ですから表面上、取り繕うのが得意です。腰が抜けそうならば座っておけばよい。膝が笑いそうならば袴で隠せばよい。


 これが巫女の所作というものです。


 流石にお風呂では隠せませんが。


 ……お風呂は……駄目ですね。


 いつからか立場が逆転しました。今では私達が真っ赤になって震えています。陶元の手は大きくて……興奮が止まりません。


 私達姉妹は陶元に逆らえません。そういう体にされたのです。興奮が止まらないのです。


 しかし……


 しかしです。


 陶元はどうなのでしょうか。


 未来では私達を一晩中愛してくれますが……今の陶元は、どう思っているのでしょうか。


 私達をどんな風に思っているのでしょう。


 ……妹と私。どちらが好きなのでしょうか。


 どんな風に好きなのでしょうか。


 好いている……のは多分間違いない……はずです。


 ……多分。


 ……いえ、どうでしょう。母様は言っていました。


 男は女であれば、わりと細部は、どうでも良いと思う獣であると。


 ……どうでもいい。


 私達は……どうでもいい女なのでしょうか。


 陶元にとって……大切なのは私達なのでしょうか。それともお役目なのでしょうか。


 陶元の自制心は目を見張るものがあります。


 どの未来でも彼から私達に手を出すことは決してありません。私達が彼を押し倒して全てが破綻するのです。


 ……いえ、私は先見の一族最期の巫女ですから鉄の意思を持っています。ええ、それも鋼鉄ですね。


 陶元が金剛石なだけです。流石、鬼。陶元は堅くて熱い男ですからね。


 そんな彼を繋ぎ留めているもの。


 それがなんなのか……私には分かりません。私達が裸になって抱きついても……彼は歯を食い縛り耐えるのです。

 

 まるで私達に欲情するのが罪であるかのように。


 ……罪ですね。そういえば。


 先見の一族と守りの一族は、その交わりを禁じられています。


 その理由は馬鹿みたいなものですが。


 そんな理由で陶元が耐える……確かに不味いですね。


 その先の未来を知っている私達は、陶元がどうして耐えるのかをそこから理解出来たのですね。


 全ては私達を守るため。


 守りの一族から私達を護る為に彼は耐えています。


 ……どうしましょう。今すぐに陶元を押し倒したくなって参りました。


 あと五年も我慢出来そうにありません。陶元が好きすぎて頭がおかしくなりそうです。


 私は……耐えられないと思います。こんなにも体と心が陶元を求めているのに、それを我慢するなんて。

 

 でも我慢しなければなりません。目先の欲望に流された未来の行く先は陶元との密月ではなく、人の尊厳を剥奪された家畜同然の最期です。


 この体は陶元にしか触らせたくありません。


 この体を好きにして良いのは陶元だけです。

 

 私を愛してよい男は私の愛する男だけなのです。


 あぁ……今宵も孫達に陶元の素晴らしさを伝えることになりそうです。

 

 孫達には私の事をみづき様と呼ばせています。おばあ様呼びは妹だけで良いのです。


 全ては夢の中の話ですが。


 ……そう。


 今の幸せな時間も全ては夢。


 本当の私は既に死んでいるのだから。

  




 それを自覚したのは陶元が私の心に棲みついてから。


 初めて陶元に口づけを交わした時に気付きました。


 私はこの男を利用して復讐を遂げる。この男が死ぬことになっても構わない。


 それで復讐が成るのなら。


 私はずっと復讐を考えていました。その結果、どうなるかを考えなかったのです。


 陶元が死んだ後にどうなるのかを。


 復讐は既に現実味を帯びていました。あとは時が来るまで私と妹が我慢できれば陶元は鬼となり復讐は成される。


 そこまで未来は確定したのです。


 鬼となり彼は死ぬ。人としての生を終えて今度は鬼として永き時を一人で生きていく事になる。


 人ではないものになる、そんな未来が確定してしまったのです。


 彼が人のまま終わる道は……もう何処にもありません。必ず鬼となる未来しか見えなくなりました。


 陶元が辿る未来どれもが深い悲しみと慚愧の念に呑まれて彼は鬼と成り果てるのです。


 人であった彼は人ではなくなり、人の形をしたなにか、に成り果てます。そして遥か未来にまでたった一人で悲しみを背負い続けることになってしまうのです。深い後悔に苛まれ続けながら永久に近い時を過ごすのです。


 その責め苦を背負わせたのが他ならぬ私なのです。


 復讐の為だけに生まれた鬼は苦しみ続けるのです。


 私達の墓の前で……何百年も……たった一人で。


 私は己の仕出かした事に、ようやく気付きました。


 そして罪の重さに私は押し潰されました。


 愛する人を己の手で地獄に落としたのです。


 私は生きている価値もない存在になりました。


 先見の一族の巫女みづき、という入れ物を動かしているだけ。


 それが今の私なのです。


 陶元を愛する資格なんてありません。声を掛けてもらう資格もありません。優しくしてもらう資格なんて初めから無かったのです。


 出来ることなら全てを告白して許しを乞いたい。


 でもそれは出来ません。


 その未来も陶元は鬼になります。そして私と妹は凌辱され悲しみの中で死んでいくのです。


 私が咎を負うのは当然です。ですがそれに妹と陶元を巻き込む訳にはいきません。


 私には謝罪すら許されません。許されること自体が許されません。


 私は陶元を復讐の鬼にする他ないのです。


 それが一番幸せな終わりだからです。


 それしか妹を助ける道が無いのです。


 でも陶元は……。


 


 私は生きている価値もない人間です。大切な人を苦しめておいて自分は幸せになるのです。


 これほど罪深い事があるでしょうか。


 もう未来は変えられません。


 私は私の願った未来に従うだけの人形です。


 愛する人の慟哭を無視して願った未来です。


 愛する人を死なせてまで望んだ復讐です。


 ならば叶えてみせるしかない。


 心が壊れようが私はこの未来を貫くしかない。


 それが私の出来る事。


 陶元を愛して死ぬ。

 

 あれほど望んでいた事は罪になりました。





 私は狂っていたのです。


 恐らくこの世に産まれ落ちた瞬間から。


 いえ、何百年も前から決まっていたのかも知れません。


 先見の一族最期の巫女として生まれた私は、この為に存在したのでしょう。

 

 一人の鬼を生む。


 その為に先見の一族は滅ぶ。


 その罪を清算するために一族は滅ぶのです。


 鶏が先か、卵が先か。


 未来が過去を変えたのでしょう。


 かつて先見の一族は自分達の滅びと世界の滅びを天秤に掛けたと言われていました。


 しかし、それは釣り合うものではなかったのです。


 世界の滅びと一族の滅びは同じものだったのです。


 それを知っていたご先祖様は、だからこの土地に隠れ住みました。ここが終わりの地となるのが分かっていたから。


 遥か未来に一人の男が巫女に愛され鬼となる。


 鬼は世界に病を撒きます。


 世界は狂気に包まれるのです。


 何百年も、何百年も。


 鬼が果てるまで。


 多くの者が苦しみます。


 多くの悲しみが生まれます。


 その罪は先見の一族を滅ぼすに足る重さだったのです。





 私は狂っています。


 毎日陶元に笑顔で接しています。それが必要だから。


 毎日陶元に触れられて、喜びに震えています。それが必要だから。


 心は既に死んでいます。それが私の罪だから。


 あと五年。


 私は陶元と妹を騙して生きていく。


 終わりが来るまで私は取り繕う。私の罪をひた隠して。


 この罪は私が死ねば消えるのでしょうか。


 そんな訳がありません。そんなことが許されるわけがありません。


 死して後も私は決して許されない。愛する人が苦しみ嘆き、その存在が磨り果てるまで。


 いいえ、私は未来永劫許されてはならないのです。彼の魂が消え去っても許されはしない。


 それは、私の罪。




 

◇ ◇ ◇



 永き時を経て鬼は森に沈んだ。


 かつての隠れ里は深い森になっていた。人も通わぬ森に墓守りの鬼がいた。


 鬼は愛する者を護る為に鬼となった。


 今度こそ護ると。


 己の全てを懸けて護ると。


 鬼は何千何万もの日を越えた。たった一人。後悔と慚愧の念に苛まれながら。


 そして遂に森に沈んだ。


 役目を終えた鬼は愛する者に会いに行く。人であった時とは変わり果てた魂が愛した女の魂を求めて森を漂う。


 一つはすぐ側にあった。


 ずっと側にいて待っていた。鬼が自分を迎えに来てくれるのを。その魂は鬼に寄り添い溶けていった。


 あとひとつ。


 鬼は探した。


 世界を飛び回り、かつて愛した女を探した。


 世界には疫病が蔓延していた。死体が山と積まれ、人々は殺し合う。まるで地獄のような世界になっていた。


 鬼はそんな世界を飛び回り女を探した。


 そして見つけた。世界の果てに女は居た。


 女は変わり果てていた。


 女は病をもたらす鬼となり、人々を苦しめ続けていた。その眼窩から血の涙を流し続け、己が生み出した血の池に沈んでいた。


 女は泣いていた。ずっと、ずっと泣き続けていた。血の涙で出来た池の底でただ一人。


 鬼の魂は、血の池に飛び込んだ。


 そして泣き続ける女に寄り添い溶けていった。


 


 三年後。世界から疫病が消えていた。


 もう世界の果てに女の泣き声は聞こえない。


 


 終わった。


 真面目に頑張りました。


 本当に頑張ったのです。


 でも余韻は大切なので、もう少し下の方に後書きを書きますね。








 はい。後書きの始まりです。


 今回は真面目な物語を書きました。すごいですよ。このサーモンをして、全編シリアスですからね。途中のナニはアクセントです。真面目に書きました。ええ、真面目ッス。


 さてさて、本作と他の二作は短篇ではありますが、三つの短篇で、ひとつの物語となる体裁を取っています。


 いわゆる連作ですね。多分連作……ですよね?


 短篇を書いてみようと思ったのです。これが書き残した最後の作品ですからね。これでようやく一区切りがつきました。


 もう……思い残すこともない。


 訳でもない!


 ナマコオンラインをボチボチ書いてみようと思っています。この命が果てるまで。


 物語の解説は……特に要りませんよね。何を感じ、何を思うかは読み手次第です。


 満足いくものが出来た。サーモンはそれで満足なのです。


 あー……でも人気が出ると、もっと満足というか嬉しいので応援よろー。


 生きてたらナマコオンラインも宜しくねー。


 では、あでゅー。


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