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「オレ」と「キミ」のボーダーライン  作者: 清谷ロジィ
働かざる者食うべからず、の教え
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 長距離の移動、それに炎天下に長時間歩いた疲れもあって、陸は夕飯を食べ終えるとすぐに布団に倒れ込んだ。

 泥のように眠るそんな陸を、早朝六時前にたたき起こしたのは千代だった。


「んだよ……もう少し寝かしてくれたっていいだろ……」

「ここで暮らすつもりなら、きりきり働きな。どうせしばらくは学校に行くわけじゃないんだしね」

「はぁ……?」

「畑は待っちゃくれないんだよ」


 再び布団に潜り込もうとする陸を、千代が首根っこをつかんで引きずり出す。ばばぁのくせに乱暴なんだよ、ったく……。


「ほら、行くよ」


 鉛のように重い体を無理矢理動かして、枕元に脱ぎ捨てた昨日のTシャツを頭からかぶった。むっと汗の匂いがしたが、荷物から新しいシャツを出すのは面倒だった。

 のろのろとジーンズに足を通していると、外から軽トラのエンジン音が聞こえた。


「ほら、もたもたしてんじゃないよ!」


 せっかちにもほどがあるだろ……。寝癖のついた頭を掻いて欠伸をしながら、陸は軽トラに乗り込んだ。ソラも慣れた様子で荷台に繋がれている。


「つーか、軽トラあるんだったら迎えに来てくれりゃよかっただろ」

「あんたがバスにも乗れないとは思わなかったんだよ」

「だからバス停がなかったって言ってんだろ。だいたい吉田さんだって知らなかったぞ」

「でもバスは走ってたんだろ?」


 口ではとても勝てそうにない。陸は、大きな欠伸をひとつすると、ほぼ直角の固いシートに体を預けて窓の外を眺めた。

 鬼沢家が建っているのは、山のど真ん中だ。

 この町と隣の町を繋ぐ国道から横にそれて、田んぼや畑が広がった土地のすき間を縫うような細い道を進む。そして、その道はいつの間にか山の斜面をゆるゆると登り始め、木々のトンネルが深くなって、少し不安になり始めたころ、突然ぽっかりと開けた場所に建つ家。

 昔、千代にどうしてこんな場所に住んでいるのかと聞いたことがある。


「あたしが好きで建てたんじゃないよ。ただ生まれた家がここだっただけさ」


 千代はそう答えた。


「ばあちゃんも、もっと町中に住めばいいんじゃね? こんな場所じゃ不便だろ」


 軽トラの激しいバウンドに揺られながら陸が言うと、千代はふん、と鼻を鳴らした。


「いまさら引っ越す方が面倒だよ。それに、この畑と田んぼはどうするんだい。今じゃ、売ろうったって売れるもんじゃないよ」


 鬼沢家に辿り着くまでに通り過ぎる田んぼや畑、ついでに言うと、山を含めたこの辺一帯全てが鬼沢家の土地なのだ。

 もちろん、全てを千代が一人で管理することはできないため、田んぼや畑のほとんどは人を雇ったり、貸し出したりしている。

 それでも千代は毎日のように田畑に行き、作業をする。「働かざる者食うべからず」。それが千代の口癖だ。


「着いたよ」


 そう言って下ろされたのは畑の一画。中に足を踏み入れると、スニーカーの裏にふかふかの土の感触。

ぐん、と大きく伸びをして、深く息を吸った。朝の少し湿った冷たい空気と、土の匂いが肺を満たす。早起きもたまにはいいもんだな。


「じゃあ、今日はこの畑に支柱を立ててもらおうか。小さい頃に教えてやっただろ? あんたも由梨子さんもずいぶんと下手くそだったけどね。少しはデカくなったんだからなんとかなるだろ。道具はそこに用意しておいたから、しっかりね」

「はぁ!? 待て待て! 俺一人でやるのかよ!」


 颯爽と軽トラに乗り込む千代に、陸は慌てて声を掛けた。


「こんなばあちゃんが一人でやってるんだ。あんただってできるだろ。一人じゃ寂しいだろうから、ソラは置いていってやるよ」


 いつの間にか荷台から降ろされたソラは、畑の隅っこで楽しそうに土を掘り返している。


「じゃあ、朝飯ができたら迎えにきてやるよ」


 軽トラは、これまた颯爽とUターンして、鬼沢家へと戻っていった。


「マジかよ・・・・・・」


 陸の嘆きを聞いたソラが、励ますように一声、ワンと鳴いた。


 ――ブルン、というエンジン音が再び聞こえたのは、陸が畑に置き去りにされて二時間が経とうとした頃だった。


「初日にしては、なかなか頑張ったじゃないか」


 陸が必死になって立てた支柱を、千代が面白そうに眺める。

 何とか格好をつけたが、あちこちねじ曲がったり歪んでいたりで、陸の苦闘の跡がにじんでいる。


「ったく、こういうことなら初めっから言えよな。そしたら絶対来なかったのに」

「もう来ちゃったんだから仕方ないね。働かざる者食うべからず。さ、乗りな」


 ぶつくさ言いながらソラを荷台に乗せ、軽トラの助手席に乗り込んだ。


「今日はこれで勘弁してやるから、飯食ったらもう一眠りしな。そんで、ちゃーんと勉強もするんだよ」

「家にいるときよりハードスケジュールだな」

「そりゃそうさ。人生暇を持て余すことほど、もったいないことはないんだからね」


 暇を持て余す、ね。

 陸は、胸の内でその言葉を繰り返すと、ぼんやりと自分の手を見つめた。土に汚れた手。いつも誰かを傷付けていた、この手。

 オニ、なんてただのあだ名だ。笑い飛ばせばそれで済むはずなのに。それなのに、そのくだらない名前にこんなにも振り回されている、なんて。

 自分が持て余してるのは時間なんかじゃない。自分自身だ。

 ああ、くだらねー。

 陸は視線を窓の外へ移し、軽トラの激しいバウンドに身を委ねた。

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