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眠りと覚醒の狭間でふわふわとさ迷う。柔らかく包まれて、すごく気持ちがいい。まだ目を開けたくなくて、眠りの底にしがみつく――なのに。
「小野寺くん、のぞいちゃダメだってば」
「でもよー、先生。やっぱ気になるじゃん」
「小野寺くん、朝ご飯できたから手伝ってくれる?」
「父さんが手伝うから小野寺くんは必要ないです!」
「こらおっさん、由梨子さんは若くてイケメンの俺をご指名なんだよ」
「朝からうるさいねぇ。陸、ちょっとは静かにさせな」
「俺、寝不足なんだよ」
「知ったことかい。あたしだって寝不足だよ」
「ばあちゃんは年寄りだし、そんなに寝なくても平気だろうが」
「ちょっと由梨子さん、このクソガキにどういう躾してるんだい」
「あらすいません。ずいぶん素直に育っちゃったみたいで」
「由梨子さん、カッケー!」
「母さん、すてきー!」
――うるさい。すごくうるさい。びっくりするくらいうるさい。うっすらと目を開けると、柔らかい日射しが視界をくすぐった。見慣れない景色、身体を包む感触の違和感に、私は飛び起きた。ここは、私の小屋じゃない。
「お、起きたか」
陸の声に視線を向けると、たくさんのヒトが私のいる部屋をのぞき込んでいる。思わず、喉の奥から「ひっ」と声がもれた。
「言っとくけど、着替えさせたのはお袋だからな」
陸が顔を少し赤くして、視線をそらした。見下ろすと、私はいつもの赤い着物じゃなくて、白地に青い縞模様が入った服を身に着けていた。腰回りの緩い感触と剥き出しの足に、私の顔も赤くなった。慌てて掛け布団を胸元まで引き上げる。
「あらあら、隠す必要なんてないわよ。そのワンピースよく似合ってるもの。でも、私のだからちょっと地味かしら。あとで一緒に買い物に行きましょうね。可愛いの見繕ってあげる」
「お袋のセンスで大丈夫かよ」
「いい歳してF××kなんてTシャツ着てばっかりのあんたよりマシよ」
「それは小野寺だろ」
「ちょっと待て、陸。Tシャツだけにそれは濡れ衣――あ、俺は小野寺龍也っていいます! 陸の親友です!」
「嘘教えてんじゃねーよ」
「僕は岡嶋優斗。ハナさん、よろしくね」
「はいはい! 俺は陸のお父さんです!」
「ぐちゃぐちゃ騒いでんじゃないよ。飯が冷めるだろ。ほら、全員さっさとこっちにおいで」
いろんなものが押し寄せて混乱の極みだった私に、陸が簡単に説明をしてくれる。
昨日の夜、陸と一緒にここへたどり着いた瞬間、私は気を失いようにして眠ってしまったらしい。それほど長く眠ったわけでもないのに、もう何日も眠っていたような気がする。全てが夢だったような――。ふと思い出して、唇に触れる。
あれは、夢じゃない……よね?
ちらりと見ると、陸はちょっと照れくさそうに顔をそらした。
「おいおい、朝からいちゃついてんじゃねーよ。早く来ねーと、またばあさんに殴られんぞ」
小野寺と名乗った金色の髪をしたヒトが、私たちをからかうように言った。
「分かってるよ。いちいち変な言い方すんな」
陸に手を引かれて立ち上がると、私のお腹がぐぅと鳴った。そういえば、さっきからなんだかいいにおいがする。連れていかれた部屋では、みんなが大きな卓を囲んでいた。その上には、たくさんの食べ物が並んでいる。
「たくさん食べてね」
白いご飯が盛られた器を手渡されて、おそるおそる箸をとった。トマト、ほうれん草のお浸し、豆腐と油揚げの味噌汁、玉子焼き、鮭の塩焼き、豚の角煮。みんな、思い思いに箸を伸ばし、口に運んでいる。
「……ハナ?」
陸が不思議そうに私を見ていた。その声に、みんなも私を見て動きを止めた。どうしたんだろう。そう思ったとき、私の目から何かが落ちた。その先を追うと、青い縞模様がぽつりと丸くにじんでいた。いけない。これ、借りた服なのに汚しちゃった。
指先でその染みをこする。けれど、ぽつり、ぽつりとどんどん染みは増えていった。まるで雨を知らせるように。
「あれ……?」
頬に触れると濡れていた。私の涙が描く染みが、また一つ増える。
「もしかして、口に合わないかしら? 無理しなくていいのよ。何か他のものを用意するから」
陸のお母さんが心配そうに私の背をさすってくれる。違う。違うの。それだけでも伝えたくて、必死に首を横に振る。
「ぼ、僕の玉子焼きあげるよ」
「俺のも全部食っていいから。なんならおっさんのも」
「父さん畑からスイカでも取ってくるね!」
「ああもう。女が泣いたくらいで取り乱すんじゃないよ。まったく情けないねぇ」
美味しそうなにおいがする。誰がそばにいる。いろんな声がする。いろんな音もする。その全てが私の中にあるものを緩めていく。
「ハナ」
陸が隣で笑っている。私の、大好きな人が。
気が付けば、私は声を上げて泣いていた。まるで子どもが泣くように、わーん、わーんって、たくさん泣いていた。




