表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/65

 陸を先導していたアマネの足が止まった。


「姉さまとカイ様がいるのは、この先です」

「じゃあ、ここまででいい。案内してくれてサンキューな」

「それ、姉さまも使ってました。陸さまに教えてもらったって」


 こんなときなのにアマネはくすりと笑った。


「別に、教えたってほどのもんじゃねーけどな」

「いいえ。きっと姉さまにはとても大切なことなんだと思います。陸さまと姉さまが戻ったら、私にも言わせてくださいね」

「おう」


 カゴを背負い直し、一人で歩き出した陸の背中を見送ったアマネは、深く一礼して踵を返した。姉さまはきっと帰ってくる。そう呟いてハナの小屋へ向かった。

 陸が足を進めるにつれ、まるで導くように差し込む月明かりが強くなる。薄闇が消え、徐々に広くなる視界の端に、ちらりと赤いものが映った。

 ――あれは?

 足を止めて目をこらす。


「……ハナ」


 その赤は、ハナの着物の色だった。白銀の長い髪の男が、右手でハナの顔面を(わし)づかみにしている。地面に膝をつくハナは、まるで許しを請うているかのようだった。

 恐れを抱かせるほど大きな満月を背に、月光に照らし出された二人の、一幅(いっぷく)の絵画にも似た美しさに魅せられて、陸は動くことができなかった。

 ハナの口から漏れた「ぐぅっ」という苦しげな声に、陸はハッと意識を引き戻す。背中のカゴを下ろすと、トマトが一つ転がり落ちた。

 陸はそれを拾い上げ大きく振りかぶって――投げた。

 ばちん、と水音が弾ける。

 陸が投げたトマトは、ぐしゃりとつぶれた無残な姿でカイの左手に収まっていた。カイの視線がゆるりと動き、陸の姿を捉えると、驚いたようにわずかに目を見開いた。手が緩んだのか、ハナの体がずるりと滑り落ちる。


「――なぜ、ヒトがここにいる」


 その声は、けっして大きなものではないのに、思わず後ずさりしたくなるような圧があった。それでも陸は、精一杯強がって笑ってみせる。


「野菜を届けに来てやったんだよ。お前にな」


 ほう、と呟いたカイが陸に向き直った。


****


 ばちん、という音とともに、全身を貫いていた痛みが緩んだ。体が地面に倒れ込んだとき、ふっと青臭いにおいが鼻を掠めた。

 頭が割れても意識は残るんだな。ぼんやりとした視界に、赤く濡れたカイ様の左手が見えた。あれが、私の血の色なのか。そう思ったとき、潰されたはずの頭に疑問がよぎる。

 私の頭をつかんでいたのは右手(・・)だったはずなのに。


「なぜ、ヒトがここにいる?」


 ――ヒト?

 遠ざかっていた意識がゆっくりと輪郭を取り戻す。よく見れば、カイ様の左手は赤く濡れているのではなく、何か赤いものを持っているようだった。


「野菜を届けに来てやったんだよ、お前にな」


 声が聞こえる。私がずっと聞きたかった声。


「り……く」


 こんな場所にいるはずがない。これはきっと消えていく命が見せる幻だ。そう思うのに、心臓がうるさいくらいに音を立てて、私に命のありかを教えてくる。

 野菜がいっぱいに詰まったカゴが見えた。いつもよりずっとずっと多くてはち切れそうだ。あんなの、私にだって―――きっとどんなオニだって背負えない。そんなに重いものを背負って陸はこんなところまで来た。なんで? どうして?


「ほう」


 カイ様の左手から滑り落ちた赤いものが、私の目の前でぼとりと音を立てる。


「これ……トマト……?」


 私が陸に出会った日に、私が陸に投げつけたもの。


「――食べ物、粗末にするなって、言ったくせに」


 こんなに潰れちゃったら、私だってもう食べられないよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ