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 キャベツもキュウリもカボチャもピーマンもトウモロコシもナスもトマトも、なんでもかんでも全員で詰め込んだカゴは、ぎちぎちと音を立てて限界を訴えているようだった。


「これ、やり過ぎじゃない?」

「いーんだよ。これくらい背負えなきゃ意味ねーんだ」


 手伝ってやろうか、という小野寺の手を払いのけて、陸はカゴを背負った。今までで一番重かった。立ち上がるだけで膝が笑ってしまう。


「アマネ。ハナたちのところに案内してくれるか」

「は、はい!」

「俺たちもついてってやるよ。な、先生」

「うん」

「いや、お前らはここで待ってろ。ばあちゃんが帰ってきたあとのことは、任せるから」


 陸の言葉に、二人は不承不承といった感じでうなずいた。由梨子が陸の肩をポンと叩き、孝男が背中を押す。


「行ってらっしゃい」


 送り出す声にしっかりとうなずいて返した。山の入り口に足を踏み入れたとき、後ろから声が飛んできた。


「陸ー!」


 振り返ると、叫んだのは小野寺だった。


「俺、お前のこと大嫌いだったんだよ! 一人だけ別の世界にいますって顔して、俺たちのこと見ようともしないから! 少しはこっち見ろよって言いたくて、ここまで来たんだけどさ――でも、もういいや。お前、もう分かってるみたいだから! でも、帰ってきたら一発くらい殴らせろよな!」


 大きく手を振る小野寺に片手を上げて応えると、陸は前に向き直って足を踏み出した。


「行くぞ」


 アマネが大きくうなずいて、陸の先を歩き始めた。境界線を越えていく二人の姿が暗闇に溶けていく。

 草をかき分ける音が響く。木々のすき間からはしごのように差し込む光は、幻想的な美しさだが、それに見惚れる余裕はなかった。


「大丈夫ですか? 少しキツいですけど、こちらから行くほうが早いですから」

「おう。俺は平気だからさっさと進もうぜ」


 アマネが陸のために草をかき分け、道を作ってくれる。小さな体で突き進むその姿は、彼女もまたオニと呼ばれる存在(もの)なのだと陸に思い知らせた。

 強がってみせたが、重たいカゴを背負って山道を行く陸は、肩で息をしていた。それを誤魔化すように、先導するアマネに問い掛ける。


「ハナたちってどこにいるんだ」

「お二人は、この山の頂――私たちオニが最期に行く場所にいます」


 最期――その言葉が、陸の最悪の予想を裏付けてしまう。させるかよ。ぽつりと呟いた言葉が、山の静けさに落ちて、緩やかに波紋を広げた。

 額の汗を拭って月を見上げる。歪な空に空いた丸い穴。その向こうに「オニ」と呼ばれることのない自分がいたとしても。誰かを殴ることも、傷付けることもない自分がいたとしても。

 その手は、ハナの手の温もりを知らない。その心は「これから」を探して迷ったりしない。そんなものは必要ない。だから、もう手を伸ばしたりしない。

 陸は、目の前に広がる薄い闇をにらみつけた。いま、自分が生きている世界。この先に待つ「これから」を手にするためには、歩くしかない。

 たくさんの人を殴りつけてしまったこの手で、さんざん迷ったこの心で、ハナを助けに行くんだ。

 どれくらい登ったのか、流れ落ちる汗にTシャツもジーンズもぴたりと体に貼り付いて、息をする度に喉がヒューヒューと鳴る。


「陸さま、もう少しです!」


 陸が遅れたせいで、振り返って声を掛けるアマネの姿はずいぶんと小さくなっていた。


「くっそ……その「陸さま」ってのはやめろって」


 自身を鼓舞するように悪態を吐き、一歩一歩踏みしめながら登っていく。アマネが伸ばす手を取ろうとした瞬間、その背後でゆらりと二つの影が動いた。


「ずいぶんくたびれてるみてぇだな。手伝ってやるよ」


 ハッと息を飲んだアマネが振り返る。一つの影から伸びた手が、その髪を乱暴につかんで引っ張った。


「きゃあっ!」

「おい、やめろ!」

「お前はこっちだ」


 月明かりが見せたもう一つの影の正体。赤茶色の髪が陸の鼻先で揺れた。


「――ジン」


 ジンは、陸のTシャツの襟首をつかむと一気に引き上げた。ブチブチと糸が切れる音がする。眼前に迫るジンの目は、燃えるような怒りを宿していた。


「離しなさい、セキ! 離して!」


 ジンによく似た髪色をした青い着物の男に両腕をつかまれたアマネがもがいている。そちらに声を掛けようとした陸の顔面を、ジンの手が強引に自分へと向き直らせた。


「よそ見してる場合か?」

「ここで遊んでる場合でもねーんだよ」


 しばらくにらみ合ったのに、ジンはふっと笑って陸を突き飛ばした。その勢いとカゴの重さにひっくり返りそうになるが、なんとか意地で踏ん張った。


「お前もしつこいよなぁ。もしかして、ハナに食ってほしいのか? だったら残念だったな。そりゃ無理だ」


 クックッとセキの笑い声が聞こえる。その言葉の意味が分からなくてアマネを見ると、気まずそうに視線を落とした。


「どういう意味だよ」

「あれあれー? こんなとこまで助けに来ちゃうくらいだから、とっくに知ってるんだと思ってたのに」

「ジン、セキ! ダメです! やめて!」


 アマネがセキの腕の中で暴れるが、セキはそんな抵抗をものともせずに言葉を続けた。


「ハナは、オニとヒトの間に産まれた出来損ないのオニだからな。ヒトの肉なんて食えやしないんだよ」


 十七年前にあったという掟破り。ヒトの男とオニの娘。もしかして、と陸は思い当たる。ハナはその二人の間に生まれた子、なのか?


 ――あたし、みんなから「浮いてる」から。


 今になって、陸はその本当の意味を知る。


「あいつは今夜、オニとして死ぬんだ。お前に邪魔なんかさせるか」


 怒りと憎しみが入り混じった目。それは隼の目によく似ていた。けれど、その言葉の奥に潜んでいるのは懇願にも似た何かだ。


「ハナは、俺らの仲間だ。ヒトなんかじゃねぇんだよ」


 迷い子のような心細さをにじませたジンの表情は、今にも泣き出しそうに見えた。


「ヒトとかオニとか、俺にはもうどうだっていいんだよ。俺はハナに生きていてほしい。それだけだ」

「そんなのただの綺麗事だろ。お前には、何もできねぇくせに」

「だったらお前は一生、何もできない言い訳だけ探して生きてけばいいだろ。俺とハナに八つ当たりすんな」


 陸がジンを押しのけて、セキの前に立つ。


「離せよ。こっちは急いでんだ」


 セキは少し肩をすくめると、アマネから手を離した。解放されたアマネは、ジンに哀れむような視線を向けたが、思い直したように前を向いて「行きましょう」と陸に言った。


「――お前に、何が分かるんだよ」

「分かんねーよ、お前のことなんて。俺は自分のことで手一杯だからな。お前のことはお前が考えろ」


 ジンの舌打ちが鳴る。


「そんなの知るかよ! お前なんか、カイ様に食われちまえばいい。肉も骨も血も全部全部全部、一つ残らずカイ様に食われちまえ!」


 振り返る陸の姿は、ジンがどんなに手を伸ばしても届きそうもないくらい遠かった。


「俺を食いてーならお前が食え。誰かに頼ってんじゃねーよ。でも、全部ハナを助けたあとだ。それまで黙って待ってろ」


 再び歩き出した陸の足音が、ジンを置き去りにして遠ざかっていく。


「へぇ、なかなか骨のあるやつじゃん。もうあいつらのことなんか放っておいてさ。行こうぜ、ジン」

「――俺だって」


 ジンはぽつりと呟いた。うつむいて震えるその背中を、セキがポンポンと叩く。

 あいつがちゃんとしたオニだったら。

 幼いころのハナは、二人にとって妹のような存在だった。どこへ行くにもついてくるハナをうっとうしくも、大切に想っていた。

 ある日、二人が鳥を捕まえて食べるのをじっと見つめていたハナに「食うか?」と差し出したのはジンだった。その肉を口にしたハナは吐いた。ジンとセキは驚いてしまって、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 ハナがオニとヒトの間に生まれたのだと聞かされたのはその夜だった。

 けれど、集落では煮炊きした食事が用意されるし、もう生肉を口にしない者も多かった。だから、何も変わらない。二人はそう思っていた。

 次の日の朝、ハナが集落から離れた小屋に移ったと知った。そして、ハナは二人の後を追わなくなった。自分とは違う存在(もの)を見るような目で二人を見るようになった。

 腹が立った。どうしようもなく、腹が立って仕方がなかった。


 ――ヒトとかオニとか、俺にはもうどうだっていいんだよ。


 自分も確かにそう思ったのに。それをハナに伝えることはできなかった。ただ、ジンはずっと待っていた。ハナが「自分はオニだ」と言ってくれるのを。


「――俺は、それだけでよかったんだ」


 最後に落ちた言葉に涙が混じった。

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