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「オレ」と「キミ」のボーダーライン  作者: 清谷ロジィ
オニの眠る地へ ~ハナside~
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 歩を進めるたびに揺れるカイ様の銀髪が、まるで私を導くようにきらめいていた。二人で歩く山道は、まるで夢の中にいるように、ひどく現実味がなかった。


「ハナ」


 思いがけず名前を呼ばれ、足が止まる。私の少し先で足を止めたカイ様が振り返った。


「境界線の向こうを見たお前は、我らの世界を狭いと思うか」


 私を見つめるその目は、青く深く、この夜よりも静まり返っている。質問の意図を量りかねて、私は少し首を傾げた。


「我らはこの山でのみ生きることを許された存在。ヒトが我らから奪い取った自由、未来、広い空をお前は見たのだろう。どう思った。向こう側へ行きたいと思ったのか」

「……分かりません」


 それが私の素直な気持ちだった。でも、分からないっていうことは悪いことじゃないはずだ。胸にある疑問にちゃんと気付いているってことだから。


「向こうの世界は確かに広かった。最初は、何もかもが違うって思いました。でも、同じものもたくさんありました。だから、分からないんです。あの境界線が何を隔てているのか」


 じっと私を見つめているカイ様の視線からは、なんの感情も読み取れない。心の奥底を探られているようでひどく居心地が悪い。


「カイ様は、その答えを知っているのですか」


 私の問いには答えず、カイ様はくるりと背を向けて再び歩き出した。ゆっくりとした足取りで、夜の中を進んでいく。

 私たちが向かっている場所は普段、立入りが禁止されている。そこに埋められて土に還る。それが死んだオニの行く末だ。けれど、私はまだ小さいころに一度だけ行ったことがあった。誰にも見つからないようにこっそりと向かったそのわけは――母に会うため。


「あんな紐に大層な意味などない。ただの見せしめだ」


 もうすぐその目的地というところで、カイ様が言った。


「本当の境界線は、オニとヒトの心の中にある。互いを隔てているのではない。混ざり合うことを拒んでいるのだ」


 カイ様がくれた答えは抽象的すぎて、それを理解する時間が私にはもう残っていない。けっきょく、この謎を胸に秘めたまま死んでいくのか。

 ゆるりと風が吹いた。カイ様の背中で白銀の髪が揺れる。月の光をそのままかたちにしたような美しさに、見とれてしまいそうになる。


「それが曖昧になってしまったお前は、もはやオニとして生きられまい。しかし、今さらヒトにもなれん。行く先のないお前の命を永らえることのほうが酷だろうな。母親のもとへと返してやるのがせめてもの慈悲。お前も、一応は我らの同胞(どうほう)だったのだからな」


 突然、世界が開けた。遮るもののないこの場所は、月明かりにすみずみまで照らされて、闇を追いやっていた。周囲に等間隔で並ぶ不揃いの石の下には死んだオニが眠っている。


「今一度問うておく。逃げる気はないのか」

「はい」

「そうか」


 できることなら、最後にもう一度陸に会いたかった。それ以外に、未練も心残りもない。息が絶えるその瞬間まで、陸の名前を呼び続けよう。それくらい、カイ様も大目にみてくれるといいけれど。


「お前も母親と同じだな」


 今まで何の感情も存在しなかったカイ様の青い目に、(あざけ)りの色がにじんだ。


「ヒトと恋に落ち、お前を産んで死んだ。それがなければお前もこんな目に遭わずに済んだというのに。さぞ憎く思っていたはずだ」


 かたちのよい唇が弧を描く。カイ様の表情が変わったのを見たのは、これが初めてだった。けれど、その笑みはどれだけ見上げても見えないほどに高いところから、私を見下していた。


「だのに、お前は同じ道を歩むか。二人とも、実に愚かだ」


 その言葉に、私の世界がまた揺れた――いや、揺れたなんてものじゃない。爆発、崩壊、そして、噴出。ずっと私の世界を揺らしていた「何か」が、身体中を駆け巡る。


「馬鹿にしないで」


 その「何か」が出口を求めて、言葉になって、唇からこぼれ落ちた。


「母を――馬鹿にしないで!」


 しんと沈みきった夜を切り裂くその声は、自分のものとは思えなかった。獣じみた叫び。どこまでもどこまでも響き渡るような、死んだオニさえ起こしてしまうような。


「オニとかヒトとか関係ない! 目の前にあるものも受け入れられないあんたが弱いんじゃないか。母は強かった! 自分の気持ちに正直に最後まで生きた! あたしに命を与えてくれた! 絶対に――絶対に、愚かなんかじゃない。愚かだって言うなら、そんな気持ちも分からないあんたのほうだ!」


 カイ様の言葉は、かつての私の言葉だった。

 たった一度、この場所に来た私は、母に言った。「全部、あなたが私を産んだせいだ」と。

 オニでもヒトでもない自分が大嫌いだった。消えてしまいたかった。その元凶である母をずっと憎んでいた。でも、私はもう母を責めたりしない。

 この後に及んでも、私が陸に会いたいと想う気持ちと、母が父に抱いた気持ちが同じだったのなら、それはどうしようもないことだったんだって今なら分かる。

 私を産んで死んだ母。顔も声もその手の温もりも知らない母。ずっと遠く感じていた母を、こんなにも近く感じる。

 オニもヒトも関係ない。私は私だ。どうしようもなく、私でしかない。

 そう思った瞬間、世界を揺らし続けたぐらぐらがさぁっと私の世界に溶け込んで消えた。


「少しは吠えるようになったか。だが――」


 カイ様の右手が持ち上がったかと思うと、私の頭を鷲掴みにした。月の光が消え失せて視界が暗闇に包まれる。みしり、と頭蓋が鳴った気がした。軋むような痛みに、思わず膝をつく。


「もう遅い」


 絞り上げるように、痛みが強くなっていく。喉の奥からぐぅっと声が漏れた。

 ふっと意識が遠くなった瞬間、ばちん、と弾ける水音が聞こえた。

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