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自転車のところに戻ると、陸は地面に座り込んだ。私もその隣に腰を下ろす。ここにある小さなお社は、祭りの喧騒とは無関係だと言わんばかりに暗闇の中にいる。
「よし、じゃあたこ焼き食おーぜ」
「結局たこ焼きって何なの?」
「タコっていう足が八本ある生き物がいて、この中にそれが入ってるんだよ」
「八本……?」
蜘蛛みたいなものなのかな……。思わず背筋がぞくりとする。
「なんか気持ち悪い」
「まあ、見た目は気持ちのいいもんじゃねーかな。ぐにゃぐにゃしてるし」
「ぐにゃぐにゃ……?」
陸の言葉どおりに想像すると、どんどん食べ物から遠ざかっていく。ヒトはそんな得体の知れないものを食べるのか。
「いいからとりあえず食ってみろって」
陸が鼻先にたこ焼きを突きつけてくる。この中には足が八本あるぐにゃぐにゃした生き物が……。口を開けることすらためらっていると、陸が「ほら」と見本を見せるように、たこ焼きを口に運ぶ。
「んー、うまい! 俺、小さいときからたこ焼き好きなんだ。ハナにも食ってほしくてさ」
もぐもぐと口を動かす陸は、いつもより子どもっぽく見えた。そんなに美味しいのかな。私は意を決して、陸が差し出すたこ焼きをぱくりと食べた。ぎゅっと目を閉じて、タコの姿は想像しないようにして――。
「……ん!」
美味しい。ぐにぐにした食感のこれがタコだろうか。その姿さえ無視すれば、これほどのものはない、と思うくらい美味しい。
「どうだ? うまいだろ」
「うん」
陸が差し出してくれるのを、今度はためらわずに口にする。それを見て陸が笑った。
――あの坊主と仲良くするんだぞ。確かに俺のたこ焼きは絶品だけど、ケンカして食ったら美味くないからな。
不意に、おっちゃんの言葉を思い出した。本当だね。食べ物って、仲良く食べたらこんなに美味しいんだ。そういえば、アマネと一緒に食べたカボチャの煮物も美味しかったな。あのカボチャのことも、ずっと陸に言えないままだ。
「あれー? そのチャリってもしかして陸?」
遠くから声がして、陸がハッとしたように振り返る。小さく呟いた隼、というのは、そのヒトの名前だろうか。
「なんだ。来てたんじゃん。あっちにみんなもいるから一緒に回ろーよ。俺も結局親父の手伝いサボっちゃった」
陸が近付いてくるそのヒトの目から私を隠すように立ち上がった。知り合い? きっとバレたらまずいんだ。その背中からは確かな緊張が伝わってくる。
「いや、さっき見て回ったし、もう帰るとこだから」
「えー、メインの花火はこれからだよ。せっかくだから一緒に……あれ?」
私に気付いた隼というヒトの声が、からかうようなものに変わった。なんだか嫌な予感がして立ち上がる。身体が、逃げろって言っているみたいな気がした。
「もしかして、その子が例の「LOVE」の子? へー、こんな暗いところで二人っきりなんて、陸もなかなかやるじゃん。この辺の子じゃないよね?」
陸の肩越しからのぞく隼はにこにこと笑っているのに、全然そう見えなかった。その視線から逃れるように頭のお面を少し下げて顔を隠した。
「こいつ、人見知りだからさ。また今度な」
「えー、いいじゃん自己紹介くらい。俺、隼って言いまーす。陸とは大親友で――」
隼が強引に陸を押しのけて私の前に立つ。値踏みするように、私の全身を眺めていた隼の表情が固まった。
「おい!」
陸が隼の肩をつかんで私から引き離した。けれど、隼の視線は一点に向けられていた。私の足下。なんだろう。怖くなって一歩後ずさる。
「ちょっと隼、何やってるのー? さっきからみんな待ってるのに」
また別の声が割り込んできた。五人――いや、もっといるかも。この世界は陸のもので、私はそこに紛れ込んだ異物なんだって、ここでも思い知らされる。
「もうすぐ花火始まるんだから場所取り行こうぜ」
「あれ? もしかして陸くん? なんだ来てたんだー。よかったら一緒に行こうよ」
「いや、もう帰るところだから」
陸がどんどんと近付いてくる集団を押しとどめようと、そちらへ声を掛ける。みんながそちらに気を取られている間に、私だけでも走って逃げてしまおうか。そんなことを思っていると、隼が私の耳元にささやいた。
「君は、オニだよね」
私の世界が思い出したようにぐらりと揺れる。どうしてバレたんだろう。そんな疑問を読み取ったのか、隼は小さく笑った。
「そのスニーカー、俺のなんだ。もうサイズ合わなくなったから捨てられたんだと思ってたけど。まさかそっちにやってるとはね」
隼は、私の足下を――ぶかぶかのスニーカーを指して言った。
「どうして陸とここにいるの?」
顔を隠すために下げたお面を、強引に上げられた。剥き出しにされた目は、隼の目に捉えられてしまう。それは、あの夜に見たジンとよく似ていた。怒りに満ちた、それでいて寂しそうな目。
「ここはあんたたちの来るところじゃない。オニは山の中に閉じ込められているのがお似合いだよ。あんたがどうなるか見物だね」
もう一度私の耳元でそうささやくと、みんなの足止めをしていた陸に近付いて、その肩をポンと叩いた。振り返った陸に、隼は片目をつぶってみせる。
「ダメだよ、みんな。陸はね、この子と今いい感じだから邪魔してほしくないんだって」
たちまちヒューッと歓声が上がる。
「マジでー!」
「陸くん、やるじゃーん」
「だーかーらー。お邪魔虫は退散退散」
隼がみんなを引き連れて去っていく。その後ろ姿を見送って、陸がホッと息をついた。
「悪い、ハナ。大丈夫だったか」
「――うん」
「もう帰るか」
残っていたたこ焼きを二人で食べた。すっかり冷たくなって、さっきまでの美味しさはもうどこにもなかった。気付けば、海上の人影もまばらだった。
それは、終わりが近付いている証拠。




