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「オレ」と「キミ」のボーダーライン  作者: 清谷ロジィ
打ち上げ花火と蛍の光 ~ハナside~
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 陸が自転車の速度を落とし始めた場所には、たくさんのヒトが集っていた。境界線の向こうには、こんなにたくさんのヒトがいるんだ。あの山にいるオニなんて、せいぜい二十人くらいなのに。

 煙と食べ物のにおいが混じった生ぬるい風が鼻先を掠める。聞こえてくる陽気な音楽は、さっきの車――パトカーっていうらしい――と同じように、どことなくひび割れていた。それを遮るように、きゃあ、きゃあと子どものものらしい甲高い声がときどき響き渡る。

 陸は、たくさん自動車が置かれた場所から少し離れたところに自転車をとめた。喧騒から遠く離れたここには、小さなお社だけがぽつんと佇んでいた。


「よし、行くか」


 陸がまた抱え上げようとしたので、足をばたつかせて抵抗する。


「自分で歩けるってば!」

「地面に足がついたらセーフじゃなくなっちまうだろ」

「それ、意味分かんないから。もうここまで来ちゃったんだから、どうやったって言い訳なんてできないよ」

「ま、それもそうか。じゃあ、開き直って楽しもうぜ。こんだけ大勢いりゃ、一人くらい紛れ込んだってバレねーだろ」


 陸が手を取って、私を自転車から降ろしてくれる。そのまま手を繋いで、陸が導いてくれるのに任せて歩き出した。浴衣を着ているヒトが多いせいか、私の着物姿もあまり目立たないみたいだった。みんな、可愛らしい色や柄のもので、何の飾りっ気もない赤い着物が恥ずかしくなる。アマネみたいだったら、気にならないのかな。


「ね、これ可愛いでしょ」


 そんな声が聞こえて振り返ると、一緒にいる子たちにくるりと回って見せている浴衣姿の女の子がいた。その笑顔は、新しい着物を手にしたときのアマネに似ている気がした。

 石段を登る私たちを、何人か追い越していく。楽しそうに笑い合う姿を見て、私と陸もそんなふうに見えるのかな、なんて思う。

 暗闇の中で、輪郭の曖昧な光に包まれたこの空間はまるで現実の中に咲いた夢のようだった。石段を登り切ると、甘いような、塩っぱいような、ちょっとベタついた空気と熱気が充満していた。


「ほら、これは夜店っていうんだぜ」


 道の両側にずらりと並んだものの名前を陸が指差して教えてくれた。小さく区切られたその中では、食べ物を作っているヒトがいたり、おもちゃが並べてあったり、水の中に鮮やかな色の風船が浮いていたりと、いろんなものがあった。


「お、ちょうどいいじゃん。これ買っていこうぜ」


 陸が足を止めたのは、お面がいっぱい飾られているところ。桃色の髪をした女の子のお面を取ると、髪型が崩れないように私の頭に着けてくれた。


「顔も隠れるし、似合ってんじゃん」


 陸がニッと笑ってみせる。私はそのお面を少し下げて顔を隠した。だって、赤くなっている気がしたから。

 それから二人でたくさん夜店を回った。陸は「食べたことないだろ」「やったことないだろ」って、いろんなことを教えてくれる。

 陸の世界にあるものは、私には初めて見るものだらけで目が回りそうだった。でも、フランクフルトや真っ青なかき氷をおそるおそる食べる私を見て、陸が楽しそうに笑うから、私もどんどん楽しくなった。

 最後にこれだけ、と陸が向かったのは、たこ焼きという食べ物の夜店だった。


「おっちゃん、たこ焼きひとつ!」

「あいよ!」

「陸、もうお腹いっぱいだよ」

「大丈夫だって。せっかくの祭りなんだから、しっかり食っておかねーと」


 今日の陸が言うことは、いつも以上に理屈が通っていない。でも、それでいいか。私が今ここにいることこそが一番理屈が通ってないんだし。


「お前も欲しいもんあれば言えよ」

「ううん、大丈夫」

「言わねーと買ってやんねーからな」

「兄ちゃんたち、仲いいねぇ! ちょっとオマケしといてやる。他には内緒だぜ」

「おっちゃん、サンキュー」


 そのおっちゃんは、にやりと笑うとたこ焼きをくるくると回し始める。その鮮やかな手つきはまるで魔法みたいだった。


「ハナ、行くぞ」


 陸が声を掛けなければ、私はずっとそこに立って見続けていたかもしれない。腕を引かれて歩き出したけれど、ちょっと迷ってから陸の手を離すと、たこ焼きのおっちゃんのところに小走りで戻った。


「お嬢ちゃん、どうした?」


 額に汗をにじませたおっちゃんは、私を見てもにこにこしている。私はあなたとは違う存在(もの)なのに。


「あの……ありがとう」


 私がそう言って頭を下げると、おっちゃんは笑みを深めた。その目はすごく優しい。


「いいってことよ。その代わり、あの坊主と仲良くするんだぞ。確かに俺のたこ焼きは絶品だけど、ケンカして食ったら美味くないからな」


 おっちゃんは豪快に笑った。その間も、たこ焼きはくるくると踊るように回り続けている。


「ハナ」


 陸が私を呼ぶ声がした。もう一度小さくお辞儀をすると、私は陸の元へ戻った。


「これ食ったら帰るか。帰り始めてるやつもいるし、人が減ったら目立つかもしれねーからな」

「うん――ね、陸。あれって何?」


 小さな男の子が手にした、つやりと光る赤いものに目を引かれて、陸に尋ねた。その子は、口元をベタベタにしながら、真剣な表情でそれにかじりついている。


「ああ、イチゴ飴だな。食ってみるか?」


 私がうなずくかどうかためらっている間に、陸はもうそのイチゴ飴というものを買いにいってしまった。なんだか私より陸のほうが浮かれてるみたい。


「ほら」


 と、差し出されたイチゴ飴のつやつやした表面が、柔らかい光を反射している。それは、陸がくれた髪留めについている宝石みたい。


「きれい」


 ほう、と息を吐き出しながら呟く。


「食べるの、もったいないくらい」

「食えよ。それくらい、また買ってやるから」


 陸に促されて、それに歯を立てる。ぱり、と飴の割れる感触。甘いと思った次の瞬間には、イチゴの酸っぱさが口の中に広がっていた。甘いと酸っぱいが混じり合ったものを、こくりと飲み込む。


「おいしい」

「そっか、気を付けて食えよ」


 陸が私の手を引いて、ゆっくりと石段を下りていく。喧騒が徐々に遠ざかっていく。最後の一段から足が離れたとき、私は甘くて酸っぱいイチゴ飴の最後の一口を飲み込んだ。

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