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「それで? あなたたちは、はい退学しますって大人しく帰ってきたの?」
静かな怒りがリビングに充満している。その怒りの発生源は、ダイニングテーブルで三人と対峙している母親の由梨子だ。
もう四十はとうに過ぎているが、見た目はまだまだ若々しい。(無理をすれば)二十代でも通るくらいだ。軽くウェーブの掛かった長い髪をサイドに結わえ、ラフなワンピースを着ているだけなのに、すれ違った人が振り返ってしまうような雰囲気がある。
「そ、そうじゃなくて、後は家族で相談して下さいって言われたんだよ。な、陸?」
「うまく謝って丸め込めば、その場で済んだことじゃない。下手くそなのよ、二人とも」
由梨子がわざとらしく、はぁっと大きくため息を吐くと、ゆるゆると頭を振った。
「すみません、僕のせいで・・・・・・」
なぜか一緒に連れてこられた岡嶋がペコペコと頭を下げる。
「あら、岡嶋くんのせいじゃないわよ。この子が単細胞だからいけないんだもの。それに、うちの人に無理に連れてこられたんでしょう? 岡嶋くんがいたほうが怒られないかもって」
「おい、陸。なんでバレてるんだ」
「知るかよ」
「あなたも単細胞だからよ。まったく、親子なんだから」
「いやぁ」
「照れるところじゃないんですけど?」
由梨子は決して声を荒げたりはしないが、その迫力は校長以上――いや、そんな生やさしいものじゃない。孝男は大きな体でチワワのように震えている。
「でも、僕、やっぱり明日校長先生に話してみます。鬼沢くんは僕を助けてくれたのに、退学なんておかしいですから」
「いいのよ。この子が誰かを殴る理由なんて、そんな立派なものじゃないんだから」
由梨子の言葉に、陸はフンと鼻を鳴らした。
「そうだよ。気に入らねぇから殴っただけだ。お前なんて関係ねぇよ」
「でも……」
「うるせぇな。俺がいいって言ってんだからいいんだよ」
陸の言葉に、リビングの空気が張り詰める。
「あの、ひとつ提案があるんですが」
孝男が小さく挙手をする。由梨子はちらと視線をやると、無言で先を促した。
「陸を、ばあちゃんの家に行かせようかなーって」
「はぁ!?」
陸の祖母――つまり、孝男の母親は、東北のA県に一人で暮らしている。陸も年に数回訪れているが、正直なところ、若者が暮らしたいと思う場所じゃない。
陸が住んでいるS市だって東京なんかに比べたら田舎かもしれないが、祖母の住む町よりはずっとずっとマシだ。
「ほら、あの辺はここと違って殴り合うような相手も少ないし。学校は、俺が通っていた高校に転校してさ。それに、ばあちゃんもずっと一人だろ。孫と二人暮らしっていうのもいいかなって」
「いやいや、待てって! あんなクソ田舎に行くなんて冗談じゃねーぞ」
「あら、いい考えだと思うわよ。自然に囲まれて暮らしたら、少しは毒気が抜けるんじゃない?」
それからの両親の行動も素早かった。そして、祖母の了承はもっと早かった。
電話を掛けてものの数分で、こちらの高校は辞めること、夏休み明けにそちらの高校に転校すること、そして向こうの生活に慣れるため、陸は可及的速やかに祖母の家に向かうこと、などが決まった。
陸が口をはさむ余地などまったくなく、最後に由梨子から「挨拶くらいしておきなさい」と渡された電話だけが、唯一の発言権だった――が。
「よぉ、ばあちゃん。突然俺が行ったら困るだろ」
「好きにしな」
そう言われたと同時に、ぶつりと電話は切られてしまった。
あのばばぁ……。
沈黙した受話器をにらみつける陸に、由梨子が声を掛ける。
「陸、岡嶋くんのこと送っていきなさい。あなたたちが引きずってきたんだから責任もたないとね」
そうして、陸と岡嶋は家から追い出されてしまった。