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差し込む光と背中の固い板の感触。この狭い小屋の中でいつもと同じ目覚め。
でも一つだけ、いつもと違うものがある。
目の前に置かれた薄い青色の紙袋。桃をひっくり返したようなかたちの絵と、文字のようなものが書かれている。どういう意味なんだろう。陸に聞いてみればよかったな。
寝転んだまま手を伸ばすと、陸がくれたものを取り出した。
色とりどりの小さな石みたいなもので飾られていて、漏れ入る光を反射してキラキラと輝いている。あちこちの方向にかざしてみれば、そのたびにいろんな色が光を放つ。それは、今まで私の世界になかった光。
なぜだか分からないけれど顔が緩んでしまう。この小屋がもっと広かったらゴロゴロと転げ回りたいくらい。楽しいけどもどかしい、体の内側に弾けそうな何かが詰まっているみたいな、そんな感じ。
「これ、どうしたらいいんだろう」
陸は髪につけるものだって言っていたけれど、今まで髪を結ったことなんかない。髪の毛を一房摘まんで、光にかざしてみる。伸びたら切る、を繰り返すだけの黒髪は、新しいきらめきには不似合いに思えたけれど。
「つけていったら、喜ぶのかな」
そう呟いた瞬間、扉がドン! と音を立てた。
弾かれたように髪留めを紙袋に放り込むと、後ろ手に隠した。この小屋には他に隠す場所なんてない。
いつもなら何度も叩かれる扉が、今日に限ってすぐ開けられた。そこに立っていたのはジンとセキ。最悪な組み合わせだ。背中にじわりと汗がにじむ。
「ほら、今日も持ってきてやったぞ」
セキが、これ見よがしに空のカゴを揺らしてみせる。
「そう。用が済んだならもう帰って」
いつも通りにすればいい。必死に平静を装ったけれど、言葉の最後が少し震えてしまった。ジンが少し目を細める。まるで手負いの獣を見つけたみたいに。
「おい、ハナ。客人が来たってのに座ったままじゃ失礼だろ。立てよ」
「あんたたちなんか客じゃない。いいから早く――」
「お前、なんか隠してるな」
心臓がどくん、と嫌な音を立てた。何か言わなくちゃ。そう思うのに、うまく息ができなくて言葉を発することができない。
私の様子を見て、ジンとセキは顔を見合わせた。そして、再びこちらに向けられた二つの顔には、いつもよりずっと深い笑みが刻まれている。二人が小屋に足を踏み入れた。
「勝手に入ってこないで!」
「うるせぇよ」
私の叫びなんて簡単に無視されてしまう。ジンが私の腕をつかんで引っ張った。荒々しいその力は、私から抵抗する気持ちさえ奪ってしまう。そもそも、ちゃんとしたオニじゃない私が、この二人に敵うわけがない。引きずられるようにして立ち上がった私の手から、セキが紙袋を奪い取った。
「なんだ、これ」
ジンは私の腕を押さえつけながら、中を見るようにとセキを促した。
やめて。そう叫びたいのに、ジンの手を振り払いたいのに。まるで凍り付いてしまったように、指先ひとつ動かすこともできない。それなのに、心臓だけが音を立て続けていることが不思議でならなかった。
「なんでお前がこんなモン持ってんだ?」
セキが髪留めを私の鼻先に突きつける。こんなときでも、その光はきれいだった。けれど、見とれている場合なんかじゃない。
「おいおい、ハナちゃん。口がなくなっちゃったのかな」
ジンの手がぎりぎりと私の腕を締め付ける。痛みで思わず顔が歪んでしまう。
「言えよ。これはどこで手に入れた?」
痛みと焦りと悔しさでうまく言葉が出ない。
何か言わなくちゃ。この場をどうにかしなくちゃ。どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。私が、オニじゃないからって――。
視界と足下がぐらぐらと揺れる。私の内側のぐらぐらが、とうとう現実の世界まで揺らし始めてしまった。このままじゃ私はもう立っていられないかもしれない。
「何してるんです!」
外からアマネの声が――いや、アマネ本人が、文字通り飛び込んできた。
「ジン、姉さまから手を放して。長に知られたらどうなるかくらい分かりますよね」
耳元で舌打ちが鳴って、私を押さえつける手の力が緩んだ。
炊事場のまとめ役であるアマネは、長からの信頼が厚い。しかも、二人は普段から集落でも悪さをして目をつけられているらしいから尚更だ。
「これはこれはアマネさま。相変わらず今日もお美しい。派手なお召し物はみんなの評判ですよ」
「あなたからのお世辞なんていりません。姉さまから手を放してと言っているんです」
もう一度舌打ちをして、ジンは私から離れた。解放された腕がビリビリと痺れたように痛む。
「おいおい。告げ口すんなら俺たちじゃなくてハナのほうじゃねぇの? こいつ、こんなもの隠してたんだぜ」
セキから放られた髪留めが、放物線を描いてアマネの手に落ちる。
「これは……」
アマネは髪留めを見たあと、私を見た。私は、その目を見つめ返すことしかできなかった。再びアマネの視線が落ちる。その口元は、わずかに弧を描いているようにも見えた。ゆっくり顔を上げると、ジンとセキに向き直った。
「――これは、私が姉さまに差し上げたものです。分かったらもう戻りなさい。これ以上姉さまを困らせるようなら、本当に長に言いつけますからね」
二人は視線を交わして軽く肩をすくめると、小屋から出て行った。納得した様子ではなかったが、長に言いつけられたらまずいと思ったのだろう。最後に振り返ったジンの目が、私の胸に小さな棘のようにチクリと刺さった。
「大丈夫ですか? まったく、あの二人にも困ったものですね」
落ちていた紙袋と髪留めを私に手渡すと、にこりと笑った。
「姉さまの大切なもの、なんですよね、これ」
どう答えていいのか分からなくて、私はアマネから目をそらした。
きゅっと手が握られるその感触が、今も強ばっている私の身体を緩めてくれる。でも、伝わってくるその想いへの応え方を私は知らない。
「無理には聞きません。でも、どんなことだって話してもらえたら嬉しいです。私は、姉さまの味方ですから」
アマネの手が離れていく。手の中で、髪留めがきらりと光った。それは、小さな後押し。
気付けば私は、向けられた背中に向かって叫んでいた。
「アマネ!」
陸からもらった髪留めをぎゅっと握りしめて、最後の勇気をもらう。アマネが振り返る。大きく息を吸って、私は口を開いた。




