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 初対面で陸をげんなりさせた赤いママチャリだったが、そのおかげで陸の行動範囲が広がった。

 特にどこへ行くわけではないけれど、町中(まちなか)のコンビニに行けるようになったのは陸にとって救いだった。千代の家には漫画やスナック菓子なんてものはない。欲しけりゃ自分で買ってこい、が千代の信条だ。

 この町にあるコンビニは、営業時間は朝六時から夜十一時までという、ちょっとコンビニエンスが足りないストアである。そのせいなのかどうなのか、どこかほのぼのとしていて、新参者の陸を変な目で見る人間もいなかったし、絡まれるようなこともなかった。陸が行く昼間の時間帯は、老人客が大半を占めているせいでもあるけれど。

 ここに来るまではコンビニと絡まれるのはワンセットみたいなものだったのにな、とママチャリを漕ぎながら思い出していた。

 通常のコンビニの商品以外にもちょっとした雑貨なんかが置いてある店で、暇つぶしに眺めていた陸の目が、きらりと輝く髪留めに止まった。その光は、なんだか初めて見たハナの笑顔に似ている気がした。


「あいつに似合うかな」


 そんなことを考える自分に戸惑ってしまう。別に深い意味なんかないし。そう自分に言い聞かせて、陸は缶コーヒーと菓子パン、適当に選んだ雑誌とともにその髪留めをレジに持っていった。すると、


「彼女にプレゼントするの?」


 と、レジのおばさんが聞いてきた。

 いつもは素っ気なくレジを打つだけのおばさんが話し掛けてきたことに驚いて、陸は固まってしまう。しかも、彼女かという質問に対してはノーだが、プレゼントかという質問に対してはイエスだ。この場合は、首をどの方向に振ればいいのだろう。

 陸が悩んでいるうちに、おばさんのほうは勝手に納得したらしく、からかうような笑みを浮かべていた。


「ちょっと待ってなさい」


 そう言って奥に引っ込んだかと思うと、何かを手にして戻ってきた。


「ホワイトデーのときの残りだけどね。これに入れるだけでも違うでしょ」


 それは、可愛らしい水色の紙袋で、散りばめられた白いハートのいくつかには、流れるような文字で「LOVE」と印刷されていた。


「いや、あの……」

「いーのいーの。どうせ余ってるだけなんだから!」


 おばさんは、若いっていいわねぇとなぜか嬉しそうに言いながら、髪留めをその紙袋に入れ、「はい」と陸の鼻先に差し出した。季節外れの恋愛イベントの名残が、陸の手に軽い重圧を与えてくる。

 別に、何か意味があるわけじゃない。ただちょっと目に入ったから。何度もそう言い聞かせたけれど「LOVE」の存在感はかなり大きい。にこにこと陸を見送るおばさんに、曖昧に頭を下げて店を出た。


「まいったな……」


 ハナには意味なんて分からないだろうけど、聞かれたらどう答えたらいいんだろう。

 陸がママチャリにまたがった――のと同時に、見覚えのある自転車がキッと音を立てて隣に止まった。ぽん、と肩を叩かれて見れば、隼がにっこり笑っている。


「よっ。そのママチャリ役に立ってるみたいだね」


 陸は慌てて紙袋をカゴに放り込むと、上に缶コーヒーやらが入ったビニール袋を乗せて隠した。


「まぁな。つーか、お前学校は?」

「今日は終業式だから。明日から待ちに待った夏休みだよー。そんなことより……いま、なんか隠したでしょ」


 隼の目線は、ママチャリのカゴの中に向けられている。くそ、目ざといやつ。


「なんでもねーよ」

「やだなぁ。俺たち親友じゃん」

「ちげーよ」


 カゴに伸ばされる隼の手を払いのけていると、別の声が割り込んできた。


「あれー、隼じゃん」

「なにやってんの? その人、知り合い?」


 声がしたほうを見ると、隼と同じ制服を着た男子が二人と、おそらく同じ高校の女子が三人、合計五人のグループが全員こちらを見ていた。


「こいつ、夏休み明けたら俺らの高校に転校してくるんだよ」

「え、マジ!」

「転校生とか超レアじゃん!」


 たちまちその五人が陸を取り囲んだ。四方八方から質問が飛んでくる。


「ねぇねぇなんで転校してきたの?」

「その髪の色って染めてんの?」

「住んでるのってこの辺?」

「あ、けっこーイケメンじゃん! 彼女とかいる? いないなら立候補しちゃおっかな」

「おめーは横に彼氏がいんだろ」


 今まで経験したことのない絡まれかたに陸はうろたえた。絡まれたら一発殴って終わりだったあのころは、なんて楽だったんだろう。陸がそんなことを思っている隙をついて、隼の手が素早く伸びる。止める間もなく「LOVE」の紙袋が引きずり出された。


「へー。これって誰にあげるの? まさか千代さんじゃないよね?」

「……っ、いいから返せよ」


 くそ、一生の不覚。取り返そうとする陸の手をすり抜けて、隼は自転車を降りて距離を取る。


「もしかして、ここで好きな子でもできちゃったとか?」

「そういうんじゃねーよ。それは、ただの……そう、友達にやるんだよ」

「友達、ねぇ」


 隼が指先で「LOVE」の文字を突きながら、ニヤニヤと陸を見る。

 そのとき、女子のうちの一人が、みんなの輪から少し離れたところに立っていることに気付いた。長めの黒髪をポニーテールにして、手首には細いブレスレットを付けている。周りと比べて、少し大人びて見える少女だった。

 その視線は、まっすぐ隼に向けられている。もしかして、こいつが隼の元カノってやつなのか? と、陸は焦る頭の片隅で思った。


「まだ友達、とかじゃない?」

「なにそれ、超純情じゃん」

「ばっかだな、お前ら。そういうのがいいんじゃん! 俺応援しちゃお」

「で、そのお相手は?」


 隼の言葉に、隼の元カノ以外、全員の視線が陸に集る。陸の顔がわずかに赤くなった。


「だから、そういうんじゃねーって言ってんだろ。さっさと返せ!」


 隼の手から「LOVE」を取り返すと、陸はママチャリに飛び乗った。走り出した陸の背中を、声が追い掛けてくる。


「頑張れー!」

「今度紹介してね!」

「応援してるからねー!」


 その声は、からかいよりも無邪気さのほうが強かった。そのせいか、陸も存外悪い気はしなかった。

 視線を下に向けると、カゴの中で「LOVE」の文字が揺れている。後ろではやし立てる声のせいか、陸にはまるではしゃいでいるように見えた。

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