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どうして「またね」なんて言ってしまったんだろう。
私は、自分の口にした言葉にずっと戸惑っていた。
「あ、そうだ」
ぴたりと足が止まる。陸にカボチャのお礼、言えなかった。
だから私は「またね」って口にしていたかもしれない。言わなくちゃって思ってたことを伝えられなかったから。だから、仕方ない。
それに、一度が二度、二度が三度になったいま、もう何もなかったときには戻れない。だったら、たった一回の「またね」なんて大した意味もない。
自分を納得させるように言い訳を重ねていく。そのことには気付かないふりをした。
オニとヒトは関わりを持ってはいけない。それが掟だ。
その掟を破って生まれた私がいま、母と同じように掟を破っている。ぎゅっと握りしめた手がベタついていた。スイカの果汁のせいだろう。
ちょっと考えて、いつもの道を逸れた。草をかき分けていくと、水音が聞こえてくる。この先にあるのが、さっき陸に教えた川だ。
私だけの秘密の場所。一人になりたいとき、私が来るところ。だから、誰にも教えるつもりなんかなかったのに。
「どうして言っちゃったんだろう」
まあ、いいか。どうせ陸があの小屋を越えてくることなんかないんだし。自分の中にまたひとつ「どうして」と言い訳が増えた。
川の水に手をひたして洗う。私だけの秘密の場所。でも、この川縁にも境界線の赤があった。まるで絶対に逃がさないとでも言うように。
この山では秘密なんか許されない。いつか必ず暴かれてしまう。分かっているのに、それなのに、あのとき陸に「またね」と口にした胸の華やぎが今も残っている。
母も、こうだったんだろうか。
ふとそんなことを思った。こんなふうに胸の中のきらめきにつられるようにして、「どうして」と「まあいいか」を積み重ねて――。頭を振って、水から手を引き上げた。空気に触れた指先がひやりと冷たくなる。
私は母とは違う。陸に会ったのはたまたまで、仕方ないこと。母とは全然違う。
水を払って立ち上がる。陸には強がって見せたけれど、本当のところカゴはとても重かった。紐が肩に食い込むせいで痛いし、大きすぎる靴のせいでよく転びそうにもなる。
本当のオニだったらこれくらい平気なんだろうな。そう思ってしまうのが悔しくて、誰にも弱音なんか言いたくなかった。それに、陸は私がちゃんとしたオニじゃないって知らない。だから、せめて陸の前だけでも、ちゃんと、オニでいなくちゃ。
あんまり遅くなると、何を言われるか分からない。私は暗くなり始めた山道で足を早めた。
陸に会っていることを知られるわけにはいかない。
掟を破ったオニは死ぬ。たとえどんなかたちであっても、母のように死ぬ。それが運命なのだと、長が言っていた。
死ぬのは怖くない。どうせこの狭い世界に私の居場所なんかないんだから。だけど、母と同じ理由で死ぬのは嫌だ。私は母とは違う。絶対に違う。
私の世界をぐらつかせた母と、同じ理由でなんか死ねるわけがない。




