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「姉さまー、いらっしゃいますかー」


 扉の向こうからアマネの声がして、眠りに沈みかけていた意識が呼び戻される。こんなに夜が更けてからアマネが訪ねてくることなんて滅多にないのに。


「どうしたの?」


 なにか緊急の用事でも、と急いで扉を開けた――が、薄暗がりの中に浮かぶアマネの表情はいつものようににこやかだった。胸元で大切そうに器を抱えている。 


「昨日、姉さまがお持ちになったあの立派なカボチャ、甘く煮付けてみましたので、お持ちしたんです」


 なんだ、と肩から力が抜ける。


「わざわざいいのに。それに、あたしに回したらみんなが文句言うでしょ。自分たちの分が減るって」

「いいんですよ。どうせ味の分からないやつばっかりなんですから」


 あちこちの小屋から持ち寄られた食料は集落の炊事場へ集められ、そして、担当の者が調理する。料理が得意なアマネは炊事場のまとめ役でもある。

 私は炊事場への立入自体を禁じられている。私の手が触れたものを口にするなんて考えただけでもゾッとする、と誰かが言っていたらしい。


「ジンなんか、私たちが作ったものより、その辺の動物の方が美味いとか言うんですよ! だいたい、最近はこのあたりに動物なんてほとんどいないし、いたとしても食べることは禁じられてるっていうのに。――ああ、そんなことより、これをぜひ姉さまに食べていただきたくて。自信作なんですよ」


 アマネがカボチャの煮付けが入った器をぐいぐい押しつけてくる。このカボチャは調理された後も私に押しつけられるんだな、と少しおかしくなる。


「姉さま? どうかなさったんですか?」

「ううん、別に」


 怪訝そうなアマネの目を誤魔化すようにカボチャを口に入れた。ホクっとした実が口の中で崩れて、ねっとりと甘さが舌に絡みつく。


「美味しい」

「ああ、よかった! 取っておいたかいがありました」


 その言葉に、ふと引っ掛かりを覚えた。


「もしかしてこれ、あんたの分なんじゃないの?」

「まさか! そんな、とんでもない……」


 アマネの声は後半になるにつれ、尻すぼみになっていく。その様子を見て、私は小さく息をついた。やっぱりか。

 アマネはときどきこういうことをする。

 私のために自分のものを差し出して、何でもないような顔をしている。その行為は私をイラつかせた。私を哀れんでいるから、そんなことをするんだ。そう思って、一度だけ「施しも同情もいらない」と怒鳴ったとき、アマネはとても悲しそうな顔をした。

 私の怒りに備えるように、アマネはうつむいてもじもじしている。いつもはぴょんぴょんと跳ねる二つの髪の毛も、持ち主に倣ってどこかシュンとして見えた。

 カボチャの甘さが、私の心をなだめるようにじんわりと身体に染み込んでくる。まったくもう。


「ほら、食べなよ」


 さっきとは反対に、今度は私がアマネに器を押しつける。


「でも、これは……姉さまに……」

「自信作なんでしょ? 一緒に食べればいいじゃない」


 恐る恐る上げられたアマネの顔は驚きに満ちていた。まん丸の目で私を見つめている。

 アマネは確かに私を哀れんでいる。でも、それだけじゃない。哀れみだけじゃ、このカボチャはこんなに優しい味にならないはずだ。


「――はいっ」


 弾けるように笑うと、アマネはカボチャを一切れ摘まんで口に入れた。


「うん! 我ながら、やっぱり美味しいです!」

「いいカボチャだったしね」


 陸も、そう言っていたっけ。ついでに、何度か落としたようなことも言っていたけど。そういえば――と、また少し笑ってしまう。

 カボチャを脇に抱えた陸と、トマトを投げつける私。今思えば、なんだかすごくマヌケだ。


「姉さま、どうしたんです? 今日はなんだか様子が変ですけど」

「……っ、何でもないよ!」


 不思議そうにこちらを見つめるアマネの口に、カボチャをもう一切れ押し込んでやった。


****


 今日も私は空のカゴを背負って山道を歩く。でも、時間はいつもより少し早いかもしれない。

 特にやることもないし。それに、もし陸に会えたら、あのカボチャ、美味しかったよって伝えてあげてもいい。

 胸の内でそう呟いて、足を早める。 


「もらいっぱなしじゃ、悪いもんね」


 赤い着物の裾が翻る。気が付けば、小屋はもう目の前だ。

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