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「本当に! 申し訳ありません! でした!」
ビリビリと空気が震えるほどの大声とともに巨大な手で頭を押さえつけられた陸は、つやつやしたテーブルに強かに額を打ち付けてしまう。
隣で一緒に頭を下げているのは、鬼沢孝男。陸の父親だ。
黒い針金のような髪はスポーツ刈りにされ、手だけではなく体全体が、そして何より声がデカい。元ラグビー部で、細身の陸の横にいるとまるで岩山のようだ、と母親の由梨子にもよく言われていた。
「痛ぇだろうが、このクソ親父」
「うるせぇ、黙ってろ! こういうときは、取りあえず頭を下げとくもんなんだよ! 許してもらえりゃこっちのモンだからな!」
全く隠すつもりのないひそひそ話をしていると、つやつやのテーブルの向こうから、ゴホンと大きな咳払いが聞こえた。これまたつやつやした頭の校長が苦々しい顔をして二人をにらんでいる。
現在地は、陸が通う高校の校長室。
今日の乱闘騒ぎで……というよりも、度重なる陸の問題で親が呼び出された日に、先ほどの件が重なった、というほうが正確だ。
「とにかく、鬼沢くんの暴力行為は今回が初めてではないんですよ。それに、反省もされていないようですしね」
校長の後ろには、歴代の校長の写真がズラリと並んでおり、一緒になって陸をにらみつけている。一人くらいにこやかにしたっていいだろうに、と陸は思う。もしかすると、この部屋に長いこといるとあんな顔になんのかな。お、今の校長は歴代で初のハゲなんだな、いや右から三番目と五番目のヤツはズラっぽいな。
この部屋での説教に慣れきった陸は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「ほら、反省してないってバレちゃっただろ!」
「いや、親父のせいだろ」
「どちらもです!」
校長がドン、とテーブルを叩くと、湯飲みが三つ飛び跳ねた。
「鬼沢くんのせいで、我が校には悪い噂が絶えないんです。誰が言ったんだか、あの高校はオニが通う鬼ヶ島だとか。まったく嘆かわしい……」
「いやー、今どきの子はうまいこと言いますな。感心しちゃいますよねー」
ガハガハと笑っていた孝男だが、校長の冷たい視線に気付くと、気まずそうに大きな体を縮こまらせた。
「校内だけでも問題だというのに、他校の生徒ともよく揉め事を起こす。正直、ほとほと困っているんです。生徒たちも怖がっていますしね。なんですか、オニと関わるとひどい目にあうとか。こう言ってはなんだが、鬼沢くんの存在は、我が校にとってマイナスなんですよ」
「退学しろってはっきり言えばいいんじゃないすか」
陸は、こぼれたお茶を拭きながらそう言った。
このままここにいたら、俺も校長みたいな顔になって、さらにはハゲ上がっちまう。そんなのごめんだ。
「親父の事務所で働かせてくれよ。そのほうが気楽だし」
孝男は自宅の一階で建築事務所を営んでいる。規模こそ小さいが、孝男の人柄か由梨子の営業力か、仕事は順調らしい。従業員が一人くらい増えたってどうにかなるだろう。
「バカ野郎、あれは俺と母さんが築き上げた商売なんだからお前なんかに継がせませーん。悔しかったら俺に「雇わせてください」って言わせる男になってみろ」
「はぁ? 息子が路頭に迷ってもいいのかよ」
「おう、迷え迷え。それが大人になるってことだぞ」
ゴホン! 先ほどより大きい咳払いが強引に割り込んでくる。
「ともかく、鬼沢くんは我が校に相応しくありません! それが私の結論です。……まあ、今後のことはご家族で相談してお決め下さい!」
問答無用とばかりに、二人は校長室から追い出された。