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「オレ」と「キミ」のボーダーライン  作者: 清谷ロジィ
ぐらぐら ~ハナside~
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 私はいつも、ぐらぐらしている。 

 確かなものが何もない。何もないから私の足下はひどくおぼつかない。だから、うまく立っていられない。だから、いつもぐらぐらだ。

 怖い――いや、怖いんじゃない。

 嫌いだ。 

 自分を取り巻く世界が。 

 その中で生きるしかない自分が。 

 大嫌いだ。

 全部全部、何もかも消えてしまえばいい。


****


 隙間から漏れ入ってくる光と背中の固い板の感触。その二つが、今日も私の目を覚まさせる。そして、板張りの小さな小屋の中で、今日も生きていることに気付いてほんの少し絶望する。その繰り返しだ。

 身体を起こして壁により掛かり、膝を抱えると、そこに顔を埋めた。そうやって私の周りに広がる世界を消して、内側の世界に潜り込む。

 ぐらぐらしているその世界はすごく居心地が悪い。でも、私が逃げ込む場所はそこしかなかった。

 ドンドン! と入り口の戸を乱暴に叩く音がした。

 その音は悪意に満ちていて――そして、その主も分かりきっていた。立ち上がる気にもなれなくて、そのままやり過ごそうとしたが、相手もこちらが中にいることは知っている。

 ドンドン、ドンドン!

 私の世界に執拗に入り込んでくるその音は、まるで、こちらの世界から絶対に逃がしてやらない、と伸びてくる手のようだ。

 諦めて顔を上げ、立ち上がった。

 戸を開けると、予想通りの顔が二つ並んでいた。どちらもニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを浮かべている。


「なんだ、いねぇのかと思ったぜ。手間掛けさせんなよ」


 戸を叩いていたジンは、そう言って手を下ろした。

 裾を短くした黒い着物をだらしなく着て、胸元が大きくはだけている。長い赤茶色の髪は、頭のてっぺんで結わえていた。


「……なんの用?」

「これ持っていけって言われたからさ。じゃなきゃこんなところに来ねぇよ」


 ジンの後ろに立っていたセキが、手にしていた空のカゴを投げつけてきた。青い着物に赤茶色の短い髪。よく似た顔がふたつ、よく似た笑みで私を見ている。


「兄弟そろっておつかいなんてご苦労さま。用が済んだならさっさと帰りなよ、こんなところ」


 カゴを拾い上げ、戸を閉めようした――が、それをジンの手が妨げた。


「お前こそ毎日ご苦労だな。あんな遠い小屋に行かされてよ」

「そうそう。そんで、もらってくるのは野菜ばっか。肉をもらってくる俺らとは、やっぱ違うよなぁハナちゃんは」


 二人の顔に浮かぶニヤニヤが深くなる。


「文句があるなら(おさ)に言って。あたしは言われたとおりにしてるだけだから」


 二人の顔をじっと見つめ返す。その笑いは今まで、そしてこれからもずっと私を取り囲むもの。だから、目をそらすなんて許されない。


「セキ、ダメじゃないか。ハナが怒っちゃったぞ」

「おやおや、それは悪いことをした。なにかお詫びをしなくては」


 二人はわざとらしい口調で会話を始めた。ちらちらと向けられる視線に含まれるのは嘲りだ。


「そうだ。鳥を捕ってこよう。血の滴る肉ほどうまいものはないからなぁ」

「セキ、それはダメだよ。だってハナは……」

「ああ、そうだった! ハナちゃんは食べられないんだっけ!」


 セキがおどけたように叫ぶと、二人は顔を見合わせて大笑いした。


「気が済んだ? だったら帰って」


 絞り出すように言った私に、ジンがすっと顔を近づけてささやいた。笑いの余韻を顔に貼り付かせたまま、見下すような目が刺すような鋭さを帯びる。


「いい気になってんなよ、『ヒト』が」


 私が勢いよく戸を引いたのと、ジンが手を放したのは同時だった。パン! という大きな音が響いた。

 戸の向こうから、二人の笑い声と遠ざかっていく足音が聞こえた。

 私はまた壁を背に座ると、膝の間に顔を埋めた。

 嫌いだ。

 何もかも、嫌いだ。

 ぐらぐら、ぐらぐら。

 そんなにぐらぐらしているくせに、私の世界は嫌になるくらい頑丈だ。

 私は、ちゃんとした『オニ』じゃない。

 私を産んで死んだ母はオニで、今どこにいるのかも分からない父はヒトだった。

 顔も知らぬ(オニ)が、顔も知らぬ(ヒト)と交わったせいで、こんなにも中途半端な私がここにいる。


「どうして」


 私から発せられたはずのその声は、すぐに私の体に染み込んでしまう。

 その問いは閉じ込められてどこへも行けない。答えのないまま、私の中をずっと巡り続けている。


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