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ずっしりと重たいカボチャを小脇に抱えて、陸は小屋の前に辿り着いた。知らず知らずのうちに足音を忍ばせていた。
扉の前に立った瞬間、向こうからゴソゴソと物音が聞こえた。
陸の心臓が大きく跳ねる。「誰か」が、いる。
どうする。向こうがいなくなるまで待つか。それとも「あ、どうも」って言いながら、さり気なく入っていくか。
陸が悩んでいる間も、扉の向こうの物音は続いている。
緊張で手ににじんだ汗をジーンズで拭おうとした瞬間、カボチャが陸の手からするりと滑り落ちた。ヤバい、と思ったときには足下から派手な落下音。
扉の向こうの物音が止まり、こちらをうかがうような気配を感じる。一枚の板を挟んで、まるで剣豪同士の戦いのように、相手の出方を探り合っている、そんな感じだ。
山の中の闇が、その色を濃くしていく。ずっとこのままじゃ夜になってしまう。大きく一つ息を吸うと、陸は足下に転がったカボチャを拾い上げ(やっぱり傷一つない)、扉を開けた。
「あ、どうも。俺――」
陸にしては最大限に愛想よく言葉を掛けながら入っていった――と、顔の横で、べちゃっ! という音と衝撃が弾けた。
反射的に視線をやると、開けた扉の内側に真っ赤なトマトが見るも無惨な姿となってへばりついている。
「な――っ」
慌てて小屋の中に目をこらす。
境界線の向こうで仁王立ちしているのは、赤い着物を着た黒髪の、陸と同じ年頃の女の子。
「何すんだよ!」
「う、うるさい! ヒトが! こっちに来るな!」
「はぁ? なんだよ、お前」
「あ、あたしは・・・・・・」
少女は、ぐ、と少し言い淀んでから、黒い大きな瞳で陸をにらみ付けて叫んだ。
「あたしは、オニだ!」
――この山にはね、オニが住んでいるのさ。
千代の言葉が陸の頭の中に蘇る。
「こっちに来るな!」
カゴから取ったトマトを威嚇するように振りかざしてそう叫ぶ少女の姿を、カボチャを抱えた陸は呆然と見つめていた。
ひゅっと風を切る音がして、もう一度べちゃっ! と水音が弾ける。
「さっさと帰れ!」
少女の手が、またカゴのトマトに伸びた。
「やめろ!」
陸の声に、少女の動きがぴたりと止まった。
先ほど陸の喉をうるおしてくれたものが、乱暴に叩きつけられて食べ物の価値を失っている。それが陸の心を苛立たせた。
陸が近付くと、少女はじりっと後ろに下がった。
「く、来るな! お前らが言ったんだろう、この境界線を越えるなって――っ!」
「うるせぇ!」
少女の腕が素早く動いてトマトを取ると、再び大きく振りかぶった。その瞬間、陸は大きく踏み出していた。スニーカーの爪先が、床に張られたロープを踏み越える。
逃げようとする少女の手首をつかんで、対峙する。
「離せ!」
「お前が投げたトマトも、そのカゴに入ってる野菜も全部、俺のばあちゃんが朝から晩まで世話して育ててんだよ! お前とばあちゃんがなんでこんなことしてんのか知らねぇけど、もらった食いモンを粗末にすんな!」
陸が怒鳴りつけると、少女は大きく目を見開いた。ゆっくりと腕の力が抜けていく。つかんでいた腕を放すと、陸は持っていたカボチャを少女に差し出した。
「これ。入れ忘れたから届けに来ただけだ」
ぐい、と押しつけると、少女は黙って受け取った。
「それ、たぶん美味いぜ。さんざん落としたけどビクともしねぇし、めっちゃ重いから」
そう言うと、陸は少女に背を向けた。
「あ――」
「じゃあな」
陸は、振り向かずにそのまま小屋を後にした。




