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「オレ」と「キミ」のボーダーライン  作者: 清谷ロジィ
キミとの出会い、それはカボチャとトマト
12/65

 次の日の夕方、陸が再びあの小屋へカゴを背負って行くと、昨日置いたカゴは無くなっていた。さらにその次の日、陸が行くと、小屋には空のカゴが残されていた。

 野菜が入ったカゴを置き、空のカゴを背負って山道を下りる。そんな日々を繰り返しながら、陸はこの行為の意味を考えていた。

 推測するに、千代はこの小屋を使って「誰か」に野菜をくれてやっているのだろう。問題は「誰に」、そして千代が「なぜ」こんなことをしているのかだ。

 ただ野菜をくれてやるだけなら直接持っていけばいい。

 実際、近所の(めっちゃ遠いけど)吉田さんや知り合いからは、毎日のように野菜や果物、作りすぎたおかずなんかが届けられるし、千代もあちこちに野菜を配っている。わざわざこんな回りくどいやり方をする必要なんてないはずだ。

 何度か千代に聞いてみたが、のらりくらりとかわされてしまうだけだった。


「ちくしょう、説明くらいしろってんだ」


 今日も今日とてカゴを背負って山道を登る。夏の暑さが強まるとともに野菜たちはぐんぐんと成長した。カゴには溢れそうなほど野菜が詰め込まれている。


「このままじゃそのうち重すぎて登れなくなっちまうぞ」


 すっかりと当たり前になった休憩で、カゴからトマトを一つ取り出してかじりついた。初めはどこか遠慮もあって、歩く速度を落とすだけだったが、今はカゴを下ろし、そのふちに腰かけてゆっくりと休むことにしている。

 なにも説明してくれないのなら、せめて好き勝手にやってやる。ちょっとした反抗だった。

 酸っぱくてほんのり甘いトマトの実を噛み砕きながら、目の前の赤いロープを眺める。謎と言えばこの赤いロープ――千代が言うには「境界線」だ。

 絶対に越えてはいけない。

 そう言われたけれど、その先にはいったい何があるというのか。そして、何があるから越えてはいけないのか。少なくとも、陸の目には同じような山の景色が続いているようにしか見えなかった。


「オニ、ねぇ……」


 そんな奇想天外な話は、千代の誤魔化しにしか思えなかった。

 いつになったらちゃんと説明してくれんのかな。陸はトマトのヘタを境界線の向こうへ投げ捨てた。


「さて、と。行くか」


 自分を励ますように声を出して立ち上がる。再びカゴを背負おうとしたとき、その重さにぐらりとバランスを崩した。


「あ……っぶねぇー」


 なんとか踏ん張り、倒れずに済んだ。こんな山の中でひっくり返るなんて目も当てられない。


「マジで少し減らしてもらわねぇとやべぇな」


 それでも、休憩のおかげか先ほどよりもカゴが軽くなったような気がする。

 さっさと置いて帰ろう。そして今日こそ理由を聞き出してやろう。

 陸はそう決意すると、力強く足を踏み出した。

 小屋の引き戸を開けると、空のカゴがない。今日はまだ、その「誰か」は来ていないようだ。

 このまま待っていれば、少なくとも「誰か」の正体が分かるかもしれない。陸の好奇心がわずかに騒ぐ。

 しかし、この行為が俗にいう「恵まれない人に愛の手を」という趣旨のものだったとしたら、強引に正体を突き止めるのは得策ではない、とも思った。

 とにかく、千代に理由を聞こう。もし、今日もはぐらかされるようなら、もうこの運び屋の真似事はやめると言ってやればいい。

 結局、いつものようにカゴを置いて小屋を出ることにした。

 山の中の夕暮れは、町よりずっと早い。木々に光が遮られ、薄暗くて、鳥の羽ばたきや鳴き声に、知らず知らず陸は足取りを早めていた。

 ふと道の先に何か小さな黒い影があることに気付く。しかしハッキリとは見えない。

 野生動物かと身構えたが、その黒い影は小さくて、せいぜいウサギくらいだ。こっちと出くわしたら、向こうが逃げるだろう。もし向かってきても、あのサイズなら……たぶん倒せる、はずだ。

 そう判断して、陸はゆっくりと歩を進める――が、


「なんで、こんなとこに……」


 それはただのカボチャだった。

 野菜相手にほんの少しでもビビった自分を誤魔化すように、乱暴にそれを拾い上げる。

 少し考えて、そうか、と思い当たる。

 よく見ればその場所は、先ほど陸が休憩をとったところだった。おそらく、カゴを背負おうとしてバランスを崩したあのとき、転がり落ちてしまったのだろう。休憩後にカゴが軽く感じたのも、きっとそのせいだ。


「どうすっかなー……」


 あの小屋からここまでは約十分。つまり家に戻るまでは約二十分。

 このカボチャを抱えて二十分かけて山を下りて、千代に報告するか。それとも十分かけて小屋へ戻り、カゴに入れてくるか。

 進むべきか戻るべきか。そんなハムレットのような選択が陸に突きつけられる。

 いっそ割れていたら、諦めて捨てていく選択肢もあったのに。

 道に転がっていたカボチャには傷一つなく、絶対に美味いんだろうな、と思わせるほどずっしりと重かった。


「……あーっ、クソ!」


 逡巡した結果、陸は小屋へ戻る決断をした。

 もし家に戻ったとして、千代に「置いてきな」と言われたら、それこそ面倒だ。それに――。

 もしかしたら、あのカゴを持っていく「誰か」を知ることができるかもしれない。

 そんなほのかな期待に気付かない振りをしながら、陸は今きた道を戻り始めた。

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