プロローグ
ある夏の日、入り口が二つある、山奥の小さな小屋で『オニ』と呼ばれた人間と『ヒト』と呼ばれた鬼が出会った。
一人はカボチャを抱えて。もう一人はトマトを振りかざして。
そこは二つを隔てる赤い境界線の狭間。
世界が混じり合う。新しい何かが生まれる予感――。
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例年より早い梅雨明けだった。
昨日まで降り続いた雨は湿気だけを残して去っていった。そこへ夏が忍び込む。じっとりと熱を持った空気が、少年の背中に制服のシャツをぺたりと貼り付かせている。
しかし、その原因は湿気だけではなく――その少年を取り囲んでいるヤンキーたちだった。
学校の校舎裏、背の低いメガネを掛けた真面目そうな少年と、彼を取り囲む髪の色も形もさまざまな五人のヤンキー。
絵に描いたようなカツアゲの図である。
「ちょっと金、貸してくれるぅ?」
絶対に返す気など無い口調で、だらしない制服姿のヤンキーたちが、きっちりと校則通りに制服を着た少年にじりじりと詰め寄る。
「ぼ、僕、そんなにお金持ってないんだけど……」
「いいからいいから。取りあえず、財布出してみよっかぁ。ね、怖くないからさぁ」
粘りつくように言いながら、ヤンキーの一人が手を伸ばす。少年は、身を守るように胸元でぎゅっと鞄を抱きしめた。その手が触れるか触れないか、という瞬間、大声が響き渡った。
「オニだー!」
ヤンキーの手が止まる。その言葉に、ざわっと動揺が波紋のように広がる。。
「オニが来た!」
と、叫びながら(ついでに鼻血も出しながら)転がり込んできたのは、見張り役を任されていた金髪だった。にゅっと伸びた手が、その金髪の首根っこを捕まえる。
「誰がオニだって、あぁ?」
校舎の陰から、まるで天を突くようにツンツンと立った赤毛が現れる。
はだけたシャツの下には挑発的な英語のロゴのTシャツが透けており、ビジュアルでは確実にヤンキーの方にカテゴライズされるはずなのに、ヤンキーたちは彼に敵意をむき出しにしている。
「てめぇには関係ねぇだろ、とっとと帰れよ」
リーダー格のヤンキーが凄むが、赤毛の少年は涼しい顔で言い返す。
「うるせぇな。そんな弱っちい奴に大勢でかかってんじゃねーよ。情けねーの」
「なんだとぉ」
一瞬でヤンキーたちが殺気立った(ただ一人、金髪だけはずっと青ざめていた)。
「今日こそボコってやっからな! 覚悟しろよ!」
「いいから、さっさと来いよ。オメーらと違って暇じゃねーんだ」
その言葉が合図だったかのように、ヤンキーたちはいっせいに赤毛の少年に飛びかかっていった――が、数分後、彼らは一人残らず地面に転がされていた。
「おう、大丈夫か?」
赤毛が足下に転がった金髪を一蹴りして、取り囲まれていたメガネに声を掛けると、彼はびくりと体を強ばらせた。
「う、うん。ありがとう、鬼沢くん」
赤毛の少年の名は鬼沢陸、高校二年生の十七歳――通称『オニ』だ。