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全てはあんこの中に

作者: 青野菜穂

 私の家は代々続く和菓子屋だ。

 代々といっても老舗というほど長くあったわけではなく、『地元では有名な和菓子屋さん』だ。

 おばあちゃん、叔父さん、叔母さんと従兄弟たち、お父さんとお母さんと一緒に暮らしている。お父さんは跡を継がず、お父さんの弟の叔父さんが継いでいる。


 お店ではおばあちゃんと叔父さんが和菓子を作り、お母さんと叔母さんが売る。お父さんはスーツで出勤していくサラリーマンだが、和菓子屋の長男ということで和菓子作りは普通にできる。

 私と従兄弟たちも和菓子屋の子として当然のように仕込まれていて、物心ついた頃から和菓子に触れてきた。和菓子作りを極めるつもりは無いが、嫌だと思ったこともない。私たちのお遊びみたいな、趣味みたいなものだ。


 和菓子屋に生まれたのだから、おやつは基本的に和菓子だった。失敗してお店では出せないものや叔父さんの試作品、私たちの作った不恰好のもの、売れ残りはほとんどおやつになった。おやつに困ったことがないのが、私の密かな自慢だ。

 そんなおやつの中で私が一番好きだったのは、おばあちゃんの作ったものだった。

 おばあちゃんは、あんこを使う和菓子が一番上手だった。叔父さんが作るのも他のお店のも美味しいが、おばあちゃんが一番だと思う。


 たとえば、練り切り。

 花や動物などを象ったまるで芸術作品のような素晴らしい練り切りが、おばあちゃんの手にかかればあっという間だった。

 何よりも味が最高で、ほどよい甘さの中になんとも深い味わいがあり、ただあんこが姿を変えただけではないのだ。


 それから、お饅頭。

 お饅頭というものはあんこをより美味しく食べるためのお菓子だと、私は口にするたびに感心する。

 創意工夫を凝らす叔父さんと比べて、おばあちゃんの作るのはとてもシンプルだ。必要最低限で、昔ながらを大事にする。

 だからこそ、あんこの美味しさが引き立つのだ。

 これは何処の和菓子屋にも負けていないと、身内の欲目を抜きにしても言えた。




『なんでこんなにおいしいの?』


 確か、小学校低学年の頃だったと思う。私はおばあちゃんのお饅頭を食べている時に聞いた。

 こんな素敵なものを作れる理由が知りたかった。

 その理由はこのお饅頭と同じで、とても素敵な理由のはずだから。


『んー? 知りたいの? じゃあ、ゆうちゃんにだけ特別に教えてあげようか』


 従兄弟たちが少年野球の練習に行く水曜日の放課後。

 私のおやつに合わせて休憩を取ったおばあちゃんは、この時間にその日の商品の出来を再確認していた。

 ちょっと厳しい目つきで和菓子を見るおばあちゃんも好きだが、私に話しかけられてにこにこ微笑むおばあちゃんも大好きだった。


『思いをね、込めるんだよ』


 おばあちゃんはお饅頭を見ながら言った。

 半分に割られて中身を見せているお饅頭は、ふっくらつやつやだ。

 その美味しさはいつだって変わらない。


『おいしくなあれっていうの? あのね、まえによんだほんにあるよ。おばあちゃんもなんだね』


 その時、私はわかったような気がした。当時読んでいた児童向けの本で、『おいしくなあれ、おいしくなあれ』と呪文を唱えて料理する場面があった。

 そうすることで魔法のように美味しいものが出来上がるのだと、得意げに主人公が言っていた。

 だからおばあちゃんも魔法の呪文を使っているのかと納得したのだ。


『おいしくなあれ……? ははは、ゆうちゃんは面白いこと言うねえ』


 おばあちゃんは私の言葉にぱちぱちとまばたきすると声を上げて笑った。そんなおばあちゃんを見て、目を丸くしたのをよく覚えている。

 おばあちゃんはあまり大きな声を出さない人で、にこにこという擬態語が似合う笑顔をこれまで見せていた。

 おばあちゃんの笑い声を聞くのはこれが初めてで、ただ驚いていた。


『ゆうちゃんはかわいいねえ。おばあちゃんとは全然違うねえ』


 おばあちゃんはにこにこ笑いをしながら、私の頭を優しく撫でてくれた。

 私はおばあちゃんに撫でられることも好きだった。大好きな和菓子を作る手は大きくて温かい。

 少しだけおばあちゃんは声を潜めた。


『思いってのはね、全部なんだよ。全部は全部だよ。美味しくなあれっていうのもあるよ。お客さんに幸せな気持ちになってほしいもんね。でもそれだけじゃあない。それだけじゃあ、ちっとも美味しくならないんだよ。不思議だねえ』


 おばあちゃんがどうして私に話そうと思ったのか、よくわからない。

 おばあちゃんは和菓子作りの秘密を誰にも話してなかった。誰に聞かれても、おばあちゃんは内緒だと言ってにこにこ笑うだけだった。

 叔父さんがその秘密を盗もうと、時々鋭い目つきでおばあちゃんの手元を見ているのを知っている。お父さんも従兄弟たちも、気になっていた。もちろん私も。

 その秘密を、私にだけ教えてくれた。


『おばあちゃんの気持ち全部込めてるんだ』

『ぜんぶ?』

『そうだよ。今日もいい天気。ゆうちゃんやたかちゃん、ふみちゃんが元気一杯で笑顔も一杯。この店の和菓子を食べた人が美味しいよって褒めてくれた。そういう幸せだなって気持ち……それとね、』


 おばあちゃんは持っていたお饅頭にかぶりついて、何かを確認するように目を瞑った。

 多分、味を味わったわけではなかったと思う。

 ふるふると目蓋がゆっくりと開いて、黒い目が見えた。


『今日は気分が乗らなくて、和菓子なんか作りたくない。なのに作らないといけない。おばあちゃんも歳をとっちゃって、色んなところが痛い。死んで逃げたあの人の影はまだまだいろんなところにあっておばあちゃんたちを苦しめてくる。あの人のせいでこの和菓子屋が無くなったらどうしよう。あの人なんか忘れちゃいたい。こんな風に縛られるのは嫌なのにね』


 おばあちゃんはたくさんの苦労をしてきたらしい。

 特に祖父のことは死んでしまってからも大変だったのだという。会ったことも見たことも無い人だから、よくわからないけどそうらしい。

 この時はそんなことも知らなかったが、おばあちゃんたちは祖父のことをできるだけ、私たちに知られないようにしていた。

 この数年後に知ってしまったが、どうしようもない人のせいでおばあちゃんは苦しんでいた。


『そんなね、悪い、わるぅーい気持ちも全部全部、あんこに込めてるんだよ。わかるかなあ?』


 おばあちゃんは穏やかな顔をしていた。ぽかんと口を開けている私を見て、ふふと笑みを深くしていた。

 私にとっておばあちゃんはいつも笑っていて、よく撫でてくれる優しい人。

 和菓子を作るときはいつだって真剣で、口は真一文字、目はじっと手の中のあんこを見つめて、とても美味しい和菓子を作る人。


 その認識は間違っていなかったが、それだけの人ではなかったのだと知った。

 この時はそんなこと少しもよくわかっていなくて後から整理された思い出だが、それでもおばあちゃんの印象が少し変わった日だった。



 私はおばあちゃんの秘密を知ってからも、おばあちゃんの和菓子が好きだった。

 まだ幼くて意味があまりわからなかったというのもあったが、どんな思いが込められていてもおばあちゃんの和菓子はやっぱり美味しいのだ。

 逆に思いを込めないとこんなに美味しくならないのなら、どんどん詰め込めばいいと思った。


 つまり、悪い思いに対して嫌というよりも食い気が勝ったのだ。美味しいものはその存在が正義である。

 それに秘密を教えてからも、優しい穏やかなおばあちゃんなのは変わらなかった。撫でる手も、和菓子を作る手も同じで、おばあちゃんはいつだって自然体だった。

 あんこに込めているものに誰も気づかないだけで。


 秘密を知ってからわかったが、おばあちゃんはあんこに触れている時、穏やかではない。それまではただ真剣なだけだと思っていたが、本当はそうではなかった。

 口を真一文字にしているのは、多分漏れ出さないようにするためだ。全部をあんこの中に込めるから、逆にそれ以外には出さないのだ。

 じっとあんこに視線を向けていても、目は何も見ていない。ずっとおばあちゃんの中を見つめている。


 誰もおばあちゃんのこの秘密に気づかないと、私は何となくわかった。

 叔父さんとおばあちゃんが並んで作っているところを見ると、強くそう感じた。

 秘密を盗もうと手元ばかり見ている叔父さんは、きっといつまでも気づかない。黒い目が何を思っているか、考えもしない。

 お父さんも従兄弟たちも、誰もわからない。気づかないままだ。


 私だけだ。

 知っているのは私だけ。

 おばあちゃんが教えてくれたのは私だけだから。

 私だけがわかっている。

 和菓子のことも、大人のこともまだまだ知らない私だけが。


 和菓子を作り終わって、おばあちゃんがにこにこと笑いかけてきた時、『私だけ』が甘いものと知った。



 『私だけ』は日が経つごとにどんどん甘くなった。

 お母さんやお父さんに叱られたとき、叔父さんに失敗を笑われたとき、従兄弟たちにからかわれたとき。

 慰めてくれるおばあちゃんと、こっそり笑い合ったとき。

 私だけのものは、とても美味しい。

 いつの間にかあんこと同じくらい甘くなって、夢中だった。誰かに話そうなんて少しも思えない。私のものなのだから。

 おばあちゃんの秘密は、私の秘密にもなった。


 あんこも、秘密も、甘くて大好きだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

この話について少し。


2015年11月9日。

この話が下書きに追加された日です。

なんとちょうど五年前です。

投稿しようか悩んでいる時、この追加日を見て投稿を決めました。

投稿には勢いが大事ですね。


とはいえ勢いがすぎて、本当はこの後続く話をぶった切ってしまいましたが。

五年前考えた設定が半分くらい飛んでます。

色々やらかした祖父のことが書けていませんし、重要な役割の登場人物は影も形もありません。

設定が一部変わってしまい、うまく話が続けられず、終わり方は雑です。

他にも色々反省点はありますが、それでも投稿できてよかったとは思います。

目に見えるゴールができると気持ちがいいですから。


ここまで読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 欄外に付け足した一文、とても威力を発揮していると思います。 話の先にあるものを想像することができます。 ちょっと規格外かもしれませんが、良い手法ですね。 自分で編み出したのでしょうか? そ…
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