第三話「お義父さんと呼ばないで」1
「俺の娘……? ということは、俺が父……?」
レナードは信じられないといった形相で美咲を見つめた。
「ちょっと待て。どういうことだ? 君はどう見ても十代にしか見えない。それに、俺もまだ16歳だ。時系列が合わないぞ……」
美咲も自分自身で信じられないと思っているのだろう。レナードの目の前の少女も訝しげに口を開いた。
「それ自体は私も信じられないと思っています。ですが、私が幼い頃に父の書斎で見た父自体の写真と貴方が瓜二つなんです」
「それは、他人の空似か……」
「その写真に、貴方の名前がはっきりと書かれていたんですよ」
美咲は上着から一枚の写真を取り出した。そこにはレナード自身と美咲によく似た少女が写っていた。少女の肩を愛おしそうに抱き、うっすらと微笑んでいるレナードだったが、対して少女は身体中に包帯を巻いて少しばかり困ったような笑顔を浮かべていた。
「な、なんだよこれ……。俺と明日香だ。でも、こんな写真撮った覚えがない……」
写真を美咲から奪い取り凝視するレナードだったが、美咲はそれに対して淡々と言い放った。
「私を産む一年前の話だそうです。覚えていないんですか?」
「何を言っているんだ君は……! 俺はそもそも童貞なんだよ……!」
「悪いが、俺には美咲さんもこの優男も嘘を言っているように見えない。もう少し詳しく説明してもらっていいかな」
不意に亮哉が横から口を挟む。邪魔者を見るような視線をレナードは向けたが、美咲は申し訳なさそうに口調を変えた。
「すみません。この写真は父と母が結ばれた瞬間の写真だと聞いています。そして、この写真を撮ってから五年後の2030年に私が生まれたらしいです。現に、2030年12月24日が私の誕生日です。昨日も12月24日、お父様……娘の誕生日も忘れてしまったのですか?」
言い終わるころには美咲も感情が昂ったのか、明らかに怒気を孕んだ口調になっていた。しかし、一方でレナードは亮哉に視線を向けると首を横に振る。
「美咲ちゃん、だっけ。悪いんだけどその話が本当なら俺は何も一切知らないよ」
「あんた、娘に対してそんなことを……! でも、確かに娘には見えないしそもそも親父も若すぎるし……。何がどうなってんだ」
「自分で言うのもなんだが、俺は目に自信があってな。他人の仕草や目の動き一つでも嘘を見極められることが出来る」
「私が、嘘を吐いているというんですか!」
美咲が声を荒げるが、レナードはそれを手で遮る。
「君が嘘を吐いているようには思えない。けど、話次第では君の精神を疑わなければならない。君の誕生年が2030年と言ったね?」
美咲はぐっと口を噛み締めながら首を縦に振った。それに対してレナードは再び首を振った。
「悪いけどね、君の話が本当だとしたら、本当に俺に身に覚えが無くなる。今は、2024年なんだ」
短くそう吐き捨てると、しばらくの間静寂が流れた。
「嘘でしょう……。貴方は、娘を今までほったらかしておいて責任を取りたくないからって……!」
「美咲さん、落ち着いて。あんたも何か今が何時なのか分かる証拠でもないのかよ。ええと……」
「レナードだ、聞こえてただろ? これを見てみろ」
レナードはぶっきらぼうに言うと美咲にスマートフォンを投げて渡した。
「スマートフォン……?こんな古いものをどうして……」
美咲は画面を見て二の句が告げなくなった。
画面には二人の男女が並んで写っている壁紙の中央に大きく時刻が表示されていたが、そこには『2024年5月14日』と記されていた。
その男女はしっとりと微笑む美咲によく似た少女とその横で面倒くさそうに佇むレナード本人だった。
「嘘……。今って2045年じゃ……。アエリア界は、地球は、今どうなっているんですか?」
「2045年って言われる方が嘘くさく感じるよ……。でもその様子じゃ俺を騙そうとしている訳じゃなさそうだな」
「その地球ってところはどうなっているんだ?」
再度亮哉が問うとレナードはうんざりしたように答える。
「アエリア界は今は治安がいい。2023年にイスラエルとロシアとアメリカで軍事衝突が起ころうとしていたが、これはPMCの介入で軍事介入の原因となっていたテロリストが拘束されたため回避された。後は日本だが、二人とも日本に縁のある血縁なら分かる通り、2020年に東京で大規模のバイオテロが発生して港区が完全に閉鎖されている。その時のテロリストの残党が香港で2021年に同様のテロ事件を起こそうとして中国当局に鎮圧された位だな」
「歴史を勉強した時にあった事件の通りですね……」
美咲は信じられないといった口調だったが、亮哉は何のことか分からず首をかしげていた。
「そっちの日本人はピンと来ていないようだが、大丈夫か」
自分の国の話だぞと言わんばかりの口調だったが、亮哉が何故首をかしげているのか、その表情を読み取ることが出来ていない様子だった。
「あの、こちらの亮哉さんはどうやらエルト界に飛ばされた際に記憶を失ってしまっていた様でして。それで話が掴めていないようなんです」
「記憶喪失か……。そっちも嘘は吐いていない様だしな。少しばかり疑わしいが、今はそれどころじゃない」
亮哉もその言い分に対してはそうだろうと首を縦に振る。
「それよりも、君が本当に2045年に生きる人間として、何故今ここにいるのか心当たりはないのか」
レナードの問いに対して、美咲はこの村に来る前の話をぽつりぽつりと続けた。
世界中がラースレイムの侵略に遭い、ことごとく打倒されたこと。
自分自身をレナードが護衛を付けて守っていたこと、いつからか父と連絡が取れなくなったこと。
護衛は自分を逃がす為に囮になって以降今まで会っていないこと。
アメリカで放浪の旅を続けていたら白い竜を模した機械兵器と遭遇して、謎の発光と共に気付けばこの街の外れの森の中にいたこと。
エルト界に飛ばされて以降、謎の倦怠感と疲労感、そして息切れによって歩くこともままならないこと。
美咲自身の話が終わるころには既に正午が過ぎたようで、街の人たちはこの寂れた村のような農業区域から元の活気溢れる居住区や市場へと戻っていった。後は二人の面倒を見ていた医者が残っていた位であったが、燦然と照り付ける太陽にのぼせたのか、いつの間にか姿を消していた。
美咲が話し終えてからややあって、レナードはむっつりとした表情で口を開く。
「にわかには信じられないが……。多分その白い竜と接触した時に何らかの理由で君はこの時代にタイムスリップしてきたことになるんじゃあないかな」
「た、タイムスリップですか。それこそ何かドラマのような……」
「いや、一概にはフィクションと切り捨てきれないさ。現にこのエルト界とかいう魔法世界だって俺達からしたら御伽噺そのものだ」
レナードの推察に美咲は思わず確かに、と呟く。
「もう一つ教えてくれ。未来では一体俺は何をしていたんだ?」
「私が14歳になる前の話です。父から私自身に最後に連絡があったのは私に護衛を付けるから逃げるようにとのことだけです。しかし、父から派遣された護衛の方々が父からレポートを受け取っていたようです。それによると……」
美咲はコートから小さなガラス状の液晶端末を取り出すとそれをレナードに見せる。ガラスのような透明な板そのものに文章が浮き上がる。これにはレナードも亮哉も驚きの声を上げ、二人して画面をしげしげと眺めるのであった。
そこには、レナード自身の独白のようなものが書かれていた。