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第二話「記憶にございません」2

「美咲さん」


 秋風のさわやかな午後の空と比べて、亮哉はむっつりとした面持ちを見せた。

 

 ベッドで半身を起こしたままの彼はどこかそわそわした様子でもあった。


「昨日僕が追い払ったらしい連中はラースレイムの集まりだったんでしょ? その割には村はまだ静かだよね」


「そういえば、確かに……」


「アエリア界ってところが征服されるくらい奴らの力が強いのならば、こっちの世界のこんな辺鄙な村が征服されていないはずがない。今頃兵士が聞き込みに来ているはずだ」


 亮哉はベッドから立ち上がると、血がうっすらと滲んだ包帯を巻いただけの体にシャツ状の外衣を羽織る。


 立ち上がった姿はふと中肉中背に見えるが、その印象はすぐに覆された。

 

 無駄な肉が削ぎ落とされた体はばねの様にしなやかで、筋肉のラインが浮き彫りになったその体は瘦せぎすというよりは引き締まっているという表現が的確であった。


 しかし、目立つのは体つきではなく、その体に刻まれた傷の数々だった。

 

 包帯の下に見える体には矢傷や刺創と思しき創傷がびっしりと並び、その痕はまるで刺青の様に体のあちこちに広がっていた。


 その痛々しい姿に美咲は思わず眉を顰める。

「僕が思うに、軍が動けていないか、もしくは……美咲さんの言ってることが本当ならありえないことだけど、この村が帝国の統治を受けていないか、ということになるんじゃないかな。とりあえずこの村で聞いて回っても……どうした?」


 美咲の形相に亮哉も怪訝そうな顔を浮かべる。


「いえ、その、お怪我が……あまりにも痛そうで」


「怪我……?本当だ。僕の体、なんか凄いことになってるね」


 見るなと亮哉に諌められるかと思ったが、反して申し訳なさそうに頭を掻く。


「ごめんね、みっともないもの見せたみたいで」


「いや、そんな……」


「僕はどうやら記憶をなくす前は兵隊か何かだったのかな。真っ当な人間であればいいんだけどね」


「それは、今の亮哉さんを見れば間違いないってわかりますよ」


「兵隊ってこと?」


「真っ当な人って方です」


 美咲は思わず口を早める。


「でも、亮哉さんの仰ること、検証して見る価値はありそうですね……。ここがラースレイム領かどうか、知るだけでも大きな情報ですし」


「うん、多分聞くだけ疑われることも無いだろうし行ってみよう」


 亮哉がドアノブに手をかけたところで、急に外から悲鳴が聞こえた。


 その悲鳴は一人のものだけでなく、どうやら複数の人間が上げたものの様だ。


「亮哉さん、今のって……?」


「分からない、賊か……?」


 何かあるといけないから、と言い残すと亮哉は美咲をその場に留まる様に言い渡し、部屋を飛び出す。その際、廊下への警戒を怠らなかった姿を美咲は見逃さなかった。


 診療所を出ると、そこは畑に囲まれたばかりの小さな農村だった。間違っても裕福とは言えないような有様は寧ろ寒村と言える。一見すると長閑な景色であったが、亮哉はすぐに異変に気付いた。


 畑で収穫籠を抱えた老婆の頭を鷲掴みにして振り回すようにして、兵士たちがぞろぞろと歩いて向かって来るのが見えた。


 亮哉は近くに先程顔を合わせた医者を見つけると、後ろから肩に取り付くかのように身を寄せ、耳打ちする。


「お医者のじいさん、あの蛮族みたいな武装集団は一体なんなので?」


「おい、まだ起きて歩ける状態じゃないだろ。若いの……」


「いいから。分かるのなら教えて欲しいんですよ」


「ふむ……」


 医者は憎々しげに眼前の光景を睨みつけた。


「葡萄酒色の肩当て……。あれを付けているのはラースレイム帝国軍の武人だ」


「あれが帝国軍……。因みにこの村の近くに奴らの野営地や拠点は?」


「わしの知っている限りではない。が、ここは奴らにとっては敵地だ。仮にあったとして、あまり大きなものは作れないだろう」


「ここは帝国領土じゃないんですか?」


「あり得んな。ここはグラスフェリア王国の田舎じゃ。誰が帝国なんか……」


「そうですか」


 もういいと言わんばかりに医者の肩をぽんと叩くと亮哉は大股歩きで兵士達へ向かう。


「な、なんだあの人……」


「よせ、帝国軍だ! 迂闊に刺激するんじゃない!」


 周囲の村人達からどよめきが上がるが、亮哉は依然としてその歩みを止めない。


「兵隊が農民相手に偉そうにしてもかっこ悪いだけだぞ」


 静かに語りかけると、兵士達は一斉に視線を向ける。


「あ、ああっ! こいつです! 昨日我が隊に手を掛けてきた蛍火の男です!」


「ま、まだ生きていたのか……」


 葡萄酒色のショルダーアーマーを装備した隊長格の一人、スキンヘッドの男が亮哉を睨みつけた。昨晩亮哉と山道で出くわした男、ドッカだった。


「俺が大佐に報告していた少年だ」


「ほう、奴が……」


 ドッカの隣にいた同じく隊長格の男は冷笑を浮かべて亮哉へ向く。


「我が隊の偵察班を昨日はかわいがってくれたらしいな。俺はラースレイム帝国軍帝鬼兵のカール・ヴェール。貴様の名を聞こう」


「……織部亮哉」


 自分の記憶がないからか、やや歯切りの悪い返事が返される。


「やはり貴様がオリベリョウヤか。やはり聞きなれない名前だ。貴様、我ら帝国軍に楯突くとはどういう了見だ」


「了見も何も無いだろう。お前ら、自分たちが何をしているのかわかっているのか?」


「何をだと?」


 カールの語気に怒りの色が宿った。


「我々は任務を全うしているだけだ。わかるか? 我々の姿を見たものは消さねばならない。その責務をわざわざ邪魔立てしたのは貴様だ、オリベリョウヤよ。ドッカはその珍妙な光で上手く騙せたのだろうが、この帝鬼兵であるこのカールには通用せん」


 カールは素早く腰のショート・ソードを引き抜き、亮哉へ差し向ける。


「貴様は敵に回してはいけない存在に牙を剥いたのだ。ラースレイムの名の下に、その不敬、命を懸けて贖罪せよ」


 殺意にまみれた切っ先が喉元に向けられる中、亮哉の反応はその剣の煌きにも負けない程に冷ややかであった。


「使命感に駆られてやっていることは他国の民を虐めるだけか。帝国も程度の低い雑兵の集まりであると伺えるな」


「何だと……?」


 そう問い返した途端、カールははっと息を呑んだ。


 目の前の飄々とした少年は突如蛍火のような翠緑の光を放出すると、まるでベールのように体に纏わせる。光の奥に見えたその顔は陰に隠れながらもどこか静かに加虐的な笑みを浮かべていた。


 その異様な雰囲気にすっかりと周囲の雰囲気が飲まれたことに、カールはまずいな、と感じた。帝国軍がたった一人の少年の生存確認をするためだけに出兵したのに、よりによってその少年に帝国兵士が圧倒されている。

かと言って、仲間であり頼れる同僚のドッカが敗走する程の実力を持つ相手に迂闊に手出しが出来ずにいるのも事実だ。


「異国とはいえ、何の力も持たない人間に手を出している時点で貴様らの程度が知れる、と言っているんだ……!」


 亮哉が右手を伸ばすと、その手に全身に溢れていた緑光が集約される。その光は一筋の鏃を彷彿とさせる一つの魔力の塊へと変貌する。亮哉の右手が軽く拳を握ると、その魔力は鋭い光と共に凍りつき、瞬く間にショート・スピアの剣先と見紛うほどの槍と化した。


「こ、こいつ……!」


「魔法かっ! 皆下がれ!」


 ドッカとカールが合わせて声を張り上げる。


 しかし、動くには少し遅かったらしい。


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