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第一話「俺の財布返せよ」3

 街を一歩踏み出した先には緑一杯に広がる草原。その緑の絨毯を割くかの様に街の入り口から彼方に見える森に向けて小さな道路が伸びきっている。

 

 すっかり日は昇り、燦然と空で輝き出した頃だったが、その道路を悠然と歩いて森を抜けて来る騎馬の軍勢がうっすらと姿を現した。


「昨日の奴らの仲間か。人は違うが装備はまんま同じだな」


 街の入り口に立ったままレナードはぼんやりと呟いた。


「げぇ、本当に来やがった……」


 レナードの横で大きめの鍋を頭に被った店主が声を震わせると、すかさず背広姿の後ろへ後退りする。その姿は人見知りの子供が親の背中を頼るかのようだ。


「成る程、あれがラースレイムか。確かに雑兵と比べると覇気のある、きちんと訓練された部隊の様だな」


 おずおずと様子を伺う住人達を他所に、一つも物怖じする様子はなかった。


「兄ちゃん、あんたが何で自信満々かわからねぇが……。俺達はあいつらが恐ろしい。もうあんたに任せたいよ」


 店主はそう漏らすとじりじりと後退りを始める。

 

 それに対してレナードは右手に握った黒鉄の塊を小さく振る。彼が握る黒いグリップから小さな箱状の鉄が姿をみせ、両端にそれぞれ肩当てのような形状の木材と細く先端に出っ張りを取り付けた鉄の筒が伸びている。それがふらふらと揺れる様はまるでここは任せてゆっくりしろと言わんばかりの呑気さであった。


「傭兵でも何でもないあんたに頼む事は何もないよ。まぁ見てな」


 その言葉を背中に浴びせられた店主は街の入り口にある小さな門を潜ると、すぐさま細い閂をかける。その細さに心許なさを感じたのか、閂を握る店主の手は小さく震えていた。


「親父、あの優男の兄さん何て言ってたんです?」


「黙って見とけだとよ。一体何の自信があるんだか……」


「それに、あのお兄さんさっきまであんな鉄の塊握ってませんでしたよね? 一体どこから……」


 住人の一人がレナードの右手に握られる取手の付いた鉄の筒をしげしげと眺めると、周りの人々もそれに同調した。


「確かに……。あの人の格好じゃあんなの隠しもてないだろうし……」


「ひょっとして、あの人魔法使いなのかも!?」


「もう何でもいいや。兄ちゃんが奴らに勝てるなら何でもいい!」


 店主達が喧々と叫ぶ中、肝心の優男と騎馬隊は相見える程に距離を縮めていた。


 数騎の騎士とその後ろに追従する歩兵は戦闘に立つ男の合図と共に歩みを止めた。合図を止めると、男は葡萄酒色の肩当てを太陽で照らしながら声を張り上げる。


「我々はラースレイム帝国軍第12特務騎兵団アルビオン隊である! 私はアルビオン隊直参の騎士団、マーカス騎士団団長クレイグ・マーカス。貴様は我々の兵から報告のあった蛍火を纏う男か」


「蛍?なんだいそれは」


 レナードが肩をすくめると歩兵たちの中から一人絶叫せんばかりにがなり立てる者が出た。その男はレナードに震える手で指しながら後ずさる。


「クレイグさま、この男は蛍火の男ではありません! 昨日私が所属していた分隊を謎の奇術で全て爆破した者です!」


 その叫びが上がるや否や、クレイグの後ろに並ぶ兵士達からどよめきの声が上がった。


「まさか、この男が……」


「いや待て。本当にそんな大層な魔術などあるわけがない……」


「昨日交戦したのは夜なのだろう? こんな優男に一体何ができるというのか。やはり罠を張られていたのでは」


 眼前に敵を迎えておきながら呑気なものだな。


 レナードはそう口の中で呟いて相手が落ち着くのを待った。


 本来戦であれば相手の隙を突くのは定石である。それに、人数の差を考えればその不利を覆す為に少しでも相手の裏をかく必要がある。


 しかし、レナードは敢えてそれをせずに相手の出方を伺うようであった。


 余程自信があるのだろうか、相手から離れようともしない。


 それは相手を侮っているわけではなく、既に相手に勝つ算段が取れていることと自信があることを帝国軍は身をもって思い知ることになる。


「ええい、ごちゃごちゃと五月蝿い! 今は戦場ぞ、眼前に敵となり得る男がいるのだ!」


 クレイグの絶叫と共に歩兵達は直立不動の姿勢を取る。併せて、静まり返ってレナードの動きを注視していた騎兵達は大型のランスを腰に構えると、臨戦態勢に入った。


「貴様も貴様だ! 我々ラースレイムを前にして何故そこまで余裕ぶっている! よもや、貴様適当に降参するか我々から逃げようなどと考えてはいないだろうな……?」


 クレイグが腰に携えた長剣を抜き取ると、それを空を切るように切っ先をレナードに向ける。風でたなびくマントが彼の溢れ出る闘気を表すかのように大きく膨らんでいく。


「逃げる……ねぇ。俺は逃げるつもりもあんたらに降参するつもりもない。まぁ、きちんとした騎士たるあんたは兎も角、眼前の敵をそっちのけにガヤガヤ騒がしい後ろの雑兵達には絶対に負けるつもりはねぇよ」


 レナードは乾いた笑いを浮かべて、その蒼い瞳で歩兵達に目を向けた。思わずどきりとした歩兵達だったが、すぐに荒々しく怒声を返す。売り言葉に買い言葉と言わんばかりだ。


「何だと、俺達を愚弄するか!」


「このガキ……馬鹿にするなよ……!」


 彼の言葉に触発されたのか、兵士達は次々と自らの武器を構える。クレイグの指示を聞かずとも、すぐにでも飛びかからんとせんばかりに殺気立った様だ。


「フフ、俺の戦い方を見た人間がいるにもかかわらず、やる気を見せるのが遅いんだよ……」


 レナードは左手で拳を作って俯く様にして笑う。その笑いに帝国軍からの殺気が高まるのを感じると同時に、クレイグが声を張り上げる。


「後悔するなよ……。全員でかかれ! いくら奇術を使うとて、周りは開けている! 数では勝っている、押し込め!」


「だから遅いって言ったんだよ」


 小さな呟きが聞こえたと共に、兵士達は眼前の優男の異変を察知した。


 向き直った少年の右目は先程までの悠然とした蒼い瞳でなく、殺気をかき集めたかのような、雄々しく真紅に煌めいていた。


 それと同時に右手に持つ鉄の塊を肩と左手で支えて、瞬時に兵士達の方へ向ける。


 突如、雷めいた轟音を響かせて鉄の塊から伸びる筒が発光する。


 レナードが構えた無骨な鉄の塊。それはおよそこのエルト界にはあるはずのない、コルト社の騎兵用小銃、M4A1カービンであった。


 マズルフラッシュがまたたくと共に銃口から飛び出す銃弾が音の障壁を越えてけたたましい音を掻き立てつつ、次々に歩兵や騎兵に殺到する。口紅の先端かのような5.56NATO弾はラースレイムの兵士たちの鎧や帷子を次々と引き裂き、柔らかい肉を突き抜けて水風船が爆ぜたように赤い液体を周囲へ巻き散らした。


 当然銃弾の速さに目が追いつくはずもなく、耳をつんざく音と共に隣にいる仲間が次々と爆ぜていく姿に恐怖する暇も与えられないままにほぼ全員が潰れた石榴のような肉塊へ姿を変えていった。


 音が鳴り止む頃、クレイグは何が起きたのか理解出来ないまま後ろを振り向くと、そこにはかつての仲間は中途半端な面影を残して無惨な姿へと変わり果てていた。


「……な、は。き、貴様……一体何をした」


 銃を知らないクレイグからしたらほぼ怪異に見舞われたようなものだろう。現実が理解出来ず、恐怖したのだろう。口が乾き、喉が張り付く。口をぱくぱくと動かして呆然とした後、声にならないか細い音を発した。


 だが、この怪異を起こした張本人は何事もなかった様に平然とこちらを見据えている。次は自分かとクレイグは肩を震わせた。


「相手の戦力を見誤った結果だな。見てくれに惑わされた報いだ。尤も、惑わされた本人達ばかりが死んで、一番警戒していたあんたが生き残ることになってしまったが」


 そう投げかけるとレナードはM4カービン銃を下ろす。その動作に思わずクレイグは小さな悲鳴を上げて仰け反った。


「これ以上やるつもりはない。この街に関わらないと誓ってくれるなら帰ってもいいよ」


「貴様……。部下をみすみす殺されて、騎士の私だけがおめおめと帰れるか……」


 震える声で説得力のない闘志を向ける。


 戦鬼兵として多くの部下を任された身としては、自分自身が理解できない方法で部下全員を失い、対処する目処も部下を失った経緯も分からないまま逃げ帰ることがどれほど屈辱的か及びもつかないだろう。生きて帰れた所で結果ばかりが先行し、負けた理由すら理解出来ないほどの無能と謗りを受けて地位も職も失うことは目に見えている。


 故に、眼前にいる奇怪な優男に最後まで立ち向かうべきだと自身に言い聞かせるが、何の尊厳もなくボロ雑巾の様な姿に変えられた部下達の顔が脳裏をよぎり、ただただその場に震えるしかなかった。


「お前もこうなりたいか?」


 依然その場で狼狽えてばかりのクレイグに痺れを切らしたのだろう、レナードが呆れたように声をかけてきた。その声すら今や死神の呼び水の様に感じ、クレイグは騎馬を少しずつ退ける。


「いや、嫌だ……。こんな兵士としての誉れもない無惨な死に方……。何だこの男……。悪鬼の類か……」


「死にたくないなら帰っていいって言ってるじゃないか。それに見ろよ。あんた悠長にしていられる立場か?」


 レナードは背中を指した。彼の背後にある小さな村の入り口になっている門に多くの民衆が姿を見せていた。彼らの中には街の自警団もいるのだろう。彼らは槍や剣、中には桑などの農具を担ぐ者もいた。


 それを見てクレイグは悟る。敗残兵が敵地の住民にどのような扱いを受けるか。よしんばこの優男が見逃したとして、この場に留まっていては敵意むき出しの住人に囲まれ、抵抗すればするだけ惨たらしく袋叩きに遭うだけだと。


「くそっ、このクレイグ・マーカスが……! このラースレイムの戦鬼兵が! おのれ……貴様、名は一体なんだっ……!」


「レナード。レナード・P・デリンジャーだ。この名を覚えている間は二度と戦地に出向かないことだな」


「この屈辱……忘れんからな!」


 クレイグは騎馬を振り向かせると脱兎の如く駆け出す。肩を怒らせた背中は死への恐怖から逃げるだけの、戦士とは思えないほどの弱々しさを見せていた。


 その姿を見届けながら、レナードは溜息を吐いて踵を返す。人を殺めたとは思えない程の軽い足取りで街へと歩いていく。


 その右目は先程の爛々とした赤い瞳ではなく、元の蒼さを取り戻していた。


 一方で、今度は同じ輝きを左目に灯すと、街の外観をぼんやりとした顔で見渡す。


 ややあって、肩を竦めて歩みを早めた。


「まだいるようだな、あの軍団」


 そう呟くと血気盛んな民衆を尻目に門と違う方向へ歩き出そうとした。


 そこでふと足が止まる。青ざめた顔でクレイグが逃げた方向を向くが、首を振って歩みを進めようとした方向へ駆け出した。


「やべぇ、あいつらに再会したら真っ先に文句を言うつもりだったんだ……!」


 背後から民衆のものと思しき歓声と自身を呼ぶ声がしたが、彼は気にも留めないようで、もう足が止まることはなかった。


「テメーらのせいで文無しになっちまったのに……くそっ、俺の財布返せよ!」

のぼせ上がるような夜を迎えると、次の朝には後悔を迎える。

全てを失った少年が代わりに得たものはゆきずりの少女の健気な信頼であった。

長閑な田舎街の小さな出会い。

しかしそれは血に飢えた者達の宴の種火となる。

次回第二話「記憶にございません」

儚き少女の芳香は死の匂い。

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