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第五話「龍の棲む街……?」

痔が辛くて不定期更新です。すみません。

 風に吹かれて草が音の出ない笛のような間抜けな音を立てた。


 草原を駆け抜けた風は小さなさざ波を起こすと、しばらく静寂をもたらしてはまた敷布を揺らすかのようにそよ風をもたらす。


 この日は心地よい風が吹く快晴。たっぷりと降り注ぐ日光を受け、馬車が一台草原のなだらかな坂を登る。車輪ががらがらと響くばかりの、静かな昼下がりだった。


「亮哉くん、見えてきました」


 馬車の中から顔を出して、目元に手をかざしていた美咲は随分と浮ついた声を上げた。


 馬車を包み込むような、どこまでも広がっていると誤認しそうなほどに広大な草原の先にぽつりと塔が立っているのが見えてくる。アーセナル公領に問題なく進めているのであれば、ローランドと呼ばれる城塞都市の独立監視塔だろう。


「あれは……独立監視塔か。あんなものがあるとしたら、相当大きな都市なんだろうな」


「へぇ、その通りです。グラスフェリアの中でも首都の次に大きな城下町のあるところです。流石、いい目をしていますね」


 馬車を走らせながら御者を務めていた商人は薄くなった髪を風に拐われながら笑いかける。しばらくぼんやりとした会話を続けていく内、監視塔は眼前に大きく広がってきた。その横を通り過ぎようとすると監視塔の展望台から誰かが声をかけた。


「おおい! そこの馬車は何しにきたんだ!」


「こっちは行商に来たモンだ! 後、領主さまは今日はいるかい!」


「商人か! ならいいや。通ってくれ! セイナさまに会いたいなら役人に届出をしてくれよ!」


 展望台にいた監視員が怒鳴り声のような大声を出す中、手を大きく振った。それが通行の許可と受け取った御者はゆっくりと馬車を走らせる。


「セイナさまって人がここの領主さまなんですか?」


「そうですよ。現場主義で領民からの人気も高いんです。でもその分お忙しくされておられるから、近日すぐに会えるかどうかは分かりませんが……」


 美咲の言葉に御者は少し首を傾げるような仕草を見せる。亮哉たちが会おうとしている人間はそれほどすんなりと会えるわけではないことが窺えた。


「そこまで人気の高い人間が一国の領民止まりというのも妙だな……。王政が長く続いてきたが故に王族の地位が高いことの証明なのか?」


「さぁな。少なくとも、俺が滞在したグラスフェリアの他の公領と比べると支持率は圧倒的にその領主様の方が高いのは分かる」


 監視塔を抜けると、先程までの景色から一変して周囲には広々とした畑が広がっていた。そこには農民たちが小ぶりの篭を担いで作物の間を歩いて回る。篭の中には畑から青々とした葉を覗かせていた蕪が積まれていた。


 農民たちはふと馬車に気がつくと、大手を振って見せた。馬車が一台で、中にいるのが行商人と思しき小太りの男と、数名の女子供が乗っているだけだと気付いたのだろうか。あまりにも警戒心が薄いとレナードはふと悟った。


「いい土地だな。民衆の笑顔が多いっていうのは、平和が維持出来ている証拠だ」


「ええ、本当に。私が暮らしていたアエリア界では、ああいう風に長閑に暮らせる土地はありませんでしたから」


 そう言う美咲は、どこか寂しそうに羨望の眼差しを向けていた。レナード達に笑顔こそ向けていたものの、その表情に陰りが見えている。


 ふと手を差し伸べようとした亮哉とレナードだったが、手が重なり合いそうになって気まずそうに手を引く。


 二人は互いに不満そうに睨み合うと視線を馬車の外へ向けた。この気まずさを誤魔化したい衝動に駆られていた。だが馬車の眼前には城門が大きく広がって自分たちに立ち塞がっているのが見えた。これまで見渡す限り草原や畑が広がっていたため、急な景色の切り替わりに気持ちを奪われていた。


 亮哉は慌てて取り繕うように美咲に手を振ってみせる。


「ほら、美咲。見てごらん、到着したよ」


 美咲が顔を向けた時には商人が手続きを済ませていたらしく、大きな影を落としていた城門がちょうど開け放たれた。鉄の軋む音を上げながら影は光に両断され、眩いばかりの日差しが馬車の中に注ぎ込まれる。


 視界が少しばかり白く霞み、美咲は手で顔を覆いながら眉を顰めた。しかしながら、その光が慣れてきた頃には人の往来の激しい大きな広場が飛び込んできた。人の往来は激しく、三人が出会った街もそこそこの規模があったが、それを上回るほどの活気に満ち溢れていた。


「わぁ……」


 美咲がふと感嘆の声を漏らす。商人は何度も訪れたことがあるのか、得意げに鼻を鳴らした。


「どうです? これがグラスフェリア王国の中でも首都に次ぐ大きさを誇る、アーセナル公領です」


「すごい大きさですね! 辺りの露店も……美味しそうな料理がいっぱいで……」


 商人は元気のなさそうな美咲の喜ぶ姿を見て少し安堵の表情を浮かべた。亮哉たちほどではないが、やはり連れ添っている少女の元気のない姿には思うところがあったのだろう。


 安心していたのは亮哉達もそうだった。レナードは先ほどまでの訝しげな表情を緩めて微笑むほどだ。


「普通に観光がてらこの周りを歩くのも面白そうだ。なぁ? 亮哉?」


「そうだけどさ……。まずは領主のセイナ様? とやらに話をするのが先決なんじゃないの」


「そこは俺に任せておけ。アーセナル卿ご本人との面識はないが、近づくチャンスくらいは作ることが出来ると思う」


「近付くチャンス? それって一体……」


「それは俺に任せておけ。俺にもやり方というものがある」


 レナードはどこか自身ありげに言ってのけた。その様子にどこから自信が出るのかと亮哉も不思議に思ったが、彼のことを信用することにした。


 しばらくして亮哉達は馬車を降りた。商人は始めこそレナードに怯えていたのか、やや顔色を窺う様子であったが、街に着く頃にはすっかりと打ち解け、気さくな様子を見せていた。


 もっとも、美咲に主に愛想を振り撒いていたこともあり、若干レナードの機嫌が悪くなっていたことはここだけの話であった。


 商人は最後に頑張ってください、と一言残して仕事に戻っていった。それは商人なりの素直な心だったのだろう。そこに対してレナードや亮哉が口を挟むことはなかった。その思いが通じたのか、去っていく商人たちの馬車を見てレナードは帽子を被ってもいないのに、手を腰あたりに振って頭を下げた。亮哉もそれに倣ってぺこりと頭を下げた。美咲は太ももの合間に手を重ねてのお辞儀だった。その姿は、どこか日本人の仕草が見てとれた。


 レナードは美咲の様子を見た後、亮哉にふと耳打ちをした。


「やはり、美咲は俺の娘だな。あのお辞儀、俺の好きな子にそっくりなんだ。顔もそっくりなのはこの際言うまでもないんだけど」


「仕草が似ていれば面影を見てしまうよな。そこはわかる気がする」


「だから、俺が守ってやりたいのは言うまでもないんだが、折角仲良くなったお前にもその役割を任せたいんだ。あいつ、お前に心開いているじゃない?」


「そうなのかな。僕にはまだよくわからないな。僕みたいなどこの馬の骨か知らない人間に……」


 亮哉がそう呟く中、レナードは彼の背中を強く叩いた。一瞬驚いた表情を見せるが、叩いておきながらもその顔はやけに溌剌とした明るいものだった。


「何言ってんだよ。お前さ、美咲のこと呼び捨てで呼べるくらい仲良くなってるじゃないか。短い間に心開いてもらってるってすごいよ。絶対チャンスだって」


「そうなのかな。でも、なんかそういう仲になるって、何故か怖いんだ。何かあったような気がして……」


 浮かない顔の亮哉だが、その表情は本当に何かに怯えているようだった。街に大きな風が吹く。ふわりと揺れる亮哉の髪はその表情を隠すかのように目元を大きく覆った。


「記憶がないだけで、故郷に奥さんでもいるのか? だとしたら、流石に美咲はあげられないよな」


「そんないい存在がいた気はしないよ。なんか、色恋沙汰で嫌な思いをした気がする」


「こっぴどい振られ方でもしたんだろ、どうせ。いいじゃん。美咲も可愛いんだから。新しい恋に燃えろって!」


 レナードはやけに明るく亮哉の背中を叩いた。スキンシップとは思えない、重い音が辺りに響いた。よほど思い詰めているのか、亮哉はそれでも微動だにしなかった。


 その音に気づいたのか、目を輝かせて周りの街々を見渡していた美咲が顔を向ける。


「レナ……、お父さま。亮哉くんに一体何をしているんですか」


 少しばかり怒ったようにレナードにゆっくりと詰め寄る。想い人とやらに似た顔で迫られたのか、レナードはやや頬を赤らめて身を退ける。


「いや、悪いことは何もしてないよ」


「本当ですか?」


「本当さ。それよりも、美咲は疲れているんじゃないか? ちょっと亮哉と一緒に休んでくるといいよ。領主にちょっと俺も用事があるし」


 美咲を亮哉の方向に向けると、肩を支えて亮哉に押しやる。力が強すぎたのか、美咲がそのまま飛び込んできたので、亮哉は彼女の肩を抱くように受け止めた。彼女は小さな悲鳴を上げて、亮哉の腕の中でそのまま留まった。


「亮哉。さっきの話の通りだ。セイナ伯は俺に任せろ。少しばかり野暮用を済ませてくる」


 そう告げてレナードは踵を返し、その場を去った。


 背中から亮哉の呼び止める声が聞こえたが、それは一切無視した。


 活気あふれる街道を歩いていくと、街の中枢に大きな城が見えた。セイナ・アーセナルの住む居城なのは間違いない。そう判断したレナードは城下町と城を画する城門まで静かに歩いていく。城門の前に立つ兵士は明らかに暇そうに立ち尽くしていた。不用心だ。そう心の中で呟き、兵士に向かって悠然と歩み寄っていった。


 流石にレナードの姿が見えると、兵士も仕事の姿勢に戻る。さっきまで適当に担いでいた槍をしっかりと握り、レナードの前に咳払いを一つ漏らして立ちはだかる。


「御客人。今はセイナさまはご不在であられる。お引き取り願おう」


 毅然とした立ち振る舞いだった。壺のような形状をした縦型のヘルムのスリット越しに鋭い眼光が見える。無骨な甲冑がかえって剛健さを顕として防人を担う兵士としての威厳さを窺わせた。


「かれこれ1週間ほど前、グラスフェリア首都ウインザムにて国王陛下がコートアーベス打倒のために傭兵を呼んだという話は聞いているか?」


 レナードは淡々と兵士に言葉をかけた。兵士の重々しい雰囲気にも飲まれず、いかにも飄々として表情ひとつ変えることはない。その堂々とした振る舞いとレナードから発せられた言葉に狼狽したのは兵士の方だった。


「目にも止まらぬ速さの飛び道具を扱う銀髪の少年……。もしや貴方が、あのデリンジャーと名乗る傭兵……!」


 兵士は構えの姿勢から即座に直立不動の姿勢を取る。その背筋の伸び方はいかにも叱責を恐れる子供のそれであった。


「わかってくれればいい。それよりも、コートアーベスとは別にラースレイム帝国の件で聞き逃せない情報を得た。セイナ伯に陳情という名目でこのローランドに伺った。通してもらえないだろうか」


「そ、それでしたら……。直ちに! しかし、セイナさまは現在ご不在のため、しばし中でお待ちいただきたく……」


「それならばいい。その間に連れ添いを呼んでくる。またここに来る形でいいな?」


「かしこまりました。周りの兵士にも貴方様の話を流しておきますので……」


 兵士が言い終わるころだろうか。不意に、城から離れた居住区の方向より大きな破裂音が響いた。あまりの物音に思わず地響きすらしたほどだった。


「……? 一体何が起こった?」


 あまりのことに槍を握り締める兵士だったが、その横に佇んでいたレナードが不意に左目を赤く光らせて遠くを見やった。


 しばらくして、その異常さに気づいたのか。街を仰ぎ見る姿勢のまま冷や汗をひとつ垂らした。


「な、なんなんだアレは……!」


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