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第四話「僕がここにいる理由」3

「馬鹿野郎! 何やってんだ!」

 

ひどく落ち着かない様子の村人達の心中を表すかのような暗雲が立ち込める中、小さな街の寂れた酒場に雷が落ちた。

 

窓や扉のガラスを震わすほどの怒号に、人々は思わず窓から顔を出して酒場の様子を伺うほどだった。その視線には抗議の色はなく、ただこれから何が起こるのか心配だと言わんばかりの怯えたものだ。


「申し訳ありません。ただ、我々が想定していた以上の怪物と鉢合わせてしまったと言いますか……」


 後ろ暗い様相を浮かべて弁解の言葉を並べたのはドッカだった。その様子は亮哉達に見せた自信ありげな不遜なそれとは違い、悪さをした後に親から折檻を受ける前の子供のようである。


「言い訳はいい。それで? 貴様達に託した俺の部下を悲しくも殲滅してくれたことはどう説明してくれるんだ?」


 酒場はラースレイムの紋章をあしらった鎧に身を包んだ兵士たちで満席状態となっていた。店主が配膳用のトレーをかぶってカウンター越しに怯えた視線を向けた先には、大柄な男が不機嫌そうに椅子を軋めかせている。

 

 その体つきは鎧の上からでもわかるほどに筋肉が発達しており、長い黒髪が軋む椅子に合わせてゆらゆらと揺れている。眼光は鋭く、真紅の瞳は他人を萎縮させるほどの睨みの利いた重みがあった。


 現に、帝国軍人の中でもある程度の地位を得るほどまでの実力を持つカールとドッカほどの人物ですら、男の前では萎縮しきって頭を垂れて俯いたままでいた。


「実は……。我々が追っていた蛍火の少年も相当な手練であったのですが、彼は誰一人殺してはいません」


「なんだと? 我がアルビオン隊は並の兵士には及ばないほどに鍛え抜かれた精鋭だぞ。いくらグラスフェリアのかの姫様の領地の中とは言え……。まさか、アーセナルの騎士達にでも遭遇したのか」


「いえ、たった一人です」


「何?」


 男の眉が吊り上がる。その変化を察して肩を震わせるが、ドッカはぽつぽつと続ける。


「蛍火を操るあの少年の他にも同じほどの年齢の少年がいたんです。奴は何やら奇妙な鉄の武器を用いて雷鳴を轟かせます。あっと驚いたかと思った時には、兵士達が体をばらばらにされて血だるまになっていたんです。何が起こったのかよく分からないのが正直なところで……」


 男はドッカとカールの顔を凝視していた。鋭い視線を逸らさぬまましばらく無音が続くと、男は大きなため息を一つ吐いた。


「貴様らが嘘を言っているというわけではなさそうだな。しかし、そんな奇術……。話を聞いただけではカラクリがわからん」


「も、申し訳ありません。私達ではその場の状況をうまく把握することができませんでした」


「いや、いい。貴様らで理解できないということは他の者でもそう簡単に説明することができないだろう。その点は無理に責め立てる必要性はない」


「はっ、身に余るほどのご慈悲光栄です」


 二人は顔を上げた。ほっとした表情を見せていたが、男の不敵な笑みを浮かべているのを見るや否やまた表情を曇らせる。


「だったら、身を挺してラースレイムの威厳を取り戻す。貴様らは失墜した名誉を自らの手で取り戻すのだな」


「えぇ! もう一度あの少年と戦えということですか……」


「そうだ。いつも言っているだろう。負けることが恥なのではない。負けを糧にできないその逃げ腰が恥なのだと」


 男は軋む椅子を弾ませて立ち上がる。周りの兵士達の頭部が胸元にしか達することの出来ない、その体躯のなんと大きなことか。丸田のような腕を組み、ドッカとカールを睨む姿は不出来な息子を叱るときの父親のそれであった。


 決してドッカたちが身長の低い存在というわけではない。現に身長だけなら並の大人よりも一つ大きいと言えるほどである。エルト界に住む人間の身長は、地球で言うところの白人達と同等である。ドッカ達は言うなればどこぞの地球の軍人並というわけだ。


 それだけでも、男が如何に現実離れした体つきか証明するのは容易いものだ。そのような姿でたちまち睨みを利かされたらと考えれば、流石のドッカたちも萎縮するのは仕方ないと言える。


「俺の部下には負けを認められない頑固者も、負けたまま奮起できない腰抜けも要らん。常勝しろとは言わんが、それだけの魂を持てと言っているだろう。だったらわかるな?」


「……かしこまりました。確かに我々も、負けっぱなしでは気が収まりません。何卒、再戦の機会をいただきたく……」


「私もドッカと同じ想いです。私の剣を見事見切ったあの織部亮哉なる少年に再度我が疾風の如き剣技を思い知らせてやりたいです!」


 二人の目には先程までの弱々しさは消えていた。それこそ、亮哉の前に対峙した時よりも激しく、それでいて驕りのない純粋な闘志が宿っている。


 男はそれを狙っていたのだろう。二人の目を見据えると小さく笑い、二人の肩を叩いた。


「ヨォシ! それでこそ俺が部下を任せた帝鬼兵だ! では早速兵をまとめてこの街を出る準備をしろ!」


「……! でしたら!」


「そうだ、アルビオン隊出撃するぞ! 次は俺も共に行く!」


 男の一声に周囲の兵士達は歓喜ともとれるどよめきを上げた。各々の目は爛々と輝き、今にも腰に携えたショート・ソードでも振るって暴れ出したいと言わんばかりの興奮度合いだ。異様な熱気に包まれているのか、まだまだ冬には早い時期なのにも関わらず、うっすらと黄ばんだ安物の硝子の窓には結露が浮かんでいる。


 その最中であった。酒場の扉が乱暴に蹴り開けられる音と共に一人の兵士が飛び込んできた。その兵士の身軽な装備を見ると恐らくは伝令を申しつけられた者だろうか。


「申し上げます。蛍火の少年の消息を掴みました!」


「おお、俺達の代わりにすまない! でかしたぞ」


 伝令を労うようにカールは前に出ると、酒場の店主にスープとパンを持ってくるように命じた。厨房から忙しない足音が聞こえてくる中、伝令は息を整えて話を続ける。


「少年は最後に目撃情報のあった街から商人の貨物に紛れてグラスフェリア領内に向かった模様です。ルートを辿るあたり、行き先はアーセナル公領内の最大都市ローランドと見て間違いありません。奴は”竜騎姫”に接触を図るつもりでしょう」


「よくやった。貴様の名前を覚えておこう」


「はっ、わたくしめの名前はフュンフと申します」


「そうか。フュンフよ、ご苦労ついでにもう一度早馬を頼む。偵察兵達を撤収させ、ローランド郊外に集結せよ。俺も出るから本隊を動かすことにする」


「御意に。スープを一口いただけたらすぐに動きます」


「よい。貴様はきちんと働いたのだ。胃をしっかり充してから再び国の為に奔走すればいい。空腹のまま動いて、何かあれば我々に迷惑がかかるのだからな」


「ありがたき幸せ」

 

 そこで店主が運んできたスープとパン、そしてわずかばかりの燻製肉と茹でただけの野菜がフュンフの前に並ぶ。彼はよほど腹を空かせていたのか、カール達を一瞥するとすぐさまに獣のような勢いで食事に貪りついた。馬を走らせている間、何も口にしていなかったのだろう。燻製肉にかぶりつく目は血走っていた。そんな彼を尻目に男はドッカとカールに檄を飛ばす。


「部下の働きを無駄にするなよ。貴様らはこのチャンスを契機に何としても蛍火の少年とその雷鳴を轟かす少年を討て。俺は、いいかげんあの”龍騎姫”との決着を付ける」


 男の一言に周りからどよめきの声が上がる。


固唾を飲む者、拳を握り締める者、笑みを浮かべる者、顔を青くして俯く者、震えて縮こまる者。


 各々一葉の反応であった。


「龍虎相搏つ伝説を見届けられる様、我々も奮起して彼の少年達との決着を付けさせていただきます」


「そうだ。しかし、慢心して彼奴らが俺の戦を目の当たりにすることのないようにしろ」


 男の反応にカールとドッカも背筋を正す。叱られて直立していると言うよりは自分を律した、凛とした佇まいだ。


「それでは、これより進軍を行う。アルビオン隊がこの大陸で最も優れた征伐軍であることをもう一度かのグラスフェリアの連中、そしてカールたちの因縁の相手に知らしめよう」


「御意に」


「大陸軍はアルビオン隊こそこの世の常勝軍!」


「敵兵を天への階段の一段に変えよ!」


「ラースレイムの名を世界の果てへと轟かせようぞ!」


「帝鬼兵は敵を食い破る羅刹、帝国の剣也!」


 男の一声に周りの兵士たちは一斉に店を飛び出していく。外では怒号めいた掛け声が響き、鎧のかき鳴らす音や馬車の走る音が響き渡る。やがて街路は紫色が目立つポイントアーマーをあしらえた兵士たちが隊列を組んで行進を始めると、土埃が立ち蜃気楼のようにゆらめいて街を覆っていった。


「無敵のアルビオン隊が動けば、如何にあの小僧らであろうと部が悪いでしょうな」


「必ずや、次こそはこのカールとドッカが打ち倒します。大佐は後方で我々の汚名を濯ぐ瞬間を見守っていてくだされば結構」


「ふん、強気になるのはいいが慢心はするなよ。本気を出せば勝てるなどと考えるな。死力を尽くすのが我々兵士だともう一度肝に銘じておけ。くれぐれも、俺につまみ食いをさせることにはなるんじゃないぞ」


「心得ております」


 男は小さく笑った。名前で男のことを呼ぶ時はいつも二人が甘えているときだと知っているからだ。部下とは言え、時に辛いこともあるのは知っている。そういう時は大抵名前を呼んで頼ってくるのがいつもの流れだ。


 正直、今回の偵察で部下を失ったことは男にとってはひどく悲しいものだった。そこに対する怒りはあるが、だからといって部下を感情的に責めるつもりはなかった。そんなことをして気分が落ち込んでしまった時、負けたことに対する恐怖心が勝って上司からに頼ることになるだろうと踏んでいたのだ。


 ただ、決して怒らないまでも仮にそこで甘えを出すようだったら、その時は間髪入れずに拳骨を入れるつもりだったのは胸中に留めておくつもりらしい。


軍靴の音も土埃の霧も消え、街は再び静寂に包まれる。酒場の店主は夢から醒めるために店外を眺めた。街から広がる平原の向こうには、三つの悪魔の影が揺らめいていた。


「あれが帝鬼兵の軍団、アルビオン隊……。そして、破壊鬼のフリント・レイアーガ……か」


霧のように舞った中、兵士たちの人影が闇に消えていくのを見た誰かがこっそり死神、と呟いたのは次に犠牲となる人々のやがて来る死を偲んでのことだろうか。


 フリント・レイアーガ。ラースレイム軍の大佐を務める軍人。


 それは、人々からは全てを破壊する鬼として畏怖の対象とされていた。


ご無沙汰しております。

資格試験やら仕事の忙しさやら、痔で通院するやらで気付けばだいぶ時間が空いてしまいました。


またしっかり投稿していくのでよろしくです。

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