第三話「お義父さんと呼ばないで」3
「そんな……。これが未来の俺なのか……」
画面を見てレナードは眉を顰める。その後ろで亮哉も怪訝そうな顔を浮かべていた。
「これはひどいな。復讐に取り憑かれた者の末路か……」
「こんな未来なんて耐えられない……。どうしたらいいんだ」
レナードは小刻みに震えていた。無理もないだろう。自分に待ち受ける未来が輝かしいものでないだけでなく、自分の伴侶を失った上に自分が娘を蔑ろにして復讐に専念している。
誰も救われない世界だった。
これでは娘である美咲が自分のことを恨んでも仕方がないだろうとレナードは深いため息を吐いた。レナードは自分が恨みがましい目で見られているのではないかと悟ったのか、美咲に対して視線を向けることが出来なかった。
この日記めいたレポートを読むのに時間がかかっていたのか、いつしか心配したのか医者の老人が再び診療所から顔を出していた。
「ごめんな。こんな酷い父親で」
美咲は何も言わなかったが、ただ首を横に振った。しかしそれが怒っていないことを指すものなのか、拒絶によるものなのか知る由もない。
その様子に気が滅入ったのか、レナードは震えた手で画面を不意に下に向けてスクロールした。単純に現実逃避がしたかったが故の行動だったのだろう。しかし、その画面は彼の指に従って素早く文章を上に向けて送っていった。一番下まで移動したのか、画面はぴたりと止まり中央に添付された動画データのサムネイルを表示していた。
サムネイルには筋肉質な男がカメラに向けて座っている様子が映し出されていた。その姿を見て、美咲は素っ頓狂な声を上げる。
「えっ、動画……。しかもこれ、お父様!」
「これが俺なのか? でも確かにどことなくそんな感じが……」
美咲は目を丸くして画面を凝視する。その様子に亮哉が首を傾げる。
「美咲さん、これ知らなかったの?」
「はい、初めてこのレポートを見たとき、文章だけ読んで気分を悪くしてしまって……。すぐ閉じてしまったので気付かなかったんです」
「その気持ち、わかる気がするよ。それで、どうやって再生したらいいんだろう。今のスマートフォンと開き方は一緒なのかな」
レナードは動画のサムネイルに触れる。やはり画面の操作性については原題と変わっていない部分があったのだろうか、ガラス板からうっすらとしたホログラフィックが浮き上がる。そこにはサムネイルと同じように画面に向かって座っている中年男性が映っていた。
「うわ、人が飛び出てきた!」
「うぉ、小人が出てきた!」
映像を見て医者と亮哉が驚愕の声を上げる。レナードはその反応にちらりと睨みを入れる。
「お前マジかよ。日本人なんだから驚くところか。いや、ホログラフィックが浮かび上がるのは確かにびっくりしたけど」
「亮哉さんは記憶がないみたいですし、仕方ないですよ……」
「そうは言ってもだな……」
美咲が庇うように嗜めていると、動画が再生を始めたのか、ホログラフィックの中の男が小さく身動ぎを始める。
『美咲、元気にしてるか? 今更名乗れるとは思えないが、君のお父さんだ』
中年の男性は画面を見つめるとぽつりと話し出した。アッシュブロンドの髪を短く刈ったレナード本人だった。しかし、その左目には大きな傷が付き、一生開くことが出来ないようになっていた。
「これが未来の俺か。なんかやつれたダサいおっさんになってしまってるな」
未来の自分を睨み、げんなりとした声を上げる。
『君には今まで親らしいことをしてきてやれなかった。本当にすまなかった』
動画の中でレナードは深々と頭を下げた。
『娘に対してのものとしては酷くつまらないものだが、プレゼントを用意した』
再び画面に向き直った時には右目を鋭く光らせて淡々と話し出した。
辺りの廃墟が立ち並ぶ荒れた世界の中で、カメラに向かって語りかける彼の姿は酷くやつれていても、どこか刃のような爛々とした覇気が見て取れる。
『‹ファフニール›がどうやって作られているのか、何の力で動いているかが分かったんだ』
レナードは懐から小さな水晶を取り出す。それは美咲には分からなかったが、動画を見ていた他の面々にはすぐにピンときたらしい。どうやらエルト界に存在するマジックアイテムの一つで、資本力の高い商人が稀に所持できる地図が浮かぶ水晶だった。
『旧グラスフェリア王国領とやらに‹ファフニール›の工場があるらしい。その工場も地球のものと殆ど変わらないと報告を受けている。どうやらそこにはあのクソ龍の動力源となる宝具が存在する様だ。その名も、龍宝ドラゴン・ジュエル。エルト界の神様がこの世に遺したお宝だとさ』
ドラゴン・ジュエルの名を聞いた途端、医者の顔が険しくなる。それを尻目にレナード達も余程有名なものと悟ったのか、表情が強張った。
「ドラゴン・ジュエルだと。一体どういうことだ」
「まだ続くようだ。とりあえず聞いてみましょう」
亮哉は医者の反応を遮る。同時に画面の中のレナードも話を続けた。
『俺はこの旧グラスフェリア王国領に乗り込み、ドラゴン・ジュエルとやらを強奪する作戦に出る。美咲、俺がもし生きて帰れたら今度こそ父親をやらせてくれないか。それと、もしお前が本当に頼りになると感じる連中と出会えたのなら、この作戦に協力してもらうように頼んでほしい。まぁ尤も、娘にやらせる仕事じゃないってわかってる。大丈夫、お前が気に揉む前に俺が全て終わらせて見せるさ』
亮哉はふと美咲に目を配った。動画を食い入るように見つめながら胸元を握り締める姿がそこにあった。それに対して何とも言い難い切なさのようなものが胸に溢れるのを感じ取った。
『俺にはもうお前しかいないが、こんな様じゃそんな台詞を言うのもおこがましいものだな。出来の悪い父でごめんな。じゃあ俺は行くよ。賢斗によろしくな。元気でいてくれ。愛している』
そう彼が言い残すと動画は終わり、ホログラフィックは霧消するように消えた。先ほどまで動画が浮かんでいた場所を神妙な面持ちで見つめる美咲に対して、レナードは頭を掻いて声をかける。
「あんなのが未来の父親か。何かごめんな。今の俺が代わりに謝るよ」
「いえ、父も色々大変だったみたいですし、でもそう言ってもらえて少し嬉しいです」
美咲は苦笑した。それが本心かは分からなかったが、その一言でレナードは心の中に刺さったものが少し抜けた気がした。ややあってレナードは美咲に向かい合う形で話を続けた。
「今まで疑ってごめんな。微力ながら少しは協力してさせて欲しい。あれが未来の俺に待ち受ける結果だなんて俺は認めたくない。少なくとも、俺はまだ明日香と付き合うことすら出来ていない。聞いてみれば明日香と結ばれる前にあいつが散々な目に遭うらしいじゃないか」
「はい、お母様はお父様と結ばれた時には既にまともに子を産めるような力さえ残っていなかったらしいです」
「片思いの女の子がそうなるって知って、男は黙ってられないよ。ラースレイムも明日香もなんとかしたいから、美咲に協力するよ」
「お父様……」
美咲は胸が一杯になる思いでレナードを見つめる。その中で横から亮哉が割り込んでレナードと同じく美咲に向き直る。
「ちょっと待った! 直接関係はないが、僕も美咲さんのこと手伝うよ!」
「織部亮哉……」
「僕は記憶がないから、これからどうしたらいいのかわからないし、どこを当てにして旅をしたらいいのかわからない。でも、帝国って言葉の響きにはあまりいい思い出がないみたい。聞くたびにちょっとイライラしちゃうしね。ってことは何か関係あるんじゃないかなって」
「確かに、それなら俺達と行動したら何か分かるチャンスがあるのかもしれないね」
でしょう。と亮哉はレナードの肩を叩く。レナードも嫌な顔せずに亮哉の背中を叩いた。
「と言うわけで、僕もついて行く。改めて、僕は織部亮哉。どこの馬の骨かマジでわからないけどよろしくね」
「レナード・P・デリンジャーだ。未婚なのに年頃の娘持ち。素性のヤバさはお互い様だな。よろしく」
二人が笑い合う様を見てほっと胸を撫で下ろす美咲は改めて挨拶をしようとしたが、そこに医者が割り込んだ。
「さっきの奇妙な人を映す魔法のような道具で聞いたが、お前さん達は龍宝ドラゴン・ジュエルを探すつもりか」
「そうだな。未来では帝国の手に渡っているらしいが、この時代はまだそうでもなさそうだし。奴らが取る前に俺達の手で守ろうと思う」
「……本来はその必要はないと言いたい所だが、何か事情が変わっているだろうしそうは言っていられないようだ。お前さん達が迎えばいい場所を教えてやろう」
「本当ですか! それは一体どこに……」
「嬢ちゃん、焦るでない。あの宝はこの街から北に数十里進むと辿り着く国に保管されていると噂されている。先程も話に出ていたここ、グラスフェリア王国という国じゃ。ワシが示した道の先には国境沿いに配置されてるここよりも広い城下町がある。そこの領主は結構話がわかる人らしい。アーセナル卿という騎士様じゃ」
「領主にいきなり陳情できるものかよ」
レナードはぶっきらぼうに言い放つが、医者はふむと腕を組んだ。
「どうやら結構庶民派らしく、お目にかかれる機会は少なくないらしい。そこで声をかけられるなら話をしてみるのも一つの手じゃな」
「じゃあ、早速その街に行ってみるか」
そう息巻く男二人に、医者は喝を入れる。
「若いもんは視野が狭い。嬢ちゃんの足取り、見てなかったのか」
医者の一言に二人は目を合わせる。美咲は先程から足取りが重く、うまく歩く事が出来ない様子であった。現に美咲はここに来るまでに体力を消耗していたのか、額に汗の滴が浮かび、話が始まってからはずっと地面にへたり込むように座っていた。
「確かに……。俺達で交代しながらおぶっても大分辛いだろうし」
「それはそれで女の子には若干気恥ずかしくてやってらんないだろうな」
「そうじゃろ。馬車の一つくらい用意して行きなさい。市場の方に行けば話を聞いてくれる人達がいるかもしれない」
こうした話をしている最中、市場に続く道から歩いて来ていた商人がふとこちらに声をかける。
「あの、すみません。馬車でしたらこちらで工面させていただけないでしょうか」
全員が振り向くと、そこには若者と中年の二人の男性がいた。レナードが朝に市場で一悶着起こした相手だった。二人は朝の勝気な表情はどこへやら、すっかり大人しそうに肩を窄めていた。
「あんたらは朝の……」
「へい、あの時は帝国軍と戦えるほど強いお方とは露知らず、ご迷惑をおかけしました。あれから皆で兄さんにお礼をしようと思って、探しているところに馬車の話が出ていましたから、お詫びも兼ねて私の馬車に同伴していただけたらと思いまして」
医者はその話を聞いてふふんと笑った。
「お前さん、運が良いというか、なんというか。まぁツキが向いてるな。乗せてもらいなさいな」
「朝は俺もやり過ぎた。ごめんなさい。是非同伴させていただけたらありがたい」
「それじゃあ、市場の方で荷造りしてますので、一緒に行きましょう」
中年の商人がそのまま案内をしようとするので、レナードと亮哉は美咲を抱えて歩き出そうとする。
「お前さん達、忘れ物はないのか。そんな急に」
「大丈夫です。俺達着の身着のまま、無一文ですから」
「お医者さん、今回は色々とありがとうございました」
「治療してくれた御礼、また今度させてください」
「……そこは無償でええわい。無事に着くといいな」
医者がそれだけ言い残すと奇妙な若者達は商人の後を追って歩き出して行った。
「美咲のことしっかり支えろよ。後変なところ触るなよ」
「そんなの分かってるよ。お義父さんの方こそ娘孝行しなよな」
「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはないからな! 年多分同じくらいなんだから、お義父さんとは呼ばないで」
「二人とも、落ち着いてください……!」
陽射しが暑いながらも涼しげな風が吹き抜ける中、まるで風に乗せられたように蹇々諤々とした声は去っていく。そのあと訪れた静寂は今までの喧騒が夢だったかのように思わせる。
医者も自分の診療所に帰ろうとゆっくり歩き去っていく中、ふと亮哉のことを思い出して歩みを止めた。
「それにしても、あの大怪我でよくあそこまで動けたものだ。あの小僧、一体何者なんだ?」
自分達の置かれた状況に気付けたレナード達は龍宝を探す為に旅を続ける。
その最中亮哉はとある夢を見る。それは、自分の失われた過去の忌々しい思い出の断片であった。
次回第四話「僕がここにいる理由」




