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第三話「お義父さんと呼ばないで」2

2037年5月14日

アフガニスタン ニームルーズ

アルテミス・コーポレーション フランス本社 課長

コールサイン:ウェスタ1

レナード・P・デリンジャー


『珍しいな。お前が電話で俺に連絡を寄越すとはな』


 電話先の男はやけに静かな声で返した。


「久々に、美咲の様子を聞きたくなったんだ」

 レナードは溜め息を吐くかの様に声を絞り出す。そのか細い声に違和感を抱いたのか、男は心配そうな声に変わり、質問を投げかけた。


『美咲ちゃんのこと、長らく放ったらかしにしていた癖に。それにしても、随分と息が荒いな。本当に、何があった?』


「悪い、アフガンでの魔法陣展開阻止作戦は失敗した……。部隊は壊滅だ……」


『何だと? あの作戦は完璧なものだった筈だ……。それに、アルテミス・コーポレーションでも今や屈指の実力を持つお前の部隊が一体何故……』


 狼狽する男の声を受けて、レナードは恨みがましい声で話を続けた。


「裏切り者が潜んでいた。‹人狼›(ウェアウルフ)が裏で手を引いていたんだ……」


 人狼(ウェアウルフ)とは、レナードの上司であるテレンス・ザルクスのコードネームだ。残忍で冷徹な男だったが、それでも仕事にはひたむきな人間であった。


 その報告に男も更に動揺したらしい。


『ザルクスが? あの男、ラースレイム討伐作戦に躍起になって参加していた筈……』


「裏で手を引いたと言ったろう? 奴は帝鬼兵のカール・ヴィンスを討ったと報告していたが、あれがガセだったんだ。カールが魔法使いをアフガンに潜入させていた。大規模な魔力の流れを探知した時には全てが遅かった。奴ら、‹ファフニール›の新型を地球に投入してきやがった……」


『馬鹿な……。確か、2035年に地中海で確認されたのは奴らが呼ぶところの‹イスクード・ジェネシス›だったか。あんな化け物がまだ存在していたのか……?』


「ザルクスの奴はアレを‹イスクード・ノヴァ›と呼んでいた。地中海の奴の報告内容よりも各段に凶暴性が増していやがる……」


 レナードは耳に差し込んだインカム型の小さな軍用無線機器に手を当てたまま、ふらふらと荒れ果てた街を彷徨い、やがて人目のつかない瓦礫の中に身を潜めると、ゆっくりと腰を下ろした。


 2024年頃の様な細身で髪を伸ばした印象とは違い、すっかりと筋肉質な体つきになったのか、スレートグレーの戦闘服の上からでも分かる程に逞しく盛り上がっている。更に、髪も短く刈り上げたのか、飄々とした印象は消え失せて精悍さを前面に押し出していた。顔も長年の作戦ですっかりと痩けて鋭さが増し、優しさなど微塵も見せない爛々としたさっきを纏った様相を浮かべていた。


『それで、新型‹ファフニール›と遭遇して部隊が壊滅した訳か』


「情けないことにな。最初の奇襲で多くの仲間を失った。それに、‹ファフニール›を一体しか制圧することが出来なかった。何度も相手取るには流石に仲間が……」


『ちょっと待て。新型‹ファフニール›は何体もいるのか? 量産されているとでも言うのか?』


 電話先から聞こえる声は明らかな焦りの色を見せていた。しかしそれも無理はない。‹イスクード・ジェネシス›だけでも地中海全域を核兵器による汚染を加味しても破壊しなければならない代物であったにも関わらず、それが量産されたとすると人類には対抗手段が残されていないことが明らかであった。


「ああ。最初俺達に奇襲をかけてきたのは一体だった。それでも別部隊の仲間の力を借りて漸く沈黙させることが出来た程度だった。その後だ。魔法陣からもう一体出て来たんだよ……」


『馬鹿な……。お前達がそこまで犠牲を払わないと撃破できないほどの存在が複数も存在していたらこの地球はどうやって奴らに対抗すれば……』


 レナードは頭を押さえて深い息を吐く。しばらく思い詰めたような顔をした後に電話を握り締める。


「賢斗、お前は今のアメリカの邸宅から出て行ってくれ。今はユーラシア大陸の西方とアフリカ大陸でばかり戦争が起きているが、時期に北米大陸の方にも奴らはやってくるだろう。そうなる前に、できるだけ奴らが分からないような場所に身を隠してほしいんだ」


『馬鹿な……。美咲ちゃんは今ようやく立てるようになったばかりなんだ。お前も帰ってこい。娘を守り切りたいならお前の力が必要だろう……!』


 レナードに賢斗と呼ばれた電話先の男は彼からの提案に対して怒声を返した。


 無理もない。自分の娘を託児されているだけなら兎も角、その子を守ってほしいと頼まれれば反発を起こしたくもなる。自分の子供を他人に任せたままにする親がどこにいるというのか。


 賢斗はこの期に及んで美咲の元に姿を現そうとしないレナードに対して、強い苛立ちを覚えた。


『それに、明日香が美咲ちゃんを産むにあたって母体だけ帰ってこなかったが、それからお前は生まれてきた子供のことを全然気にかけず、ラースレイムの討伐にかまけて……! いい加減自分から逃げるなよ……!』


「もう引き返せないんだよ……! 多くの仲間を失った今、奴らを徹底的に叩いて二度とこっちの世界に来れなくなるまで……。それに、明日香がああなる原因にもなったザルクス達と決着を改めて取る必要がある」


『今生きている人間を見てやれよ! 今のお前は、過去に囚われてばかりで何も見ていない……!』


 賢斗はそう叫んだが、レナードには届かなかったらしい。


「悪いがこの電話もこれで最後だ……。お前に対しては電話回線に掛けた方が安全かと思ったが、ザルクスをはじめとした地球人も帝国側に寝返っていると分かった今ではこの会話も傍聴されている危険性が高い。もう、俺達は滅多に連絡すら取れなくなるかもな」


『それが分かっているなら、早くアメリカに帰ってこい! 美咲ちゃんは、明日香によく似ているんだ。やり直せよ! 今なら間に合うから!』


「もう遅い。俺は、せめて‹ファフニール›を……‹イスクード・ノヴァ›を打倒しなくてはどの道地球に明日はない。俺の能力と‹アルヴァレスタ›があれば……。奴ら帝国主義の悪鬼どもなぞ……」


 それは呪詛めいたレナード自身の言葉であった。


 明日香という少女はレナードにとっては自分が傭兵稼業に身を落としてからずっと頼りにして、憧れて、守ってきた人であった。レナードには生まれてからずっと家族と呼べる存在がいなかった。そんな彼自身に家族というものを教えてくれたのは、そんな彼と家族になってくれた存在こそ、明日香という少女本人なのであった。

 

 そんな彼女といつかは家庭を築き、お互いに支え合いながら子供を作って傭兵稼業を辞めて、何か生計を立てるものを探して生きていくつもりであった。


 しかし、そんな彼の淡い思いはエルト界での作戦に参加し続けたことで儚くも水泡に帰すことになる。エルト界でのある国との密約を結ぶ為にザルクスは明日香を細かい書類関係のスタッフとして助っ人に呼んだ時の話であった。その国に襲来したラースレイムの仕業によって明日香はザルクスの下から連れ去られ、レナードが助けに向かった時には禁呪の触媒にされたらしく、彼女自身の生命力は大幅に低下していた。


 レナードはそのこと自体をザルクスに責めたことはなかった。彼も作戦を遂行する上で彼女を守り切ることが出来ないほどに追い込まれることもあったのではないか。そう自分に言い聞かせた為、彼の頭に浮かぶのはいつも弱り切った明日香とどう向き合うか。そればかりだった。


 しかし、二人の幸せな時間はそう長くは続かない。明日香は自分が生きている内にレナードと自分が家族であったことを証明するための何かが欲しく、レナードに頼み込んで体外受精による妊娠を経て子供を産むことを決意したのだが、ひょんなことから母体の状態が悪化した際に、ラースレイム侵攻が始まった為に事態は混乱し、結局の所レナードは体調を崩した明日香を助けることが出来ずに死に別れをする羽目になった。


 それからだった。子供だけ何とか医者に助けて貰ったのを確認すると、彼は復讐を始めた。あらゆる作戦に参加し、地中海、中東、ロシア領内などあらゆる方面でラースレイムを打倒する戦士として鬼気迫る活躍を挙げていた。そのうち帝国内でもデリンジャーの名は知れ渡り、敵味方から畏怖の念を一身に受ける存在となる。


 賢斗にはレナードの苦悶が手に取るように分かっていた上に同情までしていた。だからこそ、心が壊れそうになっているのを悟り、娘と向き合って苦しみから解放されて欲しいと考えていた。


 しかし、その怨念は未だ一人の父親を苦しめている。


 賢斗は、自分が友を止めることが出来ないことに、酷く腹を立てた。


「だから賢斗。すまないとは思っているが。俺は帝国を滅ぼすまでは死んでも死に切れない」


『……そうか』


「だから行かせてくれ。ウェスタ1、アウト」


レナードはそれだけ伝えると電話を切った。


空を見上げる。石造りの建物が倒壊し、街を維持できなくなっている地上の有り様などまるで嘘のように青かった。


「分かってるよ明日香。俺は、自分の子供が生きる未来だけ守りたいんだ」


 それだけ呟くと、仲間の血がべっとりついたバックパックを肩にかけ、自分が身を隠していた廃墟から身を出した。しばらくして遠い空を眺めてから、ゆっくりと歩き出し、街を後にした。


 2037年の暑い日のことだった。


 賢斗と呼ばれた男との連絡があって以来、彼の姿を見たものは現れることがなかった。


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