プロローグ 2
俺は姫子さんと会話を交えながら喫茶店へと向かった。聞くと姫子さんは、この辺りで10年程前から喫茶店を経営しているそうで、お客さんの愚痴なんかも受け付けていたらしく、それをヒントに今のサービスを始めたらしい。それが功を奏して彼女と親しい関係になった者も数多くいるらしい。
そうこうしている内に、「喫茶ベツレヘム」に着いた。大学生活を始めて結構経つが、こんなとこあっただろうか…
姫子「さあ、入って。」
喫茶店の中は、なるほど想像していた以上におしゃれだった。喫茶店と言うよりはバーに近い感じであり、銀座とかに行かないとお目にかかれない様な高級バーを彷彿とさせた。モダンチックな壁の幾何学模様が異空間を構成していて、店のドアが現実世界と異世界を隔ててるかの様だった。他に客がいないのが不自然だったが…。俺は取り敢えず、真っ白な椅子の上に腰を下ろしてメニューに目を通した。
寺西「…じゃあ、カレーライスで。」
姫子「カレーライスね。すぐ持って来るから待ってて。」
予めカレールーを作ってたのだろう。炊飯器からご飯を装い、鍋からルーを掬ってすぐに持ってきた。ルーは定番の茶色であり、肉は鶏肉を使っている。匂いを嗅ぐだけで満足できる、そんな存在感だった。スプーンで口に運ぶと、スパイスと旨味の絶妙な黄金比による世界が口の中に広がった。味の虜になるとはこの気分のことを指すのだろう。
姫子「どう?美味しい?」
寺西「…あぁ。」
俺は今のやりとりで、料理に必要な物は愛情であると改めて思わされた。うちの母親には絶対作れないだろう、そんな料理だ。
姫子「…狭斗くん、だよね?理学部の学生さんなんだっけ?」
寺西「…一応。」
姫子「凄いなぁ〜私科学とかてんでダメだからなぁ〜。頭いいんだね!」
寺西「あんなの誰だって出来るって。」
姫子「ええ〜!……大学生か〜羨ましいなぁ〜。青春だよね〜。」
寺西「俺のこと羨ましいと思ったら大間違いだ!!」
俺はつい大きな声を上げてしまった。
姫子「…大丈夫?」
寺西「…すまない。取り乱した。」
姫子「いいのよいいのよ!他にお客さんいないから…ただ…大間違いってどういうこと…?」
寺西「…話すしかないか…気が進まないけど…」
そう言うと、俺は自分の半生を語り出した。
俺の人生はいじめと孤立で成り立ってると言っても過言じゃない。小学校の頃、雷が鳴り出したことに怖くて泣き出したことで弱虫のレッテルを貼られたことからそれは始まった。上履きを捨てられることなんて何回あったか分からない。体育の時間のチームを組んでなんて言葉は今でもトラウマである。給食の人気メニューは横取りされ、鉛筆削りの削りカスを食えと強要されたこともある。机には「死ね」と言う文字を掘られ、花瓶がそえられた。終いにはランドセルを奪われ、手提げ鞄での生活を余儀なくされた。
俺の親と言えば、父親が弁護士をやってることもあり、世間体ばかり気にして保身に走りたがる。勉強を強制するだけで俺の話はまともに聞いちゃくれなかった。それどころかお前があいつらに好かれるようにしろと許せないことをぬかしてきた。保身に走りたがるのは担任どもとて例外じゃなかった。
そんなある日のこと。クラスメイトの財布が無くなる時間が起きた。クラスメイトどもは一斉に俺が犯人だと言い出した。そんな訳あるかと抗ったが、何故か俺の手提げ鞄の中に入っていた。当時の担任は俺に卒業までの登校を禁止したのだった。それは俺をクラスから追放するための、連中の罠だった。
中学の時。当時新しく開設されたばかりの動画サイトが話題になった。連中は俺を体育倉庫まで連行した後、俺の身につけてるもの全て破り、全裸にした後、その様子を動画サイトに投稿した。当時動画サイトにはネットモラルなんてものはなく、俺は全国の笑われ者となった。
高校時代のある日、俺の事を好きと言う女子が現れた。俺はその女子と親しくなり始めたが、その女子は俺の事を嫌っていたグループの派遣であり、散々金を取った挙句別の男子との会話で反応が面白かった、マジでキモいと抜かすのだった。
そんな状況の中でも、俺には夢があった。宇宙の研究に就く夢が。だから周りから虐げられながらも、勉強だけは必死に取り組んで、大学まで駒を進めてきた。地元に残るのが嫌で東京の大学に行けたのは良かったのだが、研究室でも厄介者扱いされていて今に至る。
寺西「連中の価値基準は常に正しいか間違ってるかじゃない。楽しいかつまらないかだ。そして何を言うかじゃなくて、誰が言うかで判断する。ほんと訳分かんないよな。」
寺西「まあ、ざっとこんな訳なんだが…」
俺は語り終えて姫子さんの方を向いた。すると…
姫子「…ッスン、ヒック…」
な、泣いている!?
寺西「い、いや何であんたが泣く!?」
姫子「ごめんね…スン、あなたのことが…スン、あんまりにも…スン、可哀想で…スン」
寺西「だからって…」
姫子「…ごめんね、取り乱しちゃって…。そうか…あなたの人生、そんなに悲惨だったのね…。」
寺西「これからも続いてくだろうさ。誰からも愛されることなく、誰ともくっつくことなくこの先俺は虐げられる運命なんだろうな…。」
姫子「……………ちょっといい?」
寺西「え?」
姫子さんはそう言うと、カウンターを抜けて今いる俺の席の隣に座り込んだ。そして………
姫子「よしよし♪ あー怖かった怖かった♪寂しかった寂しかった♪ 」ナデナデ
寺西「………!………………!!」
姫子「独りでよく頑張ったわね♪ 偉いわ♪いい子いい子♪」
姫子さんは俺を優しく抱擁していた。不思議な感触だった。全身に湧き出る正のエネルギーが胸の辺りを中心に負のエネルギーを打ち消してるかの様だった。そして………その………顔に胸があたってる……
姫子「…ふぅ………ごめんね急に!つい優しくしてあげたくて…」
寺西「い、いや、…ただ、その…20歳過ぎた男がよしよしされるのも…どうかってのはあるけど…」
姫子「そう?私年齢なんて関係ないと思うけどな〜。辛い時や悲しい時に思いっきり甘えられる人がいるって、幸せなことじゃない?」
寺西「…考えたことないな。」
姫子「ふふ♪」
姫子「もうこれからは独りぼっちなんて思わないで。私でよければいつでもお話してあげるから。」
寺西「そ、そうか…ありがとう。」
気が付けば、入店してから長い時間が経っていた。俺は料金を払った後、ドアノブに手をかけた。
寺西「………また来る。」
姫子「いつでもどうぞ♪」
俺は家路に着いた。