プロローグ 1
1年前…
世界が敵だった。何もかもが敵だった。老若男女が敵だった。そんな敵どもに対し、どうやって地獄に落としてやろうか考えながら生きてきた。今こうしてエクセルに加速粒子のエネルギー測定結果を入力している最中にも…
俺は周囲の人間どもから忌み嫌われつつ、都内の大学の理学部の研究室で課題に取り組む日々を送っている。因みにテーマは、「宇宙が誕生する要素の確立」だ。幼い頃宇宙の図鑑に載っていた光輝く星々を見て憧れを抱いて以来、宇宙の仕組みを解明したい一心で人生を駆けてきた。科学はいい。人間と違って嘘つかないし裏切らない。俺の生きる道だ。そしてその生きる道は純粋な「理学」でなければならない。「工学」「薬学」となると人間のエゴが籠っていて不快になってくるのだ。
市原(研究室のメンバー)「じゃ、俺たち先帰るから、お前いつも通り掃除やっとけよ。やらなかったら分かってるよな?」
…そう、こう言うエゴが…
俺は研究室の中でもカースト最下位といっていい立場にいる。さっきの様に掃除やゴミ捨てと言った雑用は押し付けられるし、机にゴミをしょっちゅう捨ててくるし、俺にだけ必要な連絡が入ってこない。教授の奴も俺にだけ理不尽に課題のやり直しを押し付けてくる。これが成人した奴らのすることかよ…俺はそう辟易していた。
掃除を一通り終え、時計を見ると7時を過ぎていた。俺はタイムボードに学生証をかざして研究室を後にした。タイムボードには「寺西てらにし 狭斗はざと 退室」とメッセージが出ていた。
大学から下宿まで電車の利用込みで40分かかる。下宿の近くには幸いにも飲食店やコンビニが多く立地しており、飲み食いには困らない。俺は取り敢えずよく言っている牛丼屋にでも行こうかと足を運ばせていた。
帰路の途中、俺は物思いに耽っていた。思えば俺の心は満たされたことがなかった。先程科学が生きる道と大それたことを言ったが、それで気持ちが晴れ晴れとすることはなかった。決して科学を侮辱している訳ではない。ただ俺は、学問に身を置くがあまり独り寂しく一生を終えるのではないか…そんな焦燥感に心をやられていた。ああ、この世に優しい人はいないのか…寂しい思いをしてる時に優しく声をかけてくれる人はいないのか…社会は何故他人をほったらかしにして平気でいられんの…?知らんぷりって常識なの…?なんで世の中ってこんなに冷め切ってるの…?俺は兎に角苛立ちと悲しみで誰かに当たりたい気分だったが、理性が邪魔して行動に移せなかった。
それにしても何だか今日は風が強い。さっきから髪が風で横流しにされてしょうがない。因みに俺の髪型は所謂おかっぱ頭というやつである。小学生の頃に髪を伸ばしてみて気に入って以来、この髪形を維持している。強風に煽られつつ道を歩いていたその時、1枚の紙が顔の左半分に当たる事態に見舞われた。何で俺ばっかりこうなるんだよ…そう思いつつ紙を手にした時だった。
「ああ!すみません!痛かったですよね!?」
後方、調度紙が飛んできた位置から女の人の声がしたので振り返った。その女の人は…言ってしまうと俺が見てきた女の人の中で1番美人だった。俺より年上なのは明らかだが十分若々しく、背は俺より10cm低いくらいだろうか。髪は栗を連想させる茶色で長め、カールがかかっており、優しそうな顔だちと相まって見ていて心が安らぐ。服装だが、ピンク色がメインのパーティーの時とかに着るようなドレスである。何故こんな風の強い日に…と思ったけど、どうでもよくなるくらいお洒落だった。そして………言いづらいのだが……………胸がデカい……
寺西「あ、いえ!どうぞ…」
そう言って飛んできた紙を渡そうとした時、俺はその紙が宣伝用のビラであることに気付いた。
寺西「え…(あなたの抱いているお悩み、相談受け付けやってます)…?」
女の人「あ、はい!実は私、この近くで喫茶店をしているものでして…ところであなた…見た感じで判断するけど…もしかしてここら辺の学生さん?」
寺西「そうですが…?」
女の人「…うちの喫茶店、お客様の相談を受け付けるサービスもしてるんだけど、もしあなたが今の生活の中で抱えてる悩みがあったら、今からでも聞かせてくれないかしら?あ、ごめん!まだ名前言ってなかったわね!私、こう言う者です。」
女の人は俺に名刺を差し出した。名刺には、「喫茶ベツレヘム代表経営者 神奈崎かんなざき 姫子ひめこ」と書いてあった。
寺西(神奈崎 姫子…凄い名前…)
姫子「もしお夕飯まだだったら、お食事を用意するけど…」
寺西「…確かに丁度今から夕飯って時でしたし、いいですよ。では神奈崎さん、案内お願いできます…?」
姫子「よかった!じゃあ、案内するわね!」
姫子「あ、それと、これから話す時は敬語使うの禁止!話し相手とは対等に接するのが私のモットーだから!それと、神奈崎さんなんてかしこまらないで。姫子でいいわよ。」
寺西「ええっ、じゃ、じゃあ…分かった…」
寺西と姫子は、歩みを共にした。