病室にて -メリーさん- -5-
「分かった、名案がある」
そう言って、本条が目を輝かせる。
僕の経験上 、こういう時の彼はロクなことを言わない。
まあ、そうでなくても、年中ロクでないことを言っている男である。本条という男は
「この子の新しい持ち主を、この病院内で見つけよ……」
「あっ、本条。そろそろ帰らないと、奏ちゃん心配してるんじゃないか?」
僕は途方もなくめんどくさい方向に話が向かいそうだったので、急いで回避行動をとった。
が、しかし、彼はしつこい。
「この子の新しい持ち主を、この病院内で見つけてあげたらええんや!」
本条が立ち上がり、人形を持ったまま、両腕を僕に向けて真っすぐに伸ばした。
「本条……よく聞いてくれ」
「ん、なんや」
「絶対やだ」
「まあまあ、そう言わずに」
”私も早く本当のご主人様に会いたいわぁ”と人形(本条の裏声)が喋った。
僕は思わず、人形を叩き落としそうになったが、それは人形が可哀想だと思い、グッと気持ちを抑えた。
「いや、本当に今日は辞めよう。僕、18時から問診もあるし」
「まだ、17時前やん。いけるいける」
「いや、心の準備とかあるからさ……あと、どんな質問にも答えられるように、先生の問診対策を今から始めないといけないし……」
「いや、素直に答えればええやろ。就職面接前の大学生か」
”まあ、俺は高校生やからあんまり知らんけど”と本条が付け加えた。
「ええやん、行こうぜ。別に病院内を動き回るくらい何ともないんやろ?」
「あー、ごほごほ……急にこれは病状が悪化したかもしれんな……」
「ほんまか?だ、大丈夫か?」
「いや、嘘吐いた、ごめん。僕が言うと洒落にならんから、駄目ね……」
僕は大きくため息を吐いた。
「本条……その、本気か?その人形を元あった場所に返すのでは駄目か?」
「駄目だ。俺は、もう決めた。お前と一緒に病院を回って、この子の飼い主を探す」
「はっきり言おう。すごく迷惑だ」
「ああ、だろうな。だけど、やろうや」
本条は真っすぐに僕を見ていた。
本条がどうしてこんなことに熱くなっているのかは、正直分からない。
例えば、例えばである。
本条が、僕をこの病室の外へ連れ出そうとして、この人形を計画的にここに持ってきたとするならば、かなり有難迷惑な話ではないだろうか。
彼はきっと知らない。僕だって、ずぅっとこの病室内にいる訳ではないということを。
調子のいい日には外に出たり、屋上で風に当たったりするし。
一階にある自販機に、月に何度かジュースを買いに行ったりもするのだ。
人見知りだから、その時に誰かと話すことは殆どないけれど、さして心苦しい思いはしていない。
(まあ、しかし、今日は調子いいしな……一時間くらいなら付き合ってやるか)
面倒で仕方がないが、本条にはほぼ毎日見舞いに来てもらってる義理がある。
少しくらいはその義理を返してやってもいいだろう。
――生きてる内に返しきれるかも、分からない訳だから。
「分かった。じゃあ、18時までな。それ以上は嫌だぞ」
「さすが、お父さん!」
「誰がお父さんやねん」
僕は、ベッドからのそのそと降りると、備え付けのスリッパを履いて立ち上がった。
あー、ちょっと立ち眩みがする。
「……」
「どうした、本条。なんで、僕をじっと見てるの?」
「いや、そういえばお前が立ち上がってるの見るの久々やなぁって思って」
「僕のことを”かつて大人気だったアライグマ”を見るような目で見るなよ」
こうして、僕と本条はメリーさん人形の貰い手を探すことになった。
病室にて -メリーさん- -5- -終-