風呂
東誘拐犯により、収容される場所は牢屋にしてはひどく広く、旧地主だったと言われれば納得がいくレベルの国風豪邸だった。庭には鯉が遊泳しており、鯰でもいそうだ。石畳を闊歩していく東さんの後ろから、浮かない思いで下を見ながら歩いた。何故この人はちょっと嬉しそうなんだろうか。私を知っている人間だと言っても、あれほど拒絶の意志を見せたに関わらず、なおも接しようと止めない。やはり変人である。
「靴脱いで上がりな~客間に案内するよ~」
何をしているのか、いや、何がしたいのかがわからなくなっている。私も、そして作者もネタがキレたに違いない。どうするんだこの展開。
「あーでも汚れてるねー服は一応あるからさー先に風呂入りなよ私も入るし」
私は襲われるんじゃないだろうか。
こうして着替えを取りにいった東さん、沸いてるから先にどうぞと言われ服を一枚一枚剥いでいく私。どういう状況なんだこれは。そもそも沸いてるってことはあの女、ハナから風呂に入らせる気満々だったな。逃げたいのだが風呂場を覗いてみてわかったことがあった。流石金持ち、檜風呂の大浴場が口を開けていたのである。道理で、脱衣場に籠やら棚やらが置かれているわけである。
不信感はまだ残っている。しかしこの欲情を前にしてどうして脱出できようか。家から遠く離れてしまったし、道がわからないようじゃ帰れない。
…結局、私は前には進めない。絶望してどこにもいけないフリをして悲劇のヒロインを気取ってるだけなんだ。そうじゃなきゃこんな理由で帰りたくないと思わない、そもそも家に戻りたくなかったんじゃないのかわたしは!解せない。自分という存在が解せない。中途半端に生きてて今なお冷静でいられる自分が怖い。雨にフられてないのに寒かった。途方に暮れた、私がどうしたいのか、しらないことに。これが自己嫌悪ってやつなのかもしれない。
「あれ?まだ入ってなかったんだ。」
これで逃げるという選択肢は潰えた。まずは頭を冷やすことから───
「あのすいません。なんで脱いでるんですか!?」「いやー私も入るって言わなかった?」
前言撤回。鯰、お前いたんだな。私、まだアンタのこと好きだわやっぱ超逃げて。
こうして、作者の陰謀により、このスランプをお色気展開で切り抜けさせるのでした。
カポーン!桶の声だ。桶まで檜だ。よく拘られてる、一種の感動まで芽生えた。
いや、そうじゃない。マジでどういう状況なんだこれは。この文でてくるの2回目だぞ。見ず知らずの変態お姉さんと一緒に風呂入ってるんだろうか。しかも妙にスタイルがいい。狐に化かされたのか私は。本音を言えば誘拐犯が羨ましくもある。風呂の湯で身体を洗い流し、次に髪を並んで洗った。…順序が同じだ。友達と銭湯での洗い順の話をした際に、おっさん臭いと言われたことがあった。あの時は衝撃が過ぎたために毎日湯船に浸かっていたところを我慢してシャワーしか使わなかったほどだ。
「随分髪をのばしたね。とてもたおやかだねー。」回想シーンをぶち壊すその人は変態じみた手つきで毛先をベタベタと触ってきた。実際は手が綺麗なのだが、現状を見るにこの表現がよく似合う。「ところでさー千秋」「なんですかレズマさん。」このボケをスルーし、衝撃的な言葉を言い放った。
「遥は…元気にしているかい?」