Phase.5 バイカーギャングの老後
クレイジー・マムは、ケアハウスに入っていたのだ。認知症が進み、自宅介護が困難になってきたからだと言う。ちょうどビッグ・モフモフが亡くなった辺りからだそうな。クレイトンの話では、午前中は少しなら話が出来るらしい。
「いちかばちか行きましょう」
私は肚を決めた。面会は十五分にしてくれと言われたが、どれくらいまで話が聞けることだろう。
クレイジー・マムは、陽の当たる個室でテレビのバラエティ番組を観ていた。その平和な姿からは、往年のバイカーギャングのヘッドの殺気は想像すら出来ないが、特に何も食べていないのに口のあたりが、まむまむ動いている。これこそ、クレイジー・マムたる二つ名のゆえんだ。
「クレイジー・マムの名前を憶えていますか?スクワーロウです!」
私はケアマネージャーさんに言われた通り、耳元へ言って大声で話しかけた。どうも、耳もかなり遠いらしい。テレビにも集中しているのか、振り向いてもくれない。これには困った。だが、ここまで来てへこたれるわけにはいかない。何度か繰り返して諦めかけたとき、ついに山羊の首がぐりんとこちらを向いた。
「おれの名を呼ぶのは、誰だ。おれこそ、クレイジー・マムだ」
「そう、ミスター・マム。私を憶えていますか、スクワーロウです!」
「ああよ、憶えているとも、探偵さんよ。また、楽しく飲もうじゃねえか。癪だがあの羊デブ野郎も呼んでな。けち臭いことは抜きだ、盛大にやろう!」
私とクレイトンは顔を見合わせた。たぶん、私の顔を見て何かは思い出したんだろう。だがそれ以上の情報は、出て来そうになかった。また耳が遠いので大きな声で名前を呼ぶと、最初にループしてしまうのだ。
「ああ、おれがクレイジー・マムよ。誰だ、おれの名前を呼ぶのは」
「…また、ここからか」
仕方ないこととは言え、がっくりした。その間にクレイトンが、施設の人から情報を聞き出してくれたのだが、どうやらロスとバースらしき二人組がここを訪れていたらしい。
「この分じゃ、ろくな情報は聞き出せなかったと思いますがね」
クレイトンの顔も確かに、引きつっている。だが、ここで望みを捨てるわけにはいかない。手に入る材料でものを考えるのが、探偵の役目だ。
まず、クレイジー・マムは私の顔を憶えている。その上で、一番印象的な情報を私に話しているはずなのだ。私は、この件に関して持てる記憶をフル動員したのだが、うーん、なぜだ、基金についてとても記憶が薄いのは。私は今まであれはアーノルドが、全部上手くやったのだと思っていた。だがよく考えてみるとこの十年前の抗争事件、ラストがとてもあいまいなのだ。
確かに手打ちを祝して、アーノルドたちとギャングたちで飲んだ記憶はある。恐らくあの元・クレイジー・マムのじいさんが言ったのは、そのときの記憶で私の印象なのだろう。だがそれにしても、気前がいいとはどう言うことだ?
「記憶…記憶…」
ナッツを噛みながら、私は同じ言葉を繰り返した。クレイジー・マムの部屋を去り、喫煙室である。あの山羊のギャングのごとく、お口をまむまむ動かしだした私を見てぎょっとしたのか、クレイトンは灰を自分の足に落としそうになっていた。
「大丈夫ですか、スクワーロウさん…?」
「ああ、失礼」
私はあわてて言った。が、あと一歩なのだ。それにしてもこの頬袋探偵スクワーロウともあろうものが、十年前程度の事件の記憶もろくに出てこないとは。不甲斐ない限りである。
「なぜ、私に記憶がなかったのか…?」
(そうか)
次の瞬間、私は、息を呑んだ。そのとき、口に入れていたナッツも呑み込んでしまったが、ついに分かった。そうか、そう言うことだったのか。
「いったい、どうしたんですスクワーロウさん…?」
クレイトンが心配そうに尋ねる。それに対して、私は自信満々に答えた。
「分かりましたよ。探し物を発見してご覧に入れましょう」