Phase.3 ゆらぐ4つの誓い
なんとこの制服警官こそ、アーノルドの甥っ子のクレイトン・バーンスタインであった。
「連中がスクワーロウさんの車を尾行しているのを、たまたま見つけましてね。万が一のことがあってはと、跡を追ってきたんです」
勘の良さといざと言うときの迫力は、まさにアーノルド譲りである。私が十年前にやってきたときはまだ課長だったが、三年前、父親の跡を継いでめでたく署長に就任したらしい。実に頼もしい。
「スクワーロウさん、この街は今、安全ではないです。なぜなら今のような輩が、色んな人間を監視するように、うろうろしていましてね」
大きく息をつくとクレイトンは、眉間に厳しいしわを刻む。
「今の連中は、バイカーギャングですね。この街で、勢力の大きなギャングと言うと、確か…」
私は古い記憶をたどった。確かあの山羊の死神の図柄は、ブラックマムズと言うチームのものだったはずだ。
「さすがはご存知ですね。その通りです」
クレイトンは、感心したように頷いた。
チャーミーウッドの双頭と言われたこのバイカーギャングたちは、こんな田舎町にしては一時期は連邦捜査局にも目をつけられていた名うてのワルどもだったはずだ。
「しかしそれも、私がこの街に来た十年前の話でしょう。彼らはもう一つの一大勢力だったホワイトモフズと手打ちをして、この街では一切、抗争を起こさない恒久平和宣言を行ったはずじゃありませんか」
紛れもなくそれは、アーノルドの手柄だった。ベガスで探偵社をやっていたアーノルドがこの街にコンサルタントとしてやってきた理由は、この二つの犯罪組織の抗争を治めるためであり、それは最大の成果を上げたはずだった。
「君も刑事課の課長として、あの手打ちには列席したはずだ」
ブラックマムズからは、通称『クレイジー・マム』こと黒山羊チャーリー・マムマム、ホワイトモフズからは『ビッグ・モフモフ』こと、大白羊ジョン・モフがチームを率いて姿を現し、アーノルドと警察署長の立ち合いのもと、永遠の停戦と犯罪組織としての解散を宣言した歴史的会談は、ローカルニュースの枠を越え、警察が出した大きな功績のエポックとして広く報道されたものだ。
「はい、あれでこの街は本当に住みよい街になったはずだったのです」
と、クレイトンは言う。彼の話では、両チームはその後、農業企業に転じ、ブラックマムズもホワイトモフズも、犯罪組織ですらなくなったはずなのだ。それが今なぜまた、街に不穏な連中をうろつかせているのか。
「残念です。スクワーロウさんには叔父の愛した昔のままのチャーミーウッドを、案内してあげたかったのに」
クレイトンは嘆くように言った。
何が起こったかは言わなかったが、やはり代替わりが影響しているのだろう。考えてみれば、クレイジー・マムもビッグ・モフモフも高齢である。亡くなったアーノルドより、さらに年上だったはずだ。いつまでもギャングのマスコットネームを背負っている年齢でもないだろう。
「スクワーロウさん、もう大丈夫でしょう。…アーノルドの墓に参りますか。私が、ご案内します」
クレイトンは顔を伏せたまま、私の恩師の墓へ案内してくれた。警察官の鑑から、ハードボイルドの極みを生き通した私のヒーローの墓は綺麗に整えられていたが、折からの雨で寂しそうに濡れていた。
『十年前の抗争から、目立った事件はこちらへ伝わっていないですね。組織は今も、存在しているんですか?』
電話口でクレアがいぶかる。あれから恩師の墓へ参ったらますますと、自分を納得させることが出来ず、ホテルに入るなりベガスへ連絡して、クレアに調べものをしてもらってしまったのだ。
「どうやらそのはずのようなんだが、現地に来てみると話が違うんだ」
私はアーノルドの墓地で受けた少々、粗雑な歓迎について話した。揃いのジャケットにバイクはまさにギャングの証だし、よそ者の私に目をつけ、追い出そうとする態度も、理解できない。
「クレイジー・マムとビッグ・モフモフは、四つの約束事を交わした。その一つ目が、故郷を愛することだったんだ」
二人のヘッドがメンバーたちを使い、地場産業を興したのもこの事情による。つまり約束事の二つ目は、メンバーはちゃんとカタギの仕事を持つこと、であり、彼らは林業や農業、酪農にチーズ作り、道の駅の運営など、犯罪とは無縁の地場産業に従事しているはずなのだ。
『でも、協定は破られた、と言うことですよね。それはアーノルドさんの事務所が閉まっていることと、何か関係があるんでしょうか…?』
「恐らくは、そうだろう。あまり信じたくないことだが、これはきな臭いな…」