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Phase.2 懐かしの恩師を慕って

 夫妻に礼を言ってダイナーを出た私は、目抜き通りから街を流した。ここまで来ればカーナビも、道案内もいらない。頭の中にある十年前のうろ覚えの地図がそのまま通用するほどに、変わり映えのない街並みだ。


 昔ながらの駅舎を街の中心に、開拓時代以来の銀行や酒場、はたまた駅馬車の跡だった建物や、古き良き時代を偲ぶ遺構が、通りには点在していた。案内板によると郊外に新しい住宅街が出来ると言うことらしいが、この辺りは家並みも戸数もほとんど変化していない。


 保安官事務所以来の警察署は、目抜き通りの外れだ。その向かい側の通りにある三階建ての建物が、バーンスタインの探偵事務所のはずなのだが。


 レンガ造りのビルの窓には、一切明かりが点いていなかった。何も気にかけずに通ったのなら定休日かと思うところだが、ダイナーの夫妻の話を聞いた後では、やはり心配である。私は道路端に停車し、その場でオフィスに電話をしてみたが、中で誰か動く気配もなく、もちろん電話も、一向につながることはなかった。


(おかしいな)


 私は二度目の首を傾げた。

 このとき、私が深くこのことを気に掛けなかったら、この楽しい休暇は、まだ続いたかも知れなかった。


 アーノルド・バーンスタイン氏は、私の人生そのものにおける恩師である。彼に出逢っていなかったら、私はあの街で警察官を続けることは出来なかったろうし、現在のようにもなれなかっただろう。


 堂々たる体格のシベリアンハスキーだが、あの街のギャングたちと渡り合うだけではなく、時には法律を駆使して検事や上層部にも盾突き、しばしばやり込めもした。リス・ベガスと言う、あの眠らない街で、アーノルドはまさに警察官の鑑であり、真の秩序の守護者だった。


 その彼がさる未解決事件を追うために、老後の資金を使って私立探偵になったとき、私も警官を辞め、同じ世界に飛び込んだ。見習い探偵として、アーノルドと過ごした数年間は、今でも私にとっては宝物である。


 そしてベガスの治安に尽くしたと言ってもいいアーノルドの引き際も、実に理想的だった。兄が警察署長をしているこのチャーミーウッドにコンサルタントとして招かれたのだ。ご意見番の立場ではあるが、何しろこののどかな田舎町だ。彼の晩年はさぞ、穏やかで静かなものだったろう。


 私が遊びに行ったのは、十年ほど前だ。優秀な後継ぎを持ったアーノルドはすっかり、大家族に囲まれて、趣味の釣りをたしなみ、本当に幸せそうだと、私は思った。このチャーミーウッドに休暇を取ってまで来ようと考えたのも、アーノルドの墓参りもあったが、こののどかな田舎町で過ごした十年前のことが忘れられなかったからだ。


 それがアーノルドの死後、事務所に何かあったのだろうか。だがこんな田舎町で、いったい何があると言うのだ?事務所はたまたま、休業しているんじゃないのか?どうにも、腑に落ちなくなってきたぞ。


 疑惑がきな臭い空気を運んできたのは、それからほどなくのことだ。アーノルドの墓地を探して、私が霊園に足を踏み入れたときである。


「おいおめ、こんな寂しい場所さ、何の用事だ?」


 野太い声が、私の背に投げかけられた。振り向くとそこに、黒レザーのライダージャケットを着た、ヒゲだらけの山羊が立っていた。元々垂れ目の癖に、アイドロップのサングラスなんかかけて、見るからに田舎やくざである。ここへ来るまでに何か打ちあわせでもしてから、私に因縁つけたに違いない。証拠に退路を断つように、私の背後からのっそり、恰幅のいい黒毛和牛が、出てきた。


「ご苦労なことだ。…まさか警察署の前から、私を尾行してきたわけじゃないだろうね?」


 私は連中の風体を確かめながら、かまをかけてみた。黒毛の牛も同じジャケットを羽織っている。ジャケットにドクロの鎌を持った山羊頭の図柄を背負っている点まで、ぴったり一緒だ。いわゆるバイカーギャングと言うやつである。


「よそ者ぉ。ケガさしねえうちに、おめの街さ戻ったらどうだって言ってんだ」

 山羊はにやにやしながら、私に言う。

「私の休暇をどう使おうと、私の勝手だ。それに、恩人の墓参りをしに来て何か、君らに不都合でもあるのか?…まさか他人の墓に、何か勝手に埋めたりしてないだろうな?」

「なっ、こらッ…」「なぜそれを!?」

 私はまだまだ冗談のつもりで言ったのだが、途端、連中の顔色が変わった。都会ではこの程度、あいさつ代わりなのに。それとも何か地雷でも踏んだのか?

「おめこら、返答次第じゃ生きて街さ帰れねえど?何さ知ってやがるぅ!?」

 山羊は汚いヒゲを震わせると、銃を抜かんばかりに身構えた。ナッツを食らわしても良かったが、キレるの早すぎだ。どうにか逃げる手段はないかと、私が視線を巡らせたときだ。

「何をやってるクズども!全員逮捕するぞ!ここは、静粛に故人を(しの)ぶ場所だッ!」

 アーノルドばりの遠吠えが炸裂した。老いたりとは言え筋骨たくましいシベリアンハスキーの制服警官である。バイカーギャングたちはそれを見ると顔色を変え、私に捨て台詞を吐き捨てて逃げだした。

「…憶えてろ、こっ、このよそ者ぉッ!」「おっ、お前のかーちゃんでーべそ!」

 うーん、都会のギャングが使わないフレーズである。スタイリッシュじゃないなあ。

「助かったよ、クレイトン」

「スクワーロウさん、お久しぶりです。こちらに来られるなら、遠慮なく、連絡を下さればよろしいのに」

 と、シベリアンハスキーは、端正な相好を崩した。


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