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6.俺は前の魔王とは別人です。

 さて、配下が三人増えたが、何から始めたものかな。

 できるだけ面倒なことにならない為に行動を起こしておきたい所だが。


 まずは魔王に仕えてきた幹部の意見を聞いてみようか。



「四人に聞きたい。魔王城を維持するためには何が必要だと思う?」

「それはもちろん魔王様の復活を示すことだろう」

「この獅子と同意見なのである。そしてそれは魔王様が勇者どもを打ち倒すのが手っ取り早いのである」

「うん、アタイもそう思うよ。やっちゃえ、魔王様!」

「珍しく意見が一致しましたね。という訳で魔王様、早速戦いの準備をしましょう」



 って、ちょっと待て!?

 ガーレオン達三人はまだ分からなくはないが、フィレトまで何故その流れに加担する!?

 お前らはそんなに俺を殺したいのかよ!?

 

 ……はあ、落ち着け、俺。

 コイツらはそういう奴らだった。

 魔王最強伝説をまるで疑う様子がない、そういう奴らなんだったな。



 力こそ全ての魔物達の頂点に立つ存在、それが魔王。

 だから魔王ならばどんな奴が相手だろうと勝てるのが当然。

 魔物達がそう思うのも無理はない。


 実際、元々の魔王はそうやって力を示して魔物達を統治してきたのだろう。

 逆らう者は力でねじ伏せて、服従させる。

 魔王の記憶を見た感じだと、そのような行動で一貫していることに間違いはなさそうなんだよな。

 話し合って交渉するなんて記憶は一切なかった。


 だが、それが通じるのは、自身が最強である時だけだ。

 少なくとも今の俺は最強ではないので、そのような手段は使えない。

 まあ、使えたとしても俺はそういう手段を好んでとろうとは思えないけどな。



「すまないが、俺はまだ死ぬつもりはない。だからその案は却下な。不服ならお前らがもう一度代わりに行ってこい」

「何故だ!? 魔王様ほどのお方ならば、勇者に遅れを取ることはないだろう?」

「いやいや、普通に遅れを取るだろうよ。お前達、よく状況を考えろ? 魔王が勇者に負けたばかりな事は知っているだろう?」

「そ、それは……」



 俺の言葉に対する答えに窮するガーレオン。

 それは他の三人も同様だった。

 痛い所をつかれたという事なのだろう。



「それにもう一つ言っておくと、今の俺は間違いなく、その時の魔王よりも弱い。何故なら、今の俺には戦闘経験が少なすぎるからだ」

「ん? 戦闘経験が少ないって、どういう事なんだい、魔王様? 魔王様は数えきれないほど戦ってきたはずでしょ?」

「確かに記憶にはあるさ。だが、実際に戦ったことはほとんどない。今の俺は以前の魔王と体と魔力は同じかもしれないが、全くの別人だからな」



 俺の言葉を聞いて、凍り付いたように固まる四人。

 ……やっぱり、そういう事か。


 姿が同じだから、俺は以前の魔王と同一人物だと四人は思い込んでいたみたいだな。

 だから、戦闘力も当然以前と同じ、もしくはそれ以上だと信じていたのだろう。


 でも残念ながら、俺はその期待には応えられそうにない。

 俺は俺であって、以前の魔王とは別人だし、考え方も全く異なるからな。

 以前の魔王と同じようにふるまえと強制されるいわれはないのだ。



「知らないだろうから言っておくが、俺の名前はアレン。どこにでもいる平凡な人間の村人に過ぎない者だ。どうだ、幻滅したか?」

「魔王様……元に戻られたと思ったのですが、そうではなかったのですか?」

「元に戻ったというのはおかしな話だな。俺は元より俺だ。それ以外の何物でもない」



 フッ、と俺は微笑む。

 フィレト達には悪いが、これが現実だ。

 いかに無茶な要求を俺にしてきたかが分かるだろう。

 そして、四人はその事実に対してどう向き合うかが見物だが、果たしてどうなるか。


 しばらくその場は静寂に包まれた。

 そしてフィレトがその状況を変える。



「魔王様――いえ、アレン様。私はアレン様に変わらず従います。私にはアレン様が必要なのです。そしてそれはアレン様も同じはずです」

「俺も同じって、どういう事だ?」

「アレン様は以前の魔王様、ゼーレバイト様とは確かに違うのでしょう。ですが、大多数の魔物にはその違いは分かりません。魔王の座を目指す者は、アレン様を襲って倒そうとするでしょう」



 ふうん。

 魔王の名前ってゼーレバイトって言うのか。

 記憶を探ってみた限り、その名で呼ぶのは、竜王リヴェルガ位だったみたいだし、認識が薄いのも無理はないか。


 それにしても、俺がフィレトを必要とするという意味がよく分からないな。

 俺が人間の姿に化けて、ひっそりと暮らせば、いつも通り暮らせるだろうに。



「俺はばあちゃんとひっそりと暮らせればそれでいい。それに何の問題がある?」

「いいえ、問題は大アリですよ、アレン様。今のアレン様は心はどうあれ、体は魔王。種族でいえばインペリアルデーモンなのです。それがどういう意味か分かりますか?」

「悪魔の体……以前の人間の体との違いは、寿命の長さ。つまりは、そういう事か」

「分かって下さったようですね。さすがはアレン様です」



 そう言ってニコリと微笑むフィレト。

 今日ほどフィレトの笑顔が憎たらしいと思ったことはないな。

 まあ、憎たらしいと思わなかったことはないんだけれども。



 俺がフィレトに気付かされたのは、今の俺の寿命が人間の頃よりも大きく伸びたという事だ。

 人間はせいぜい100年ほどで死を迎えるが、悪魔、つまりデーモンは、数千年は生きる長寿の種族なのである。

 インペリアルデーモンともなれば、普通のデーモンよりもさらに生命力が強い訳で。


 そしてそれが何を意味するか。

 それは、俺が人間の世界で生き続ける事が困難ということである。



 ばあちゃんが生きている間の短い期間であれば問題ない。

 ただ、50年も同じ家に住もうと思うと、年老いない俺は明らかに不審に思われるだろう。


 変身魔法は自分が知っている姿を再現する魔法なので、想像する姿が変わらない限り、見た目的に年をとる事はない。

 頑張れば年老いた俺を想像して変身することはできるかもしれないが、動きまで年老いた爺さんを再現するのは骨が折れる。

 正直言って、現実的ではない。



「あちこちに転居すれば生きていけなくはないかもしれないが、それもまた面倒だよな……」

「その通りです。その点、魔王城ならば周りが長寿の魔物ばかりですから、長年の間、同じ者と過ごす事ができます。精神的にもだいぶ楽なはずですよ?」



 フィレトは笑みを深めて俺をじっと見つめる。

 悔しいが、フィレトの言い分はもっともで、魅力的な提案にも思える。

 とはいえ、それを認めてしまうと、俺がずっとここで魔王をやってないといけなくなるんだよな……。

 それが大した負担にならない程度のものなら良いんだけれども。



「私は、ゼーレバイト様と同じ容貌、魔力をお持ちのアレン様がいないと魔物達を束ねる事ができない。一方でアレン様は、私がいないと魔王城で生きることが難しくなる。そうではありませんか?」

「フィレトが魔王の仕事に詳しい事は分かっているし、欠かせないとは思っている。だが、フィレトはこんな俺でも支えてくれるというのか?」

「ええ、もちろんですとも。アレン様がゼーレバイト様と違うことはよく分かってますし、振り回されることは覚悟の上ですから」



 そう言ったフィレトは目をそらしてきた。

 ……って、おいっ!?

 その反応は何だ、その反応は!



「内心どう思っているかはよく分からないが、フィレトの考えは分かった。村人らしいのんびり生活を送れるなら、場所はどこでも構わないし、魔王城に住むことは検討してみることにしよう」

「恐れ入ります、アレン様」

「フィレトはそれで良いとして、他の三人はどうなんだ? 下僕になるといった話はなしにしてやっても良いが?」



 本来は下僕にするのをなしにするなんてことはまずないと言って良い。

 だけど、俺がゼーレバイトだと思わせた状態で結んだ契約だし、ある意味騙しているようなものだったもんな。

 ここは彼らの意思を尊重したいと思うのだ。


 それから三人はその場で少し話し合った後、ガーレオンが一人俺の前までやってきた。



「選択の権利がないはずのオレ達に選択肢をくれたことに感謝する、アレン様」

「こちらも騙すようなことになってすまなかったな」

「いや、気にすることはない。それより、アレン様に頼みがあるんだが、言っても構わないか?」

「頼み? 内容を聞いても良いか?」

「アレン様、オレ達と戦ってほしい。オレ達はアレン様の下僕だ。主が弱いならば、オレ達はアレン様を強くしなければならない」



 俺と戦いたいだと?

 まあ、気持ちは分からないでもないが。


 俺は以前の魔王よりも弱いと自己申告した訳だし、それがどの程度なのか見極めたくなる気持ちも分かる。

 あまりに弱いのならば、ガーレオンは戦闘訓練をしてくれると言っているのかもしれない。

 その気持ちはありがたいんだが、俺はそもそも戦闘自体が好きではないのだ。


 だから――



「分かった。だけど、少し俺に時間をくれ。試合の場所は魔王城の中にある訓練室で、時間は三日後の正午でどうだろうか?」

「異存はない。それで、戦いはどのようにすれば良いか? オレ、トガロ、リソラ、三人ともアレン様に挑みたいと思っているのだが」

「三人とも、か。ならば、三人とも同時にかかってくれば良い。その方が早く済むからな」



 俺の言葉を聞いて、顔を見合わせる三人。

 まさか、俺からそんな言葉を聞くとは思ってもいなかったのだろう。

 まあ、確かに俺は戦いを避ける方向で動いていたし、弱いと自称もしているのだから、驚くのも無理はない。


 確かに戦うのは面倒だが、決して戦えない訳ではない。

 今回の場合は信頼を得る為には避けられない戦いだし、少し頑張れば勝てると思われて、何度も戦いを挑んでくるようでは困る。

 ここは、力の差を見せつけて、戦いを挑む気をそぎ落としておくべき場面だろう。


 それに、これをきっかけに仲の悪い三人が連携できるようになってくれれば、これから協力して行動してもらう時にラクになるしな。

 一石二鳥というものである。



「驚いた。オレ達も見くびられたものだな。だが、良いだろう。おい、聞いたか! トガロ、リソラ?」



 ガーレオンの言葉に対し、黙ってうなづいて返事をする二人。

 そして、三人はそれぞれ約束の時間まで、己を高める事を誓い合って、解散した。


 ……って、結局協力して訓練はしないんかいっ!?



「アレン様、彼らは成長しないようですね」

「ああ、そのようだな」



 それはフィレトも同じなんだけどな、と俺の内心で言葉を付け加えておく。


 連携の訓練にならないのは残念だが、ガーレオン達に歯向かわせない目的だけはこの戦いで果たしておきたい。

 それまで、記憶の整理をしたり、色々と試してみるとしようか。

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