39.楔の今後について考えてみました。
「ローロイ、ちょっとリビングに戻ってもらっても良いか?」
俺は静かにそう言うと、ローロイは不思議そうにしながらもうなずき、この場を後にした。
すると、ベルニカは懐から薬の入った容器を取り出し、周囲にその薬をぶちまける。
「これで誰にも聞かれずに済むはずよ。で、これって、やっぱりそういう事よね?」
「ああ、そういう事だと思う」
俺とベルニカはその場でしばらく沈黙した。
そういう事とはもちろん、ゼーレバイトの魂が自宅にある楔に宿っているという事である。
これほど禍々しくて触りたくないような魔力。
魔王の体から発せられる魔力とほぼ同じだし、間違いないと思われる。
「この楔はゼーレバイトからもらったんだよな? どういう経緯でもらったのか聞かせてもらって良いか?」
「ええ、分かったわ。確かアレンが生まれる前の話なんだけど――――」
それからベルニカが話してくれたことによれば、どうやらゼーレバイトは楔の有効活用について調べてもらうためにベルニカに楔を渡していたらしい。
「今思い返せば、”万が一の時に俺がここに入るから、しっかり性能を上げておけよ、ガハハ”って言っていた気がするわね」
「えっ、それって、つまりはそういう事じゃ……」
「そういう事みたいね……」
ベルニカはどうやらこの楔の存在をすっかり忘れていたらしい。
というのも、楔には魂から潜在魔力を半分ほど引き出して保管し、全記憶を封じる効果を発揮させるという成果に満足してしまったからだそうだ。
「潜在魔力の半分の保管で諦めるなんて、なんかばあちゃんらしくないよな」
「本当はあたしももっと性能を上げたかったんだけどね。でもこれ以上やると楔が壊れそうだったからやめておいたのよ。ゼーレバイト様からは楔は壊すなと言われていたからね」
ふーん、そういう事か。
まあ、事情は分かった。
問題はこのゼーレバイトの魂をどう取り扱うかについてなのだが。
「とりあえず、一旦保留にしておいても良いか? 色々と面倒な事が起きそうだし、嫌な予感がするからさ」
「そうね、そうしましょう」
満場一致で一旦放置する事に決定。
というか、それは当然の事なんだけども。
確かにゼーレバイトがいるならば、彼に魔王を任せてしまえば、俺はラクが出来る。
とはいえ、今の彼は魂だけの存在。
器となる肉体を用意する必要があるし、そんな肉体なんて気軽に用意は出来ない。
出来るとするならば、エルが作っている影武者に魂をこめる事だろうか。
その場合は影武者が正真正銘の魔王になる訳だけれども。
とりあえず、エルに確認をしてみるか。
俺は魔法で手紙を作成し、内容を書いてからエルに送るよう念じる。
すると、一瞬にしてその場から手紙が消え去った。
「アレン、その手紙は一体どうしたの?」
「ああ、実はな――」
俺は自分の考えをベルニカに伝えてみた。
すると、影武者なんて面白い事を考えるのねと興味津々な様子で話を聞いていたようだ。
その様子からすると、ベルニカは影武者に関する事は知らなかったらしい。
……いや、一言も話してないんだから当然の事なんだけども。
ベルニカなら俺の事を何でも知ってるんじゃないかと錯覚してしまう事があるんだよな。
ベルニカがどんなにすごい人だとしても、所詮は一人の人間。
悪魔とも言えるけど。
とにかく、全てを知るなんて事は一人で出来るはずもないのにな。
「そうなったら、アレンはゼーレバイト様に魔王を押し付けるつもりでしょう?」
「さすがはばあちゃんだな。バレていたか」
「ふふ、長年一緒にいるからアレンの性格はよく分かるわよ。でも、そう上手くいくかしらね?」
「ん? どういう事だ?」
「いや、何でもないわ。少なくともそれによってアレンの命が危険にはならないと思うし、影武者にゼーレバイト様の魂を入れる事にあたしは賛成よ」
楽しげな様子で微笑むベルニカ。
若干気になる発言もあったが、計画自体には賛成してくれているし、良しとしよう。
とはいえ、急にゼーレバイト復活説が濃厚になってきたな。
そうなると、冗談抜きで魔王が復活する事になるが、勇者達はどうするんだろうか?
やっぱりまだ倒しに来るんだろうけど、俺まで倒そうとして来ないよな?
俺、ただの村人なんだけどなぁ。
これから先の事を考えて憂鬱になる俺。
とはいえ、それらは全てエルの返事次第だ。
エルが出来ないって言ったらこの計画自体が成り立たないし、ゼーレバイトの魂はずっと放置する事になるだろう。
その時になったら考えるか、うん。
俺は問題を先送りにし、黒い楔を見えないように隠してから、ベルニカと一緒にリビングに戻っていった。
それからは平穏に過ごし、翌朝を迎える。
朝食をとってから魔王の間へと転移すると、そこにはフィレトとローガ、コボルド達の姿があった。
コボルド達は、昨日俺が承認した依頼を早速こなしているようだな。
随分と手慣れた感じだし、きっと一日かからずに大半の依頼は片付くんだろうな、きっと。
ベルニカとローロイを送り出すと、フィレトとローガが俺に近付いて来た。
「アレン様、ご準備はよろしいですか?」
「変身したら、いつでも行ける。二人も大丈夫か?」
「ええ、問題ありません」
出かける準備が整った事を確認した俺達。
転移でまた地上に出る事になるので、俺はこの場でオークの姿に変身をし、リヴェルガ対策を施す。
その後、フィレトの服を俺とローガがつかみ、フィレトが転移魔法を使用した。
転移魔法で荒野に降りたつも、リヴェルガは飛来せず。
俺はホッと息をつきつつ、オークの洞窟内へと入っていった。
「みんな、よく来てくれたね。オーストルが待ってるよ」
洞窟の入口近くで見張りのオークとは別に、一人のオークが出迎えてくれた。
どうやらその女性のオークが、オーストルの他に同行するオークらしい。
名前はオーミとのこと。
マーメイドの所に行くのは、俺とフィレトとローガ、オーストル、そしてこのオーミという事になる。
オーミの案内で洞窟の奥まで行くと、オーストルと側近達が待ち構えていた。
「魔王様お待ちしておりました。お見事な変身でございます。そのお姿ならば、マーメイドもまさか魔王様だとは思わないでしょう」
オーストルはそう言ってひざまずいた。
隣にフィレトとローガがいるから、一緒にいるオークの俺が魔王だと察せるだけで、見ただけでは分からないという。
うまく変身できているようで何よりだ。
その後、フィレトとローガも変身魔法を使用し、オークの姿へと変える。
俺達三人は変身魔法を使っているため、オークの姿でいる間は他の魔法を使えない。
という訳で、マーメイドの住処近くへの転移はオーストルが担当する事になった。
変身している間、俺達が偽名を使う事を伝えると、オーストルとオーミは快諾してくれたので、これで準備は万端といった所か。
ちなみにオークは土属性の魔法しか使えないと言われているが、無属性の魔法は誰でも使えるものなので、オーク達も使う事ができる。
故に、オーストルでも無属性であるテレポーテーションの魔法を使う事は可能だ。
「それではそろそろ参ろうと思います。皆さん、準備はよろしいでしょうか?」
俺達はだまってうなずき、オーストルの服をつかむ。
その様子を確認したオーストルは、ゆっくりと呪文を唱える。
すると、周囲の景色が一変し、海の近くの陸地へと俺達は降り立つのだった。




