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34.オークを助けることにしました。

 俺が呆れたような目でオーストルを見ると、オーストルは冷や汗を流し、必死な様相で話しかけてきた。



「えっと、もう一度言いますが、私、書いていませんよ!? こんな事を書くはずがありませんから!?」

「ふーん」

「恐らくマーメイドの奴らが私に何かを仕込んだのでしょう……。このような恥ずかしい言葉を書かせるような……。実に恐ろしいと思いませんか!?」

「……ああ、実に恐ろしいと思う」



 何が恐ろしいかと言えば、こんな恥ずかしい内容を俺に見せようとしたオーストルの神経がだけど。

 いくら書いた記憶がないとはいえ、無関係の俺にその紙を見せようと思う神経が俺には理解できない。



「ですよね!? あと、困った事に、その誓約書の期限が明日までなんですよ……。こんな内容でも誓約書は守らないといけないものですよね?」

「まあ、誓約書は誓約書だからな」



 誓約書は、種族間で交わした約束を守らせるための正式な書類にあたる。

 その効力は大きく、それに反した場合、魔物達の間で何かしらの制裁が加えられる仕組みだ。

 その制裁というものの内容はその時に応じて変わるものの、そこそこ厳しいものだったとゼーレバイトは記憶していた。


 誓約書は影響が大きいものだし、気軽に使えるものではない。

 だからこそ、ただ会いに行く約束をするために誓約書が使われるだなんて、普通は想像ができないが。


 一体どんな思いでオーストルとマーメイドの長は誓約書を交わしたのか。

 正直、あまり想像したくない。



「私、このまま行っても、またマーメイドに何されるか分かりません……。それに誓約書には複数のオークで行くことが書かれています。そこでお願いなのですが、そのマーメイド達の所に魔王様も私と一緒に――」

「嫌だ。断る」

「な、なぜですか!?」



 食い気味に俺はオーストルの願いを却下した。

 そんな俺を涙目で見つめてくるオーストル。

 ……いや、そんな泣きつかれても嫌なものは嫌だから。

 なんで俺がそんな面倒な事を引き受けると思ったのか、このオークは。



 そもそも複数のオークで行くという事と俺が行く事がつながらない。

 俺は種族としてはインペリアルデーモンであり、立派な悪魔だ。

 元人間であることを考慮して、人間としてついてきてほしいと言われるならまだ分かる。

 だが、まさかオークとして一緒に来いと言われるとは想像もしなかった。

 まあ、そりゃあ魔法でオークに変身すればごまかせるだろうが、それにしてもな……。


 オーストルの願いを断る理由がありすぎて、逆に何を言って断れば良いのか俺は考え込む事になってしまったのだった。



「私、勇気を持って、魔王様にこの紙をお見せしたのですよ!? それなのに、何故一緒に来て下さらないのですか!?」

「いや、別に俺は見せてほしいと頼んだ訳じゃないしさ……。逆にどうしてこの紙を見せれば、俺が一緒に行くと言うと思ったんだ?」

「魔王様は面白い事に目がないお方だと伺っております。ですからこのような知性のない手紙がどう書かれたのかは魔王様の興味を引くものだと思った次第でございます」



 オーストルは真剣な目つきでそう俺に訴えてきた。

 そして、それからはオーストルは自分の考えを述べ始める。

 その話によれば、興味本位でも魔王が付いてきてくれさえすれば、それがマーメイドに対する抑止力になるし、変な手出しをされにくくなるのではないかという事だった。

 別に誓約書にオーク達でマーメイドの所に行くと書かれてはいるが、オーク以外の者を連れていかないとは書かれていないからな。

 確かにオーストルの考えは一理ある。


 そういう事を嬉々としてやると思われているゼーレバイトの事を考えると頭が痛くなるが、話は分かった。



「オーストルが俺についてきてほしい理由は分かった。だが、オーストル達に協力することで俺にどんな見返りがある?」

「……そうですね。この話が上手くいけば、魔王様には豊富な野菜を必ずや提供できるでしょう。ですが、上手くいかなければ、我らオークがどうなるかも分かりません。約束された野菜の長期納税。これが我らが魔王様に提供できる全てです」



 オーストルは顔に汗を浮かべつつ、俺に頭を下げた。


 オークは土属性の魔法を活かした野菜作成を売りにしているが、逆にいえばそれ以外に特別な売りとなるものはない。

 だから、野菜の提供を約束する位しかオーストルには言う事ができないのだろう。


 結局ゼーレバイト時代の時の納税と変わらないではないかと不満に思わないでもない。

 だが残念ながら、ここでオークを見捨てると俺も困る事になるんだよな。



 食料生産第一位のドライアド達からは一切食料を調達できなかった上に、次に食料が納められるのもいつになるか分からない。

 もし第二位のオーク達を見捨てる事になれば、第三位以降の魔物の所に行く必要はあるのだが、恐らくその魔物達から得られる食料はそんな大した量ではないだろう。


 ドライアドとオーク、ミノタウロスの三大食料生産地は、四位以下を食料生産量で大きく引き離す圧倒的なもの。

 ドライアドの地をあきらめても何とかなると思ったのは、オークとミノタウロスから食料をもらえれば何とかなると思っていたからだ。

 オークからも食料がもらえないとなれば、頼りになるのはミノタウロスだけになるだけになるし、この調子だと恐らくミノタウロスも訳アリに違いない。

 そのため、ドライアド達と違って食料の備蓄があるオーク達から食料をもらう事は俺達にとって大事なことなのだ。



「気が進まないが、分かった。ただ、こんな事に付き合わせるんだ。先ほど半分位しか納税できないと言ったが、苦労に見合うだけの色はつけてもらうからな」

「当然ですとも。我らが食料を生産する態勢が無事に整えば、喜んで魔王様に食料をお納め致しましょうぞ」



 俺の返事にオーストルは微笑んで、そう返してきた。


 こうして俺は成り行きでオーストルのマーメイド訪問に付き合う事になってしまう。

 だが、さすがに魔王の姿のまま付いて行くと、リヴェルガに見つかった時に非常に厄介だ。

 という訳で、オーストルに事情を話し、俺はオークの姿に変身した状態でマーメイドの所へ向かっても良いことを付いていく条件に加えさせてもらった。


 オーストルにとっては、俺に抑止力としての期待もしていたため、残念そうにはしていたが、俺の協力が得られるならばと、その条件を飲み込むことに決めたようだ。



 マーメイドを訪問するのは期限ギリギリの明日に決定。

 訪問するメンバーは、オーストル、俺、その他オークの側近三名とのこと。

 できれば少人数にしたかったそうだが、それなりに複数人で来た事を見せないと、誓約書にケチをつけられかねないとのこと。

 そのため、そこそこ大人数に見える五名で向かう事に決めたようだ。



 明日に備え、マーメイドの地に向かうオーク達が話し合っているのを何となく聞いて時間をつぶしていると、入口の方からオーク兵が走ってきた。



「オーストル様! 入口に悪魔卿と狼王がやってきております! いかがいたしましょうか!?」



 どうやらフィレトとローガがオークの洞窟の入口までやって来たようだ。

 俺の読みはどうやら当たったようだな。



「フィレトとローガは通してくれると助かる、オーストル」

「かしこまりました、魔王様。ということだ。二人とも通せ」

「はっ、仰せの通りに!」



 オーク兵はそう返事をすると、急いで入口の方へと走っていく。

 さて、二人には今の状況をどう説明したものか。

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