33.オーク達も問題を抱えているようです。
それにしてもリヴェルガは本当に厄介な奴だった。
俺の言葉に反論ができない状態に持っていったにも関わらず、結局戦いをする流れに強引に持っていきやがったからな。
多分リヴェルガにとっては俺との会話は俺に戦いをさせる為のリップサービスみたいなもので、会話の中身はどうでも良かったんだろう。
一応会話が成り立ってはいたが、俺の言葉の粗探しをして、早く俺を本物のゼーレバイトだと認めさせて戦いをさせたい気持ちがプンプンしていたしさ。
どんなに言った所で、俺がゼーレバイトとは別人という事実は変わらないっていうのにな。
そんなヤツの事だ。
もう一度会う事があったら、どんなに言葉を尽くしても、戦いは避けられないんだろうな。
俺が作った設定に話を合わせてくれるかもしれないが、その話を合わせてきた上で、戦うように仕向けてくるだろう。
リヴェルガは戦いさえできれば、その他の事なんてどうでも良いに違いない。
別に俺はリヴェルガと話したい訳ではないし、戦いを避ける目的で話をしようとしているだけだ。
戦いをさせるためならば、話を適当に合わせる事もいとわないリヴェルガとは最悪の相性ともいえる。
これじゃ、どんなに頑張っても骨折り損になることは目に見えてるのだからな。
俺はため息をつく。
とにかく、何だかんだでリヴェルガの包囲網は抜けたのだ。
竜王の威圧の効果も今は受けてないし、自由に転移することが可能になったしな。
本当、俺はよくやったと思う。
自分をほめてあげたい。
とはいえ、リヴェルガに見つかったら間違いなく戦いを挑まれる事は変わらないし、それだけは何としてでも避けないといけないだろう。
とりあえずしばらくの間はリヴェルガが立ち入れない場所にいることにするか。
どうしても開けた場所に行かないといけないときは魔力遮断の魔法と変身魔法は必須だろうな。
俺がいることを悟らせてはいけないからさ。
まあ、それもエルが作ってくれている影武者ができるまでの辛抱だ。
影武者の出来にもよるが、影武者を本物だという事にしてしまい、影武者がリヴェルガの相手をしてくれれば良いだろう。
エルに強い方の影武者を作ってほしいと言っておいたし、影武者はそれなりには強いはずだからな。
リヴェルガの相手をしてくれるだけで、俺はどんなに助かる事か。
影武者ができたら、リヴェルガ専属にすることにしよう。
うん、そうしよう。
そんな感じで考え事をしながら、しばらく洞窟の中でくつろいでいると、オーク達が奥から続々と現れ、ひざまずいてきた。
「これはこれは魔王様。竜王との戦闘、お疲れ様でございました。ご無事なようで何よりでございます」
俺に声をかけてきたのは、オークの長オーストルである。
つい先ほど俺がリヴェルガと戦っていた事をオーク達は知っているようだな。
洞窟の入口に立っているはずのオークの見張りがいないように見えたから、恐らくそのオークが他の仲間に知らせたんだろう。
「気遣い感謝する。ちょっとトラブルがあったが、何とかなった。だが、リヴェルガには訳あって、俺が生きている事を隠さないといけないから、俺が生きている事は他言無用で頼むな」
「事情はよく分かりませぬが、そもそも我らは竜王と交流は持っておりませんので、心配は無用かと思われます。ご安心下さい」
そう言って微笑むオーストル。
事実、オークは竜王どころかドラゴンの種族と関わる事がないだろうから、オークがリヴェルガに情報を流す事はまずないだろう。
リヴェルガが住んでいるのは竜の大地で、他の種族からは大きく隔絶された場所になっている。
外からの情報もほとんど入らないだろうし、他種族に話される内容に対した意味はないだろうな。
ちょっと心配しすぎだったかもしれない。
「さて、そろそろ本題に移りたいのだが。オーストル、食料の納税に関して、何か言う事はあるか?」
「……その節は大変申し訳ございませんでした。今すぐにでも納税分をご用意したい所なのですが、恐らく今すぐお納めできるのは半分程度になるかと――」
オーストルは俺から目をそらし、気まずそうな様子を見せる。
全部とはいかないまでも、すぐにもらえる分があるだけ、ドライアド達よりはずいぶんマシなのだが、何か事情がありそうだな。
俺はオーストルに事情を聞くことにした。
するとオーストルは申し訳なさそうな表情のまま、淡々とオーク達の現状を語り始めた。
オーストルの話によれば、どうやらオーク達は水不足に悩まされて、食料の生産に支障をきたしているらしい。
オーク達が住む洞窟には遠くの森林地帯からつながっている川が通っていて、その川の水を使ってオーク達は植物の栽培をしている。
だが、その川の水量が最近みるみるうちに減っており、今ではかつての3分の1ほどしか川の水量がないのだとか。
「確かにそれは困ったな。原因に心当たりは? 最近雨が降っていないとか、そういう話は聞いていないのか?」
「特に話は聞けておりませぬ。向こうから情報を得られない以上、我らにはどうすることもできなかったのです」
「ん、それはどういう事だ?」
オーストルはため息をつきつつ、俺の疑問に答えてくれた。
どうやら、川の上流付近に住むケットシーが情報を隠してきているようだ。
オーストルがケットシーに話を聞きに行った所、知りたいならば対価をよこせの一点張りだったそうだ。
オーク達の食料を対価に提示しても、ケットシーは全く相手にしてくれなかったとのこと。
……困っているオーク達に対してずいぶんと冷たいケットシー達だな。
まあ、彼らは情報を売り物にしている種族だから、そういう人情的なものを許すわけにはいかないんだろうけど。
世知辛い世の中である。
「ケットシーか……。なかなか厄介そうな相手だな」
「そうなのです。色々と手を尽くしましたが、あの者たちから情報を得ることはできませんでした」
「なるほどな。ケットシー達もそれが商売だから仕方ない事は分かるけども、辛いよな」
「そうですね。ですがありがたいことに、彼らは我らが望むだけの人数を雇っても良いと言ってくれたのです。そのため、この住処から離れても良い者はケットシーに雇ってもらう事にしました」
ケットシーに雇ってもらう、か。
何か訳がありそうだな。
ケットシーが思いやりある種族というだけで、オークをいきなり雇おうとはしないだろうし。
ケットシーがそうするだけの何か裏があると思った方が良さそうだ。
気が向いたら、そこの所は詳しく調べた方が良いかもしれない。
「そうなると、この集落にいるオークはかつてよりはだいぶ少ない状態ということか」
「その通りです。そのおかげで蓄えを少しずつ使えば生活を維持する事は可能になりましたが、それができなくなるのも時間の問題です」
そう言うとうなだれるオーストル。
人数が減ったことで、必要な食料が減ったとはいえ、それでもまだ食料は足りないのか。
そうなると、やはり水を何とか確保する方法を考えざるを得ないようだな。
「時間の問題なのは俺にも理解できる。だが、オーストルはこれからどうするつもりなんだ?」
「そうですね……。結局私は川の水量を増やす事は難しいと判断しました。ケットシーから情報を得られないし、自分達で原因を調べるのは労力がかかりすぎますからね。ですから水を代わりに得る手段を探したのです」
……なるほどな。
川の上流付近はケットシーの目があるから迂闊に調査はできない。
中流からオークの住む所までの川はとても長距離にわたるため、調査に何日かかるかも分からない。
となると、確かに川の水量が減った原因を突き止めて、対策を練るよりも、川以外から水を得る手段を考えた方が早そうだ。
「何かアテはあるのか?」
「……そうですね。恐らく我らはマーメイドの協力をあおぐことになるでしょう」
「マーメイド、か。マーメイドなら水属性の魔法に長けているだろうし、水を生み出す事も容易いだろうな」
「はい。恐らく彼女達が来てくれれば、水不足は解消できるでしょう。ですが、問題があるのです……」
オーストルはそれからも話を続けた。
どうやらオーストルは水の提供を依頼するため、既にマーメイドの集落に立ち寄ったそうだ。
そしてその集落にて一晩過ごしてから帰ったそうなのだが、その間の記憶がほとんどないのだという。
「記憶がない? それはどういう事だ?」
「マーメイドの集落に入るまでの記憶はあるのです。ですが、マーメイドと出会った時から記憶がとても曖昧なものになっていて……」
「記憶が曖昧……。記憶が抜け落ちている訳ではないんだな?」
「仰る通りです。そしてその中で何か紙を書いたらしいという記憶はあるのですが、肝心の内容は全く覚えておらず……。我らの集落に戻った時、懐にはこの紙がしまわれていました」
オーストルは懐から一枚の緑色の紙を取り出した。
確かその紙は種族の長同士が何かしらの約束をする時に使うものだったはずだ。
オーストルはその紙をそっと俺に渡してくる。
「これは私が書いたらしい誓約書です。決して私はこんな内容は書きませんよ!? ですが、確かにこの文字は私の筆跡と同じのです」
何やら言い訳のようなものを始めたオーストルをよそに、俺は緑色の紙に目を通してみた。
するとそこに書かれていたのは――――
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誓約書
おれたちオークは、三日のうちにまたマイちゃんのところで遊ぶったら遊ぶ! ぜったいに!
ウフフ。私達マーメイドは、遊びに来たオークの方々を真心こめて、おもてなし致しますね。
長承認欄①:オーストル
長承認欄②:マイナ
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……なんなんだ、これは?
オーストルがマーメイドの長に会いに行く約束をした誓約書のようだが……。
なんでわざわざそんな事をする必要があるんだ?
そもそも、このオーストルが書いたであろう内容。
なんか知性が感じられないというか、何というか……。
正直、種族の長としてどうかと思う。
そしてなぜこんな酷い内容の紙を俺に見せようと思ったのか。
普通は恥ずかしくて隠そうとするような類の物だと思うが……。
緑色の紙から目線を外した俺は、呆れたような目でオーストルを見る事になった。




