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32.初級魔法しか使えない魔法初心者に防げる訳がありません。

 さて、どうしたものか。


 リヴェルガは今現在、俺に狙いを定めて最上級魔法を詠唱しようとしている最中だ。

 別方向に逃げたフィレトとローガは攻撃の範囲外に逃れるだろうが、俺は間違いなく直撃することになる。


 一応リヴェルガの攻撃は防ごうと思えば防げなくはない。

 だが、最上級魔法を防いだ所を見せた時点で、リヴェルガが俺の事をそういう存在だと認識してしまう。

 影武者は最上級魔法を連発しても大丈夫なほどの強者なのだと。


 そうなるとリヴェルガが遠慮なく、最上級魔法を連発してくる事は容易に想像できる。

 一発ならまだしも、何発も最上級魔法を防ぎ続けるのは正直しんどい。

 この戦いに意義を見出せない俺にとっては、そんな意味のない苦労を頑張ってでもしようとする気が全く起きないのだ。



 だが、ならばどうすれば良いのか。

 テレポーテーションをはじめ、移動系の魔法が軒並み使えない以上、長距離を移動する方法はほぼ皆無と言っていい。

 だからといって、このまま攻撃から逃げ続けたり防ぎ続けようとするのは、俺の精神がもたないだろう。

 ……それなら、あの作戦で行くかな。


 初めて見る奴らには衝撃的な展開になるだろうし、あまり使いたくなかった方法だけど、仕方がない。

 心配をかけることになるし、フィレトとローガには後で謝っておこう。


 さて、作戦開始だ。






「神風よ、我が思いに従ひて無形の――――ゴホッゴホッ!? ゼーレバイト、詠唱中に魔法を解くとか卑怯だぞ!?」



 俺がリヴェルガにかけていた砂ぼこり防止の魔法を突然解いたので、思いっきり砂がリヴェルガの口の中に入り込んだようだった。

 ざまぁ。


 苦しむリヴェルガを横目で見つつ、俺はさらに距離を取り続ける。

 だが、リヴェルガもすぐに対処をしてきた。

 上空に飛び上がり、砂ぼこりを吸い込まない程の高さに陣取る事で、支障なく詠唱を再び始めたようだ。



「神風よ、我が思いに従ひて無形の凶刃と化し、相手に不可視の攻撃を与え給え! インビジブルブレード!」



 インビジブルブレード、早速厄介な攻撃が来たな。

 この魔法は無色の無数の衝撃波によって相手を攻撃するもの。

 この攻撃の厄介な所は、何よりも全く見えないという所にある。

 気付かないうちに攻撃されていて、気付いたら再起不能になるダメージを負わされるなんて事は普通に起きうる凶悪な魔法だ。


 俺はその魔法の対抗するため、土属性の初級魔法メルトを何重にも発動させ、地上の土を地下深くまで液状に溶かす。

 そしてその中に飛び込んだ後、地上部分だけメルトの魔法を解除して元の固体に戻し、フタをした。

 すると、俺に全く被害なく、魔法をやり過ごすことに成功。

 十分時間が経ったら、今度は地上に向かう方向の別の土にメルトの魔法をかけて溶かし、違う部分から地上へと脱出した。


 ちなみにこの方法は、空気がほぼない、ぬかるんだ泥の中に突っ込んでいくものなので、空気を確保する魔法、目を開かなくても周囲を認識する魔法を併用して使う事はほぼ必須だ。

 あと、服が泥だらけになるので、脱出した後は洗浄魔法も必要だったりする。


 複数魔法の同時発動が前提だし、相当手間がかかる方法ではある。

 だが、使っている魔法はどれも初級魔法だし、力のない者が気合で何とかしたと言えば理解できる範囲だろう。

 先程の地面に潜るやつだって、メルトの魔法を使った後は息を止めて気合で耐えれば実現できるはずだしな。

 多分。


 そんな苦行を俺は絶対にやりたくないけど。



「……ほほぅ、とても面白い戦い方をするな、カゲムシャとやら。我、楽しくなってきたぞ。ならば、これはどうだ?」



 リヴェルガが言葉を発すると、今度は茶色の光を身にまとい始めた。

 今度は土属性の最上級魔法かよ。

 恐らくメルトの魔法で地中に逃げても防げない魔法を使おうとしているのだろう、リヴェルガは。

 本当、容赦のない奴だ。


 だけど、もうすぐで俺の作戦は終える事ができそうだ。

 だいぶ目標地点まで近付いてきたからな。

 次の魔法に合わせて、アレをするとしよう。



 リヴェルガが詠唱する間、俺は身体強化の魔法を使って一気に距離を作る。

 それと同時に、目標地点をとらえた事で、最後の作戦の実行が可能であることを俺は認識した。

 さて、そろそろだな。


 俺は移動を一旦止め、リヴェルガの動きを注視する。

 すると、身体強化の魔法によって強化された聴覚により、リヴェルガが詠唱をする声を聞く。

 その声を合図に、俺はいくつかの魔法を心の中で詠唱し始めた。


 そしてついに運命の瞬間は訪れる。



「――――大地よ蠢け! グランドエクスプロード!」



 リヴェルガがそう叫んだ瞬間、大きな揺れが発生すると同時に、リヴェルガの真下の地点から俺に向かって大地が隆起し、トゲのような岩が直線状に発生する。

 その魔法は対象を追尾する効果を持っていて、俺が移動すると、案の定その方向へと隆起する地面の線が変わった。

 俺は為す術なく、その大地から隆起するトゲに串刺しにされ、光の粒となって消失する事に。



「……えっ、なっ、嘘だろ!? カゲムシャ、どうしたんだ!? お前はそんなものじゃないだろー!?」



 あっけなくやられた俺を見て、狼狽するリヴェルガ。

 いや、初級魔法しか使えない弱者相手に最上級魔法を放ったんだ。

 この結果はむしろ普通だろうよ。


 ――――と、変身魔法で微生物に姿を変えている俺は冷ややかに様子を見守るのだった。



 俺がたてた作戦とは、死んだふりしてこっそり逃げる作戦である。

 具体的には、俺に模した人形を犠牲にし、死んだように見せかけることで、リヴェルガの戦いを止めさせるということだ。

 ちなみに今の俺は姿を目視できない微生物になるだけでなく、魔力遮断の魔法も使うことで、リヴェルガの魔力探知を防ぐようにしている。

 でないと、すぐに俺の存在がばれてしまうからな。


 さすがに目に見えない微生物になった挙句に魔力まで感知させない状態になっているとは予想できまい。

 二つの魔法を同時に使わない限り、この状態にはなれないのだから。



 一応この作戦にはリスクもあった。

 それは俺を殺したリヴェルガが、やつあたりでフィレトとローガを攻撃し、二人を殺すというリスクである。

 まあ、ただでさえやってしまった感があるリヴェルガがそんな狂気に走る可能性は低いと思っていた。

 実際、混乱した様子のままリヴェルガは自らの住処がある竜の山地まで飛んで行ったし、最悪の可能性はなくなったと言えるだろう。



 ……そろそろこの場から移動するか。

 早い所リヴェルガが立ち入れない場所まで移動して休みたいしな。


 という訳で、俺は微生物から、今度はもぐらの魔物に変化し、地面を掘り進むことにした。

 リヴェルガが立ち去った事だし、悪魔の姿に戻って移動しても良いのだが、念には念を入れないとな。



 こうして、地面を掘り進めることで、オークの洞窟内に侵入する事に成功。

 オークの洞窟の入口付近まで近付くように移動するよう計画していたから、そんなに時間がかからなかったようで何よりだ。


 さて、さすがに体の構造を大幅に変える変身魔法を発動させ続けるのはしんどいし、ここでちょっと一休みするか。

 洞窟内ならば、リヴェルガに見つかる心配もないし、ゆっくりできるからな。

 俺を見失ったフィレトとローガも、ここには来るだろうし。

 俺がいてもいなくても、食料を調達するためにオークと交渉する事は必須だからさ。



 そう思った俺は魔王の姿に戻し、ほっと息をつく。

 すると、近くを通りかかったオークがその場で跳びはね、急いで奥の方に向かっていくのだった。


 ……ああ、ちょっと驚かせてしまったようだな。

 まあ、こっちは色々あったんだ。

 許してくれよ、オーク達。



 急に洞窟内部に魔王が現れた事で大混乱になっているだろうオーク達を憐みつつ、しばし俺はその場でゆっくりくつろぐことにした。

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