29.次の場所へと向かう事にしました。
俺がプェルテとの交渉(?)を頑張ったことで、プェルテがしっかりと働きつつ、周りのドライアドと同じ食事をとるということが決まった。
これには周りのドライアド達は大喜び。
「あのプェルテ様を誘導するとは……」とか、「プェルテ様の考えに合わせられる魔王様は、やはり本当にプェルテ様の旦那様なのでは……?」といった発言が聞こえてくる。
いや、断じて俺はプェルテの旦那なんかじゃないからな!?
そこは決して誤解してはいけない所である。
何しろプェルテと出会うだけで、穏やかでのんびりした暮らしを実現するという俺の野望を実現することがほぼ不可能になってしまうのだ。
プェルテを抜きにしても、ただでさえ実現が難しい俺の野望。
実現が難しいほどやる気に燃える人もいそうだが、俺は断じてそんな熱血漢ではない。
難しくて面倒な事からは逃げて、できるだけラクをして実現したいのが俺の方針だ。
その方針でいっているはずなのに、何だか面倒事がどんどん増えていっているような気がするのは、気のせいだろうか?
……いや、考えても仕方がない。
一つ一つ俺にできることをするしかないよな。
ただの村人である俺には先々を見据えて、全てを丸く収めるような素晴らしい考えなんて思い浮かばないのだから。
とりあえず目の前の事を地道にやっていくしかないのである。
それからは、ずいぶんと機嫌の良いピリシャーノと今後の徴税に関する話し合いを行った。
そこで決まったことは以下の通りだ。
ドライアド達の食料の備蓄が以前の半分程度に回復するまでは徴税はしない。
備蓄が半分以上に回復したら、余剰分の半分を俺達に税として納めてもらう。
備蓄が以前と同程度の量まで回復したら、余剰分を全て俺達に納めてもらう。
要はドライアドの備蓄状況に応じて税率を変動させるってことだ。
まあ、ドライアドの生活状況を考えれば、これ位の考慮は必要だよな。
備蓄もないのに税を納めろというのは酷だし、それで飢え死にされたら困るしさ。
ただその代わり、今回俺にかかった迷惑料も兼ねて、以前の量まで備蓄した後の対応はえげつないものになっている。
何といっても、余剰分を全て税として納めるのだ。
どんなに頑張っても、自分達が食べる分の食料しか手元に残らないことになる。
もちろん、それを永続させるつもりはない。
その対応を取るのは、俺が満足するまでという一応の期限を設けている。
早く俺を満足させれば、数年で税率が下がるかもしれないし、サボって納めないでいると、永遠にその税率になるかもしれない。
要はドライアド達の頑張りと、俺の気分次第って所だな。
利益分が自分の手元に残らないから、ドライアド達の生産意欲は落ちるだろうが、それを何とかするのはドライアドの上層部の仕事だ。
俺を満足させる量を提供できなければ、ずっと過酷な徴税は続くし、最悪は俺がドライアドの依頼を受けなくなる可能性すらある。
だからせいぜい頑張ってほしい所だ。
ドライアド達から状況次第ではあるが、食料の納税を約束させることに成功した俺は、ドライアド達に別れを告げる。
そしてフィレトとローガを連れ、集落の外へと一旦移動した。
「アレン様、お見事な誘導でございました。ドライアド達はもちろん、オレもその話術に聞き入っていました」
「いや、そんなにほめられたものじゃないだろ。俺が言ったことはプェルテにほとんど通じてなかったようだしさ」
「それはオレだって同じだったでしょう。アレン様にできないのならば、きっとこの世にいる誰でもできないに違いありません。フィレトもそう思うでしょう?」
「……まあ、悔しいですが、そうですね。あの者の考え方はよく分かりません。魔王様も大概だと思っていましたが、魔王様はとても分かりやすい方なのだとつくづく痛感致しました」
そう言って二人ともうんうんとうなづく。
えっと、フィレトがさりげなく俺をけなしてくるんだけども。
考え方がよく分からないと思われるのも、分かりやすい人と思われるのも、何かどっちも傷つくわ。
……って、あれっ?
それならどういうヤツなら傷つかずに済むのだろうか?
よく分からなくなった俺は、その事は一旦頭の隅の方に置いておくことにした。
「ですが、魔王様。今回は事情が事情ですから仕方ないですが、本来は税率ゼロを許すなどあってはならない事ですからね?」
「ああ、分かってる。税率は魔王の尊厳を示すものだからだろ?」
「その通りです。ドライアド以外の種族から見れば、ドライアドの税率がゼロであることはそれだけ魔王様に力がないと言っているようなものですし、早急にその状態は脱してもらわないと困ります」
「うーん、確かに、俺がドライアドに配慮したとは思わず、ドライアドから税をとれなかったと解釈されてもおかしくはないのか。何とも魔物らしいというかなんというか」
フィレトの発言に、俺はため息をつく。
フィレトの言う事は一理あるのだが、だからといって事情を無視して高税率を課すのは色々と弊害があると思うんだよな。
魔王としては間違っているのかもしれないが、俺としてはこの路線でいきたいと思う。
その方が長い目で見れば、問題は減りそうだからな。
理解されるまでは大変だし、まだまだ理解には時間がかかりそうだけれど。
今回の交渉は俺にとっては何だかんだでだいぶ上手くいった方だと思っている。
ドリアードの現状を踏まえれば、将来的な食料確保のめどが立ったのはだいぶ大きい。
とはいえ、俺達が集落を訪問している最大の目的が、目先の食料を確保することだ。
ドリアード達からは直近で食料をもらう見込みは立たないし、目的を達成させられるかどうかは他の訪問先にかかっているだろう。
「そういえば魔王様、次はどこに向かわれますか? 二位のオークの集落ですか? それとも三位のミノタウロスの集落でしょうか?」
「そうだな……とりあえず次はオークの集落に向かってみるか。オーク達から聞きたい話があるしな」
「同感です。オレもオークには色々と聞きたい事があります。どうしてあれほどまで話がかみあっていないのか、どうしてあそこまで表情が生き生きとしているのか……」
ローガはそう言うと頭を抱える。
恐らくローガは捕らえたオークの事について色々とオークの長などに話を聞きたいのだろう。
とても疲れた表情をしているような気がするのだ、ローガが。
なら尚更早くオークの所に向かった方が良さそうだな。
「それじゃ、オークの所に向かおうと思う。二人とも異論はないか?」
「オレには当然ございません」
「私も別に構いません。行く時間が変わるだけですし、気にしても意味はありませんから」
どうやら二人ともオークの所に向かう事で問題ないらしい。
ということで、俺は早速テレポーテーションの魔法をかけようとするのだが。
「あっ、ちょっと待ってください。オークの集落近辺はだいぶ乾燥しているのです。気休め程度ですが、対策をしておきましょう」
そう言ったフィレトがウォーターエアーの魔法を唱え、俺達三人の周囲には水分量の多い空気に満たされた。
ちなみにテレポーテーションの魔法は、転移者にかかった魔法なども継続されるので、あらかじめ魔法をかけても効果は持続する。
でないと、わざわざ空気が乾燥している訳でもない森の中で魔法を唱える意味がないからな。
フィレトが凡ミスするような奴ならば、そういう可能性はあるかもしれないが。
「……あっ、そういえば水分量よりも砂ぼこりの方が厄介ですね。魔法を変えます」
フィレトはウォーターエアーの魔法を取りやめ、今度はダストケアーの魔法を使用する。
……って、早速何か凡ミスっぽいのしてやがるな、フィレトのヤツ。
フィレトは真面目そうに見えて、どこか抜けている所があるから、案外気を抜けないんだよな。
竜王リヴェルガの依頼を承認するようなヘマをおかさなければ良いが……。
俺は若干フィレトに不安を感じつつも、とりあえず二人が心の準備を整えたことを確認する。
そして二人が俺の服をつかんだ後、俺はテレポーテーションの魔法を使用した。
魔法の効果によって一瞬にして景色が変わり、周囲は緑色に生い茂る森林から岩肌がむき出しになった不毛の大地へと変わった。
オークが住んでいる地域周辺には、枯れた大地、つまりは荒野が広がっている。
とても乾燥していて、絶えず吹き付ける風が砂ぼこりを舞い上げるので、何の対策もなしに地上を進もうとすれば、目に砂が入って辛くてたまらない。
フィレトの魔法のおかげで、砂ぼこりから体が守られているので、その辛さを感じずにいられているが。
フィレトが最初に懸念した乾燥の方に関しては、思ったよりも大したものではなかった。
まあ、少しパサパサした空気なので、のどが渇きやすくなるかもしれないが、ただそれだけの話だし、特に問題はない。
オークはこの荒野にある地下の洞窟に住んでいるようだ。
その洞窟には遠く離れた地域から流れてくる川の水が流れ込んでいるらしく、その水を使って植物の栽培を洞窟内で行っているようだな。
栽培できる地域が狭く、洞窟の外では食料のあてがほとんどないことから、ひたすら植物栽培を行って、食料を得ているのだとか。
土属性の初級魔法「成長促進」「土壌改善」の魔法を多用することで、地道に、大量に食料を得て、税を納めてきたようだ。
俺達はそんなオーク達が住む洞窟の入口近くに降り立っているので、あとは遠目に見える洞窟の入口までゆっくりと歩いていけば良いのだが。
その途中、俺は体を拘束されるような、何とも言えない嫌な感じが全身を襲った。
それと同時に、とてつもない気配がこちらに近付いてくる感じがする。
……なんだ、この気配?
ものすごい勢いで膨大な魔力がこちらに向かってきているのを感じるな。
すごく嫌な予感がする。
今すぐに逃げなくては。
そう俺の村人としての本能が訴えたので、即座に俺は行動に移す。
「フィレト、ローガ、ここを離れるぞ! 我が身を望む場所へ――――」
俺は急いでテレポーテーションの魔法を唱えようとする。
だが、一足遅かったようだ。
”竜王の威圧”
その特性の対象となった者は、何者といえども、移動系の魔法を使用することができない。
そしてその特性の餌食にされた俺は、テレポーテーションの魔法の詠唱が終わっても、魔法が発動することはなかった。
俺はこの世の終わりのような絶望を感じつつ、空を見上げる。
するとそこには、ゆっくりと高度を下げ、地上に降りようとする巨大な銀竜、竜王リヴェルガの姿があった。




