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19.エルの研究室は色々とひどいようです。

 エーニャの案内はそれからも続き、一時間ほど経つと、とある扉の前までたどり着く。



「この先の部屋がエル様の実験室になっております。エル様は主に生物の研究をされていて、本をよく読んで頑張っていらっしゃるのですよ。勉強熱心で私達の憧れの方なんです」



 そう言ってうんうんとうなずいているエーニャ。

 エルはああ見えても、エルフ達の憧れの的になっているようだな。

 変わった奴と思われて蔑まれているような事はなさそうで安心した。


 憧れられている位なら、エルに対する態度もそれ相応のものなんだろうしな。



「ではエル様の様子を確認して来ます。危ないので、魔王様はこの場でお待ち下さい」

「ああ、分かった」



 エーニャは俺に向かって微笑んでから、扉を開け、中に入っていく。

 すると、中からはガランッ! ガシャーン! ピロピロピロ! とあらゆる音が漏れ聞こえてくる。


 えっ、えーと、何が起こってるんだ?

 中では俺の想像もつかないような何かが起こっているに違いないのだが。


 しばらくよく分からない音が続き、その音が止んでから少し経つと、エーニャが扉から出てきた。



「魔王様、お待たせ致しました。えっと、部屋の中がとても散らかっていて、片付けに丸一日はかかりそうなのですけれど……」

「いや、別にそんな気を使わなくても良いから、早く案内してほしい。エルと話さえできればそれで良いからな」

「左様ですか。では、一応命の危険はないと思いますので、中にご案内致しますね」



 命の危険がないから案内するってことは、先程までは命の危険があったということなんだろうか?

 エル、一体どんな研究をしているのやら。



「ああ、頼む。……えっと、エーニャ、大丈夫か? 中で色々あったみたいだが」

「大丈夫です。これ位日常茶飯事ですから。これ位の事でへこたれていたら、エル様の助手なんて務まりませんからね」



 そう言って苦笑いを浮かべるエーニャ。

 明らかに疲れた表情を浮かべているようだけど、これが日常茶飯事って、一体どれだけ苦労しているのか。

 ベルニカの助手についたコボルドのローロイがこれからする苦労と良い勝負になりそうだ。

 あっちもあっちで色々とひどそうだからな、うん。


 俺は少し考え事をした後、エーニャに続いて部屋の中に入っていく。



 エルの研究室の様子は、一言で言うとカオスだった。

 魚、獣、虫、人、悪魔、鬼など様々な模型らしきものが散乱しており、それぞれの臓器や体の部位を模したものも同様に散乱している。

 研究所の至る所に書類が山積みになっており、一部の山積みになっていた書類が崩れたのか、土砂崩れならぬ紙崩れが起きて床に紙があふれている場所もあった。


 ……正直、人を招くような部屋の状態ではないな。

 まあ、俺はあまり気にしない方だから良いけども。


 俺が部屋の様子を見ていて呆然としていると、エーニャはひきつった笑みを浮かべていた。

 きっとエーニャもこの部屋の状況に思う所があるのだろう。



 こんな部屋の中にエルが本当にいるのか疑問だったが、その心配は杞憂だったようだ。

 紙崩れが起こっている所の紙の山からボコッと紙に包まれた何かが現れて、その何かがこちらに向かってトコトコと歩いてくる。

 歩くにつれて体をまとっていた紙が床にヒラヒラと舞い落ち、俺の目の前にたどり着いた時には、図書室で会った時と同じエルの姿があった。



「アレンようこそ、です。歓迎する、です」

「あっ、ああ……ありがとう、エル。……ところで、その辺にある書類、床に散らかったままで良いのか?」

「問題ない、です。呼べば欲しいものくる、です」



 そう言うと、エルは呪文を唱え、落ちた紙の一つを呼び寄せていた。

 なるほど、欲しいものが手に入るならその辺に落ちていても問題ないよな。

 ――って、そうじゃないだろ!?


 そう内心思う俺だったが、ここはエルの研究室だ。

 彼女がそれで良いと言うなら、それで良いのだろう。


 ちなみに先程どうしてエルが紙の山に埋もれていたのか聞いた所、どうやら欲しい紙が紙の山の底にあったらしく、上の紙が重すぎて呼び寄せられなかったとのこと。

 ……って、結局地道に探すのかよ!?

 エルが先ほど言った問題ないが全然問題ある事が判明した瞬間だった。



 ……うん、まあ、なんだ。

 エルがかなり変わっているというのは前から分かっていた事だ。

 これ位の事で動じていたら、話にならないだろう。


 俺は色々と問題のある研究室の惨状を目に入れないようにして、エルに声をかけた。



「エルは俺に影武者を作ると言ってくれたよな? それについて話をしたいんだが、良いか?」

「分かった、です。あの辺りの椅子に座る、です」



 エルが指定した場所は、いくつかある机の中では最も片付いている所だった。

 とは言っても、その机の端には多少の書類が積まれているし、何か研究に使いそうな器材がその書類の上に乗っていたりする。


 書類が積み重なっている椅子もあったのだが、俺はそういう椅子を避け、何も書類が置かれていない椅子を選んで座る事にした。

 エルとエーニャも椅子に腰かけたことを確認して、俺は話しかけることにした。



「エル、影武者を作ると言ってくれたけど、それは本当にできそうなのか?」

「問題ない、です。アレンから記憶と魔力をもらえればできる、です」



 えっ、できちゃうのか!?

 てっきり「やっぱり出来なかった、です」とか言うと思ったんだけどな。

 こんな研究所の惨状を見せられたら特に、さ。

 片付けもできないのに、もっと難しそうな事は平然とできると言う、それがエル。

 何というか、予想がつかない存在だよな。


 それにしても、俺から記憶と魔力をもらうとエルは言っているが、それはどういう事なんだろうか?

 記憶も魔力もあげられるようなものではないと思うのだが。

 ゼーレバイトが俺に託したような形でなら譲渡は出来なくはないのかもしれないけど、やたら体に負担がかかりそうだし、あまり気は進まないよな。



「エル、記憶も魔力もあげられるものではないんじゃないのか?」

「もらえる、です。あの機械使う、です」



 そう言ってエルが指さした方向を見ると、一つの機械が部屋の端に置かれているのが見える。

 半球状でつるりとした金属が黒い光沢を持つ外観が印象的なその機械。

 扉のようなものがついているので、その中に入り込む感じで使うのだろうか。


 機械にはホコリが被っている様子は見えないし、それなりの頻度で使っているんだろう。

 その機械を使って一体どんなものを作り出しているのかはあまり想像をしたくないが。



「魔王様、記憶や魔力をあげるとは言ってますが、正確にはコピーをさせてほしいということなのです」

「ん? コピーをさせてほしい? つまり、俺の記憶や魔力が取られるという訳ではないのか?」

「はい、仰る通りです。ですからあの機械を使うことで魔王様が不利益を被ることはないはずです。多分……」



 そう言ったエーニャは目が泳いでいる。

 ……おーい、エーニャさん、目が泳いでますよー。

 まあ、色々と不思議行動を取るエルの実験なのだ。

 何が起きてもおかしくないのだろう。


 そんな実験だから、今まで大丈夫だったことも、今回は大丈夫じゃないことなんて十分にあり得る。



「エルの実験が危険な事は想像がつくし、これは俺が勝手にお願いしている事だ。エーニャが気に病む必要はない」

「ですが――」

「まあ、何とかなるって。というか、何とかしないとどの道、俺が地獄を見る事になるからな……。それを回避するための多少のリスクなら喜んで負うさ」



 俺のその言葉に目を丸くするエーニャと、クスクスと笑うエル。

 「地獄って、一体魔王様に何があるのでしょう」と心配するエーニャ。

 対するエルは、「アレン、かっこつけてる、です」とつぶやいていた。


 いや、だってこっちは本当に切実なんだよ。

 実質魔王軍最強の相手との強制戦闘とか、何とかしないで、どうするっていうんだ。

 戦闘好きな奴だったら、その展開に燃えて、相手を打ち負かすために頑張るのだろうが、俺はそういうのは好きじゃない。

 戦闘を避ける為の努力なら喜んでするが、戦闘を楽しむための努力などするつもりはないのだから。



「エル、その装置の使い方を教えてくれ。できることはさっさとやってしまいたいからな」

「分かった、です。ちょっと待ってろ、です」



 そう言ったエルはトコトコと機械の所まで移動し、頑張って機械を移動させようとする。

 だが、エルの等身大ほどの機械なので、重量もそこそこあり、ビクともしない。

 仕方ないので俺が代わりに持とうとすると、エルはじーっと俺を見つめてくる。


 ……そうだった。

 コイツは何でも自分でやらないと気が済まないんだったな。


 エルの意図を察した俺は、エルと一緒に運んでいるように見せかけて、運ぶことにした。

 まあ見せかけているだけなので、エルの力では機械をほとんど持ち上げてないに等しいのだけれども。

 一応見た目的にはエルも一緒に頑張ったように見えるので、エルはご満悦のようだった。

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