18.弱いものいじめは良くないと思います。
ゼーレバイトの記憶の中に研究所の場所に関する知識があったので、それを頼りに飛行魔法で高速で移動する俺。
場所を明確にイメージできれば瞬間移動できるのだが、研究所やその周辺の記憶がなかったため、瞬間移動を使う事はできなかった。
恐らくゼーレバイトは研究所に直接出向いた事がないのだろう。
という訳で、地道な移動を余儀なくされたのである。
まあ、魔法を使えなかった人間の頃に比べれば相当速いスピードで移動できている訳だし、研究所まではそう時間がかからずに到着できるだろうけど。
ちなみに魔王の姿でも人間の姿でも、魔物達がいる領地の上空を飛んでいる姿を見られると騒ぎになりかねない。
そのため、飛行魔法と同時に幻術魔法をかけている。
今の俺は無害な動物の小鳥に回りには見えているはずだ。
なのに……。
「ねえねえ、あそこに小鳥がいるんだけど、ストレス解消してきても良い?」
「いいな。軽くやっちゃおうぜ」
なんか不穏な空気を感じるんだけども。
厄介事を避けるために幻術を使ったのにどうしてこうなった。
そういう不穏な発言をしてきたのは、空を飛んでいる鳥の魔物、ガルーダの二人である。
というか、無害でかよわい小鳥をストレスのはけ口にしようとするとは、なんたる外道。
できるだけ関わりたくない類の相手である。
とはいえ、相手に小鳥の俺が認識されてしまっているし、ガルーダからは魔法発動の兆候が見られる。
ガルーダの体に集まっている緑色の光の量から察するに、中級の風属性の魔法でも放とうとしているのではないだろうか。
無害な小鳥相手にえげつない奴らだ。
そんなひどい奴らにはちょっとお仕置きをしてくれよう。
「風の刃よ、我の刃となれ、力となれ! ウィンドカッター!」
二人のガルーダが同時に魔法攻撃を仕掛けてきた。
ならば、俺はそれ以上の攻撃で対応するまで。
とはいえ小鳥が詠唱するのも不自然なので、俺は心の中で詠唱準備していた魔法をガルーダに向けて放つ。
風属性の上級魔法、テンペストブレードをな。
魔力隠密の魔法を使う俺は、魔法の発動前に一切体に光を集めない。
それ故か、俺の魔法の発動を感知できなかったであろうガルーダの二人は、俺の攻撃に目を見開いていた。
魔法発動の予兆もなく魔法を放たれたのだから無理もないだろう。
俺の魔法は二人のガルーダのウィンドカッターをたやすく飲み込み、そのままガルーダに襲いかかった。
そしてガルーダに魔法が直撃。
ガルーダは意識を失い、地面へと落ちていった。
……ちょっとやり過ぎちゃったかな?
まあ、これを機に弱き者に対する慈悲の心を養ってくれればいい。
ガルーダは風属性の魔法に耐性があるから、俺の魔法は大したダメージになってないだろうし、問題ないだろう。
一応、地面に落下する直前に二人の重力を無効化しておいたから、落下ダメージもなかったようだし。
二人からは魔力の流れが感じられるし、生きているのは確実だろう。
二人を程良く懲らしめられた事に気分を良くした俺は、上機嫌で研究所に向かうのだった。
それからおよそ一時間ほど飛んで移動すると、ようやく目的地が見えてきた。
そこら一帯に広がる森林の中に、大きな白い半球状の建物が三つほど並んでいる。
その建物の近くには川が流れており、その川からパイプのようなものが研究所に向かって伸びているようだ。
ここの辺りは住人も少なそうだし、川の綺麗な水が使えそうだから、研究にはもってこいの場所なんだろうな。
多少物音たてても問題にならないだろうし。
そんな感想を持ちつつ、俺は研究所の入口と思われる所に降り立つのだった。
研究所の周囲には柵が設置されているようで、中に入る門の両端には鎧を全身にまとった二人の門番が待機している。
地面に降り立った俺が幻術を解き、悪魔の姿に戻ると、二人は腰を抜かしそうな勢いで驚いているようだった。
「ま、魔王様ですか!? 魔王様が復活したと噂では聞いていましたが、ご無事で何よりです。でも何故このようなへんぴな場所に?」
「ああ、驚かしてすまなかったな。ちょっと研究姫エルに会いに来たんだ。通してもらえないか?」
「もちろんでございます。魔王様がここにいらっしゃるのは初めてでしょうから、案内役を一人つけましょう」
魔王がここに来るのは初めて、か。
門番は俺がゼーレバイトと別人である事は知らないだろうから、ゼーレバイトがこの研究所に一度も来た事がないという事なのだろう。
ゼーレバイトの記憶をたどってみても、研究所の中に関するものはなさそうだったし、間違いはなさそうだ。
門番の一人が大急ぎで走っていき、少しすると一人の白衣を来たエルフがこちらへやってきた。
ちなみによくよく見れば、門番もエルフだということが分かる。
顔に騎士のヘルムを被っていたから、尖った耳が見えにくくて、すぐには分からなかったけども。
この研究所はエルフ一族が運営しているのかもしれないな。
「魔王様、お待たせ致しました。早速中へ参りましょう。私は研究所の案内を務めさせて頂きます、エーニャと申します。よろしくお願い致します」
「ああ、よろしくな、エーニャ。エルの所までの道案内を頼む」
「かしこまりました。ですが、あいにくエル様は実験中でして。少し時間が経てば、面会できるでしょうから、その間、他の研究室の案内をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「おお、それはありがたいな。エルの実験を邪魔しちゃ悪いし、研究所の案内、頼んだぞ」
俺の言葉を聞き、エーニャは軽く微笑むと、足早に移動を開始する。
とはいえ、エーニャは俺よりも一回りも二回りも小さな体をしているので、それくらいの移動速度で俺にとってはちょうど良かったりするのだが。
こうして俺はエーニャと世間話をしながら、研究所を案内してもらうことにした。
案内してもらった所を見るに、エルフは様々なものを研究しているようだ。
魔法の質を高める研究だったり、魔法で料理を楽にする研究だったり、魔法を装備に宿らせる研究だったりな。
なかなか興味深い内容が多かった。
自由な時間があるのなら、ここで暇つぶしをするのはだいぶ楽しいかもしれない。
だが、その中で特に気になる研究があったのだ。
研究室の一室に入り、エーニャが俺に研究内容を説明してくれるのだが。
「こちらは魔法を同時に発動させる研究を行っております」
……ん?
魔法を同時に発動させる研究って、わざわざする必要がある事なのか?
並列思考の魔法の本がある位だから、出来る人がそこそこいると思っていたんだが。
もしかしてたくさんの魔法を効率的に使う研究ということなんだろうか?
組み合わせ次第では、より強力な効果も得られるかもしれないしな。
それなら分かる。
「なるほどな。確かに魔法を組み合わせたらより強力な魔法に生まれ変わるかもしれないもんな。良い研究だ」
「えっ……いや、文字通りの意味ですよ? 魔王様の仰る事は、複数人が協力して放つ魔法合体の研究でされておりますが……」
「ん? ということは、一人が同時に違う種類の魔法を発動させる研究ってことか?」
「その通りです。ですが、なかなか上手くいかなくてですね。並列思考の魔法と初級の炎属性の魔法の同時発動にはたまに成功するのですが、まだまだ実用性には乏しいのですよ」
そう説明をしてくれるエーニャ。
ってあれ?
どうやら本当に同時発動をさせる事が目的の研究だったらしい。
しかも並列魔法で思考力を上げて、もう一つの簡単な魔法を発動させる程度の。
えーっと……まあ、何というか、頑張れ。
並列思考の魔法の本を最初から最後まで読んでしっかり理解した上で魔法を使えれば、同時発動はそう難しい事ではないはずだし。
ただ、魔物達には本を読む習慣がないようで、図書室にいたのは司書とエル位なものだったけれども。
研究者というからには、その魔法の本ぐらいはしっかりと読んで研究して欲しいものなんだけどな。
それにしても、俺、この研究所まで来るのに普通に複数の魔法使って来ちゃったけど、大丈夫だろうか?
二つの魔法を使えないのが普通なら、研究所の門番が驚くのも無理ないしさ。
というのも、空から飛んできた小鳥が別の姿に変わるなんて事は、飛行魔法と幻術魔法、少なくとも二つの魔法を使わないと出来ないのだから。
見られてしまったものは仕方ないけど、今後はなるべく複数魔法を使っているように見せないように気を付けようと心に誓った俺なのであった。




