16.禁断なる癒しは余計なものまで癒してくれました。
俺が大勝利したのは良いのだが、このまま放置していてはこれからに支障が出る。
依頼書が不慮の事故でなくなってしまったとはいえ、それに文句を言う奴らはいるだろうし、それに対応する人員は必要だ。
まあ、ほとんどはずっと放置されていた依頼書のようだし、ゼーレバイトが魔王の頃のものなんだろう。
文句を言われた所で、基本の対応としては魔王が変わったので無効だと言い張れば良いんじゃないかと思っている。
どうにもならない相手にはそれ相応の対応をしてもらえば良いかな、頼りになる配下にさ。
だから一層早く回復させないといけないのだけれど。
という訳で、俺は倒れた奴らに回復魔法をかけ、元気になってもらう事にした。
とはいえ、倒れているのは数十人にも及び、一人一人に回復魔法を使うのはさすがに骨が折れる。
なら、一気に癒してしまえばラクだし、時間もかからないよな。
そうと決めた俺は、魔王の間に倒れている奴らを部屋の中央寄りに集め、準備を整える。
準備を終えてから俺は呪文を唱えた。
「聖なる女神よ、傷ついた我らに禁断なる癒しの奇跡を与え給え、ヒーリングサンクチュアリ」
俺がそう唱えると、部屋の中央を中心として、魔王の間全体に巨大な白い魔法陣が出現する。
その魔法陣を薄い青と緑色のモヤが渦巻くようにして中央から末端へとめぐり、魔法陣の色を薄い青緑色に変えていく。
魔法陣全体が青緑色に変わった時、あたり一面に緑豊かな穏やかな大地の景色が現れ、その頭上からは暖かい日差しが降り注ぐ。
それによって、夜のような雰囲気の魔王の間が一転して昼間の草原へと変貌していた。
そのような空間が現れてからは、傷ついて倒れていたコボルド達の傷がみるみるうちに塞がっていく。
あれ、こんな魔法だったっけ、この魔法?
練習で使った時はただ光が降り注いで終わりだった気がするんだけど、どうなっているのだろうか?
まあ、みんなが回復しているみたいだし、問題はなさそうだけど。
「なんなんだ、これは!?」
「ここは魔王の間ではないのか? 魔法陣……これは、魔法なのか!?」
「何たる奇跡! これは魔王様が使われているのだろうか!?」
体を起こしたコボルドは口々にそんな感じで話している。
なんかまるで初めて見たような反応しているな、コボルド達。
別に図書室にある本で覚えただけの魔法なんだけどな。
そもそもみんなは図書室に立ち寄らないみたいなんだけど。
もっと本は読むべきだと思うんだ。
とはいえ、”禁断なる癒し”という口上が呪文の中にあるだけあって、その効果は絶大。
服も体もボロボロだったフィレトとローガだったが、その服はまるで新品のような綺麗な状態になったし、体にも傷一つ残らなかった。
その回復が魔王の間にいる全員にあるのだ。
相当な魔力を消費することにはなるから連発はしがたいが、それに見合うだけの魔法だといえるだろう。
俺はその様子を見て満足していると、部屋のあちこちに散らばった黒い紙屑がフワッと浮遊し、白、青、黄、紫の四色のどれかに色を染めていく。
……ん、待てよ?
この色って、もしかしなくても依頼書だよな、これ?
ちょちょ、ストーップ!
女神様、ストーップ!?
俺は魔法を止めたかったのだが、一度発動してしまった魔法は止める手段がない。
ということで、みるみるうちに元の形を取り戻していく四色の依頼書。
依頼書が元の形を取り戻すと、今度は元の場所まで飛んでいき、魔王の間の隅に山積みにされていく。
そして元々あったであろう高さまで依頼書が積み重なった所で、魔王の間はいつもの夜のような雰囲気に戻り、魔法の効果は消失した。
……ヒーリングサンクチュアリ、なんて恐ろしい子。
文字通り、禁断の癒しだったな。
癒してはいけないものも癒してしまうとは……。
――――これからはなるべく控えるようにしよう。
なかったことにするつもりだった依頼書が復活したことで、どっと疲労が押し寄せてくる俺。
だが、積み重なった黄色の依頼書は、俺がここを離れる前と比べると、およそ半分の高さまで減っていた。
これはヒーリングサンクチュアリさんのせめてもの慈悲なんだろうか?
体を起こしてはいるものの、未だ立ち上がらずにぼーっとしているローガに聞いてみることにした。
「ローガ、依頼書って元より減ってたりするのか?」
「……いえ、恐らく元通りです。オレが戦い始めた頃はあれ位の量でしたから」
ですよねー。
やっぱりヒーリングサンクチュアリさんは甘くなかった。
せめてしれっと面倒な依頼だけを回復し忘れてくれていたら良いんだけど。
そうもいかないですよね……。
残酷な現実を突きつけられ、再びため息をつく俺。
今更この魔法をなかった事には出来ないし、諦めてこの現実を受け入れるしかないんだけどな。
コボルド達が頑張ってくれたおかげで、この調子なら明日頑張ればほとんど片付きそうだし。
何とかならない訳でもないからな。
「それにしてもアレン様にはいつも驚かされます。まさか光属性の最上級魔法を使われるなんて。技名を聞いたことはありますが、実際に効果を受けるのは初めてです」
「そんなに驚くことか? 別に図書室にあった呪文だし、やり方が分かって魔力が足りていれば誰でも使えるだろう?」
「いえ、そんな事はありません。ゼーレバイト様は一切光魔法を使いませんでしたし、そもそも光属性を弱点としています。適性がない者は呪文を覚えた所で魔法が発動しないのですよ」
ふーん、そういうものなのか。
確かにローガの言う通り、ゼーレバイトの記憶の中には光属性の魔法を使った記憶はなかった。
だから今俺が使える光属性の魔法は図書室で覚えた魔法だけなんだけどな。
でも他の魔法と同じように使えたぞ?
ゼーレバイトは光属性に適性がなかったのではなく、単に使いたくなかっただけなのではないだろうか?
食べてみたら意外といけるものなのに、食べようともしない、食わず嫌いみたいな、さ。
自分に使われたら弱点になるような魔法を使いたくない気持ちも分からなくはないけどな。
その魔法を真似されたら痛い目を見るんだからな。
敵に塩を送るような事はしたくないと思っても不思議ではない。
だが、俺はそういう事をあまり気にしない。
使えるものは何でも使う。
それが俺のジャスティスなのだから。
……まあ、今回は失敗した感が拭えないけども。
とはいえ、それが光属性の魔法を避ける理由にはならないのだ。
あれは単にヒーリングサンクチュアリさんの性能がぶっ飛んでいたから起きた悲劇なワケで。
他の魔法ならそんな事は起きないだろう。
起きない……よな?
若干自分の言葉に不安を抱きつつ、俺は気をそらす為、ローガにどうして戦いになったのか事情を聞く事にした。
「ローガ、そういえばどうしてフィレトと戦いになったんだ?」
「ああ、そういえばアレン様には経緯を話していませんでしたね。ではお話し致しましょう」
ローガはそれからフィレトと戦いに至るまでの話をざっと話してくれた。
ローガの話を要約すると、どうやらローガとフィレトは理想の魔王像でぶつかり合ったらしい。
フィレトの理想の魔王は、力強く魔物全体を統べる者。
ローガの理想の魔王は、自分やその関係者に慈悲深く、思いやりのある者だそうだ。
まあ、何となくそんな感じなのは今までの言動から分かる。
「あの無能は偉大なるアレン様が力不足だと愚かにも言いやがったのですよ? 万死に値するとは思いませんか?」
「えっ、いや、確かに傷付きはするけど、万死に値するは言い過ぎじゃないか?」
ローガの熱のこもった力説に俺はたじたじになりながらそう答える。
ローガにとって、狼一族を許した俺は崇める対象であり、決して侮辱してはならない存在。
そんな思いが透けて見えるんだよな。
別に俺は神でも仏でもなく、単なる魔王の皮をかぶった人間の村人に過ぎないのだが。
俺が呆れ果てつつローガの話に耳を傾けていると、途中でフィレトが割り込んできた。
「魔王様は現状で満足されるお方ではありません。より偉大になれる見込みがあるというのに、この詐欺師は何をほざいているのでしょう? 理解に苦しみますね」
「その言い方がアレン様に失礼なのですよ。身の程を知れ、小悪魔が。お前ごときにアレン様を語る資格はない」
「そうやって甘やかすことが魔王様の為にならないのです。活躍できる場を狭めてしまっては、魔王様の偉大さは周りの愚かな者には伝わらないでしょう」
「周りに伝わらなくてもいいのです。オレとその一族さえアレン様の偉大さが分かっていれば、それで十分だ」
「いえ、それは視野が狭すぎますから。全くこのワンコロは自分の事しか考えて――」
それからフィレトとローガの言い争いは加熱していった。
俺は途中で聞くのをやめ、軽く魔法の練習をして暇つぶししていたのだが、それからなんと一時間以上も口論が続く。
しかも未だにその勢いは衰える事がない。
周りのコボルド達とおしゃべりをして暇をつぶしていたベルニカも流石に退屈してきたようで、俺にそろそろ帰りたい事を伝えてくる。
それをきっかけに、俺は問題児二人をこの場に放置して帰る事に決めた。
このまま二人が言い合っていては周りのコボルドも困るだろう。
という訳で、俺はとある伝言をメモに書き出し、それをコボルドの一人に渡す。
それから、そそくさと家まで帰る事にした。




