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15.ベルニカの助手は大変なようです。

 調合室の中に入ると、中にはベルニカと一人のコボルドがいた。

 俺に気付いた二人が早速声をかけてくる。



「おや、アレン。いらっしゃい」

「アレン様、お疲れ様です。おれはローガ様のご指示により、ベルニカ様の助手を務める事になりましたローロイと申します。以後、お見知り置きを」



 ローロイはそう言ってひざまずく。


 どうやらローガはベルニカの近くに配下を一人置く事にしたようだな。

 ベルニカが魔王城にいるとはいえ、身の危険がないとも限らないし、ベルニカの身を守る人が必要だと判断したのだろう。



「こちらこそよろしくな、ローロイ。なあ、ばあちゃん。そろそろ日も暮れる時間だし、帰ろうと思うんだが」

「あら、もうそんな時間なの? やっぱり久しぶりの本格調合は楽しくて時間を忘れちゃうわね。フフフ」



 そう言って嬉しそうに微笑むベルニカ。

 やはり、色んな素材を使って行う調合は楽しいようだ。

 実に生き生きとした表情をしている。


 実際、調合室にはありとあらゆる薬草がしまわれているようだし、素材には困らないだろう。



「ベルニカ様、何が楽しいのですか? さっきから失敗ばかりじゃないですか。先程の爆発する薬とか、危なすぎてヒヤヒヤしますよ」

「あら、ローロイ、知らないのかしら? 失敗は成功のもとって言うのよ。失敗を恐れていては良い結果は出ないわ」

「そうかもしれませんけど、ベルニカ様の調合は予想がつかなすぎて困ります。先程の黄色い葉っぱだって、なんで入れたんですか? 触れた瞬間変なにおいがしましたよね……?」

「あれはただの勘違いよ。見た目がキレイだったからつい、ね。でも、そういう勘違いが案外良い結果を生むのよ。そういう所に調合の真髄があると言っても過言ではないわ」

「それは勘違いとは言わない気が……。いや、もうそれは良いです」



 ローロイはそう言うとため息をつき、ベルニカにツッコミを入れるのを諦めたようだ。

 まあ、何からツッコめば良いのか分からなくなるもんな。

 ツッコむ気力も失せてくるというものだろう。


 というか、ベルニカってこんなキャラだったのか。

 俺がベルニカと二人でひっそり暮らしていた時はそんな素振りは見せなかったのに。

 もしかすると、調合というものがここまでベルニカを変えてしまったのかもしれない。

 なんと恐ろしい事だろう。 


 ベルニカを相手するローロイの苦労が絶えないことは容易に想像がつく。

 そして、そんなローロイが、少し間をおいて再び話し始めた。



「ベルニカ様、一つ気になったことを聞いても良いですか?」

「あら、何かしら?」

「思ったのですが、ベルニカ様の勘違いはさすがに多過ぎる気がします。それに調合をまだ一回も成功させていないですし」

「確かに言われてみればまだ成功していないわね」

「……まさかとは思いますが、ベルニカ様、調合レシピの記憶を忘れたりはしていないですよね?」



 そうローロイが聞くと、ベルニカはピタッと動きを止めた。


 ……えっ?

 まさかベルニカ、本当にレシピを忘れたんじゃ……?


 俺とローロイはつい顔を見合わせてから、ベルニカをじっと見る。

 するとベルニカがゆっくりと口を開いた。



「きっと何とかなるわよ。むしろこれからが楽しみね、フフフ」

「否定はしないんですね、ベルニカ様……」



 ローロイは絞り出すようにして声を発した。

 ……うん、何かローロイが気の毒になるな。



「まあ、その、なんだ。ローロイ、頑張ってくれ」

「アレン様、何ですかその目は!? アレン様もおれと一緒に頑張りましょうよ!?」

「そうしたいのはやまやまなんだが、俺には魔王の仕事があるからさ。悪いな」

「うっ、それはそうですよね……。はぁ。ローガ様、人を増やしてくれないかなぁ」



 ため息をつきつつ、これからの事を案じるローロイ。

 うん、その気持ちは分かるが、それが君の仕事だ。

 せいぜい頑張ってほしい。



 それからベルニカとローロイは現在途中まで進行中の調合を続けていた。

 その間も、何度かローロイがベルニカが入れようとしている薬草にツッコミを入れつつ、進行しているようだ。


 ベルニカはいつも作っている回復薬なら間違う事はなかった。

 何度も同じことをしているから当たり前なのかもしれないが。

 でもそれ以外の調合ともなれば、三十年ぶりになるんだろうし、きっと久しぶり過ぎて他の調合のレシピをすっかり忘れているんだろうな。

 俺だって、生まれたばかりの記憶は全くと言っていいほどないし、忘れていてもおかしくないだろう。



 それにしても、今の様子を見ていると、ローロイは何だかんだでちゃんとベルニカの助手をこなしているように見えるな。

 本人は全然その気ではないようだが。


 コボルドが調合を得意としているなんて話は聞いた事がない。

 そしてローロイが調合に不慣れな手つきをしていることから考えても、ローロイには調合知識があまりないのだろう。

 それでも出来るだけ危険を回避しようと頑張っている所が良い。

 多分、並大抵の精神力では、ベルニカの助手なんて務まらないだろう。


 さすがはローガ。

 人材の配置が的確だな。



 ローガの有能さに改めて感心しつつ、俺はベルニカとローロイの調合の行く末を見守る。

 そして結局その調合は、調合前の薬草の爆発によって幕を閉じた。


 ……って、どうしてそうなる!?

 俺は内心ツッコミつつも、ベルニカにお説教するローロイの様子を眺めていた。



 そんなこんなで、今日はもう帰る時間になってしまったため、ベルニカはローロイと一緒になくなく後片付けをして、帰る事にしたようだ。

 ちなみにローロイは調合の助手兼護衛役を務めるそうで、俺の自宅にも一緒に来るらしい。

 彼にとっては俺の自宅に戻っている時間が唯一の休息時間になりそうだな。

 自宅には危ない薬草もないし、少なくともベルニカによる過激な調合は行われないからさ。



 片付けを終えた後、今の状況をフィレトやローガに確認したいので、俺はベルニカとローロイと一緒に、一旦魔王の間に向かう事にした。





 魔王の間に到着すると、部屋の中央には人だかり、いやコボルドだかりができていた。

 どうやら仕事中のコボルド達が仕事の手を止め、何かを見ているみたいだな。

 ただごとではなさそうだが、一体何があったのだろうか?


 ローロイも事情を知らなかったようで、コボルドの一人に声をかけていた。



「なあ、魔王の間で何かあったのか?」

「あっ、ローロイか。何かあったってもんじゃねえよ。あんなもん、なかなか見れるものじゃないって!」



 そう言って興奮した様子のコボルド。

 やはり何かを見ているようなのだが、コボルドの人だかりができているせいでよく見えない。


 そこで俺がコボルドに声をかけると、コボルド達は一斉に左右へと動き、一本の道ができた。

 うん、権力って偉大。



 ――って、そうじゃなかった。

 俺はコボルドの見ていたものを見ようとしていたんだったな。

 できた道を進んでみることにするか。


 俺はそれから魔王の間の中央付近へと歩いていく。

 すると見えてきたのは、ボロボロの姿になっているフィレトとローガの姿だった。

 どうやら二人は戦闘中で、今も戦闘を継続させているらしい。



 えっ、どうしてこうなったんだ?

 二人の仲が悪い事は知っていたが、それにしてもこんな魔王の間で戦うなんて、意味が分からない。

 おかげで部屋のあちこちにいろんな紙が散乱しているではないか!?


 しかも今にも二人は最強の一撃を互いにぶつけようとしているようだ。

 戦いが好きな奴なら、クライマックスな場面だし、一番盛り上がる所だろう。

 だが、忘れてないか?

 ここは、訓練室ではない。

 魔王の間なのだ。


 依頼書があちこちに散らかっていて、今でさえ大惨事になっているというのに、戦いのクライマックスをこんな所でやられたら、依頼書は木端微塵に消えてなくなるだろう。

 そんなことをしたら、受けるはずの依頼が分からなくなってしまうではないか。

 そうしたら依頼を受けたくても受けられなくなる。

 ……あれ、それって良いことなんじゃね?



 一つの事に気付き、それ以上考えるのを止めてしまった俺は二人を止めることなく、静観していた。

 そして、フィレトとローガが互いに放った決死の一撃により、魔王の間には嵐が巻き起こり、ありとあらゆるものが切り刻まれる。

 最後に残ったのは、倒れたフィレト、ローガ、コボルド達と、その場に一人立ち、笑みをこぼす俺だけだった。

 部屋全体に及ぶ強力な一撃により、全ての依頼書が消し炭となり果てたようだ。


 ――――俺、大勝利!

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