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1.魔王に転生したようです。

 回復草を買いに村を訪れると、村はお祭り騒ぎになっていた。

 聞こえてきた話によれば、どうやら勇者一行が魔王を討伐したらしい。

 勇者達のおかげで世界は平和になったんだろうけど、いまいち実感が湧かないな、正直。


 だけど、良いこともあった。

 僕が薬草屋に行くと、薬草屋の主人が魔王討伐祝いということで回復草を多めにくれたのだ。

 これだけあれば、数日は持ちそうだし、とても助かるな。

 本当、世界が平和になって良かった!



 意気揚々と村から自宅までの帰り道を歩く僕。

 回復草を多めにもらえるなんて、なんて運が良いんだろう。

 そう思っていたのだが、それが運の尽きだったらしい。


 なんと、帰り道を歩いていると、狼の魔物に出くわしてしまったのだ。


 僕の自宅は村から歩いて二十分位の所にある。

 とはいえ、その道中で出会うのはリスとかウサギとか小型の動物がほとんど。

 長年この道を通ってきたけど、魔物に出会ったことなんて全くなかった。


 そんな安全な道だったので、今の僕が持っている武器といえば、小さなナイフ位なもの。

 これでは魔物相手にはダメージは通らないだろう。

 という訳で逃げる一択となる。


 だが、残念ながらその逃げる時間すら魔物はくれなかった。

 遭遇したと思ったら、狼の魔物は即座に僕に襲い掛かってきたのだ!


 視界は暗転し、僕は為す術もなく、生涯を終えた。






 ――と思いきや、少し時間を経た後に僕の目は開く。

 すると黒い天井が目に入った。


 ……なんだろう、ここは?

 真っ暗闇な空間をあちこちに設置された青緑色にほのかに光るものが辺りを照らしていて、夜のような幻想的な雰囲気を演出しているし。

 こんな所に来たことがないのは一目瞭然だ。



 状況を確認するため、僕は体を起こした。

 すると、床一面には巨大な魔法陣らしきものが描かれている事に気付く。

 そして僕のすぐそばには右手に茶色のステッキを持った悪魔がひざまずいている様子が見えた。

 ……って、悪魔!?

 なんでこんな所に!?



「魔王様、無事にお目覚めなようで何よりでございます」



 僕が驚いていると、悪魔は僕に向かってそう言葉を発した。

 ……って、えっ?

 魔王様って、どういうこと?

 魔王は勇者達に倒されたはずじゃ――



 もしかして、勇者達は実は魔王を倒し切れていなくて、僕の後ろに魔王がいるんじゃないよね?



 そう思った僕は、恐る恐る後ろを振り向く。


 だが、後ろには誰もおらず、ただの黒い壁があるのみだった。

 自分の心配が外れたことが分かり、安心した僕はほっと息をつく。



「魔王様、どうされたのですか? 様子が少しおかしくなっていらっしゃいますよ?」



 声がする方に振り向くと、僕のことを不思議そうにのぞき込む悪魔の顔が目に入ってきた。



「……えっ、えっと、魔王様ってどちら様でしょうか?」

「他ならぬあなた様でいらっしゃいますよ。私の目はごまかせませんから」



 フフッと不敵な笑みを浮かべる悪魔。

 どうやら嘘をついている訳ではなさそうだ。


 悪魔に驚いて見るのが遅れてしまったが、今の僕は紺色を基調とした金の刺繍入りの上質そうな服を着ている。

 しかも、僕の手は肌色ではなく灰色。

 今までの僕ではありえない格好だし、今の僕が別人になっていることは確実だろう。

 手が灰色であることからして、人間でもないようだし。


 となると、本当に今の僕は魔王、なのか?

 でも、魔王は死んだはずでは……?



「魔王は死んだのではなかったのですか?」

「……そのように見せかけたのですよ。勇者達はうまくだまされてくれましたけどね」



 フフッと愉快そうな笑みをこぼす悪魔。

 作戦がうまくいって、さぞご満悦ということなんだろう。

 というか、それってまずくない?

 だって、魔王はまだ討伐されてないって事だし、世界に平和は訪れてないって事だよね?


 まあ、その魔王は僕らしいんだけれども。



「どうやら魔王様は記憶を失っていらっしゃるようですね。ではちょっとお待ちを」



 そう言った悪魔は、体に灰色の光をまとった後、その場から一瞬にして姿を消す。

 そして数秒経つと、また同じ場所に姿を現した。

 姿を現した悪魔は、左手に黒いモヤに包まれた球のようなものを持っている。



「お待たせ致しました。これに触れてください、魔王様。そうすれば、記憶も力も元に戻りますよ?」



 そう言った悪魔は僕に向かって球を近付ける。

 明らかに体に良くなさそうな球だし、触れるのはご遠慮願いたかったよ、正直。

 でも、その球は僕に近付くなり勝手に動き出し、ものすごい勢いで僕の体の中に入り込んできたから回避はできなかった。


 球が体の中に入り込むと同時に、頭の中にものすごい情報量が流れ込んでくる。

 あまりの衝撃に、僕は思わず頭を抱えてうずくまった。







 永遠にも感じられる苦痛の時間もようやく終わりを迎える。

 頭に流れ込む情報がなくなると、俺はその場で立ち上がった。



「魔王様、大丈夫ですか?」

「ああ、心配かけたな、フィレト。もう大丈夫だ」



 先ほどの黒いモヤに包まれた球――追憶の魔球の中には、魔王の記憶と魔力が込められていたようだ。

 それらを俺が取り込み終わったのが現在の状況である。

 記憶を得たおかげで、魔王はとある作戦を実行中であることが分かった。

 その作戦とは、勇者に一度倒されてから俺が復活し、勝利に浮かれて油断した勇者達を襲うというものだ。



「左様ですか。喜ばしき事でございます。では何なりとご命令を」



 魔王の執事である悪魔フィレトは、笑みを浮かべながら、俺に向かってひざまずく。

 そして俺が命令したことは――





「フィレト、回復草を集めて俺の所へ持ってこい」





 俺の言葉を聞いて、間の抜けた顔をするフィレト。

 まあ、そりゃそうだろうな。

 魔王の作戦通りにするならば、俺や幹部が手分けして勇者一行を襲う手はずとなっている。

 なのに、その作戦とは全く関係のない命令がされたのだ。

 戸惑うのも無理はない。



「えっと、お言葉ですが、魔王様? 今何とおっしゃったのですか?」

「回復草を集めて持ってこいと言っているんだ。……できないのか?」

「で、できますともっ! しょ、少々お待ちくださいませ」



 納得いかないような表情を浮かべながらも、渋々命令に従ったのか、フィレトは姿を消す。

 そして数秒経つと、回復草を手に持って俺に渡してきた。



「ご命令通り回復草を持って参りました」

「……確かに回復草だな、ご苦労だった」

「ありがたきお言葉。では早速、次のご命令を」



 そう言って、ひざまずきながら俺の言葉を待つフィレト。

 そしてそんなフィレトに俺がかける言葉は――



「フィレト、今までの働きを考慮して、今日からお前を魔王に任命する。よくやったな、これからよろしく頼むぞ」

「…………へっ?」



 俺はそう言って、ポンとフィレトの肩を叩く。

 一方でフィレトは意味が分からないというような間抜け面を見せていた。

 そんなフィレトから距離を置き、視界の外に置いてから、俺は魔王の記憶を探るようにして呪文を唱えた。



「我が身を望む場所へ顕現させよ、テレポーテーション」



 こうして俺はすぐに魔王をやめ、魔王の城からの逃走を果たしたのだった。

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