不可能を可能にする男、女の子になる
要塞都市「アンデモン」の歴史は古く、発足はおよそ500年前にまで遡る。
かつてこの地で栄えていた軍事国家「ヴェルバード帝国」は人類圏の最西端にある国で、帝国より西は魔族の王である魔王が支配する魔界である。
帝国は長い間、魔族の侵攻から人類圏を守っていたが、500年前。ついに帝国は魔族によって滅び去った。
帝国を滅ぼされた人類は、異世界より勇者を召喚。
勇者を旗印に魔族と戦い、ついに魔族と人類は不可侵条約を締結して戦争は終わりを告げた。
だが、人類は魔族への警戒を解かず、帝国に変わる防衛拠点の建築を始めた。
そして出来たのが、この要塞都市「アンデモン」である。
それから500年。
人類には過去の戦争を知らぬ世代が増え、条約も形骸化した頃。
アンデモンから少し離れた山脈にある洞窟。
そこで、1人の老人が命を終えようとしていた。
「ふふふっ……これが死の感覚か」
老人の名はアリウス・ディオール・カリオストロ。
かつて不可能を可能とする男と言われた賢者である。
骨と皮になるまでやせ細った体に真っ白な髪とヒゲ。しゃがれた声。
生きているのが不思議な体で、アリウスは震える手で洞窟の床に魔法陣を描いていた。
その魔法陣は複雑で、並の賢者では解読するのに数十年はかかるであろう難解さ。
アリウスはそれを手の震えによって何度も書き直しながら完成させると、魔法陣の中心へと目を向けた。
そこには美しい長い金髪の少女が、一糸まとわぬ姿で倒れていた。
この少女は、何処かから攫ってきたわけでもない。
アリウスが自分の体の一部を使って生み出したものだ。
よって、この体に魂はなく、生きながら死んだ状態となっている。
そして、この少女がアリウスの新しい体となる。
もうすぐ死ぬアリウスは、不可能と言われたものへ挑戦し、不可能を可能へと引きずり下ろすことに人生を捧げてきた。
アリウスによって多くの不可能が可能となったが、まだまだ不可能は存在している。
それを可能にするまでは、アリウスは死んでも死にきれない。
だからこそ、アリウスは古い体を捨てて新しい体へと移って生きることを選択した。
女子の体なのは、性別が変われば別の観点となって新しい発見が見つかるかもしれないのと女の方が何かと得なのだという狙いがあった為だ。
アリウスは自分に残された時間が少ないことを思い出し、新しい体から目を離すと呪文を唱え始めた。
今から行うのは、自分の魂を新しい体へ移し替える呪法だ。
魂を扱う魔法は神の領域だと言う賢者や聖職者が昔居たが、既に死んでいるので問題はないはずだとアリウスは思う。
事前に魂を扱う魔法を使っても天使や神が何も言ってこないのは確認済みであるので、これも邪魔はされないはずだ。
アリウスが最後の呪文を唱えると、そのままアリウスは倒れ伏した。
その代わり、少女が起き上がる。
「体が軽い……500年ぶりの感覚だ」
少女はその可憐な容姿に似合った可愛らしい声でそんな事を呟くとそのまま倒れるアリウスに近づく。
「私はアリウス・ディオール・カリオストロ。うむ、記憶の混濁や欠如は見られない。体も問題なく動く。成功と見て良いか」
少女───新アリウスは旧アリウスからローブを引き剥がすとそのまま羽織り、部屋の出入り口まで歩くと指を鳴らす。
それだけで旧アリウスと使用した魔法陣が木っ端微塵になり、そのまま天井が崩落を始める。
新アリウスは全く気にせずに通路へ出ると、頭の中で行うべき事項に優先順位を付ける。
「まずは旅の支度か。時間がなかったので後回しにしていたな。食料もある程度必要……次は研究所の封印か。これは念入りにせねばな。後は───」
明かりのない通路の闇へ、アリウスが優先順に事項を呟きながら消えていくのと崩落が終わるのはほぼ同時であった。
プロローグ部分となっております。
今回はほんのちょっとですが、次からはもっと増えます。