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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第六章・黒槍二双~【第二節・火薬庫】~

前回からの続きです。ポラリス達と直接絡みそうで絡まない男の話から始まります。

 午後二十五時二分。とある田舎街の夜市へ人間の店員数人と共に店を出した。俺は対面の街道に並べられたテーブルへ肘をかけ、紅茶で喉を潤しつつ客入りを見守る。商品はエルフ族の職人によって丁寧に織られた極彩色の布・煌びやかな衣類、ドワーフ族の金属加工の日用必需品。価格は技術料から算出し、安くも高くもない程々の金額で売らせているが売れ行きは上々だ。


「なぁツメイ。なんであんな何処にでもありそうなもんが売れるんだ? 皆浮かれ気分の夜市。他の店より派手な商品と客引きで頭一つ抜ければ、もっと儲けられると思うぜ?」


 ティアーソンは地面へ直接胡坐をかいて座り、木の小皿に盛られたベリーの山を口へ放り込みつつ尋ねてくる。行儀の悪い行為だが、小柄な体型も相まって子猿にしか見えんな。寧ろその姿勢の方が自然にも思えてしまう。


「それでは他の出店と大して変わらん。俺の目的は利益ではなく、多くの者に俺の商品を認知させることだ。【ゴリニヒーチ】は【戦争屋】の印象が未だ根強い。完全に払拭は出来なくとも、人の出入りの盛んな場所へ【ゴリニヒーチ】製の商品を流すことで、持ち帰られた品は各地へと更に散らばる。使用感などの広告は、商品を購入した彼らにでもして貰えばいい」


 そう、俺の代で【ゴリニヒーチ】の概念を全て塗り替える。武器防具兵器の大規模な生産を廃止し、代わりに農畜・繊維・日用品など、人々の生活に馴染む商売を主軸に切り替えた。昨今の貴族は土地の売買や傘下の街から吸い上げた税収を主な収益とし、片手間に大規模な土地を農地や娯楽施設へと造り変え続けている。

 しかし、裏では戦争が起きた場合に備え、武器など危険物に分類される製造を王都へ申告せず、非合法に製造し続けているのがかつて【戦争屋】だった貴族の実態だ。一部の物と金は王都反勢力へ流れているとも聞く。当然、良くない黒い噂は庶民の耳にも入り、怒りと反感を買い、貴族への信用は更に落ち続ける。

 彼らは再び各地で戦火が立ち上るのを心待ちにしている。新たな技術へ投資して生み出し、人々の生を昇華するよりも、一生涯では使いきれない資産や色褪せない名声が欲しいのだ。……嘆かわしいな、祖父よ。これが貴様の生み出した、人間の【進化】を阻害する魔物だ。


「……客層は一般庶民に限らん。高品質の布は街の呉服屋や旅商人が買い取り、丈夫で壊れにくい日用品は街を中継する旅人にも愛用され続けるのだ。その場で消費され続ける嗜好品や、有象無象の安価で粗悪な道具と俺の商品を、同列に並べられては困る」


「よくわかんねぇ。……でもツメイらしい、地味でコツコツしたやり方だってのはわかるぞ」


「【先を見据えた展開】と言え。俺とて可能な範囲で楽をしたい。過労や病などにでも身体を虫歯まれては、【ゴリニヒーチ家】がどこの馬とも知れぬ貴族へ安く買いたたかれるのが見えているしな。そうなっては――――」


「――――失礼。その赤い外套……【ゴリニヒーチ家】のツメイ殿か?」


 会話を遮るようにして俺の前へ現れたのは、黒いスーツを着込んだ獣人族の護衛数人を引き連れた、同じデザインのスーツに丸帽子姿の小太り男。左目へ金の片眼鏡、やや潰れた低い鼻……はて、どこの貴族の者だったか。


「如何にも」


「おお、やはりそうか。儂は【リーヒッド家】の【ラルダ】だ。こんな夜市にも貴殿のような【第二階級貴族】が出向くとは珍しい」


 返事をすると、小太り男――――【ラルダ】は帽子を軽く持ち上げて挨拶をした。【リーヒッド家】……ああ、思い出したぞ。大規模な農園と鉱山を所有し、表向きは地方庶民や業者向けに安価で売る果樹園と謳っているものの、一方で鉱山で採れた硫黄と生物の死骸から生成される【リン】を加工し、紙燐寸から街一つ吹き飛ばす爆薬を取り扱う、【火薬庫】として名の知れた【第一階級貴族】だ。

 表情こそ好々爺といった印象だが、悪どい商売をするとも聞く。なるべく接点や関わりを持ちたくない。


「ふん。【第一階級】の【リーヒッド家】が、地図にも載らぬ田舎街へ出向く方が余程珍しく思うが」


「ほっほっほっ。商売ついでに、田舎町の空気を楽しもうと思うてな。王都は明るく騒がしいが、背の低い爺には息が詰まる。家内も先週ようやく逝けたことだし、細やかな慰安旅行みたいなものだよ」


「……初耳だな。死因は?」


 質問に対し、ラルダは肩で深く溜め息を吐いた後、目を細めてこちらを見据える。


「病死。全く……酷い最期だった。体中から徐々に腐っていく病で、名の知れた医者も病状の進行を遅らせる事は出来ても完治までは至らず、死に際は溶けた皮膚の下から骨が見ている状態でな。……まぁ、本人は苦しみながらも悔いなく逝けたのだろう。笑っておったよ」


「………………」


「病の元となった菌は、鉱山から持ち込まれた【特殊な鉱物】によるものだった。熱で溶かすと空気中へ霧散し、結晶化していた菌が拡散する。家内と共に新たな火薬製造へ関わった優秀な従業員も同様に患い、彼らへの医療費や鉱物を廃棄する為に多額の費用が掛かっている。王都の衛生兵が迅速な対応をしてくれたおかげで、今は騒ぎが収まったが、こうして地方へ火薬を売り出しに行かねばやっていけん」


「俺から言わせれば自業自得、利益の為に犠牲を顧みなかった結果だ。特に大規模な事故は大きな損失と共に買い手からの信用も失う。……【火薬庫】も終わりだな」


「……終わってよかったのだよ。儂は土地を腐らせる商売は好かん」


 皮肉のつもりだったが、やや俯いたラルダの口から出てきたのは同意の言葉であった。どうやら今まで【火薬庫】を切り盛りしてきたのは妻の方で、彼は彼で独自に農園を経営していたようだ。従業員への治療費を踏み倒す経営も多いこのご時世、責任の擦り付けや捨て駒にせず現実と向き合ったラルダは、貴族の中でも珍しい誠実な男だという印象を受けた。


「ならば……何故止めなかったのだ。……ラルダ氏。あなたは他の貴族と違い、先を見据えた冷静な判断ができる方と見受けた。妻がしている行為も、裏でなんらかのよからぬ組織と繋がっているとも知っていただろう。……あなたの決断力の無さが、彼女を死なせたようなものだ」


「――――――!!」


「待て。全くその通りだ。彼は間違ったことを口にしていない。……儂を想っての行動は嬉しいが、それはまた別の機会に取っておいてくれ」


 一歩前へ出た護衛の獅子頭の獣人を脇目と言葉で制止させ、間を開けて穏やかな言葉を返す。良い判断だ。俺の隣でベリーを貪っていたティアーソンも既に刀の柄へ手をかけ、もう一歩踏み込んでいたら斬りつけていただろうよ。こちらと腰を据えて話すに値する器であることは十分理解した。


「……愛していたからだよ」


「?」


 帽子を取り、自身の胸へ当て、整えられた白髪頭を見せながら老化で濁った青い瞳でラルダは答えた。


「どのような悪事や危険へ手を染めようとも、儂にとって【良い妻】で在り続けようとしてくれた。最初に農園を開く際、彼女の【火薬庫】からの資金援助が足掛かりになったのもあるが、どこにでもいる【田舎の凡夫】へ一目惚れし、肉が腐るまで尽くしてくれる女など、【地上界】を探そうともそう見つからないだろうさ」


「……それだけか?」


「ああ、それだけだ。身勝手な理由だと理解している。貴族を含め、庶民や身内から罵られようとも仕方がない。たかがそれだけ、されどそれに勝る理由など無い。儂が貴族の血筋ではないからだろうかな。……頭も心も彼女に絆された、ただの弱い男だよ」


「………………」



 ――――何故お前を拾ったかだって? 俺はお前の親も、その子であるお前も愛しているからだよ。それ以上に理由なんて必要か、小童。



 血と火薬の臭いを纏った祖父の声が頭に響く。温くなった紅茶を一息に流し込み、振り払う。あの男に愛や情などあろうものか。……だが、ラルダはその愛に狂わされ、道を誤ったと口にする。カップをソーサーへ静かに乗せ、咳払いをして鞄から簡易契約書を一枚取り出し、ラルダへ手渡す。


「ツメイ殿、これは?」


「そう遠くないうちに、【リーヒッド家】は【第四階級貴族】にまで引き下げられるだろう。王都や裏事業からの支援も狭まり、これまで築き上げてきた農園までも売り払う羽目になるのは目に見えている。だが、【ゴリニヒーチ家】の庇護下に入れば俺と同じ、【第二階級】には留まれよう。無論、あなたの妻が残した【火薬庫】の負債も受け持つことにもなるが、無駄に俺の祖父が残した腐るほどの資産もある。抱えた労働者達の生活と職の保証は約束しよう」


「そ……そんな、貴殿にまで儂らの負債を負わせるなど……」


「勘違いするな。情けをかけるのは俺の目指す貴族の在り方に、あなたの考え方が近かったからだ。これは次へと繋がる事業への種蒔きでもある。田舎町の小さな農園の経営方針へ煩く口出しすることも、俺は一切厭わんぞ。それらへ同意した上で、サインをしてくれ」


「おっちゃん。回りくどいけど、ツメイは貴族の中でもかなりお人好しなんだ。詐欺とかじゃないから安心していいよ」


「黙ってろ山猿」


 足元のティアーソンの脚を靴先で小突き、契約書を受け取ったラルダの返答を待つ。暫し深く考えて振り返り、引き連れていた護衛達へもカタコトな【獣人語】で説明を行っていた。獣人達は頷き、時には質問をし、ラルダはそれへ身振り手振りを交えて答える。【リーヒッド家】全体へ関わることだ。考えさせてくれと数日時間をかけられることも視野に入れていたが、十五分少々で話に折り合いがついたらしく、一度深く彼らへ頭を下げたラルダは、頭を上げこちらへ向き直った。


「すまない。【獣人語】はまだ勉強中の身でな、彼らへ説明するのに時間がかかった」


「構わない。では、返答は?」


「……その申し出、受けよう。【リーヒッド家】、及び従業員達は【ゴリニヒーチ家】の傘下へと加わる。こちらは元より跡取りも居ない身、若い貴殿の手腕に今後を任せるのも良いだろう。風の噂では【ゴリニヒーチ家】はかつての戦争事業から完全に足を洗い、庶民や労働者重視の方針へと切り替えたと聞く。こちらは人語を話せない獣人族や鳥人族、ドワーフ族も多い。癖の強い者達ばかりで苦労を掛けると思うが……よろしく頼む」


「はっ。癖の強い奴の扱いには慣れている。歓迎しよう、ラルダ・リーヒッド」


 彼は再び帽子を胸に当てて一礼した後、護衛の一人に抱えられ、背の高いテーブルに乗せた簡易契約書へサインをした。これはこれで面白い。今は負債でもいずれ利益となる新事業の展開だ。世の私腹を肥やす貴族共よ、正しい投資の仕方とはこういうことだ。


「――――これで良いかな?」


「……ああ。だが、暫くはそちらも抱えた者らへの説明に時間を要するだろう。こちらもその間に準備を整えておく。何かあれば書簡や伝令を飛ばすがいい」


 受け取った契約書にサインが記載されているのを確認し、防水加工の施された書類用の平たい革板で丁寧に挟み、鞄へ戻す。今回の夜市は十分過ぎる成果だ。鞄に置いた両手が震え、思わず口元が緩んでしまう。


「いつになく、すっげぇ悪い顔してんなぁツメイ」


「くっくく……これほど心躍ることなどあるかティアーソンっ!! 【ゴリニヒーチ家】の規模が俺の手で拡大する瞬間、新たな事業へと着手できる喜びは、経営者でなければ決して味わえないっ!! 今宵は早々に切り上げ、宿屋で葡萄酒片手に余韻へ浸るとしようっ!!」


 鞄の中から金貨の詰まった革袋を引きずり出し、ティアーソンの頭へ乗せる。


「なんさ、これ? 財布か?」


「ボーナス、と言ったところか。お前もたまには夜市で羽を伸ばすがいい。使い切っても構わんが、面倒事だけは極力避けろ。いいな?」


「ほーん、随分気前いいじゃん。でも絶対面倒事を起こすなとは言わないんだな」


「俺を誰だと思っている。従者が言っても聞かん頭の弱い奴だというのも熟知しているとも。して、ラルダ殿。街へと商売をしに訪れたと言っていたが、何を売りに来たのだ?」


 尋ねられた彼は、ティアーソンに差し出されたベリーを受けとりながら、街の夜空の一角へと指を差した。


「花火だ。家内は昔から花火が好きでね。【火薬庫】と呼ばれる前の【リーヒッド家】は、花火玉職人としてその名を欲しいままにしたそうだよ。……百年以上前の話だ。その名は既に廃れ、花火玉を作る技術は他の者達にも流れた。日付の変わる頃、あちらの方角に百発以上の花火が打ち上げられる予定だ。是非、お二人にも見ていただきたい」


「ふむ、宿屋の二階からでも眺められそうだな。……わかった。最後の一発まで見届けると約束しよう」


***


 珍しく上機嫌なツメイが一人で近場の宿へと戻る姿を見送り、小太りのおっさん――――ラルダとベリーを食いつつ、渡されたボーナスの使い道を考える。突然大金ポンっと渡されても、遊び方がわからんのよな。逆に全く使わないまま持ち帰りでもしたらキレるし、どうすっかなぁ。


「ティアーソン殿。ツメイ殿は若くも良い商売人ですな。言葉選びに些か粗暴な面は有れど、物事の真理を突いている。儂のような凡夫相手でも対等に扱ってくださる貴族は、家内以外では貴殿の主が初めてだ」


「んー、まあ、そのせいで相手を怒らせることの方が多いかな。でも、ツメイなりに度量とか、自分の抱えている事業をどこまで知り尽くしてるか、ああやって煽って試してるんだよ。俺みたいにはーんほーんで流せる奴や、おっさんみたいに自分の否も認められる奴じゃないと、まともに取り合ってくれない。やり方が回りくどくて面倒くさいんだよなぁ。俺が馬鹿なのもあるけど」


 店員から追加で受け取った皿に盛られたベリーを、ラルダの後ろで護衛をする獅子顔の獣人族達へも配る。奴らは受け取ろうか少し悩んだ様子を見せた後、軽く会釈し、一粒つまんで口にした。屈んだ時にした金属が擦れる音――――短剣を何本か、上着の懐へ隠し持っているな。


「忝い。彼らも街に来てから緊張しているようで、食事にもあまり口を付けていないのです」


「食える時に食って、寝れる時に寝ておかないと、いざって時に力負けする。俺の父様はめっちゃ食ってめっちゃ寝てたし、ツメイの親父をぶん殴られるくらい自由な人だった。実際滅茶苦茶強かったから、俺も真似してる。こいつら土臭いし、日頃土いじりしてる奴ら引っ張り出して、それっぽく見せてるんだろうけどさ、やっぱちゃんとした傭兵か従者用意した方がいいよ」


「ははぁ……そこまで見抜かれてるとは。……流石としか言いようがありません」


「おっさんの奥さんの【火薬庫】って、そんな危ねぇことに手を突っ込んでたの?」


「儂や家内に付いていた者達にも【火薬庫】の全容は分かりかねるが、ツメイ殿の想像している通りかと。一部は反王都勢力にも流れているそうで、大規模な爆破事件を聞く度、悪用されていないかと心配しています」


 そら悪用されんだろ。唇に付いたベリーの赤紫色の汁を舐めとり、頭の中で呟く。目的はどうあれ、【火薬庫】を死ぬまで抱えて切り盛りし続けた奥さんは相当頭も良く人脈も広い。王都内のそれなりの地位連中にもスパイが紛れてるって話だし、内通もしてたんじゃないか? まあ、ラルダや近かった奴らも知らないんだとしたら、上手く証拠や痕跡を消せたってことでもある。

 逆にツメイも不法に流れた火薬の痕跡があれば、芋づる式に引っ張り出して徹底的に叩き潰し始める。傘下に入っても白のまま維持され続けると考えれば、マジでツメイに得しかねぇな。


「……当然、奴らも黙ってはおらん。鉱山には未だ手つかずの硫黄や、動植物を腐らせ作る【リン】の特殊設備も複数ある。王都の管理下へ置くわけにもいかず、儂にも抱えきれない置き土産。ツメイ殿ならば有効活用してくれましょうが……その間、この身に何もないとは限りませぬ。このような田舎町へも手を回しているのであれば、今宵を好機と捉え、暗殺を仕掛けてくるでしょう」


「屋敷にでも籠ってた方がいいんじゃねぇの」


「家内の花火を売るのは、自分の足でと決めております故。それにもう我が身に何かあったとしても、既にツメイ殿やティアーソン殿へ託せたことで、必ず次へ繋がると安心できた。残すは今宵の花火が無事上がることを祈るのみ。【リーヒッド家】当主として、最後の大仕事だ」


「何言ってんだ? ツメイは生かさず殺さず利用し尽くして、こき使われたおっさんは天寿全うして死ぬんだよ。最後な訳あるか」


「ほっほっほっ!! では、まだまだ忙しくなりそうですなぁっ!!」


 肩の荷が下りた安堵からか、ラルダは陽気に笑った。もう死んでもいいってのは、未来に希望もクソも無くなった奴が吐く言葉だ。生きる目的や生きなきゃいけない使命がある限り、人は無限に戦える。そう言っていた父様はいつでも有言実行、破天荒で自由で、誰よりも生き意地の汚い男だった。無理だと思ったらすぐ引くし、敵に対して情けもかけて【ゴリニヒーチ家】を何度か裏切ったりもした。

 結局、ツメイの親父が気にくわないからって理由だけで出て行ったきり戻ってこないし、男の産まれなかった家は俺を父様の跡継ぎとして、急遽男として育て上げた。……戻ってきて欲しいとも時々考えるけど、今もどっかで元気にやってんなら俺はそれでいいとも思う。蛙の子は蛙の子さ。死ぬまでツメイに刀として仕える以上の望みなんて、これっぽっちも無いし。


「……あ、そうだ。おっさん、この街で金を一気に使えるような店って知らないか? 俺も王都の繁華街しか知らねぇし、いっつもツメイへ着いて回ってるから大金の粋な使い方ってのを知らねぇんだ。全く使わないで宿に帰ったらキレられる」


 ベリーの色が付いた親指を舐めながら尋ねると、ラルダは左手で顎を擦って通りの遥か遠くを見つめる。


「それは困りましたなぁ。……もし、スーツや質の良い衣装に興味があるのであれば、この通りの突き当りにある仕立て屋を目指しては如何かな? 背の高い蜘蛛男がいるかと思うが、話し上手で賢い主人だ。儂らのスーツも彼に見立ててもらった物です」


「蜘蛛男……シルクハットに赤い蝶ネクタイ、黒いスーツで背中へ足生やした蜘蛛男?」


「おや、お知り合いで?」


「友達っ!! はっはぁ、ツメイの奴歯軋りして悔しがるだろうなぁ。ありがとおっさんっ、通りの突き当りだなっ!?」


「いえいえ。では、儂らも手配した宿へ一度戻らせていただこう。ティアーソン殿も良い夜市を。できれば、花火も見てくだされ」


「ん~、わふぁっふぁっ!!」


 残ったベリーを口へ掻き込み、噛みながら右親指を立てて返事をし、テーブルへ空の皿を上げ人の波の中を歩き出す。スーツってのはちょっと興味がある。アラネアみたくカッコ良く着こなせるのなら、普段のゆったりした楽な格好でなくとも悪くない。着こなし方とかさっぱりだし、サイズがあるかもわからないけど、アラネアなら何とかしてくれると信じて気楽に行こう。夜はまだまだ長いんだから。


***


 午後二十五時三十一分。深夜に上がる花火玉の配達と、打ち上げ用砲台の設置準備を終え、弟子たちと現地解散した帰路。見覚えのあるスーツ姿が視界に入り、足を止める。シルクハット、スーツに赤い蝶ネクタイ……マジか。


「おや、これはこれはちょうどいい所にっ!! こんばんは、ペントラさんっ!! よかったら君も竜人族の【浴衣】へ袖を通してみないかい?」


「アラネア……あんたこの前、騒ぎ起こしたばっかだってのに……」


 先に大声で呼ばれたせいで周囲の視線が若干集まってしまい、足早に近付いて露店の前へ立ち、にこやかにこちらを見るアラネアへ話しかける。


「あんた、よくもまぁ夜市へ参加できたもんだねぇ。それとも違法に前々からこっそりやってた口かい?」


「まさかっ!! この前のお礼やお詫びも兼ねて、数日前にボルドー町長へ話はつけてあるっ!! ほら、これが【出店許可証】さ。問題ないだろ?」


 懐出された小さな書類には町長であるボルドーの直筆サインと、許可を認めた赤い判が捺されていた。……スゲェなお前、ポーラとアタシが頭抱える問題を自分で解決してやがる。そもそも、海に近いあの街へスピカ達が交易できるよう話をつけたのもこいつか。口達者というか、世渡り上手というか。


「ああ、そうだ。ローグメルクさんやティルレットさんも、隣で露店を出してるよ。挨拶して来てもいいんじゃないかな?」


「あ? おま……はぁ?」


 許可証を懐へしまうと、アラネアは少し身を屈めて右手で口元を隠し、アタシへ耳打ちする。


「二人が【悪魔】であることは町長や関係者には伏せてある。俺と同じ魔物混じりだって話したら、案外すんなり信じてくれたよ。本当は堂々と参加できる環境を整えてあげたかったんだけど、流石に俺もそこまで強く勝負に出れなかった。元々ここの土地柄、他種族や魔物混じりが出入りするのは珍しくないようだから、今後も何度か催し物で出入りすれば自然と馴染めると思う」


「……なんだって、あんたはそこまでするんだい? ポーラだって、スピカちゃん達の身の危険や自分の立場と天秤に掛けて町長連中へ切り出せなかってのに。……言っちゃあなんだけど、途中から勝手に森へ移り住んだあんたは、ヴォルガードへ恩も何も無いだろ?」


「うーん……そう言われてもなぁ。……君やポラリス司祭達、ローグメルクと友達である以上の理由はないかな。君らが頑張って立ち向かっているのに、俺は余所者だから何もしないなんて、そんなのもどかし過ぎるよ。それに君らが環境を整えるだけじゃなく、こっちからも地道に売り込んでいかないと、君らの今の立場や面子も危うくなる」


 確かに。全部アタシ達で街の意識を改めるのは限度があるとは思っていたし、何度かポーラ達とも話し合っている。今の中立である立場を崩さず、交流を深めるにはどうすればいいか……一つの案として挙がったのが、アラネアによる交渉だった。だが件の【機神】騒動によってあまりに彼は目立ち過ぎ、その案はかえって難しいと判断され、取り下げられていた。

 アラネアは博打へ出て、今回は運良く勝てたわけだけど、博打を打つ時はせめて一言アタシらに声をかけて欲しいさね。


「ふー……事情はわかった。んでも、今度から危ない橋渡る時は、アタシやポーラ達へ声かけてからにして欲しいよ。なんかあったとしても、助けてやれないじゃないか」


「いやぁ、変に同情買って君らの立場悪くなっても嫌だしさぁ……」


「何言ってんだい。あんた達を庇うのだって、ダチ以上の理由は無いよ。特にアタシも元は同じ根無し草さ。アタシが居なくたって、真面目でお人好しポーラや生意気な三つ編みにマッチョ君、可愛い新人ちゃんが居れば街は何とかなるさね」


 困ったように眉を下げたアラネアへ、ニッと笑って見せる。組織的な【天使】が汚職でも起こそうもんなら、間違いなく管理職の【天使】連中や神が対策行動を起こす。でも、アタシは組織にも属していない【簡易契約悪魔】。慕ってる弟子連中も、もう各々で考えて生きていけるし、最悪こいつら庇ってトンズラしても大丈夫さ。

 絶対あいつらは引き止めるだろうけど、アタシより、こいつらやあんた達の夢を優先して貰いたいさね。


「……うん、この話はやめようか。一先ずは解決したことだしね。んで、竜人族の【ゆかた】? だっけ?」


 話題を変え、袖を通さないかと呼びかけられた【ゆかた】とか言う物へ話しを振る。アラネアもシルクハットを直して気持ちを切り替え、すぐ傍にあった色鮮やかな服へ右手を向けた。水色、青、赤、黄、緑、黒、白……何色あるか、ぱっと見では数えきれない。


「【浴衣】だね。本来は火山や地熱の熱源を利用した【温泉】で湯浴みをした後、身体を適度に冷ます動きの楽な衣として、【竜人族】が着ている衣服さ。以前火山の麓を訪れた際、たまたま彼らと交流する機会があってね。先週届いた図面で、ようやく話しに聞いていた【浴衣】がどうなっているか理解できたんだっ!! 【バスローブ】と似たようなものだけど、【浴衣】へ使うのは吸水性よりも通気性の高い素材さ。蒸し暑い夜でも楽に着れて、華やかに楽しめる筈だよ」


「あんた、スーツ以外にこういうのも作れるんだねぇ。はぁー……なかなかイカした衣装だけど、アタシにはちょっと可愛すぎるというか、イマイチ映えないと言いますかぁ……」


 綺麗に四角く折り畳まれた一枚へ触れ、広げて【浴衣】の全体像を確認する。上下の繋がった通気性の良い一枚布。確かにバスローブと似てるけど、こいつは胴部分へ帯を締めて、布の余った部分を重ねて留めるのか。これなら性別種族関係なく、丈のサイズさえ合わせれば着こなせるだろうさね。【温泉】なんて貴族や王都市民の娯楽か、竜人族の文化程度にしか考えちゃいなかったが、【浴衣】は【浴衣】で流行るかも。


「まぁまぁ、そう言わずに。荷馬車を更衣室代わりに使って、せめて袖だけでも通してみてよ。姿見の鏡も置いてあるし、スピカ嬢とシスターも出歩けなくて少し退屈気味だしさ」


「ん。スピカちゃんとシスターも来てるのかい?」


 アラネアは勝手に【浴衣】へ合わせる帯を見繕い、こちらへ差し出しながら頷く。いや、あのさ、まだ着るとは言ってないよ。


「スピカ嬢を一人城へ置いて行くなんて可哀想だろ? ドルロス夫妻には眠たいからって断られちゃったけど、シスターは彼女へ付き添って来てくれたんだ。……おかげで女性用荷馬車を更衣室として利用する人達に驚かれて、【浴衣】突き返されて逃げられたりもするけど……」


「人骨が荷馬車内にいたら普通に事件だわ。巡回してる自警団に掴まるよ、あんた」


「それは……ちょっと困るかなぁ。うーん……」


「とにかく。アタシには合わないし、一仕事終えて汗もかいてるから、お試しで袖通すだけってのも今は厳しいさね。どうしてもってんなら、一旦帰って身体拭いてから――――」


「――――素直に、自信が無いとお断り申し上げてはいかがでしょうか」


「あ?」


「ティルレットっ!? 流石にもう少しオブラートに包んだ言い方ってあるっすよっ!?」


 アラネアと共に振り返ると、いつもの白黒メイド服を着た無表情。街中でも堂々と頭部の角を隠さずに晒し、つま先を揃えた綺麗な姿勢でこちらを見るティルレットがそこへ立っていた。その背後では白いタオルを首から下げ、青い【浴衣】姿のローグメルクが、水の滴る飲み物の入った硝子瓶を右手へ持って、気まずそうに立っている。


「鉄仮面……そっ、そう言うあんたは着てないんだねぇ? ローグメルクはちゃっかり着こなしてるってのに」


「不肖の身には有り余る【情熱】がございます故。肌を露出する衣は、周囲をも混乱させてしまいまする。ローグメルクは……こ奴は……何故着ている?」


「今更っ!? 街に着いてからアラネアに無理矢理着せられたって、俺言ったじゃないっすかっ!!」


「嗚呼、また野良猫でも出たかと流していた」


「悪びれもしねぇっすか、そすか……」


「いやぁ、アタシは似合ってると思うよ、ローグメルク?」


 自分で尋ねておきながら興味無く流したティルレットに代わり、ローグメルクへ慰めの言葉をかける。


「【馬子にも衣装】という言葉もございましょう。アラネア氏の心遣いにも気付けぬその鈍さ、大変嘆かわしゅうございます」


「お……おお?」


「えぇ……俺は素直に似合うと思って勧めただけで……」


 アラネアを睨みつけると視線が合わないよう両手を顔の前に出し、一歩引く。なんで目が泳いでんだい。


「然し、色恋女が不肖へ唯一勝る点は、そこにしか非ず。自由に着飾れる身でありながら、自ら有利を棄てるは愚の骨頂。粗暴の悪いあなたの、何が司祭へ好かれましょうか」


「言うじゃないかい鉄仮面……素直に羨ましいって言ったらどうよ? ええぇ?」


 顔を近付け、無表情の顔へでこ叩きつけるかと詰め寄ると――――無表情だった顔の口元が、僅かに緩んだ。


「否。不肖、ティルレット。着飾る事より、星から大切な物を教えていただきましたので」


「………………」



 一瞬。不覚にも、目の前の鉄仮面を綺麗だと思ってしまった。けど、その後の余裕の表れが分かりやすく表情へ出たことで、アタシの腹は更に煮えくりかえる。今なら吹けない火も口から吹けそうだ。


「……アラネア。今のアタシに一番似合うと思った奴を選んで」


「え? 汗かいてるから後で着るって……」


「い・い・か・らっ!! このどや顔女を不愉快にギリギリ歯軋りさせなきゃ、アタシの中の何かが許さないのさぁっ!!」


「姐さん、自分の方が歯軋りしてどうするんすか……」


この世界は【人語】が共通言語という訳ではないので、部族の数だけ独自言語が存在します。魚人族はかつて人間と交流があったのでその名残が、ドワーフ族も同様に大体通じて話せます。一方で一部の森深くで完全に交流を拒んだエルフ族や、竜人族、語学力がやや低い傾向にある獣人族・鳥人族はまったく話せないか、カタコト程度というのも珍しくありません。逆に獣人族はヒアリング能力には長けているので、喋れないが相手の身振り手振りで意思疎通や理解ができたりと、そこまで不便には感じていないようですね。

浴衣はティルレットさんも着れなくはないですが、【呪詛】を隠す必要があるのでなかなか人目のある場所で着るのは難しかったり。逆にローグメルクはオールバックに褐色肌で、夏祭りとか似合いそうです。

次回もお楽しみに。

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