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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第五章・死にたがりの【天使】~【第三節・距離感】~

前節からの続きです。

ポラリス率いる教会の【天使】組が集まり、王都からか来た【上級天使・サリー】と接触します。

 午後二十二時一分。【上級天使・サリー神官】の指示により【天使】四人が集まり、教会地下の調理場テーブルを囲む。僕とアダムは挨拶を交わし昼食を共にしたが、アポロと新人は面通しも済ませていないからか、興味深げに僕らの話を聴いていた。

 やがて扉を軽くノックし、サリーが入って来た。上司と名乗っていた長耳の王都兵、ミーアの姿は無い。


「どーもどーも。お待たせして申し訳ない……これで全員?」


「はい。ポラリス司祭に副司祭である私の他、【中級天使】一人と【下級天使】一人です」


「少なっ!? もう一人か二人は補填して……ああ、一人【堕天】して抜けてんだもんな。じゃあしゃーないか……」


 どうぞ、とアダムはすぐ傍の椅子へ座るよう促し、彼女は軽く会釈しながら肩から下げた鞄を椅子の下へ置き、腰を下ろした。


「さてと、話は聞いてるだろうが改めて自己紹介しようか。アタイはサリー、階級は【上級】。【地上界】勤めは七年ちょいだが、王都じゃちょろっと汚ねぇ仕事に目を瞑れば階級は勝手に上がる。だからそう畏まらないでいいよ。気軽にサリーと呼んでくださいな」


「アポロですっ!! 階級は【中級】っ!! 【地上界】勤めは七年半っ!! 得意なことは弓と肉の加工と工作……えっと、よろしくお願いしますっ、サリー神官っ!!」


「声も身体もデカいな。てか同期なんだからタメでいいよ、アタイも堅苦しいのは苦手だし」


 彼女は緊張気味のアポロの差し出した手を掴み、握手を交わす。身長の高さは負けず劣らずではあるが、【中級天使】のアポロが筋肉質で逞しい体格に対し、【上級天使】のサリーはほっそりとしていて対照的だ。階級で身体能力に差はあれど、【受肉】の体格そのものにはあまり関連性は無いのか。

 お互いが手を離すのを見計らい、新人が一度頭を下げ自己紹介を続けて行う。


「し、新人の【下級天使】です。【地上界】勤めは、は、半年。名前と性別は……まだ無いのですが、じょ、女性として扱ってくださると、助かりますぅ……」


「よろしくおチビちゃん。目が悪いのか?」


「……はい。【受肉】の肉体側が、正常に機能していないのだそうで……」


「ふーん。……変わった色の目をしてるとは思ったが、そうか」


 サリーは目を細めて興味深げに新人の瞳を覗き込む。その光景は、以前【ルシ】が彼女の瞳を観察していた時の光景と重なる。


「あ、あのぉ……」


「おっと失礼。アタイもあの変態の事を言えないね。王都勤め以外の【天使】と顔を合わせるのは久し振りなもんで、ついつい見比べちまったよ」


 握手代わりなのか、顔を赤らめる新人の頭をわしゃわしゃと撫でる。撫で終わったサリーは椅子の下へ置いた鞄から、丁寧に折り畳まれた一枚の紙と紐でまとめられた分厚い資料を取り出し、テーブルへ置いた。一枚の紙の方は僕が一週間前にルシへ宛てて出した手紙であり、内容は【機神】の出現報告や【受肉】の肉体について質問した物だ。


「……ん? ああ、これかい? 【ルシ】から預かった物さ。心配しなくても、ちゃんと本人に断って借りてきたから安心していいよ。しかしまあ、ポラリス先輩は随分と仲がよろしいようで」


「あははは……この教会も実質的な上司は【ルシ】ですから。僕が彼に憧れ、慕っているのも確かです」


「同じ【ルシ】に認められた奴だってのに、ウチのクソガキ様と大違いだ。どうしてこうも違うんだか」


「ミーアさんの事ですか?」


「そ。今は上で祈りながらしょぼくれてんじゃないかね。牧場でやたらと腕の立つ狩人と会ってね、ケンカ売って逆にボッコボコにされたんだ。顔に火傷痕がある腕や腹に包帯巻いたおっさん、先輩方は知ってる?」


「あー……」


「アレウスさんじゃないですかね。畑の真ん中で牧場のおやっさんと羊や豚を抱えてるの見ましたよ。手伝おうかとも聞いたんですけど、柵も直さなきゃいけねぇし自分のせいだからいいって断られました」


 アポロの証言から、その喧嘩の最中で柵を壊してしまい直していたのだと察せた。強者相手に見境なく挑む性格は相変わらずだが、根が善人のアレウス氏は面倒と言いながらも街の住人には親切にしてくれている。ミーア相手にも手加減してくれたのであろう。お互い酷い怪我は負っていないようでなによりだ。

 サリーは黒いマフラーをずらして新人が出した紅茶を口へ含み、一息つく。頑なにマフラーを外そうとしないのは首元の傷を気にしているからだそうで、昼食を取った際に彼女の口から語られた。


「アタイとミーアの任務は新種の魔物【機神】が、周辺の動植物や魔物達へどう影響を与えるかの環境調査だ。朝・昼・夜と街の外を明日から見て周る。【機神】の狩猟にも同行したいし、依頼や情報があれば回してくれると助かる。んで、これが王都の学者共が纏めた資料と報告書」


「我々が閲覧しても?」


「どーぞどーぞ。内緒にするほどの内容でもないし」


 彼女がテーブルの中心へ押し出した分厚い資料をアダムは手に取り、パラパラとめくりながら文章を目で追う。


「……【機神】の身体を構成する物質や弱点、現在判明している生息域についてまで事細かに記載されている。王都が学者らを集め、本腰を入れて研究してい――――ん? 貴族が死骸を貴金属に変え、王都市場へ横流し……これは問題ないのですか?」


「今は。でも、いずれ王都側が取り締まるだろうさ。鉄やら銅やらの価値がガクッと変動でもしたら、路頭に迷う炭鉱関係者も出てくるし、魔物の素材を酷く嫌う変わり者も王都にゃ多い。金儲けに手段選ばねぇ連中を野放しにすんのは、魔物の放し飼いと同じくらい危険だ。間違いなく過激化するし、出鼻を叩かないと規模が大きくなる」


「貴族の影響が大きいとは耳にしていましたが、現在の王都情勢は不安定なのですね」


「そそ。綺麗なのは表向きだけ。裏じゃ貴族と王都一部上層はずぶずぶ関係。夜は危なくて一人じゃ出歩けたもんじゃねぇし、治安の悪い地域の路地裏漁れば死体が転がってるような状態さ。本当におっそろしいのは神や王でも上司でもなく、人間様だって思い知らされるよ」


 サリーは椅子の背もたれへ寄り掛かり、両手で後頭部を抱えながらつらつらと語る。

 生々しい内情を聞いたのは初めてで、【特級階級・ルシ】や数多くの優秀な【天使】を抱える王都も、全ての人間を導き、道を外れないようにするのは難しいのか。【機神】の件も含め、一部の人間達をどう取り締まるか……間違いなく今後の課題になる。


「かく言うアタイも、貴族相手にどうこう言えた身じゃないがね。あいつらの後始末や尻拭いで呼ばれること多いし」


「? サリー神官は……神官のお仕事以外に、別のお仕事があるのですか……?」


「まぁ……神官って言っても正確には【元・神官】だし、今じゃ兵舎勤めの不人気シスター。時と場合によっちゃあ人間や他種族、同業者と殺し合うような職場だ。【ルシ】は【ルシ】でアタイを飼い殺し状態だし、貴族からは便利な犬。はぁ……早くこんな世の中からおさらばしたいわぁ」


 新人の質問を答えながら彼女は自身の額を勢いよくテーブルへ付け、『ゴンっ』と鈍い音とともにテーブルの上に乗せていた紅茶の入ったカップが飛び跳ねる。予期せぬ行動に新人は驚いて椅子から転げ落ちそうになり、アポロが背後の壁へ頭を打ち付ける直前に右腕を回して支えた。僕の隣へ座っていたアダムも、彼女の不可解な行動に眉をひそめ若干引いている様子だ。


「大丈夫か?」


「わわ、わっ!! ありがと……ございます……」


「さ、サリーさん? 大丈夫ですか? どこか体調でも――――」


「――――いんや、元気過ぎるぐらいだからお構いなく。病気みたいなもん。……時々、無性に死にたくなるんだ。首を切ったり、腹を掻っ捌いたり、頭叩きつけたり……人間で言えば自殺衝動って奴? んでも【ルシ】はアタイを優秀だーって【堕天】してくれないし、なまじ【上級天使】なもんだから致命傷もあっという間に治るしで……ポラリス先輩にはそういう、経験無い?」


「………………」


 こちらの顔を見上げるサリーのずれたマフラーの隙間から、真っ赤な蚯蚓腫れのような傷痕が目に入った。首の半分以上にまで及ぶそれは、かつて彼女が首を落とそうとした痕跡にも見え、自分の首にも冷たい刃があてられた気がして右手を首へ当てる。


「僕は……無いです。まだ、やらなければならないことが沢山あるので」


「そすか。でも王都で現実見ちゃうとなぁ。……生きる目標ってのが無いし、人間は汚ねぇし、他種族も他種族でうるせぇし、肝心の【ルシ】は何考えてるかさっぱりだし。……こんなくだらねぇ世界にいつまでも止まってる方が、狂っちまいそうになるよ」


「……気持ちは分かります。世界は理不尽ですから。ですが自暴自棄になっても、他人へ迷惑を掛けたくないと考えているサリーさんは、まだ比較的まともだと思います」


「【ルシ】も同じこと言ってた。似てるね、先輩は。…………あー、おーけー理解した。アタイをここへパシらせた奴の狙いが、ようやく分かったよ」


 曖昧な表情をしたサリーはむくりと上半身を上げ、首を左右に捻ってゴキゴキと鳴らす。


「この街で世話になる間、アタイは王都での経験や知識をこの場に居る【天使】へ全部教える。情勢だけじゃなく、【お告げ】の業務対応や戦闘の立ち回り、【信仰の力】の扱い方まで。……【ルシ】と先輩達が何企んでるか知らないけど、その目は何か大きな事をしでかそうとしてる野郎の目だ」


「………………?」


「【ルシ】からの任務はミーアときっちりこなす。だが、どうにもその先を見据えた目がアタイは気に食わねぇ。現実が見えてねぇ、ガキみてぇな目。……それがどこまで通用するか、肌身で感じて実感するべきだ。深く詮索するなって言うんならそうしてやる。仕事柄、そういう関係は慣れっこさ」


「……いいのですか?」


「奴が認めた【期待の星】ってのが今後どうなるか、興味が湧いた。明日から覚悟しとけよ、先輩達」


 試されている……のだろうか? 王都の現実を見続けたサリーと、そうなるよう仕向けた【ルシ】に。彼女の表情からその言葉が本心であるか読み取れないが、うっすらと黒い瞳に火が灯ったように見えた。


「あのー……俺、話に付いて行けないんですけど、サリーさんが直接指導してくれるってことなんですかね?」


 アポロがおずおずと挙手し、尋ねる。そうだ、僕の独断で全てを決めるわけにはいかない。提案に対し、皆の意見はどうなのだろう。


「一応、【下級天使】を教育してたこともあった。評判はまぁお察しだが……ここの前任者よりはまともに教えられるさ」


「わ、私はいいと思います。ニーズヘルグ元司祭は……そのぉ……あまり、私へ指導してくれるような方ではなかったので……」


 手帳を握りしめ、新人も提案へ賛同する。彼女の場合は……そうか。僕らもまともにニーズヘルグから教育を受けたわけではないが、彼女はそれ以上か。


「私も受け入れてもいいと思う。新人に限らず、私とポラリスは経歴が長くともまだまだ未熟だ。特に【信仰の力】は各々の我流で上達するより、上級者の目と教えを通した方が確実だろう」


「なんか、意外ですね。副司祭って指導とかすんごい嫌がりそうなイメージあるんですけど……」


「黙ってろ居眠り。私が至らないのは……既に痛感している。私個人の意見や意思より、全体の向上が見込めるならそちらへ賭けるさ」


「なら俺も賛成です。アレが自分の意思でどうこうできなきゃ、皆さんに迷惑かかると思うんで。狩猟同行の件は、俺からもカインさんやアレウスさんに明日話しておきます」


「どーも。で、ポラリス先輩は?」


「……部下共々、ご指導よろしくお願いします。サリー神官」


 皆が彼女へ頭を下げると照れくさそうにマフラーへ顔を埋め、咳払いをした。


「んんっ!! 【ルシ】への嫌がらせのつもりだったんだが……こういうのも悪くない。朝方と夕方は暇ができるし、夜も調査の仕事が終った後なら付き合える。明日からだけどね。他に要望があるなら聞くよ」


「? 今夜は調査に向かわれないのですか?」


「上司が凹んであの様じゃ、かえってお荷物だ。今夜はさぼり――――もとい、旅の疲れを癒すとするよ。明日にはまた喧しく立ち直ってるさ」


 そう言いながら、サリーは少しソーサーへこぼれてしまった紅茶を口へ運ぶ。

 昼間に会った時のミーアは、言葉や振る舞いが自信に満ち溢れていた印象だったが、どこか空回りしている様子もあった。部下であるサリーは放っておいても問題ないと言っているものの、アレウス氏の事だ。怪我はせずとも、完膚なきまで心を折ってしまった可能性がある。しかし……彼女自身の誇りもある。こちらの印象も決して良くは無いだろうし――――


「――――はぁ。……行ってやれ」


「えっ?」


 隣に座るアダムが分厚い資料を閉じ、テーブル越しのアポロへ押し付けながら言葉を投げかけてきた。


「顔を見ればわかる。上に居る王都の兵士が気になるのだろう? 任務へ支障が出る程度に精神疲弊をしているのなら、誰かが補助してやらねば立ち上がれん。……お前の直感は大体正しい。そう思ったのなら、そうしてやれ」


 彼はこちらへ目を合わせず紅茶をすすり、素っ気無く言う。だが、僕より優秀なアダムが背中を押すのだ。……この判断は間違ってはいない。


「やめとけよ先輩。今のクソガキ様はおだてようが同情しようが、言葉をかけてもうんすん言わぬ状態さ。あいつの縋るもんなんて【ルシ】や王様、あとはお飾りの地位と神様くらいさ」


 サリーは首を左右に振り、強くは引き止めないものの否定的だ。


「なら尚更です。何もしない神へいつまでも縋るぐらいなら、自分の足で立つことも教えてあげるべきです」


「……人間じゃないってのに、どうしてそうまで入れ込むのさ? アタイらは人間を導く【天使】だろ? エルフやドワーフとかの他種族は専門外。匙投げたって――――」


「――――僕らが【天使】だからですよ。サリー神官」


***


 紅茶が入ったポットとカップ二つ、小さな包みを抱え、ポラリスは調理場から出て行った。単純に奴が世話焼きなのか、見た目に反して誇りや意地があるのか。アタイの言葉に怒るわけでも無く、自分達は【天使】だからと軽く微笑んだ奴の思考がわからない。それを肯定するこいつらの目や言葉も、理解し難かった。


「先輩達がアタイとズレてんのはなんとなくわかる。赤毛の【悪魔】とつるんでいるのも、何かしでかそうと隠して、水面下で【ルシ】と目論んでるのも」


「んー……サリーさんに隠すほどでも無いとは思うんですけ――――いったぁっ!? なにすんですかアダム先輩っ!?」


 脛を蹴られたのか、アポロが椅子から飛び跳ねて屈み、右脛を両手で擦る。


「知らない方が身の為、との言葉もある。私達と明確な一線を引いたのは、向こうにも事情があるからだ。逆に彼女が王都の裏で何をしているか、私達が根掘り葉掘り聞くのも不躾だろう」


「不躾ってワケじゃないけど、愉快な話じゃないね。なら一つ、アタイの首が千切れかけた話でもしようか?」


 首元をトントンとしてみせると、アダムとアポロは想像してしまったのか首元をさっと抑える。面白いなこいつら。

 深く関わらない方がお互いの為ってのは間違いない。【ルシ】が抱えている計画にこいつらも噛んでいるとしたら、地図にもない小さな街で手駒と共に、着々と準備を進めているのだろう。神々と同等の権限を持ちながらも、その辺りの【天使】へ下手に広められると火消しに困る程度には。

 当然、王都内の【天使】にも【ルシ】を良く思わない輩もいるわけで。アタイがうっかり口を滑らせた日にゃ、きっと全部が水の泡。【受肉】の脳が記憶した情報を強引に引っこ抜ける【天使】もいるって話だ、情報を完全に共有して協力しようにも難しいのさ。

 広く浅く、そしてさり気なく。少し怪しい程度に周囲へ溶け込めれば、連中の目も掻い潜りやすい。


「今の王都は【天使】も危ねぇのよ。【ルシ】を良く思わない【天使】の派閥もあるし、一度目を付けられたらかなりしんどい。皆取り繕うのに必死で、とても他人へお節介焼いてる余裕は無いのさ。アタイも含めてね」


「……ミーアさんに対して冷ややかなのも?」


「冷ややか? んー……まぁ……優しくはないか。同情してやるところはあるが、他人は他人。生きてる世界が違うんだから、親でも無いアタイが親身になり過ぎても、向こうが甘えてばかりじゃ生き残れない。それが王都ってもんよ」


「そういうものですか」


「王都も王都でごたごたしてるんですねぇ」


 腑に落ちない表情をする男二人に対し、新人は手帳へ資料を書き写しているようだった。よほど集中しているのか手を休めず、アタイらの会話に耳を傾けている様子はない。地上勤め半年なんてそんなもんか。……真面目で人間以外の種族にも親身になる連中が、きな臭い【ルシ】とつるむねぇ。……まさかね。


「あの……し、質問、いいですか……?」


 こちら視線に気付いたのか、新人が挙手をする。


「なんでもどーぞ」


「ええっと……王都には、どんな美味しい食べ物があるんですか?」


「ぶっ!? 早速食い物の話かよっ!?」


「だ、だって、王都誌に載ってるこの【ぱふぇ】ってデザートが最近気になってて……いろんな珍しい果物が乗ってるんですよ? 他にも生クリームとか、チョコレートとか、硝子の器の中に沢山積み重なってて……」


 新人は手帳の隙間に挟んでいた切り抜きを吹き出したアポロへ見せ、金色の目を輝かせて語りだす。大人しい奴だと思ってたけど、そういう表情もできるんだねぇ。


「アタイはあんまり甘ったるいものは好きじゃなくてね。ミーアがいつだか自慢げに食ったのを語ってたよ。……食いもんなんて、腹に収まれば一緒だろうに」


「それは、そうですけど……【地上界】には美味しい物があるから、それを食べる為に明日を生きたいって思うのも、立派な理由だと思います。少なくとも、私にとってはそうです」


「………………」


「あぁ、えっと、あっとっ!! す、すすすいません偉そうに言ってしまって……っ!! ああでも、その――――」


「――――くく……あーっはっはっはっはっはっ!!」


 あまりに単純で分かりやすく、純粋な生きたい理由。誇り高い生き方なでも無く、決して偉大でもない。浅ましく控えめな望み。そうか、そんな単純な欲でも、【天使】は生きたいと願うもんなのか。好きな物の為に生きる。歴半年の新人【天使】にも、アタイは負けてるんだなぁ。


「あーっおかしいっ!! けど、アタイよりずっとマシだねっ!! 足元すくわれた気分だよっ!! くっくくく……」


「うぅ……」


「げっほげほっ……んんっ!! いや、悪いって意味じゃないよ、おチビちゃん。衣食住に三大欲求。どちらも必ず【食】が関わるように、生き物の最低限度の幸福に欠かせない要素だ。飯を食わずに生きていける生き物なんていない。寧ろそれぐらい軽くて身近な目標の方が、アタイみたいなその日暮らしにはちょうどいい。確かに酒は美味いし、肴に食うつまみも美味い。なるほど、いい話を聞けたよ」


「ほ……褒められてるのでしょうか?」


「多分。あ、酒の肴ならいい燻製がありますよ。自家製の奴なんで王都の肉屋と比べられたら自信ないですけど、この街の酒には間違いなく合いますっ!!」


「いいねぇ。そういうのは大歓迎だ」


 アポロは親指を立てると部屋から出て行き、十数秒足らずで体格に合わない青いエプロンを身に着け、頭を白い手拭いで締めながら戻ってきた。


「副司祭、厨房使いますね。あと一旦そこ退いてもらっていいですか?」


「は?」


「床下に食糧庫作ったんですよ。小さいスペースですけど、この時期に生もの冷やしておくにはちょうどいいんです」


 呆気にとられるアダムを椅子ごと押し退けながら、アポロは白い石床の小さな隙間へ指を入れて持ち上げる。そこには彼の言った通り小さな食糧庫があり、大きな葉に包まれた肉であろう物体や、野菜に果物などが低い棚の中へ陳列されていた。


「お前……また勝手に教会を改築したな? 事前に私へ申請書を出せとあれほど――――」


「――――いやぁ、ポーラ司祭には話したんですけど、副司祭はそういうのうるさ……あ、やべ」


「軽口も偶には役立つものだな。肉焼いたらとっとと始末書書けっ!! 上に居る馬鹿の分は私が書くっ!!」


「わっ、西瓜まである……」


「お……待て新人っ!! そのまま頭から落ちたら怪我をするぞっ!!」


 逆さになって貯蔵庫を覗き込む新人に、それを両腕で掴んで落ちないよう支えるアダム。今のうちと言わんばかりに手早くフライパンへ固形油を塗り、小さな釜へ紙マッチで火を点けるアポロ。


 ……あんたはズルいな、【ルシ】。こんな面白い奴らがいるんなら、もっと早く紹介してくれよ。


サリーが砕けた話し方でありながら、人間や同僚ともドライな距離感を貫き通すのは様々な事情があります。ですが、王都のサバサバした空気より、ポラリス達のような和やかな空気で業務ができる仲間が欲しいと思っているのも確かで、着かず離れずの彼女が今後どういった立ち回りをするかが楽しみです。

次回もお楽しみに。

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