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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第五章・死にたがりの【天使】~【第二節・虚に縋る者】~

前節からの続きです。今章ではポラリス達の住む街の何気ない人々の日常や営みにも触れて行きますので、異世界らしい便利さや不便さやなども垣間見えるかと思います。

 時刻は午前十四時三十三分。町長の自宅で定期的に行われ、街の狩猟会や商店会の長が集まる【会長会議】へ出席している。会議は朝の午前九時から始まり、街周辺の魔物の動向や商店街の物流、雇用状況、税の徴収等……様々な議題が交わされた。

 出席者は主催者で進行役でもある、ふさふさとした白い口髭と葉巻が特徴の【町長・ボルドー】氏。熊の毛皮のチョッキに腰へ鉈を携えた【狩猟会長・カイン】氏。薔薇の髪飾りと品の良い紫のドレスを纏った【商店会長・薔薇婦人】。そして【堕天】したニーズヘルグに替わり教会の現司祭である僕と、失業者への新たな働き口として注目されつつあるペントラが特別枠として加わった。

 既に五十路を迎えたであろう三人は新顔である僕とペントラに興味津々で、度々話が脱線しては業務内容以外のことも尋ねられた。ペントラはともかくこちらの出身や年齢、経歴は何もかもが偽りの情報であり、人間である彼らに悟られるわけにはいかない。特に教会へ訪れることのないほぼ初対面のカイン氏の言及は凄まじく、何故ニーズヘルグが居ないか、何が原因で死んだかまで細かく説明させられる羽目になった。流石に他三人も不憫に思ったのか、白熱した彼との間へ仲裁しに入ってくれたが、彼から信頼を得るのは時間が掛かりそうだ。


「――――んん? もうこんな時間か。皆さん、本日の会長会議はここまでといたしましょう。新たに加わったお若いお二人もありがとうございました。特にポラリス司祭。ニーズヘルグ元司祭の引継ぎに限らず、教会内部でのお仕事もまだ慣れていないことも多いでしょう。私を含め、教会に支えられている街の者は多い。お困りのことがあれば何なりと協力いたしますので、ペントラさん共々よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。本日は大変勉強になりました。教会の者として今後取り組むべき動きが明確に見えたので、またお誘いいただければと思います」


「はっ!! ニタニタ笑いのニーズヘルグも胡散臭い野郎だったが、このガキも裏で何やってるかなんぞ分からんぞっ!? 在りもしない神へ縋る奴らなんてイカれてるか頭の弱ぇ奴だっ!! 俺の目を誤魔化せると思うなよっ!?」


「おやめなさいな、カインさん。少なくとも彼が司祭となってから、街全体の治安が良好になりつつあるのは確かですわ。害をなしているのならまだしも、根拠のない妄想と疑心で悪態をつくのは狩猟会長としての器を疑いますわ」


「んだと薔薇ババアっ!? 大体オメェの籍も名前も全部デタラメで怪しいんだよぉっ!! ニーズヘルグを殺したのもオメェじゃねのかぁっ!? あぁんっ!?」


 優雅に紅茶を飲む薔薇婦人へ歯をむき出し凄むカイン氏の【思考】を読むと、どうやら流れ者のアレウスやアポロが狩猟会の主要メンバーになりつつあることを快く思っていないらしく、自分自身の地位が脅かされるのではと危惧しているようだ。アレウスは地位や名誉に興味は微塵もないし、アポロも街の住民を守る【天使】として、教会の仕事の傍らこなしている状態である。狩猟会内の力関係は不明瞭だが、彼の危惧しているような事は万が一でも起こらないように思えた。


「はぁー……やれやれ。カインさんにも困ったものです。ペントラさんもいつもありがとうございます。路頭に迷う者が少なくなるのは、町長として大変嬉しく思います」


 僕の隣へ座るペントラへ、ボルドー氏は穏やかな口調で深々と頭を下げる。


「いいっていいって、町長さん。昔から住む場所や一人じゃ工面できない部分の援助もして貰ってたし、アタシなりの恩返しみたなもんさね。こっちも信用商売だから具体的な数字出せとか目標決められるのは困るけど、できる範囲でやってみるよ」


「健闘をお祈りいたします。ではまた三ヶ月後に集まりましょう。カインさんは――――」


「――――おいガキっ!! 俺はいつでもテメェらを見てるぞっ!! 少しでもボロ出してみろっ、教会の裏にテメェの墓が増えることになるぜぇっ!?」


 対面へ座るカイン氏が、机を右拳で叩きながら顔を近付け迫る。ペントラも食って掛かりそうな勢いで睨み、血気盛んな二人が言い合いになれば収めようがない。……ならば――――


「――――構いませんよ。人々が自分の意思で生きようと歩むのも、間違ってはいないと皆考えておりますので。カインさんが神を毛嫌いし僕を疑おうとも、教会は生き方に迷い、苦しむ皆さんの為に存在します。あなたが神の救いを必要としないということは、大変喜ばしい事です」


「へっ!! 司祭のくせに神を愚弄されてもどうとも思わねぇかっ!! 流石ねぇもんに縋ってる連中だっ!!」


「しかし……カインさんの息子さんは、近頃のあなたの狩猟への猛進ぶりに不安を抱いているようですよ?」


「あ…………ああ? うちの息子が――――どういうことでぇ?」


 怒気しかなかった彼の表情が少しだけ緩み、白い眉毛が下がる。やはり知らなかったのか。


「同じく狩猟会に所属する息子さん――――【マルセル】さんは以前から教会へ訪れ、狩猟の成功を祈る習慣がありました。ですが以前【懺悔室】へ訪れられた際、父であるカインさんが大きな怪我や狩猟をしくじることが多くなったと、話してくださいました」


「あの野郎、最近目も合わさねぇと思ったら……」


「彼は父のように街を魔物や害獣から守れる狩人を目指し、邁進している身です。幼き頃に母を亡くしたマルセルさんには、怪我や無茶をせず堅実に狩猟へ取り組み、しっかりと家へ帰ってくるあなたの姿が全てでした。……大事な人が怪我をしたり、毎晩腹を立てて育てるべき後の世代へ怒鳴る姿は、彼にとって不安の種となります」


「………………」


「不測の事態が起こり得る狩猟で、怪我をするなとは言いません。結果が上手くいかなかったことに、腹を立てるなとも言いません。ですが今一度、狩猟会長としてではなく父親として、彼の事も考えてあげてください。それが出来るのは神々でも僕でもなく、肉親であるカインさんだけなんですから」


 怒気が冷めきったカインは顔を引っ込めると口を曲げて腕組みをし、しばし考える仕草をしながらこちらを見下した後、溜め息混じりに背を向けた。


「……シラけた。今日はこれぐらいで勘弁してやらぁ。だが……その【懺悔室】での話、部外者にしちゃぁマズい話なんじゃねぇの? 教会の司祭様が懺悔の内容を外部へ漏らしたって噂が立てば、信者連中からの不信にもつながるぜ」


「僕や教会への不信が出たとしても、それ以上に信頼を得られるよう努力しますし、カインさん一家の親子仲が守られたとあれば本望です。……マルセルさんはとても優しく賢い、良い息子さんですね」


「あたりめぇよっ!! 誰の息子だと思ってやがるっ!! ん……じゃあなっ!!」


 カインはがつがつと靴音を鳴らして乱暴に扉を開け、会議室から出て行った。その光景を見守っていたボルドー氏とペントラへ顔を見合わせ、三人で安堵の息を吐く。よく見るとボルドー氏の指に挟まれていた葉巻も、挟んだ根元ギリギリまで燃え尽きかけていた。彼も熱さにようやく気付いたらしく、慌てて灰皿の上へと葉巻を離す。


「やるじゃん」


 ペントラがニヤッと笑って背中を強く叩く。嬉しいのはわかりますが、痛いです。


「そもそも壁が無い【懺悔室】なんて在りませんから、誤解を生まないよう別の呼び方を考えないといけませんね。……丸く収まってよかったです」


「お見事ですわ、司祭様。まだお若いのに度量もあるのね」


「いやはや……亡くなったニーズヘルグ元司祭と比べてしまうのもよろしくないかもしれませんが、怒りや感情任せに吐き散らかしたりせず、筋の通ったお話をなさる。……ポラリス司祭、先程の【懺悔室】の件は胸にしまっておくことにいたしましょう。薔薇婦人も、ペントラさんもよいですな?」


「まぁ、噂になっても問題なさそうだけど」


「万が一、ということもございますわ。不安の芽は出さないに越した事はないでしょう」


「……ありがとうございます」


 皆へ深々と頭を下げ、僕とペントラにとっての【第一回・会長会議】はようやく締めとなった。


***


 薔薇婦人も一足先に帰り、僕らも町長へ別れの挨拶を済ませ、何処で昼食をとろうかと町長宅の前で話していた。すると、街道の向こうから副司祭姿のアダムが、黒髪黒マフラーに黒ローブと黒づくめの長身女性と、耳が長く短い金髪に胸当てや籠手で武装した兵士らしき女性を連れ、こちらへ向かってと歩いて来る。もしや【ルシ】から聞いた【王都からの使い】とは、彼女らの事だろうか?


「あの装備……王都兵か。なんだってこんな辺鄙な場所に」


「ルシから話は聞いていましたので。何かマズい事でも?」


「んー……いや、どっちも知らない顔さね。ただエルフ族が王都兵ってのも珍しいなって。今でこそ【悪魔】はお役御免だろうが、基本人間は人間で徴兵してたし」


 先頭を歩くアダムもこちらの存在に気付いたらしく、足を少し早め軽く頭を下げる。


「お疲れ様です。王都から環境調査にいらしたお二人を町長宅へお連れしてる途中だったのですが、会長会議も終わったようですね」


「お疲れ様。町長なら在宅中だけど……朝から会議詰めでお昼時だし、少しずらした方がいいかも」


「む……それもそうだ――――んん、ですね」


「なんでポーラ相手に敬語なのさ。最近呼び捨てしてたのに」


「勤務中です。敬語の使えないペントラさんと違って、分別はついてます」


 ペントラは鼻で笑ってアダムを煽り返し、彼は不満げに目を細める。以前ほどではないが、相変わらずアダムは彼女に対して刺々しい。ペントラもペントラなので、互いにもう少し歩み寄ってもいいと思うのだが。

 後ろに続いていた二人もアダムの隣へ立ち、長耳の兵士が格好に似つかない行儀の良いお辞儀をした。


「初めまして。王都より周辺の環境調査に参りました、【ミーア一等兵】ですわ。一週間程皆様のお世話になりますので、どうぞよろしくお願い申し上げますわね。……ほらっ!! あなたも挨拶なさいっ!!」


 長耳の兵士――――【ミーア】に腰の辺りを強く叩かれ、隣へ立つ長身女性も頭をポリポリ掻き、気怠そうに軽く頭を下げる。


「どーもこんちわ。王都の兵舎で【神官】やってる【サリー】でーす。よろしくお願いしますね、せーんーぱーいー?」


 僕より頭二つ分大きな彼女は、品定めするようにじろりと見る。左肩の剥がれかけた【教会印】……彼女は僕やアダムと同じ【天使】か。視線をアダムへ向けると軽く頷き、予想は確信に変わる。


「この街の教会で司祭を務めているポラリスです。お困りのことがあれば何なりと仰ってください」


 長身女性――――サリーへ握手をしようと右手を差し出すと、間に割って入るようにミーアが手を掴み、にこりと微笑む。


「こちらこそ。新種の魔物が近辺で活発化し、住民達もさぞ不安だったでしょう。我々王都兵がそれらを払拭できるよう、街の皆様へ尽力致しますわっ!!」


「は、はぁ……ありがとうございます」


 華奢で細い腕や指とは裏腹に、妙に力強く感じた。王都兵士ともあれば日々の鍛錬も欠かさず行っているであろうし、当然と言えば当然か。彼女の背後のサリーは……そっぽを向いてはいるが、あまり愉快そうな雰囲気ではない。


「では、早速町長へ挨拶を――――」


「――――いえ、時間をずらして訪問した方がよろしいかと思います。先程まで僕や隣にいる者を含めた会議をしていまして……恐らく王都からのお客様ともなればお話も長くなるでしょうし、長旅の休憩も兼ねて一度昼食を挟まれてはいかがでしょうか?」


「まぁっ!! 王都からの使者相手に司祭様は【待て】と仰るのですっ!? 礼儀がなってませんことっ!!」


 呆れたようにミーアは反応し、手を離して町長宅へ向かおうとする彼女の肩をサリーが掴む。


「なんですっ、サリー神官っ!?」


「ミーア一等兵。【郷に入っては郷に従え】って言葉を知ってるか? 相手は司祭様だ。寧ろ信心深いテメェがそういう態度とる方がよろしくねぇんじゃねぇの?」


「……それも……そう、ですわね。わ、わかりましたわっ!! そこの赤毛のあなたっ!! 街で一番美味なお店へ案内してくださいませっ!!」


「へ? アタシ? ……あー、ならいつもの店でいいか? この時間帯、高い所は店開いてないし……」


 サリーの指摘に顔を赤らめたミーアはペントラの先導へ続き、町長宅前を通り過ぎて再び街道を歩き始めた。アダムを見ると頭が痛そうに額へ手を当て俯いている。僕もコロコロと指示や注文が変わる彼女に苦笑いするしかなかった。


「悪いね。アレが馬鹿なのもあるが、自分に見合わない任務で浮足立ってんのさ」


「い、いえ……ありがとうございます」


「改めて自己紹介だ。アタイは【上級天使・サリー】、王都で【神官】やってる。好きなもんは酒。よろしく先輩達」


「【中級天使・ポラリス】です。短い期間ですが、ご指導の程よろしくお願いします」


 もう一度手を差し出すと、彼女はやや顔をしかめて恐る恐るごつごつとした手で握手をする。嫌だったのだろうか?


「あの――――」


「あー、うんうん。王都ってむっさいおっさんやあの馬鹿みたいなのばっかでさ。慣れてないんだこういうの。ミーア共々しばらく厄介になるよ。そっちの三つ編みの――――アダムも【中級】か?」


「はい。司祭とは同期ですが……ポラリス、どこの店へ行くか分かってるんだろうな? あいつらもう見えなくなったぞ」


 アダムの言葉に背後の街道を振り返ると二人の姿は既に無く、脇道へ入ってしまったらしい。この街道沿いにある飲食店でないとすれば……方角と時間帯から絞って見当がついたが、その選択はどうなんですかペントラさん。


「ミーアさんって、酒場とか大丈夫です?」


「あ? 喧しく喚いてもほっとけ。どうせどこ連れてってもピーピーうるせぇし、社会勉強させてやれよ。んなことより……いや、この話は後にする。仕事終わりに【天使】全員揃えて教会で待ってな、聞きてぇことは山ほどある」


***


 午後二十時五十三分。街周辺で動植物の生態調査と夜間調査の下見を兼ね、ぐるりと街を中心に歩き回り地理を把握していく。地図に無い街というだけあって、簡易的に描かれた周辺の環境と一致しない点も多く、小山が個人私有地の果樹園になっていたり、森林が牧場へと開拓されてたりとまるでアテにならない。街自体は小規模でも、広大な平地を利用しているそれらを含めて線引きすると……かなりの広さだ。

 となると、本格的に調査を進めるならもっと街から離れなければなるまい。……面倒な。


「何処まで行っても牧場や畑ばかりで、景観の変化が少ない場所ですわね。関所も無ければ壁も無し。これでは魔物へ入って来いと言っているようなものですわよ」


 ミーアも手持ちの地図へ書き込みながら、不機嫌そうにぶつぶつ呟いている。昼飯を食った酒場は街の労働者の憩いの場でもあり、アタイらが入る前からまずまずの客入り。旅人や旅商人が中継地点に利用することも頻繁にあるからか、ちょっと浮いた格好のアタイらを見ても動揺する者や嫌悪感を抱く者も居ない。

 排他的な街や村と比べれば歓迎されている方――――なんだがこのクソガキ様、口を開けばまず文句が出る。二転三転としながらも自分の我儘だと認められず、人様のせいにして話を落ちつけやがる。もう十六にもなるってのに、それってどうなんよ。


「……なんですの? 何かご不満でも?」


 視線に気付いたのか、あぜ道を歩く足を止めてミーアが振り返る。


「んなもん言い始めたらきりねぇよ。王や王都の名をテメェで汚さないよう、精々身の振り方気を付けるこった」


「サリー神官もですわ。いえ、礼儀のなってないあなたには、この田舎街のような場所へ勤めるのがお似合いですわよ。王都からの異動を考慮してはいかが? 利用者が少ない兵舎勤めは退屈そうですもの」


「田舎暮らしも悪い気はしないが、王都のお偉い方がそうはさせてくれないんでねぇ」


「羨ましいお話ですわね。大体、宿泊する場所に水道すらまともに通っていないだなんて……お風呂や用を足すのはどうしろというのでしょうっ!?」


「我慢しろ。街の連中全員井戸の地下水利用してんだ。湯浴みは無理でも、煮沸消毒した水で身体拭くぐらいは出来んだろ。便所も原理は不明だが下に分解する【何か】がいるみてぇだし、妙な疫病が蔓延してねぇのも合点がいく。水回りが充実した王都と比べりゃそりゃ不便だろうが、独自発展した地域にしてはなかなか住み心地良い方さ」


「不衛生ですわぁっ!? 不潔不潔っ!! あぁんもう耐えられないですわよぉっ!!」


 ミーアはやり場のない怒りに両手で顔を覆い、ヒステリックに叫ぶ。周囲にいるのが家畜の羊や豚だけでラッキーだ。村や街によっては叩き出されてもおかしくないなこいつ。最低限の配慮も知らねぇとか、【孤児院】と【士官院】で何学んでたんだよ。


「……一応、名目上は周辺環境の生態調査だが、テメェがいざ遠征や王都外の地方へ派遣された時にぶー垂れないようにする為でもある。ましてやアタイが付いて行くとも限らねぇし、単独での任務も有り得なくはねぇ。我儘通すのは勝手だ。ただそういうのはいつか必ずテメェに返ってくる。良い事も悪い事も、それこそ本当に切羽詰まった時にな」


「そんなことありませんわっ!! 私は【導きの天使・ルシ】に選ばれたっ!! 他の子とは違いますわっ!! 優秀で、将来性もあると褒めてくださったんですものっ!! 私のような混血でも王都を変え、導く力があると仰ってくださったのっ!!」


 アタイの腹辺りに掴みかかり、クソガキ様は孤児院で【ルシ】に誘われた時の話を語りだす。んなこたぁ知ってる。人間中心の王都社会を変える為の一石。エルフとドワーフの混血でも干渉できると、外部や他種族に対しての広告塔。ただ肝心のテメェがそれでどうすんだよ。


「……テメェの身体に流れる血を誇りにも思えねぇ半端野郎が。自分から居場所を失いに行くほど馬鹿なのか?」


「うるさいっ!! 口答えしないでっ!!」


「ぶっ――――!!」


 躱す余裕無く腹をそのまま殴られ、倒れはしなかったが背後の岩壁へ背中を叩きつけられる。近くで呑気にしてた家畜共も異変を感じて興奮し、遠くへと走って逃げていった。まいったねぇ。今までも癇癪や【おいた】することはあったが、今日はいつになく不満が溜まってるらしい。いよいよ実力行使で張っ倒すしかねぇですなぁ。

 上半身を軽く左右に捻り、ずれた間接を戻す。背骨にひびが入るほどの怪力で暴れて、街の住人に怪我される方がこいつが喚くよりも数百倍困る。さぁて、どうオシオキしたもんか。


「あぁん? 見ねぇ顔の嬢ちゃんが二人、道のど真ん中で痴話喧嘩でもしてんのか?」


 街の外の方面から、大きな銀の袋に包まれた何かを片手で引き摺り、歩いてくる中年の髭男が一人、アタイらに声を掛けてきた。緑のマントに白髪混じりの頭、顔に大きな火傷痕と腕や腹を包帯で巻いた奇妙な出で立ち。……街の狩人かね。


「喧嘩すんのは勝手だが、あんま派手にやるとビビった家畜共が柵越えて逃げ出すんだよ。もうちょい先行けばなんにもねぇ平原だ。やるならそっちでやれ」


「誰ですのあなたっ!? 王都の使者として来た私に命令しないでくださるかしらっ!? 今は部下の教育中で暇ではありませんの、反逆罪で拘束されたくなければ――――」


「――――なら尚更邪魔だ、他所でやれ」


「………………!?」


 おっさんは引き摺っていた袋から手を離し、腕組みをしてミーアを睨みつける。つーか……あの袋の口から見えてる白いのは【機神】の死骸か? 得物は持ってねぇけど、単独で二・三匹殺せる狩人がこんな田舎にいるなんてねぇ。

 クソガキ様は怒り狂ってアタイじゃなく向こう見てやがるし、腰のメイスにまで手をかけて完全にタガ外れちまってるな。おっさんへ怪我させる前に――――


「――――弱ぇ奴にしか吠えれねぇ新兵が、おっさん一人も捕まえられねぇようじゃその程度ってこった。来るなら来いよ、いっちょ遊んでやらぁ」


「ど田舎の不潔な農夫風情で、王都兵を侮らないでくださいましっ!!」


 挑発に乗せられたミーアはメイスを右手で握り締め、おっさんの頭を吹き飛ばそうと軽く跳ねて横薙ぎするが、間合いから一歩下がられ躱される。そのままミーアは着地、左拳――――回し蹴り――――メイスを縦に振り下ろし、反動を利用して追撃の蹴り――――だがどの攻撃も空を切り、おっさんの足捌きだけでいなされていく。

 そんじょそこらの雑兵数人や鈍重な魔物相手なら馬鹿力で叩き潰せるが、攻撃の筋は素直で新兵に毛が生えた程度。間合いが読めれば一・二歩離れるだけでいくらでも躱せる。ましてや今は頭に血が上って、馬鹿力を支える身体の芯に力が入っていない。あのまま振り続けてれば勝手にコケるな。


「はーっはっはっはっ!! どうした新兵っ!! あんよがふらついてんぜぇっ!!」


「ふーっ!! ふーっ!! ふー……お黙りなさいっ!! ちょろちょろ逃げてばかりで、私を侮辱しているのですかっ!?」


「あ? 侮辱してるって気付いてなかったのか? 随分おつむがアレな――――」


「――――せぇあああああぁっ!!」


 ミーアは両手でメイスを握り、おっさんの胴へブチ当てようと迫るが、躱しながら拾っていた小石を左脛へ投げ当てられ、痛みで体勢を崩し派手にコケた。いつも足元に気を付けろって言ってんのに、聞かねぇからそうなる。


「いっ……た――――」


「――――らあぁっ!!」


 左脛を押さえて倒れたミーアの目の前へ、おっさんが奪ったメイスを片手で叩き下ろす。ビビったクソガキ様が情けなく小さな悲鳴を上げ、そのままの姿勢で固まった。……やるなぁ、おっさん。


「……今、死ぬって思ったろ? その時点で俺の勝ちでテメェの負けだ。どうすんだよ、まだやるか?」


「い、いえ……その……サリーし――――」


「――――俺はテメェに聞いてる。どっちだ?」


「ぐっ……まだですわっ!!」


 二人を中心に風が吹き始め、おっさんが馬に後ろ脚で頭を蹴り飛ばされたような姿勢で背面へ吹き飛ぶ。あいつ……たかが田舎狩人相手にエルフ族の【風の魔術】まで出すか。流石にアタイも黙って――――


<――――面白れぇ>


「ん……?」


 地面へ両手を突き一回転して着地したおっさんの思考が、一瞬だけ流れ込んできた。この首筋が熱くなる不安定で嫌な感じ……首が千切れかけた時と同じじゃないかね?

 砂塵に包まれたミーアがゆっくりと立ち上がり、地面や傍の木の柵、石壁を切り刻みながら駆け出す。高速で回り続ける魔力の風、かすっただけでも手足が持ってかれるな。


「その汚い言葉遣いしか発せない舌と口をっ、切り落として差し上げますわっ!!」


<こいつぁ驚いた。だがな、奥の手あるなら最初っから出せよ>


 バチバチと弾ける音を両手から出し、おっさんの両手に【銀の大斧】が握られる。あれは……【生成術】か。


「おおぉうらぁよおぉっ!!」


「――――――っ!?」


 豪快に振り下ろした一撃。ミーアの周囲の風が強引に断ち切られ、四方八方へと弾け飛び、柵と石壁までもが吹き飛んだ。ミーアも風圧で腕や太腿が切れたらしく、真っ赤な血が地面へ数滴垂れて地面へ滲む。一方――――おっさんは無傷。地面へ刺さった大斧を右手で引き抜き、肩で担いで背後に転がったメイスを拾い上げ、ミーアへ柄を突き出す。


「取れよ。テメェの得物だぜ? ……要らねぇってんなら――――」


「――――待った。おっさん、そこまでにしといてくれないか?」


「あぁん?」


 面白くなさそうな面をしながら、おっさんがこっちを向く。


「あんまりアタイの上司様を虐めないでおくれ。仲裁してくれたのは助かったけど、やり過ぎると使いもんにならなくなっちまう」


「………………」


 担いでいた銀の大斧が霧のように消え、こちらへ近付きメイスを差し出す。


「王都兵だかパシリ犬だか知らねぇが、もうちょいとばかり身の振り方を教えてやった方がいいぜ。俺じゃなきゃ死んでるぞ?」


「パシリ犬で結構。そういう仕事ばっかやってるもんで。あ、どうも」


 メイスを受け取ると、おっさんは銀の大袋の元へ戻ろうとする。


「そいつぁおっさんが仕留めたんです?」


「おっさんじゃねぇ、【アレウス】だ。……近頃畑やら家畜やらをこいつらが荒らして襲うもんで、狩猟会の連中も必至になって駆除してんだよ」


「へぇー……で、その死骸はどうすんですかね?」


「あ? 煮ても焼いても喰えねぇから、報告したらぶっ壊すに決まってんだろ」


「ぶっ!?」


 嘘じゃない、マジだ。マジで喰えないからって理由だけで、【生成術】の武器で叩き壊してるよこのおっさん。貴金属で出来たそいつらを売ろうと思えばそれなりの金になるし、王都からもギルドを通してこいつらの死骸の数に応じ報酬が出ることも知ってる筈だろ。あー、可笑しい。


「くっ……くっくっくっくっくっ……」


「……なぁに笑ってんだよ。こっちは大真面目だ。ったく、ほれ見ろ。テメェの上司様のせいで柵も壁も吹き飛んじまった。向こうじゃ豚と羊が脱走して畑へ向かってやがるし、まーた俺が怒られちまうよ」


 ガリガリと頭を掻くおっさん――――アレウスが指差す方を見ると、羊と豚が十数頭群れを成して街方面へ大移動をしている真っ最中だった。一人羊二頭、肥えた豚一頭を運んでも畑に行くまでには間に合わないねぇ。うーん、ミーアは――――へたり込んでやがる。……どうすっかなぁ。


「あー……アレウスさん。アタイも――――」


「――――いい。それよりガキを街へ連れてって、医者に診せるなり寝かせるなりしとけ。オメェらの仕事なんぞ知らんが、面倒な事するとお節介焼き共が首突っ込んできやがる」


「……助かります」


「つーか、急がねぇと人が集まってくんぞ。礼はいいから、早よ連れてけや」


 手首で邪険に払い、アレウスは<めんどくせぇ>と考えながら豚と羊の群れに向かって足早に歩きだす。気紛れか、本当にただの面倒くさがりか……真意を読み取れる明確な【思考】は無かったが、嘘は言っていない。断ってもいいことがあるようにも思えないし、従っておくかぁ。

 へたり込んで泣きじゃくるミーアの元へ行き、傷の箇所や状態を確認する。防具の下も律儀に厚着してたお陰か、皮膚が切れた程度の浅い切り傷で済んでいた。……ドワーフの丈夫さなら、医者に見せなくても自然治癒で明日には塞がりそうだねぇ。


「立てよ、お嬢様。今日は一旦切り上げて帰るよ」


「う……ひっ、ひっ……どうして、助けてくださりませんでしたのぉ? ……みんな……みんなで私を侮辱しますの……私……私だってぇ……」


「わかったわかった。立てねぇならおぶってやるから、背中に乗れ」


「みみ、みっともないですわぁ……っ!? あなたまで、私を辱しめるのですかぁ……」


「元々みっともねぇから気にすんな。泣いて喚いたっていいじゃないか。アタイと違って、テメェはこれからなんだよ」


 強引に背負い、メイスをミーアの尻の下へ通して安定させる。身長の割に筋肉質で重てぇな。マフラーが顔を埋めるクソガキ様の涙と鼻水、ついでに血でぐちゃぐちゃになってる感じもしたが、たまにはこういうのも嫌な気分じゃない。


 ガキなんて、泣いて喚いて我儘言いながらも、誰かに愛されて育つもんさ。

 その歳で縋るもんが親でもダチでもなく、クソみてぇな神とお飾りの地位しかないなんて、あんまりにも哀れじゃないか。


カイン親子の不器用な温かさと、周囲から愛されず必要とされたいミーアの対比で、なんとも言えないお話となりました。彼女のふてぶてしい生意気な性格は自信のなさや不安の表れで、誇り高いエルフと荒々しいドワーフの正反対な血質が邪魔をするジレンマのような状態です。彼女も彼女で振り回され、苦しんでいるのですが、今回の出会いを通して納得できる形で落ち着いてほしいですね。あとおっさんが強すぎた。

次回もお楽しみに。

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