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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第五章・死にたがりの【天使】~【第一節・不良神官】~

新章です。前章から数週間後のお話となります。

 午後二十七時八分。王都付近にある貴族が所有する屋敷へ新種の魔物【機神】が複数体出現し、貴族の私兵や駐屯兵だけでは手が足りないと、急遽現場へ呼び出された。だが……【機神】共が屋根や庭でうろつく姿はあれど、戦闘音どころか生きた人間が一人も敷地内に居やがらねぇ。庭に甲冑姿の死体が六人分、手足頭をバラバラにされてやがる。残りは増援が来ると聞いて退いたなこりゃ。

 双眼鏡を木の下に居るショートヘアの長耳女――ミーアの頭上へ落とすが、両手で受け取るのに失敗し、でこで受け止める姿が見えた。


「いったっ!?」


「……下手くそ」


「う、うるさいですわよっ!! 夜闇で物を投げ渡す方が危ないでしょうっ!!」


「【エルフ】の血が混じってるくせに、夜目が利かねぇお前が悪い」


「半分は【ドワーフ】ですわっ!!」


 でこを抑えながらミーアは苛立ちを込めた蹴りで木の幹を蹴り、大きく揺れて枝から滑り落ちそうになる。……癇癪持ちの若い上司を持つと苦労する。よくそれで王都付きの兵士団……それも【一等兵】になれたもんだ。

 メキメキと木の内側が折れる音と振動を感じ、二度目の八つ当たりがくる前に地面へ飛び降りる。


「ミーア【一等兵】、テメェはつくづく向いてねぇ。戦争も無い今、お嬢様が前線に出張ってくる意味ねぇんじゃねーの?」


「まぁっ!? 私の入隊時の階級は王と【導きの天使・ルシ】が直々に決めてくださったのですわよっ!? 神々に仕える【神官】の身でありながら、それに異議を申し立てるのですかっ!?」


「アタイの目にゃ神様なんて身勝手な生き物としか映ってないね。王も【ルシ】も同じ肉袋、みんなとっととくたばりゃいいのに――――」


 ――――木の根元に置いていた剣を拾い上げようとして、尻を強く叩かれた衝撃を感じる。痛覚が元より無いアタイに暴力は無意味だってのに、何度注意してもこのクソガキの癖は治らない。


「名上の者への口の利き方がなってなくてよ、【サリー神官】っ!! それ以上王や【天使】様を侮辱するのであれば、反逆罪として口を縫い合わせますわっ!!」


「やれるんならどーぞ。んで、偵察するんなら声をもっと落としな。でこに双眼鏡がぶつけられようが、目と鼻の先で貶されようが石みたく黙ってろ。そんな【いろは】もできねぇようじゃ、いつまで経ってもお嬢様さ」


「なっ――――むぅ……」


 むくれてようやく静かになる。コネでも無ければ学があるわけでも無し。取り柄がエルフの容姿とドワーフの怪力だけのクソガキが、今の兵士団に好待遇される意味が分からないよ。鞘にしっかりと収まった剣を腰のベルトへ通して帯刀し、屋敷へ向かって夜の森を歩き出す。


「お待ちなさいっ!! 上司を置いて先行するのは許しませんわっ!!」


「声」


「あ――……へ、兵士としてはまだ若くとも、私はあなたの上司です。任務中は常に傍を離れることがないよう、注意してくださいませ? 許可の無い単独行動は規則違反ですわ」


「………………」


「返事が聞こえませんわよ、サリー神官?」


「わかったわかった、だから静かにしててくんな」


 クソガキのお守りを押し付けたルシへ心の中で舌打ちしながら、夜空で青白く光る月を見上げる。すると屋敷方面から血の臭いを含んだ風が木々の間を吹き抜け、マフラー越しに首の傷を撫でた。あー、早く死にてぇわ。



 敷地から二十歩程離れた茂みへ潜み、不用意に接近しようとするミーアの頭を地面へ押し付け様子を窺う。事前に確認できた範囲で庭に四足四匹、人型二匹、屋根に人型二匹……残りは明かりが点いていない屋敷の中か。全体の数は不透明だが、噂の大型級は目につく範囲にいない。奴らの身体や翼から出る青い光が暗闇の中で蛍のように尾を引き、白い鉄の身体を際立させていた。


「……綺麗」


 呑気な感想を漏らし、ミーアはその光景に魅入っている。


「なるほど、成金共が欲しがるわけだ」


「え?」


 元戦争屋の貴族達は、【機神】の身体を構成する貴金属や戦闘能力の高さに興味を示していた。中でも魔物を愛玩具として手名付けようとする奴らは、私兵を引き連れ狩りに出向くほどである。大方、一匹を生け捕りして屋敷に連れ込んだものの、仲間を呼ばれて手に負えなくなった結果、後ろめたさで王都へ救援を出せずアタイの所に伝令とばしたってところか。阿呆らしい。


「欲しがるって、どういうことですの?」


「テメェのように迂闊に手を出して、奴らをわざわざ怒らせて自分の屋敷へ招き入れたのさ。あの頭数なら、王都の軍隊へ正規の討伐依頼を出した方が私兵を駆り出すより確実だろうに。後ろめたさに負けてアタイへ尻拭いを丸投げしやがった。まったく……そうまでして地位に縋り付く奴の気が知れないねぇ」


「そ、それは……あくまであなた個人の憶測ですわ。根拠や経緯が不明瞭な今、想像と偏見だけで決めつけてしまうのは、人々の罪を洗い流す神官として失格ですわよ」


「根拠や証拠なんて出てくるわけない。アタイも依頼してきた成金も、全部【無かった事】にするからね。報告するなら勝手にしなよ。降格処分か、最悪消される上でな」


「………………」


 ミーアは悔し気に唇を噛み締め、アタイの顔から屋敷周辺を警戒する【機神】達へと視線を戻す。王都の一部上層階級と貴族の関係はズブズブ。互いにあくせく働く働き蟻の甘い汁を吸い合って、表へ出せない汚い事にまで手を染め、互いに揉み消し合う。こいつも貴族へ恩でもあるのか、それなりに影響力のある階級でありながらも告発者側へ回ろうとしない。お偉い方の汚点や汚職なんてこの一月、嫌というほどアタイと見て来たろうに。

 損得勘定でしか考えられないテメェもアタイらと同じ穴の狢、そこに正義なんてものは無い。

 庭の【機神】がこちらへ背を向けた隙をついて、ミーアを置いて静かに敷地へ接近する。今は屋根の見張りも木々に遮られて見えないだろうが、もう数歩前に出れば容易に発見されてしまう。仕掛けるなら一息で、後ろのクソガキが騒ぎ出す前に終わらせる。屈んだ状態で剣の柄へ手を掛け、こちらへ近付いてくるのを見計らう。

 十数秒後、四足二匹と人型一匹のグループが近付いて来た。更に後方で同じ編成が一グループ、屋敷入口前で立ち止まり周囲を警戒し始める。屋根連中の状況が分からないのは不安要素だが、流れに身を任せるか。最悪無視して屋敷内へ突撃しても、迎撃しようと向こうから降りてくる。


 手前の人型がこちらへ背を向け戻ろうとするのに合わせ、茂みから飛び出し接近。四足二匹の間を抜け、抜刀の動作でそのまま人型の首を落とした。屋敷前に待機していたグループがこちらを認識し、人型の目が青から赤へと切り替わり、剣のような武器を取り出して高い声で鳴く。両脇の四足二匹は平たい胴体から触手を伸ばし、こちらへ【銃】の照準を合わせた。


「ちっ!!」


 首を切り落とした人型の死体の胸倉を右手で掴み盾にし、弾丸を防ぎながら全速力で距離を詰める。後方の四足も射撃しているのか、足元の地面へばらばらと音をたてて弾丸が突き刺さっていく。前方から人型の飛翔音――――そのまま死体を前方へ投げ捨て、怯んだ隙に飛び越え四足二匹の目玉部分に剣の突きと蹴りを入れた。バチバチと音がして、背中の触手の動きが止まる。

 四足の死体の足を蹴り飛ばして金属の脚を引き千切り、振り返りながら背後から迫っていた人型の頭部へ突き刺し、剣に似た得物を奪い――――手元で回して、四肢と両翼を切り落とす。

 向こうの四足二匹は――――遅れて出たミーアが力任せにメイスで胴体を叩き潰し、鎮圧していた。


「ちょっとっ!? 私を置いて行かないでくださいませっ!!」


「屋根はっ!?」


「え、や、屋根……? なにもいませんわよ?」


 仲間意識の強い奴らの思考からして、勝てないと悟って逃げたとは考えにくい。屋根の上にいないなら僅かに飛翔音が聞こえる屋敷の中か。

 四足の目へ突き刺した剣を引き抜き、屋敷の分厚い玄関扉を蹴破る。屋内は月光も届かず暗いが見えなくはない。音を頼りに正面の階段を登り、通路を曲がって更に奥へと駆け抜けて行くと、屋敷の突き当りの部屋から火の明かりと飛翔音が漏れ出ている。そこか。扉を蹴破り、部屋の中へ飛び込んだ。


「誰っ!?」


 やや広い客間、煌々と燃える暖炉の前で立つ襤褸姿の長耳女と、女の足元で毛布に蹲る長耳の子供が二人。人型【機神】は彼女らを守るようにして武器を抜き、黄色く目を光らせこちらへ身構えていた。


「……どういう状況?」


「あなたは誰っ!? 王都の兵士っ!? それとも子供達を攫った豚野郎の私兵っ!?」


「……豚野郎に依頼されてきたのは確かだが、アタイはどっちでもねえ。……待った、分かった。事情があるなら話を聞こうじゃないか」


 両手の剣を後方へ投げ捨て、そのまま手を上げその場で胡坐をかく。


「わ、罠じゃないでしょうね……?」


 興奮していた長耳の女も一瞬動揺したように見えたが、守っていた一匹の【機神】へ目配せし、入って来た扉を確認させる。


「多分、アタイの連れ一人も遅れて入ってくるだろうが、手は出さないでくれ。馬鹿だから話が通じるかわかんねぇけど……」


「それはあなたの独断? それとも……交渉するように指示されたのかしら?」


「独断も独断。アタイに依頼されたのは【機神】の駆除だけだし」


「き……しん?」


「ん? あー……、人間側ではあんたを守ってる白い魔物をそう呼んでる。それがなんであんたに従ってるかはさて置き、そっちの事情と要求を先に聞こうじゃないの。場合によっちゃあ協力するよ」


「………………」


 長耳の女は警戒しながらも、提案に悩んでいる様子。それもそうだ、こっちはぽっと降って湧いたどこの誰とも分からん女。信用しろという方が難しいが、信用される材料も生憎持ち合わせてない。さて、どう出るよ。

 ――――数分の沈黙を破り、耳長女は口を開いた。


「……私は、王都から離れた森に住まうエルフ族です。貴族によって攫われた子供達を返してもらうよう、交渉しにここへ訪れました」


「あんた一人でかい?」


「いいえ、エルフ族の兵士も数人いました。ですが……屋敷へ入ると同時に取り囲まれ、目の前で子供達を人質にされて手が出せず……皆何処かへ連れて行かれてしまいました。私は屋敷の地下で子供達や彼らと共に牢へ捕えられ……捕えられ……う、うぅ……」


 思い出したように口元を抑え、泣き崩れる。美しい容姿を持つエルフ族を愛玩具や奴隷として、熱狂的に欲する貴族も珍しくない。中には剥製にして部屋に飾る変態もいるくらいだ。誇り高いエルフ族にとって獣並みの扱いをされるなど、屈辱以外の何物でもない。まぁ、向こうの事情は大体理解できた。


「オーケー。で、要求は? 他に連れてかれた兵士達も探すってなると、流石にアタイでも無理。あんたとガキをここから逃がす程度ならできるけど」


「そんなっ!! ……彼らも畜生から辱めを受けているというのに、この子らと私だけ逃げるだなんて……っ!!」


 これだよ。誇りと仲間意識の強い種族が、格下人間へ一方的に搾取される縮図。エルフ族は【自分が助かる為に仲間を切り捨てる】選択ができない。その選択は恥辱以上に卑怯だと、周囲の声や自分自身の心の声に押し潰されるのが恐ろしいのだ。

 こんな見せかけの平和で全てを救うだなんて、やっぱあんたとルシだけじゃできねぇよ王様。種族ごとの考え方、貴族の考え方、民草の考えも、全部汲み取ってたらどこかで必ず不満や反乱が起こる。誰が【地上界】を治めようと、そう出来てんだ。どうしようもない。ただただ残酷で喰い合う世界を眺めて愉悦に浸る神々も、全部まっさらに滅んじまえばいいのに。


「……なら死ぬか? 一番楽だぞ。スパッと首を剣で掻っ切るだけで全部終わる。そのガキ二人も、あんたも、これ以上自分が生きる為に選択できねぇってんならそれしかねぇよ」


「どうしてそう簡単に言えるのっ!? 私達は何も悪くないのに、何故人間や他の種族から搾取されなければならないのっ!? 私やこの子が死んでも、豚野郎や畜生達はのうのうと生き続けるでしょうっ!? そんなの――――そんなの間違ってるっ!!」


 長耳女の声に反応して廊下を警戒していた人型【機神】も振り返り、こちらへ武器を構えた。八方塞がり。ならアタイにどうしろってんだよ。


「せぇああああぁっ!!」


「――――――!?」


 勇ましい掛け声と共に、廊下へ背を向けた【機神】が吹き飛び――――頭上を越え壁へ激突し、上半身と下半身が【逆前屈】した形に折れ曲がる。アタイの目の前へ滑り出てきたのは、鉄のメイスを片手に握りしめたミーアだった。


「私の部下に手出しはさせませんわっ!! 王へ仕える一兵士として、あなたの悪行を赦すわけにはいきませんわ……よ?」


「あー……面倒なことしやがって」


「な、何っ!? エルフの……いえ、王都の兵士っ!? ははは話が違うじゃないっ!?」


 長耳女の表情が一転し、足元の子供を抱えて部屋の隅の窓へと移動する。残った人型【機神】もそれに合わせ、自身の身体でアタイ達から遮るようにして宙を移動していく。


「信じてたのに……よくも騙したわねっ!? あなたも所詮は畜生側よっ!! あいつらと何も変わらないわっ!!」


「え……エルフの女子供と【機神】が……え? どういうことですの、サリー神官?」


「……交渉決裂」


「交渉?」


 立ち上がり、首の周囲へ【信仰の力】を集中させる。黒いマフラーからじゃらじゃらと鎖の擦れる音をたて、紫に光る鎌が六本垂れさがり、床へと突き刺さった。この場には馬鹿と魔物と、【魔物使い】しかいない。……【信仰の力】は、人間相手でなければ問題なく振るえる。


「どいつもこいつも死に急ぐ。そんなに死にたきゃ殺してやるよ」


 床から鎌を引き抜き、人型【機神】の四肢の継ぎ目と首・脇腹へ刃を当て、そのままこちらへと引き寄せるとあっさりバラバラになる。制御を失った上半身は翼から青い光を強く撒き散らしながら、長耳女らの横の窓を突き破り、夜の森へ突っ込んでいった。

 混乱するミーアの脇を通過し、鎖で繋がった六本の鎌を床に引き摺り、ゆっくりと追い詰めていく。眠ったガキを二人も連れたままじゃ窓から逃げられまい。変な気を起こす前に楽にしてやる。


「サリー神官っ!! お待ちなさいっ!! まだ彼女達の事情を――――」


「――――来るなっ!!」


 無理に近付こうとしたミーアを、手で遮った僅かな隙だった。長耳女は割れた窓硝子の大きな破片を両手で握りしめ、床へ下ろした二人の子供のうち一人の胸へ体重をかけて突き刺した。


「が……ごぼっ!? おぉ――ぁ……」


「あなた達に殺されくらいなら……っ!! 私達はエルフ族の誇りと共に死んでやるわ……っ!!」


 呆気に取られていると長耳女はそのまま血塗れの左腕でもう一人の子供を抱え、右手を燃え盛る暖炉の中へ突っ込み、取り出した薪を床やソファにばら撒きながら、長い髪や襤褸に燃え移った炎で自身も火達磨となっていく。あーあー、駄目だこりゃ。


「あああああああああぁっ!!」


「ああ、そんな、待って……っ!! いけませんわっ!!」


「無理だ、もう助かんねぇ。……ずらかるぞ。この辺り一帯に燃え広がりそうだ」


「なにを馬鹿な――きゃぁっ!?」


 ごねて暴れるミーアを担ぎ上げ、来た道順を駆け足で引き返す。消火隊は……来たとしても、屋敷は燃え落ちてるか。見つかったのが女子供の骨だけなら、【逃げ遅れた使用人や遠い親戚】とでもほざけば誤魔化せるだろうし、森や周辺に延焼しない程度に頑張って食い止めてもらうとしよう。アタイに依頼した貴族側も、落とし所として文句や請求は無理にしてこまい。


「放しなさいっ!! あの方とはまだ話をっ!!」


「ごちゃごちゃうるせぇっ!! 無理矢理捕縛したところでロクな扱い受けないに決まってるっ!! 交渉払いのけた時点で死ぬしかなかった連中に、いつまでもうだうだ言ってんじゃねぇっ!!」


 玄関の出入り口から抜けると、既に炎が屋敷の一角から屋根・壁へとみるみる燃え広がっていた。成金共の大好きな【艶出し】の可燃性質が仇になったな。これじゃ消火隊が来る頃には柱も残らねぇよ。

 抵抗を止め炎上する屋敷を悔しげに睨むミーアを降ろし、ポーチから取り出した【携行信号弾】を地面へ置き、紙マッチで点火して夜空へ打ち上げる。赤い光は激しくバチバチと音をたてて宙へ止まり、王都で警戒している兵士団や消火隊が十数分後には駆けつけるだろう。


「……悔しいですわ。助けられた筈なのに、目の前で自ら命を絶つなんて……」


「自暴自棄になる奴の行動に種族は関係ねぇ。だが自分やガキの命と種族の誇りを天秤にかけ、量った結果がこれだ。アタイやテメェが関わらなくても、行き場がなくなって勝手に死んでたろうさ」


「どうしてそんなに冷たく言い切れますのっ!? 彼女達はなんの罪も無いかもしれないのにっ!?」


「だからどうした。お偉い方の命令にも逆らえないお嬢様が気紛れで助けて、その後の生活や処遇までどうにかできるのか?」


「それは……ですが、容疑者や保護対象と思われる方を見殺しにするのは間違っていますわっ!! 同じエルフの血を持つ者として――――」


「――――ならその襟の勲章引き千切って、他に連れてかれた耳長連中を救い出してみるこった。同胞面するんなら人間様や【天使】様に媚びへつらわず、噛み殺す気で戦え。この世界は互いに喰い合うようにできちまってんだ。失いたくないんならくだらねぇ感情を全部棄てろ。我儘に生きたけりゃ会議で吠えてみろ。自分一人になっても、自分が正義だと曲げずに貫き通せばいい」


 不要になった剣の鞘を屋敷の割れた窓へ投げ入れ、振り返って王都へ続く石畳の敷かれた道の上を歩く。


「お待ちなさいっ!! まだ任務は……っ!!」


「終わった。綺麗さっぱり証拠も燃えて、貴族の所有する屋敷を襲った【機神】と使用人のエルフ族の女とその子供、貴族の私兵を含め全員死亡。最期の力を振り絞って信号弾を打ち上げるも【機神】と相打ちとなり、真相は不明。テメェもさっさと兵舎に戻れ。放火犯扱いされてもアタイは庇わねぇぞ」


「………………」


 ミーアは胸当ての下から小さな十字架を取り出すと握りしめて跪き、祈る。弔いのつもりか。


「自分の手で罪のねぇガキ殺すような輩が、【冥界】で救われると思うなよ」


「……黙っててくださいな。死者の為に祈りも捧げられないような【不良神官】に、この胸に抱く気持ちなど理解できないでしょう。教会関係者でありながら神々や【天使】を一切信仰しない、異端者のあなたから説教されるほど、私も落ちぶれていませんわ」


 その文句垂れてる相手が皮肉にも【天使】な訳だが……あー、駄目だ。何言っても聞かねぇクソガキ様は放っておいて、飲み直すとするか。


***


 翌日。アタイは朝っぱらから伝令を通して呼び出しを食らった。貴族連中の話の裏合わせなら無視しようかと考えていたが、どうやら相手は【特級階級・ルシ】らしく、城内の大教会で話があるそうだ。いよいよクビかね? 願ったり叶ったりじゃないか。

 無駄にデカくて重苦しい扉を開け、正面の巨大な【天使】像に向け並べられた座席の間を通り、最前列に腰かける【ルシ】を見つけた。何故か奴は高位神官の荘厳な服装ではなく、【下級天使】に配られる水色のローブを身に纏い、一通の手紙を読んでいる。


「ん? ――――ああ、よかった。来てくれないかと思ったよ。おはよう、【上級天使・サリー神官】」


「おはよーございまーす。サボると死ぬより面倒な仕事回されそうなんで、嫌々出勤でーす。んで、アタイもとうとうクビですかね?」


「はははは、まさか。君ほど優秀で心優しい【天使】を切り捨てるなんて、私にはできないよ。隣へ座り給え、少し長くなる」


 嫌みか本音か、にこやかに話す【ルシ】の表情からは真意は読み取れない。促されるまま隣へ座ると、読んでいた手紙を手渡される。


「なんですこれ。……【中級天使・ポラリス】……初めて聞く名前ですわ。配属が書かれて無いんですけど、何処の地区の新人【天使】です?」


「一応、君より彼の方が年上なんだがね。それと、王都担当の【天使】ではないんだ」


「は?」


 【ルシ】は正面の【天使像】へ向かい瞼を閉じ深く息を吐き、静かに瞼を開けて話を切り出す。


「……昨晩の話はミーア君から聞いている。エルフ族の女性や子供らを保護できなかったそうだね。自分が介入したせいで彼女が取り乱してしまったのではと、酷く悔いていたよ」


「はぁ。別にミーア一等兵が介入しなくても交渉決裂してたんで、死期が遅いか早いか程度の違いです。子供に手を出す前に楽にしてやりたかったんですけど……それはアタイの至らなさですね。彼女の責任ではないですよ、多分。というか、報告に来たんですか?」


「いいや、懺悔室での話さ」


「それって王都兵士的に守秘義務違反じゃないです?」


「彼女のように兵役に心を痛めて、教会へ訪れ懺悔する者は珍しくないよ。それはここに勤めていた君が一番知っているだろう?」


「今じゃ兵舎勤めの【不良神官】ですがねぇ。くだらない【お告げ】も未練たらしい懺悔を聞くのもうんざりです。早く【堕天】させるなり首落とすなりしてくださいな。いつでも準備出来てますよ」


 黒いマフラーをずらし、首周りの真っ赤な傷痕をルシへ見せつける。痛々しいと誰もが顔をしかめるこれを見ても奴は眉一つ動かさず、むしろ興味深げに顔を近付けてきた。


「ふむ、以前見た時より腫れている。……【上級天使】にもなれば、身体の傷痕を修復するなどわけないのだが」


「人間相手の反射だと治り具合が違うんじゃないんですか」


「興味深いが、君の【受肉】の肉体の件は日を改めてしよう。また見せてくれ」


「……変態」


「あははは、変態で結構。異端者の自覚はある」


 悪態も無邪気に笑い飛ばすこの男と話していると、とことん調子が狂う。歴史に名を刻んだ【特級天使】様は、胆も思想もイカれてるらしいねぇ。気味が悪くなってマフラーを引き締めて元に戻す。


「それでだ。活発化している【機神】の生態調査も兼ねてその手紙の主の元へ出向き、是非会って欲しいんだ。王都から離れた地図にも載っていない小さな街だが、とても穏やかでいい所だよ。これがその場所さ。赤く印を付けておいた」


「えー……滅茶苦茶ど田舎じゃないですかぁ。出張ならアタイやミーア一等兵でなくても……」


 言いかけたアタイの意見を、【ルシ】は左右に首を振って拒否する。


「君らじゃなければ駄目なんだ。これは君らの為でもあり、彼らの為でもある。私の言っている意味は、賢い君なら自ずと気付く筈だよ。長旅や彼女と過ごすことへ不平不満を抱くのも理解している。だがそれ以上に実りある出会いもあると私は考えている。きっと後悔はしない」


「随分と気に入っているようで。優秀なら王都へ就かせてもいいのでは?」


「うーん……いずれ試したくはあるけど、今はまだ難しい。しばらく彼とその部下の成長を見てからかな」


 深くは語ろうとしないのがどうも臭いが、そんなのこっちじゃ日常茶判事。いちいち気にして数えていたらきりがない。逆にどんな堅物野郎か会ってみたくなってきたよ。


「……わかりました。因みに期間や予算はどれくらい出ますかねぇ?」


「移動の往復を含め十日。すぐにでも出立してもらいたい。ミーア君にも既に話は通して、資金も彼女へ十二分に渡してある。恐らく君が荷物をまとめて来るのを関所で待っているんじゃないかな」


「………………」


「そんな顔をしないでくれ。信用していないわけじゃないが、財布の紐は君よりも倹約家の彼女へ握らせた方が確実だからさ。だが蜂蜜酒や麦芽酒は王都の物より上等だ。自腹が嫌なら、彼女の機嫌を損ねないことだね」


ポラリス達から離れた人物達のお話を描くのは珍しくはないのですが、色々と新鮮に感じますね。

表面上は綺麗に取り繕っていても、王都内の諸事情は権力争いや利益競争などで常に騒がしく、王やルシも完全に掌握・統括できない状態であることが分かります。新キャラの【上級天使・サリー】や【ミーア一等兵】はそんな板挟みの環境で生きてきたので、冷たかったり身勝手に見える一面が度々あるかと思いますが、彼女らなりに生きようと選択し続けた結果なのだと考えると複雑でもあります。

次回もお楽しみに。

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