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ポラリス~導きの天使~  作者: ラグーン黒波
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第四章・小さな偶像神~【第十七節・掴んだ未来】~

第四章の最終節となります。

【箱舟】の旅もここで一度終わり、ポラリス達は新たな未来を目指して歩み始めます。

 日付が変わった零時零分。岩に偽装した【隕石鋼】の中から現れた、白く巨大な人型魔物――――大型【機神】は、【箱舟】内で聞いた神の声で叫ぶ。彼が【機神】に定着しているということは、ベファーナの策は全て上手くいったのだろう。


『おのれ……おのれぇっ!! やはり【魔女】の策略かぁっ!? よくも我が【依り代】を……五千年にも亘る我々の旅路を邪魔をするのが、どれほど不敬な働きであるか理解しているであろうなぁっ!?』


「すみません。ですが僕は【天使】でありながらも【地上界】で生きる者の一人なので、あなたに統べられては困るのです」


『【使えない道具】風情が神へ逆らうでないっ!! 貴様やアダムのような壊れた【道具】に、我が愛が理解できようかっ!? 我が憎しみが理解できようかっ!? 否っ!! 理解できまいっ!! 小さく愚かな脳では神の考えを――――がっ!?』


「あ」


 アポロの【信仰の力】で出た巨大な両腕が大型【機神】の頭部を殴りつけ、翼や突起部で地面の土や草を掘り返しながら平原を転がった。


「あぁーっ!? すみません司祭、大事な話の最中にっ!? こいつ俺の指示全然聞いてくれないんですよ……」


「はっはっはっ!! さっさとやれってこったっ!! 同感だ。御託はいいからさっさと始めようや」


 真っ青な顔で頭を抱えるアポロの背をアレウスが叩いて鼓舞し、大型【機神】の元へ走り出す。アポロの【信仰の力】は本人と【別の意思】があるそうで、完全に制御できていない話を聞いてはいたが……かなりの短気であることは今ので分かった。


「儂らも一日中こ奴らに引っ掻き回されてくたくたじゃ。早う家へ戻って寝たいのぉ」


「相手が神だと聞いて、ガキみたく興奮してるジジイが何言ってんだい」


「ふぉっふぉっ!! これが興奮せずにいられるか婆さんっ!? 神を相手に刃を交える機会など、儂らはもう無いかもしれんぞぉっ!?」


「はぁ、興奮し過ぎて倒れないでおくれよ」


 マグ・ドルロスが腰から二振りの鉈を抜き、起き上がりつつある大型【機神】へ歩いて向かう。


『創られし神……か。あんな物が【狂王】様と同じ存在と考えると、少々複雑ではある』


「でもよぉ、本物の神様や【狂王】様くらいつえーんだろぉ? 俺様達でも勝てんのか司祭様ぁ?」


「ベファーナさんの説明通りであれば、今の神は【機神】と精神が完全に同化し、その力のほとんどを封じられている状態です。【依り代】となっている【機神】を完全に破壊すれば、いくら神であっても消滅する……とのことです」


『なら奴は外見通りの【機神】に過ぎないか。とはいえ、盲目の私にも細部までハッキリと視える程の膨大な魔力量、油断は禁物だ。……後ろへ乗り給え、奴は相当君に固執しているらしい』


 ザガムがランスで指した先では、僕の名を叫びながら荒れ狂う大型【機神】相手に、アポロの両腕とドルロス夫妻、銀の大斧を振るうアレウスが既に戦い始めていた。皆戦闘や狩猟の手練れではあるが、大型【機神】の体格差や強固な白い鎧の前に、こちらへ徐々にと押し戻されている。


「……僕らも行きましょう。ザガムさん、エポナさん、よろしくお願いします。」


「本当なら主殿と俺様も暴れてやりてぇところだが、生憎クソ生意気なガキの魔力が足りねぇっ!! 【宝の地図】から供給されてる魔力じゃ蹄の傷も治せねぇぞオイっ!!」


『仕方あるまい、ベファーナ嬢も満身創痍だ。契約している私達が不要に魔力を浪費するわけにもいくまい』


「ぶるるぅっ!!」


 ザガムの手に掴まり、エポナの背へ跨ると彼らはすぐに駆け出す。

 二人の魔力は、ベファーナから渡された【宝の地図】から供給されている。彼女から離れていても問題はないが、真の実力を振るえる程の量でもないようで、事前に夜行性の魔物を掃討する際も消極的に立ち回っていた。神としての力を削いだとしても、現戦力だけで大型【機神】に勝てると断言もできず、苦戦を強いられるに違いない。


『奇妙な巡り合わせもあったものだ』


「?」


『かつて刃を交えた者同士が、共通の敵を前に肩を並べ戦う。こうなることなど誰が予想できようか……ようやく我が人生も面白くなってきた。礼を言うぞ、小さき【天使】よ』


 争わないのが一番なのですが――――そう返そうとしたが、エポナの地面を蹴る振動で舌を噛む。

 ……痛みや口の中に血が広がる感覚はあったが、血の味はしなかった。


***


 苦しむ【ノア】を口へ咥えて引き摺り、不可思議な白と灰色の空間を通り抜け、頂上階へようやく辿り着く。そこには黒い砂山に血飛沫の痕、溶けた床など先程まで戦闘していたであろう痕跡が大量にあった。神とかいう奴の姿はないが……まさかあいつらもやられたんじゃないよな?


「イーヒッヒッヒッ!! ご苦労サマーッ!! 君に裏で動いてもらったおかげで全てが上手くいったヨッ!!」


 ご機嫌な笑い声と共に、玉座の裏からツギハギ帽子の【魔女】が姿を現す。最後に見た時と何ら変わらない、気味の悪い笑顔を振りまきやがって。部屋の中央辺りで【ノア】を離し、数歩後退る。


「……どう、いう……ことだ……説明、して貰おうか」


 生き絶え絶えになりながら、黙り込んでいた【ノア】が仰向けのまま【魔女】へ尋ねた。こいつもよく生きることを諦めなかったもんだ。


「ナァニ、簡単なことだヨ。神を本来入るべき【依り代】ではなく【機神】の方へ移シ、残った古代人の魂が入った【ゆりかご】もそこのワンちゃんに一つ残らず壊してもらッテ、【箱舟】内の意識を間引いたんダ」


「……よくも……騙した……な」


「騙しただなんてとんでもなイッ!! むしろ普通の人間として生きられるチャンスを君は掴んだのだヨッ!? もう少し喜んでくれてもいいのではないかネッ!?」


 【魔女】は玉座の裏から飛び出て、ぴょこぴょこと床の血や砂を跳ねて避けながら【ノア】へ近付き、奴の前で立ち止まって見下す。


「君は彼らの精神を身に宿したまま制御できると思っていたようだガ、その精神の強さは【箱舟】の中だけのものであリ、現実で億単位の精神を抱えたまま日常生活を送ろうだなんてムリムリ。狂った精神に正気を失イ、【箱舟】から溢れ出した奴らが【機神】や住民、魔物達に定着して面倒になるだけサ」


「だからって……あんまり……じゃ、ないか……彼らは……何も悪く、ない……のに」


「君のようニ、何も捨てず生きようとするのはとても難しイ。現実じゃ人間に限らズ、生きる為に多くの生き物が多くの命を奪って自分の糧にシ、後世へ繋いでいかなければならなイ。生きられなかった彼らの分まデ、君が今の世を生き給えヨ。いくらウチが天才【魔女】だとしてモ、救える命は自分の手が届く範囲だけサ。すまないネ」


 【ノア】へ肩を貸して起き上がらせ、白い簡素な玉座へ座らせる。……魔術は使わないのか。


「こう見えてギリギリなのだヨ。離れた場所の【機神】ニ、それも神を定着させるだなんて初めてだからネ。君も随分小さくなったじゃないカ。ドーダイ、脳から【チップ】を取り除いて自由を手に入れた感想ハ?」


 最悪だ。目玉を抉られた挙句脳に手を入れられ、自分を殺し、守るべき対象だった人々を殺し、頭のおかしな【魔女】に協力させられている。何を犠牲にしても生きたいと願っていたはずなのに、今じゃ早く楽になりたいと思ってるんだぜ? ……隊長や皆の言っていたことが、ようやく理解できたよ。


「可愛い女の子に脳を弄られる経験だなんて貴重じゃないカッ!! 頼んでくれればいつでもやってあげよウッ!!」


 ……遠慮しておく。思い出しただけでも吐きそうだ。

 塔の揺れが大きくなり、いよいよ【箱舟】も旅の終わりを迎えるらしい。周辺の建物は全て砂になり、硝子の壁の先は激しい砂嵐が吹き荒れていた。床へ座り込み、目を瞑る。俺のような存在に死後の世界が待っているかどうかは分からないが、せめて皆と同じ場所へ逝きたいものだ。



「何してるんだイ?」


 頭上から【魔女】の声が聞こえる。

 まだ居たのか、急がないと巻き込まれるぞ。俺達の死を無駄にしないでくれ。あんたにも仲間が待っているんだろう?


「そうだとモ。だから君モ、ウチと一緒に行くのだヨ」


 …………は?


「いやだッテ、【ノア】の中に君が留まっちゃ色々とマズイ。このままじゃ【ノア】の方が【機神】や他の生き物に飛ばされ定着させられル。そうなっちゃったら元には戻せなイ」


 なら俺を殺せばいいだろう。あんたなら簡単にできる筈――――


「――――イーヒッヒッヒッ!! 安心し給エッ!! 代わりの死タ……肉体は用意してあルッ!! 司祭に感謝しなヨ? 君が丁度良い理性を持つことができたのハ、彼の感情の一部があってこそなのだからネッ!!」


***


 厚い装甲に刃は通らず、【両腕】も執拗に大型【機神】の頭部を殴っているが傷一つ付く様子がない。足元をエポナで走り回りながら、弱点となりそうな部分を探すが――――背中の翼から出る、不規則に動く無数の光る鞭が留まることを許されず、一旦離れることを余儀なくされる。


『ぬうううぅっ!! 我が創りあげた偽りの神々を殺す【機神】に、欠陥など無いっ!! 小汚い鈍器で神の新たな玉体に触れるでないわぁっ!!』


「ベラベラベラベラよく喋るっ!! どこにその舌ついてんだよあぁんっ!?」


 アレウスは大型【機神】の膝を足場にし、首の可動部を銀の大斧で豪快に振り抜くが、火花と金属音を上げるのみで弾かれる。体勢を整えもう一振り入れようとすると、左肩に付いた細い高温の光を発する【銃】――――【レーザー】が飛び、アレウスも大斧の刃を盾にするが貫通して、彼の緑のマントが焼け綺麗に穴が開いた。


「いぃっ!? こいつでもダメかぁっ!?」


「下がってアレウスさんっ!! それ司祭の盾でも防げない奴ですっ!!」


 アポロが叫んだ直後に二発目の【レーザー】が放たれ、アレウスも飛び跳ね避けながら大型【機神】の左肩へ飛び乗り、砲身そのものへ大斧を振り下ろして火花が散る。


「硬過ぎんだ――――よぉっ!!」


 大斧を足元の左肩の関節部へ挟み、至近距離の三発目を躱す。【レーザー】は大斧の持ち手部分を切断し、大型【機神】の頭部にも被弾したが焦げてすらいない。自滅を誘うのも無理か。地面へ着地したアレウスは魔力の流れを断ち、大斧の刃を爆発させる。


『効かぬ効かぬ効かぬっ!! 【黄昏の光】すら耐え切る装甲ぞっ!! 多少手練れの雑兵が――――ごっ!?』


 アレウスに気を取られている隙に、【両腕】が大型【機神】の頭部を殴りつけ押し倒し、そのまま激しく殴打する。地響きを鳴らし大型【機神】が地面へと徐々に埋まっていくが、火花ばかりで破損する様子は見られない。


「……壊すのは難しそうですね」


「アポロや、あ奴はただ殴ったり斬ったりでは壊せん。関節を捻じ曲げるか、頭を胴体から掴んで引き抜くのはどうかのぉ?」


「命令できるならそうしたいんですけど……向こうは興奮して勝手に動いてます」


「まるで獣みたいな戦い方だ。閃光も毒矢も反応無し。おまけに――――時間を掛け過ぎて、お仲間達も集まって来たみたいだねぇ」


 ユグ・ドルロスがぼやきながら弓を絞って矢を放ち、後方から忍び寄っていた小型【機神】の目を射抜く。更にその場で崩れる【機神】の背後越しに人型と小型【機神】が複数体、こちらへと迫っていた。


「また昼間の奴らかっ!! 散々儂らの畑を荒らしおって……婆さんっ!! 儂らは向こうをやるぞっ!!」


「はいはい、ジジイの鈍らじゃデカ物は切れないからねぇ」


『老人二人で十分か?』


「舐めるな首無しっ!! まだまだ現役じゃぞっ!!」


『……失礼した』


 顔を真っ赤にしたマグ・ドルロスは【機神】の小隊へ正面から走って迎え撃つ。接近してきた二体の人型【機神】攻撃を低く滑り込んで躱すと、頭や腕に足を掛け飛び移りながら首と両腕両足の関節部に刃を押し当て、丁寧に切断した。遅れてきた小型【機神】達も解体される仲間を前にして標的が移ったらしく、進軍を止め彼を取り囲んだ。


「ちょっと多いねぇ。アポロ、お前さんも手伝っておくれ。勝手に動くんならそっぽ向いてても問題ないだろ?」


「あ……はいっ!!」


「四つ足は目を狙いな。人型は首の付け根と背中の――――」


 ――――ユグ・ドルロスはアポロを連れ、少し小高くなった場所へ移動し始める。その間も【両腕】はほぼ埋まって見えなくなってしまった大型【機神】を殴り続けていて、傍で追撃の機会を窺っていたアレウスも諦めたのか、こちらへ退いて来た。


「あの腕、押しちゃぁいるが砕けかかってる。そう長くは持たねぇ。んで、次の攻め手はどうすんだ?」


『鎧であれば内部が脆そうにも思えるが、アレの継ぎ目や装甲には中身の見える隙間は確認できない』


「股下、足裏も攻撃が通りそうな箇所はありませんでした。……【レーザー】の砲身も、アレウスさんの攻撃でも破壊できませんでしたし、外部からの攻撃や衝撃で倒すのは厳しそうですね」


「ああ面倒くせぇっ!! ただ硬てぇってのも面倒なもんだっ!!」


 ガリガリと頭を掻きむしりながら、アレウスは悪態突いて後方の戦況も確認する。


「小粒共も集まって来やがったか。……ありゃまだ増えるぞ」


 時間は掛けられないが、決定打も無い。どうする。アレウスの力技でも貫くのは無理だ。内部は恐らく外部装甲ほど強度はなくとも、直接攻撃を加えられる手段が無い。ベファーナの魔術があれば可能かもしれないが――――

 ――――いや、あった。一人ではできないが、二人の力を借りれば可能だ。


「お、何か思いついたみてぇだな司祭サマ」


「……アレウスさん、あなたの【生成術】で【銃】は作れますか?」


「【じゅう】? 側だけなら見たこたぁあるが、内部の構造なんぞ知らねぇぞ」


「いえ、外見だけでいいんです。それらしい物を一つ、作ってください」


 【銃】の外見を思い出しているのかアレウスは唸りながら少し考え、握っていた銀の手斧を少しずつ変形させていく。


「ザガムさん。あの大型【機神】の魔力が集中している箇所ってわかりますか?」


『頭部・胸の中心部・腹部。脊髄のように一直線に並んでいる。外さず、確実に狙うのであれば胸であろうな』


「……ほれ、出来たぞ。一体何しようってんだ?」


「僕の【信仰の力】で装甲を無視し、アレウスさんの【生成術】で内部から破壊します」


「…………は?」


『ほう?』


 ぽかんとした表情のアレウスから【銀の銃】を受け取り、【信仰の力】を流して包んでいく。【箱舟】中で出来たのなら、現実でも――――


「――――っ!?」


 焼けるような痛みが顔や胸、背中へ走り、思わず左手で頬を抑える。実際に焼かれているわけではない……幻覚か? そうこうしているうちに右手の【銀の銃】が完全に包まれ、【信仰の力】で生成された翼を模した半透明な【銃】が出来上がる。硝子のような【銃】には僅かに銀色が混じり、揺らめいていた。


「……いけます。もう少し近付きましょう」


「腹でも痛てぇのか? 顔色悪いぜ」


「……大丈夫です」


 アレウスへ返事をした瞬間、殴り続けていた【両腕】が強烈に発光し、光となって夜空へと消えていく。掘られた穴からは大型【機神】が光る翼を広げ、夜空へと飛び出てそのまま滞空する。


『所詮はこの程度、神を滅ぼすには及ばんっ!! ポラリス、【導きの天使】よっ!! 偽りの神々へ挑むと大口を叩くのであれば、この【機神】の装甲を砕いてみせよっ!! 我を越えられぬようでは、貴様らの理想も砂の夢に終わるであろうっ!!』


 神はまるでこちらを試すかのように挑発してくるが……狙い撃つにしても、あそこはあまりに遠い。


「はっ!! 野郎今度は空へ逃げたかっ!!」


『問題ない、叩き落とそう』


「お、おい主殿ぉっ!? 魔力なんてほとんどないんじゃ――――」


『――――自前のがまだある』


 ザガムはエポナから降りるとランスを正面へ構え、バキバキと枯れ木を踏み砕くような音を出しながら、鎧へ鋭い棘を生やしていく。ランスも螺旋状の少し小さな形状へと変化し――――目の前から姿が消えると同時に、大型【機神】が空から落下した。


「え……っ!?」


「やるぜ主殿ぉっ!!」


「てめぇら見とれてる場合じゃねぇぞっ!! 好機を逃すんじゃねぇっ!!」


 アレウスは僕を脇に抱えて接近する為に走り出す。大型【機神】は――――既に起き上がり始めてる。もう少し、もう少し前へ――――


『不敬者があああぁっ!! 神を地へ堕とすなど極刑に値するっ!! その腐れた肉の一片も世に残らぬと思えぇっ!!』


「……ここからなら撃てますっ!!」


「おっしゃっ!! やったれっ!!」



 乱暴に降ろされ、銀色が溶け込んだ【銃】を両手で構える。狙いは【胸の中心】。

 ザガムは【レーザー】や光の鞭を掻い潜り、大型【機神】がこちらへ正面を向くよう誘導してくれている。

 白い強固な外装は人間の皮膚、筋肉、骨をイメージしろ。

 外骨格をすり抜け軟らかい内部で溶けた瞬間、針が四方八方へ飛び出るように――――


 ――――タァン


 【箱舟】で聞いたのと同じ軽い音を出して、一発の銃弾が発射される。銃弾は弾く音も出さず白い装甲を通過し、【信仰の力】が内部で溶けたのが感覚でわかった。


『!? これ――――はっ!? ななな――……んだあぁっ!? ななななにかがおかおかおおおおか――――』


 一瞬、大型【機神】の白い装甲が銀色になり不明瞭な言葉を叫んだ後、内側から頭を押し出すようにして巨大な【銀の十字架】が生えた。【十字架】はみるみる成長していき、大型【機神】の股下を貫いて地面へと突き刺さる。天へ掲げるように両腕を掲げていた大型【機神】も、やがて脱力したようにだらりと腕を下げ、【銀の十字架】へと身を委ねて動かなくなった。


「すげぇ……マジかよ一発じゃねぇかっ!?」


 アレウスに背中を叩かれ――――夜空が回り、そのまま地面へと倒れ込む。力が入らない。アレウスが何か言っている。くぐもって判別でき――――気も遠く、なってきた――――まさか、僕は……このまま、壊れてゆくのだろうか。





<――――壊れかけた【道具】の分際で、神を串刺しにするとはやりおる>


 どこまでも落ちていくような黒い空間。真っ白な玉座へ退屈そうに腰掛ける灰色の長髪――【デウス・エクス・マキナ】。


<【様】を付けよっ!! 不敬であるぞっ!! ……んんっ!! まぁ良い。我は床で眠る貴様の脳へ語りかけている。今の我は残り香のようなものとでも思え。貴様のたった一発の銃弾で我は死んだ。完全ではないが……いずれこの力も無くなろう>


 彼は自身の手のひらをしばらく見つめたあと、肘置へ頬杖を突いてこちらを見る。


<ポラリス。貴様やアダム、幼き【天使】と我の実力差は天地の差である。未来を見通す力、文明を栄えさせる知恵、民草を率先して導く実行力……神としての力を殆ど封じられ、ようやくの辛勝よ。思いあがるではないぞ? 僅かに差があるとすれば――――いや、止そう。……どのような変則的な形であれど貴様らは神に勝ち、更に前へと進む資格を得たのだ>


<……素直に、喜ぶべきなのでしょうか>


<進まねばならぬ。我の愛した民草の死も、【箱舟】で起きた出来事も。未来を生きようと抗った我々からすれば大量虐殺の大罪であるが……我は死よりも苦痛な目に合わせてしまった。それを終わらせた貴様らには、礼を述べるべきであろうな。……亡き民草に代わり、感謝しよう>


<いいえ、僕達は……ただきっかけを作っただけです。実際に頑張ったのは皆さんですから>


<謙遜――――ではなく、それが貴様の本心であるから質が悪い。人並みの承認欲求すら無いのか?>


<空っぽなんです。一人で何かを成し得るような器ではなく、誰かに依存しなければ成り立てない。この感情も――――>


<――――他者の【思考】を経験として蓄え学習し、感情を己の物とする。我もまた同じよ。しかし、未だに理解に至らぬ感情も多い。特にポラリス、貴様は異質だ。感情や記憶を分け与え、力に練り込み、他者の力さえも己の物としてしまう。使いようによっては相手を手駒とすることや、負の感情で死へ追い込むことも可能だ>


<そう……ですね。【箱舟】では……そうするしかなかった>


<否。貴様は彼らに貴様であるべき物まで与え、自身は他者の負の感情で満たされかけている。血の味も理解できぬ程にな。そのままでは本当に壊れるか、元の何もなかったあの頃へ戻ってしまうぞ>


<……気のせいではなかったんですね>


<慎重になれ。貴様自身にとっても危い力である事を自覚しろ。でなければ民草ならず、我の死すら意味が無くなってしまうではないかっ!! えぇい忌々しいっ!! アダムや連れの【悪魔】共もどうせ死んでおらぬのだろうっ!? 皆で休暇でも取り、その窮屈な羽を伸ばせっ!!>


<ご心配ありがとうございます。……あなたのような方と、共に仕事をしたかった>


<ふん、それは我の台詞よっ!! これでは死んでも死にきれぬわっ!! よいなっ!? 皆から愛され、想われている事を忘れるでないぞっ!! 多くの苦難が待ち受けていようとも、決して諦めるでないっ!! 我のような過ちを繰り返して――……む?>


 暗い地面へ接した玉座と神の足が徐々に砂へ変わり始め、何もない暗闇の底へ落ちていく。


<時間のようであるな。……くくく……最期まで、我も【使えぬ道具】であったか。【偶像神】の堕ちる先は【冥界】か、何もない虚無、もしくは先に逝った者達と同じ場所か。……神の目を持っても見通せぬなぁ>


<………………>


<ああ、それとな。あの【悪魔】――――ペントラといったか? あ奴の抱える業はなかなかの物だ。口にせずとも、過去に囚われ未だ悩まされておる。我も少々追い詰め過ぎたらしい。話は掘り返さず、今少し傍へ居てやれ>


 ただ頷く。……別れの言葉が見つからない。


<不要である。我は貴様が踏み越えるべき屍の一つに過ぎぬ。……ポラリスよ。最後に一つ、警句をしておこう。【ルシ】は貴様らを泳がせてはいるが、完全に信用してはならん。【受肉】の仕組みを考えたのが奴であれば、貴様が壊れかけていることも周知している。機会を見て意図を突き詰め、その目と耳、脳と心で真意を見極めるのだ。――――目覚めるがよい、皆が首を長くして待っておるぞ>




 ゆっくりと瞼を開ける。温かな赤と木の装飾がある天井……ああ、ここはスピカの城だ。ベッドの隣に座り、顔を覗き込むペントラと目が合った。少し間が空いた後、彼女は驚いたような悲鳴を上げ顔を引っ込める。


「めめめ目が覚めたのかいっ!? あ、いやね、そう……えっと、何から説明しようかねぇ?」


「……皆さんは無事ですか?」


「ん……ぴんぴんしてるよ。あんたが丸二日眠ってる間に色々あってね――――」


***


 【天界】から書簡筒を通して送られて来た通達によれば、【機神】の一件はこの地域に限らず、各地で目撃されては街単位で甚大な被害を出しているそうだ。王は【新種の魔物】と仮定し【機神】の死骸を集め、王都の名の知れた魔術学者に解体させ、細かに調べさせている。ギルドや狩猟団体にも王都が正式に協力依頼を出し、しばらくは生態系の影響調査や民へ被害が出ぬようにする方針だ。

 体躯の大きい人型【機神】も既に数件の目撃情報があり、エルフ族の住む深い森や竜人族の住む活火山を拠点とし、人間側と積極的に連携を取ろうとしない種族は強固な【機神】達に住処を追い出され、疲弊している。彼らは誇り高い種族ではあるものの、集団の移民や野盗が増える恐れがある。私達の住まう地域が目立たない状況に転じたのは好ましいが、代償が余りに重すぎる。


「副司祭、また難しい顔してますよ。それは……例の【機神】とか言う魔物の件ですか」


「お……お疲れ様です」


 教会地下の調理場テーブルで複数枚に亘る通達文を広げていると、教会ローブ姿のアポロと新人の【天使】が入ってくる。


「……面倒なことになったものだ。近々、近隣の大きな街へ王都の調査隊やギルドの出入りがある。住民達の不安の声も大きいうえ、司祭も復帰の目途がつかない。私達も皆の不安を逆撫でしないよう、【お告げ】の業務も慎重に行うぞ」


「狩猟依頼もいくつか出ていますが、煮ても焼いても食えない奴らですからねぇ。死骸の引き取りに高い報酬を出すのはいいんですけど、あいつらの【銃】や【レーザー】はそこらの魔物と段違いです。下手に被害が広がらなきゃいいんですが」


「エルフさんや竜人さんは……どうして王都からの補助を拒むのでしょう?」


 新人は通達書の一枚を手に取り眺め、不思議そうに呟く。


「彼らは魚人族のように人間を含め、あらゆる種族との関りを嫌う。対策は無くとも下等な他種族へ頼るまいと、意固地になっているだけさ。……まぁ、その感情を理解できなくもないが。突如現れた【新種の魔物】に成す術無く拠点を奪われ淘汰されるなど、信じたくもない」


「私達の街にも……移民が来ますかね」


「どうだろう。あいつらの住む森や火山からも離れてるし、こんな地図にも無い場所へは来ないんじゃ……」


「逆だ。地図にない場所ほど王都や他種族の目を避け、寄り付きやすい場所はない。立地は彼らに好ましくないが、飢えた奴らの思考は予測できん。私は午後から町長の元へ訪ね、整理した状況を伝えておく。二人共、少し留守にするがよろしく頼む」


「了解ですっ!! 午後からも頑張ろうぜ」


「は、はいっ!!」


「……ふ」


「んあ? なんで笑うんです副司祭?」


「お前らのやり取りを見て、あいつと共に仕事をするのが楽しみだなと思ってな」


 アポロは眉をひそめ、屈んで新人へ耳を貸すよう手招きし、私にも聞こえる程度の声で耳打ちする。


「副司祭、戻ってきてからおかしくね? 俺がいない間に何があったんだよ?」


「元々優しい方ですよ」


「んー、まぁそうだけどさぁ」


「……さて、一仕事の前に皆で昼食としよう。何が食べたいか聞こうか」


「おっ!! 副司祭の奢りですかっ!?」


「お前じゃない。私は新人に聞いているんだ」


 ――――早く戻って来い、ポラリス。お前のいない教会は、私達だけで過ごすには少し広すぎる。


***


 馬車から降り、ドワーフ達に石で舗装させた道を下る。

 ここ数日、【新種の魔物】騒ぎで議会も忙しない。奴らの貴金属で出来た手足や頭をどう金にするか必至で、新しい玩具を買い与えられた子供の如く興奮し喚いている。馬鹿馬鹿しい。己らの手足となる貴重な労働者の生活を顧みず、保身の儲けに目が眩むなど……。


「なぁ、ツメイ。戦争の時もこうだったのか?」


 初夏の山風に長髪を揺らし、両手を背中に回して後ろ歩きをしながら、ティアーソンは尋ねる。


「知らん。だが議会の老害共は、奴らの手足や頭をどう捌くかしか興味が無いらしい」


「ツメイは違うの?」


「奴らの影響で移民や野盗が増える方が脅威だ。特にここはエルフの住まう森も近い。面倒事を抱え込んでいなければいいがな」


「俺としては面倒事があった方が嬉しいんだけどね。あいつら硬くて斬りがいあるし、エルフ族の戦士も見てみたいしさ」


 白い歯を見せて笑うティアーソンの呑気な言葉に溜め息が出た。冗談でもやめてくれ、頭が痛くなる。金で解決できる範囲ならともかく、誇り高いエルフ族と険悪なドワーフ族が揉め事でも起こしてみろ、俺の計画が崩れるどころか豊富な資源の採石場も使えなくなる。

 晴天の昼ということもあって、作業の手を止め休憩しているドワーフが出歩いているかと思ったが、以前来た時同様人気が無い。族長の家にでも訪ね――――いや、石材の山に隠れ、一人の黒い毛皮服の少年とかなり大きな犬が、ドワーフ達に囲まれ昼食をとっていた。


「あの少年は――――」


「ん? あぁーっ!!」


 ティアーソンは少年の存在に気付くと石材や荷車を猿のように手足を突いて飛び越え、輪の中心へと華麗に着地する。


「おおぉい元気だったかぁっ!? よかったーっ!! 目ぇ覚ましたんだなぁーっ!!」


「あー?」


 米粒を口に付けた少年の両肩を揺らしながら、再開(?)の喜びを叫んでいる。……アラネア、貴様俺との約束を破ったな。両手の拳を握りしめ、早足でドワーフ共の輪へ向かう。すると上裸の髭を蓄えたドワーフが輪から抜け、こちらへと歩いて来た。


「おぉ、ツメイ殿。よう来たなぁ」


「族長っ!! これはどういうことか説明してもらおうかっ!?」


 上裸のドワーフ――族長のジオは俺の前まで来て立ち止まり、髭を撫でて背後の少年をちらりと振り返るとニヤリと笑う。


「ただの親のおらん孤児じゃ。山へ子を棄てるなど、この辺りではそう珍しくも無い」


「嘘をつくなっ!! あの短い金髪の少年は――――」


「――――孤児じゃよ、ツメイ殿がなんと言おうとな」


「ぬぬぬぬぅ……っ!! えぇい、退けっ!! 俺が直接話して確認するっ!!」


「残念じゃが、あの子は言葉がわからぬうえ読み書きも出来ぬ。どこから来たかなど本人に確認しようも無い」


「アラネアはっ!? 俺が留守の間に奴が来ただろうっ!?」


「知らん」


「ドワーフ族の長ともあろう者が、低俗な嘘を吐くなっ!!」


「嘘じゃないわいっ!! お前さんが馬車停めてる辺りに先日黒い犬連れて座り込んでおったんじゃっ!! なんなら他の連中にも聞いてみるかぁっ!? おおぉっ!?」


 顔だけでなく全身を怒りで真っ赤にし、ジオは頑なに知らぬ存ぜぬと否定する。おのれアラネア、よくも多忙な貴族の俺に面倒事を押し付けたな。だがこれ以上の口で言い争い続け、ドワーフ族と関係が悪化する方が俺にとって痛手だ。大目に見ることも……仕方あるまい。

 額に左手を当て頭を冷やすと、ジオも察したのか勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「……わかった。文字の読み書きはおろか言葉も分からぬと言ったな? 教育は誰が行っている?」


「儂らが暇見て教えとるが『あー』とか『おー』としか話せん。こっちの言ってることはある程度理解しとる臭いがのぉ」


「む……そうか。教育係は俺の方で手配しよう。ではあの犬は? ……大きいな、まるで狼の魔物だ」


「かなり利口じゃよ、滅多に吠えんし噛まん。大きさや力強さからして魔物混じりの犬種かもしれんが、いつもあの子を背に乗せておる。今朝も空飛ぶ例の奴らが一匹現れたが、儂らが対処する前に一頭で噛みついてバラバラにしおったわ」


 それはもはや魔物ではないか? しかし輪の中心にいる少年とティアーソンは意気投合したのか、寝そべる黒い犬を撫でたり背へ乗ったりしている。犬も嫌がるそぶりを見せず、時折長いふさふさとした尻尾でティアーソンを優しく叩く程度で、されるがままといった印象だ。この目で確かめるまでは断言しきれないが……少年から引き離す方がかえって危険か。


「ツメイっ!! こいつと犬の名前考えようっ!! へへへ、何がいいかなぁ?」


「あの山猿……人の気も知らずに……っ!!」


「まぁまぁ、ツメイ殿も儂らと共に昼飯でもどうじゃ。握り飯しかないがのぉ」


「おのれアラネアぁっ!! 今度会った時はタダでは済まさんからなぁっ!!」


***


「――――で、あんたが壊したデカい【機神】もルシが解体して何処かへ運んだっぽい。アタシが直接見たわけじゃないけど、アレウスのおっさんとアポロが言ってたよ」


「そうでしたか。……記憶も無く恵まれている環境とは言い難いですが、彼にもきちんとした新しい人生を歩んで欲しいものです」


「ドワーフ族はむさくるしい筋肉達磨でも、情に厚い奴らさ。アラネアの知り合いもいるって話だし、アタシらの街やここで過ごすよりも快適だろうさねぇ」


 ペントラは椅子の上で胡坐をかき、果物ナイフで林檎の皮を剥きながら話す。彼女が部屋を出た際にシスターやスピカらへも声をかけたそうだが、すぐに来ると返事をしておきながら、なかなか来ないのが気がかりだ。何かあったのか?


「あの……さ」


「はい?」


「アタシって、がさつでうるさいくて汚いし、色気もクソも無い【悪魔】じゃん? そんなのとつるんで……あんたに、迷惑かけたりしてないかい?」


「どうしたんですか急に」


 皮を剥き終わり食べやすいよう形を整えていくが、彼女はそれ以上話さず、手元を見て口をつぐんだままだった。……夢の中に現れた神――【デウス・エクス・マキナ】の言葉を思い出す。掘り返すな、ただ今しばらく傍に居てやれと。

 忘れたいと願う事を悪だとは思わない。【箱舟】で起こった血生臭い経験は全て本物で、多くの【ノア】の兵士が苦しんで死んでいったし、古代人の人々も完全に新しき時代を生きる望みを絶たれてしまった。でもあの経験が無ければ、僕らはきっと立ち止まったままだった。彼らも半永久的に苦しんでいただろう。

 過ぎてしまった事を【無かった方がよかった、忘れたい】と罪悪感に囚われ押し潰されたままでは、いずれ生きることそのものを諦めてしまう。

 どうにか自分の中で区切りをつけ、前に進まなければならない。僕も、ペントラも、あの時人殺しと苦しんだアダムも。


「――……僕は、うるさくがさつなペントラさんが好きですし、真剣に皆の事を考えてくれているペントラさんも好きですよ。あなたに出会えて、本当に良かったと思っています」


「ぶっ――――いったぁ指切ったぁっ!? 変なこと言いだすんじゃないよっ!? 手元が狂ったじゃないかいっ!!」


「変ですかね?」


「だ、だだだってアタシは、ポーラにとってその……都合のいい女でも無いし――――」


「――――予測できないくらいの方が一緒に居て楽しいですよ。指、大丈夫ですか?」


「さ、触んなバカっ!! 刃物持ってる相手に手を伸ばすんじゃないっ!! 間違えて切ったらどうすんだいっ!?」


 顔だけでなく、耳まで真っ赤になったペントラは果物ナイフを木の鞘へ戻し、切った親指を口で咥えて止血しながら、切った林檎の乗った皿を僕の膝の上へ置く。怒っている……のではなく、どちらかと言えば恥ずかしい。そんな感じだ。


「はー……みんな遅いね? アタシ様子を見てく――――」


 ――――立とうとしたペントラの右手を掴み、引き止める。いつも彼女は顔を赤らめると目を逸らしたり、その場からそそくさと立ち去ろうとしていた。

 僕はもっと……あなたのいろんな表情を見てみたい。


「な、なんだい? ペントラお姉さんに行って欲しくないのかい少年?」


「もう少しだけ……」


「………………」


 彼女は何か言いたげに眉間へしわを寄せた後、観念したようにゆっくりと椅子へ座り直す。


「アタシも……す……もう少しだけ、待つさね」


「ありがとうございます。林檎、いただきますね」


 蜜を含んだ甘い林檎食べている最中、彼女は一切目を合わせてくれなかったが、椅子の上で胡坐をかいて親指を咥える姿が妙に引き込まれ、心が温かくなるのを感じた。

 【ゼウス・エクス・マキナ】様。あなたを狂わせた【愛】という感情は、これの事なのでしょうか。


***


 シスターです。司祭様が目を覚ましたとのことで、急ぎ向かったのはいいのですが……皆様がお部屋のドアへ張り付いていて入れませんわ。


「あのー……皆様、まだ入ってはいけませんか? 私もポラリス司祭様の容態を確認したいのですが」


「もう少しだけ、もう少しだけ待ってくださいシスターっ!! 今すごくいい雰囲気なんですっ!!」


「じれったいっすよ姐さんっ!! そこ『アタシも好き』って言わないとっ!!」


「奥手【悪魔】」


「いやー、青春だね。微笑ましいよ」


 スピカ嬢、ローグメルクさん、ティルレットさん、アラネアさんが縦一列になって扉へ耳を付けている光景は大変微笑ましいのですが、困りましたわね。アレウスさんは一人壁へ寄りかかり、腕組みをしながら静かにされていますが、やはり中の会話に耳を傾けているご様子。


「何見てんだ骸骨シスターサマ、入りたきゃこいつら押しのけて入ればいいじゃねぇか」


「お部屋には司祭様以外に誰が?」


「ペントラ」


「まぁ、まぁまぁっ!! そうでしたか……っ!! 彼女は幸せそうですか?」


「さぁな。だがお互いまんざらでもなさそうだぜ。面倒くせぇ、さっさとくっつきゃぁいいのに」


 彼女の想い人が司祭様だったのは意外ですが、うかない顔をしてばかりだった彼女の顔が赤らむのを想像すると、私も幸せな気分になりますわ。ああ、感極まって涙が止まりません。


「ああ、神よっ!! 憐れで愚かな私には二人の仲を裂くことなどできませんっ!! 例え聖書に書かれた禁忌であろうとも――――」


「――――うっさいよあんた達っ!? 早く入って来なっ!!」

【ノア】は自分自身の身体へと戻り、ポラリスの感情の一部を撃ち込まれたあの兵士は【個】として意思が強くなり過ぎたため、ベファーナの用意した魔物の死体へと移され、監視役兼番犬となりました。ベファーナは【ノア】の精神が壊れないよう五千年に亘る旅の記憶を消しましたが、犬になった兵士の方は記憶を消す必要がなく、【箱舟】での出来事を全て覚えているというのがミソです。

ポラリスもアダムも心身ともに成長し、【天使】や【受肉】のシステムについても掘り下げられるかなり長い章となりましたが、まだまだ切り詰められる部分はあるかなと、後半になるほど考えさせられる章でもありました。

偶像神のテーマは【道具に本物の心や感情、命は宿るのか】としてきましたが、神の創造した【天使】や【神】は【他者の記憶や感情・経験】を通して感情が育まれるという、単純で複雑な仕組みとなっています。増悪や負の感情で【天使】として成熟したアダムは、強く完成していたがために人間臭い部分や死へ恐怖したり、最終的に古代人達の増悪さえ取り込んで【神】を凌駕するなど、ポラリスには無い凄まじい戦闘能力を発揮しました。一方同期のポラリスは未完成の壊れかけで、人間味がまだまだ薄い点や負の感情を自覚できないなど、柔軟ゆえの脆さが最後まで目立ちました。アポロも出番こそ少なかったですが、彼が【箱舟】にまで来てくれていれば、また少し違った展開があったのかもしれません。

次章ではいよいよ新人ちゃんも少し成長する予定です。ペントラさんの恋心も含め、展開させていくのが楽しみです。長く拙い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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